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●100万分の1●

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健が去り、真古登はアイスコーヒーを注文した。

「どうしたの?朝から。今日は仕事休みだったでしょ。昨日から帰ってこないから心配していたのに」

菜々緒が小声で真古登に囁く。
真古登と菜々緒は同棲していた。

「付き合いだよ、付き合い。なぁ、1万で良いからさぁ」

店に来てまで、真古登が金の無心をする事に菜々緒は恥ずかしくなる。

「今はこの場を離れられないから、席に座って待ってて」

菜々緒は真古登にアイスコーヒーを差し出す。真古登はニヤリと笑うとアイスコーヒーを片手に窓際の席に移動した。

「すみません、◯番行ってきます」

菜々緒は店内が落ち着いてるのを確認すると、他のスタッフにトイレに行くと嘘をついて、ロッカールームに行き財布から1万円札を出した。
それを折りたたんでエプロンのポケットに入れ、店内の座り心地の良いソファでアイスコーヒーを飲む真古登に近づいてさり気なく渡す。

「サンキュー。今夜は早く帰ってこいよ」

真古登は立ち上がり、飲み終わったアイスコーヒーのカップを菜々緒に渡すと、菜々緒の頭をぽんぽんとしてショップを出て行った。
どうせ、真古登が真っ直ぐ帰るはずがないのは分かっている。
競馬かパチンコか。

「菜々緒ちゃん、大丈夫?」

コーヒーショップの男性店長が心配そうに菜々緒に尋ねる。
内心では、あんな男と付き合っていて大丈夫なのかと言いたいが、流石にそこまで首を突っ込む事は出来ない。

「すみません、ご迷惑かけて」

「あ、店に迷惑は掛かってないから、それは大丈夫だからね」

菜々緒は恐縮しながら微笑んだ。
現在菜々緒は19歳、真古登は24歳。
同棲してまだ数ヶ月しか経っておらず、もちろん結婚の話も出たことは無い。
2人が知り合ったきっかけは、菜々緒が地元の高校を卒業し、親の反対を押し切り憧れていた東京に出て来た時に、勤め始めた前のバイト先での合コンだった。
東京へ出て来るまで男に免疫が無く、出会ったその日のうちに真古登と関係を持ってしまいその後直ぐに同棲を始めた。
菜々緒は真古登に借金が有るのを知って付き合い始めた。真古登が絶対に迷惑は掛けないからと約束したからだった。
確かに保証人になったりはしていないが、今住んでいるアパートの家賃、水道光熱費や食費までも全て菜々緒が払っていて、真古登はもうヒモ同然の存在だった。
金にはだらしないが、優しい真古登に菜々緒は離れる事ができずにいたが、今ではその優しさも怪しくなってきた。
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