インシデント～楜沢健の非日常〜

●１００万分の１●

5-3

菜々緒と結ばれた夜から1ヶ月以上が経ち、逸郎は毎日帰宅するのが本当に楽しみで仕方なかった。
帰る前には必ずLINを送るが、今夜は珍しく既読がつかず、夕飯の支度に夢中になっているのかと思いながら逸郎はマンションへと戻ってきた。
外から自分の部屋を眺めるも部屋の明かりがついておらず、逸郎は嫌な予感がして慌てて部屋へと向かう。
エレベーターを降りて玄関に向かうと、内鍵は掛かっておらず玄関のドアが開き、菜々緒に何かあったのかと緊張しながら部屋の中に入って行く。

「菜々緒？菜々緒？」

逸郎は玄関と廊下の電気をつけ、リビングのドアを開けた。
テレビは付いているが菜々緒がいる気配はない。
寝室のドアを開けるが、寝室も真っ暗でやはり菜々緒の姿はない。

「菜々緒！」

逸郎は菜々緒に電話をかけるが、菜々緒に新しく買い与えたスマホはダイニングテーブルの上で鳴り響いていた。

「菜々緒……どこだ！菜々緒！」

逸郎は部屋の中を探し回る。
トイレも風呂場にも菜々緒の姿はない。

「まさか……逃げた？」

菜々緒に対しての疑惑が一気に膨らむ。
初めて結ばれたあの夜は、万が一菜々緒が去ったとしても後悔しないと思っていたが、あれから2人で過ごすうちに、菜々緒がいなくなる事は考えないようにしていた。
菜々緒を信じていた。

「菜々緒……なんでだよ。なんでいなくなってるんだよ」

逸郎はその場に座り込む。
何を信じて良いのか分からない。
なぜ菜々緒が突然姿を消したのか冷静に考えられない。
まさか真古登がこの部屋にやって来て、菜々緒を連れ去ったとは全く思いもしない。
逸郎はただ、菜々緒が自分を捨てて逃げたと思いパニックになった。