インシデント～楜沢健の非日常〜

●１００万分の１●

4-6

最初の料理が並び、逸郎と母親はビール、菜々緒は烏龍茶で乾杯した。

「じゃあ、頂こうかしら。あなた、お作法も知らなそうだけどね」

いちいち菜々緒に棘のある言葉を浴びさせながら、母親は美味しい料理を口に運んでいく。菜々緒は小さくなってただ大人しく食事をする。

「逸郎は、仕事はどうなの？」

「頑張ってるさ。いずれ子供が出来たら学費も稼がなくちゃいけないし」

「そうね。孫は楽しみだけどね」

チラリと母親は菜々緒を見る。

「頭の出来だけは、絶対にお前に似て欲しいけどね」

逸郎と母親の会話を菜々緒はあまり聞いていなかった。聞く興味もなかった。
菜々緒は余計な事を一切話さず、逸郎が菜々緒をひたすらフォローしながら食事会は過ぎていく。

「じゃあ、俺達はここで。今夜はここでゆっくり休んでね」

和食店を出てロビーにやって来て、逸郎は母親に笑顔を向ける。

「私は認めないからね。きっとお前達は別れるよ」

最後まで頑なに母親は菜々緒を敵視する。
菜々緒も今の自分の状況を考えて、逸郎の母親に認めてもらいたいとは思っていない。

「はいはい。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

菜々緒と逸郎は母親と別れ、逸郎のマンションへ帰るために駅に向かう。

「あの、お母様から、色々庇ってくれてありがとうございます」

帰り道、菜々緒は逸郎にお礼を言い、逸郎は菜々緒を優しい目で見る。

「当たり前だろ。お前は本当に俺の嫁になるんだ。絶対に逃がさない」

逸郎の本心だった。
絶対に逃してたまるかと強く思う。

「……はい」

俯きながら、菜々緒は返事をする。
また監禁される日々が続くと思いながらも、何故か自分でも分からず菜々緒は微笑んでしまった。