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●100万分の1●

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菜々緒は逸郎が用意をした女性らしいワンピースと、とても自分では買えないブランド物のバッグを持って、群馬から上京した逸郎の母が待つシティホテルに逸郎とやって来た。

「緊張する?」

久しぶりの外も嬉しかったが、いつもより逸郎が優しく感じるのが菜々緒は嬉しかった。

「はい」

言葉少ない菜々緒の顔を逸郎はジッと見る。

「余計な事は考えなくても良いし言わなくて良い」

菜々緒は頷くことしかできずに、逸郎の母が待つ予約をしているホテル内の和食の店に足を踏み入れた。
和服姿の店員に案内され、逸郎の後を菜々緒は付いていく。

「やっと来たのね。遅いから先にビール頂いていたわよ」

逸郎にどことなく顔立ちが似ている母を前にして、菜々緒は緊張で顔が強張る。

「何よ。挨拶もきちんと出来ないの?見るからに若いし、常識も無さそうだし?逸郎、お前騙されてるんじゃないの?」

ジロジロと値踏みするように逸郎の母は菜々緒を見る。

「あ、初めまして。山内菜々緒と申します!」

菜々緒は自己紹介をすると頭を下げた。

「母さん。菜々緒を虐めないでよ。菜々緒は俺を騙すような女じゃないから」

逸郎は菜々緒をエスコートする様に席に座らせた。
逸郎の母は面白く無さそうに、フンと鼻を鳴らす。
逸郎と菜々緒は飲み物のメニューを見て選び、店員を呼び飲み物を注文して、料理も運んでもらうように頼んだ。

「菜々緒さんはまだ学生かしら?どちらの大学?逸郎はね、国立を出て今の会社に入ったのよ」

逸郎の自慢を母親は始める。

「私は、高校しか出てません」

しかも逸郎に監禁されている今は無職である。

「そうなの?やだ、そんな子がお前とどうやって知り合うのよ。お前の会社は大卒以上じゃなきゃ入れないでしょ」

菜々緒を馬鹿にするように母親は逸郎に尋ねる。

「……母さん、菜々緒は会社で知り合ったんじゃないよ。菜々緒が勤めていたコーヒーショップで出会ったんだよ。素敵な子だなって、俺が菜々緒を口説いたの」

「コーヒーショップ?どうりで会わせてくれるまで、この子のこと、何も話してくれなかったのね!」

母親は鬼の形相で菜々緒を睨みつける。

「お前の事は、お父さんが亡くなってずっと私が1人で大切に育てて来たのよ!あー!こんな学もない、常識もないような若い女と結婚だなんて」

きっと、どんな女を連れて来ても反対したくせに。と逸郎は心の中で思う。
菜々緒は逸郎の母親の圧に、居た堪れず俯いたままだった。

「失礼します」

席に案内してくれた店員が料理を運び始めた。
流石に逸郎の母も口を噤む。
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