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●100万分の1●

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健は出勤すると、会社近くのコーヒーショップに入った。
ここは、葵の会社の所有ビルに入っているコーヒーショップで、健が毎日通う場所だった。

「楜沢さん、おはようございます!本日のコーヒーです」

満面の可愛い笑顔で、山内菜々緒やまうちななおは健の接客をする。
このコーヒーショップのスタッフの中で1番接客態度が良く、健も名札を見て菜々緒の名前を覚えて一目置いていた。

「おはよう、山内さん。今日のコーヒーも良い香りでスッキリ目が覚めるよ」

何気ない会話だが、菜々緒も健に苗字を呼ばれると嬉しかった。

「楜沢さん、おはようございます」

健は背後から声を掛けられてそちらを見た。
どこかで見た様な気がしたが、健よりは背の低い、スーツを着た若い男で、ニヤついた顔が軽そうに見えてしまった。

「あ、覚えてません?石浜君と同じ営業店の品川です」

静真の事を出されて、やっと健も思い出した。

「ああ、そうか。先日石浜と一緒の時に会ったね」

静真は葵の計らいで、ニーチェ不動産の賃貸専門の営業店に勤務している。
静真が実の弟だという事はもちろん伏せているが、本部の人間として静真の様子を見にいった時に、品川真古登しながわまことと会っていたのだった。

「でもここから営業店は離れているだろう?本社に何か用があったの?」

営業店の店長クラスの人間以外が、わざわざ本社まで出向く事はほとんどない。

「あ、いえ。用があったのはこの子に」

真古登が菜々緒の顔を見ると、菜々緒は少しだけ顔を強ばらせつつ微笑んだ。

「あ、知り合いだったんだ」

何となく不釣り合いに感じながらも、健は菜々緒と真古登は恋人同士なのかと2人の顔を見た。

「ええ、付き合ってるって言うか……」

真古登の言い方は不誠実な印象で、菜々緒は真古登のどこが良かったのかと、失礼と思いながら健は思ってしまった。

「じゃあ、俺はこれで」

もうこの場にいても楽しい雰囲気では無いと、健は真古登と菜々緒に笑顔で会釈すると店を出た。
ふと振り返ると、菜々緒はまだお辞儀をしていて、やっぱり真古登と菜々緒は似合わないと再確認した。
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