上 下
12 / 53

第一二幕。

しおりを挟む
「あ、紅っ! 一体、何をするっ!」

 当然、席から立ち上がって、顔面蒼白になって慌てふためく私だった!

「だ、大丈夫だ……主人……そう……狼狽するで、無い」

 胸から引き抜いた手には、拳大程度の美しく輝く宝石の様なモノが握られていた!
 そしてそのまま、椅子から転げ落ちる様に力無く横に倒れ込む紅!

「――紅っ!」

 床に倒れ込む前になんとか受け止める事が出来た私。
 静かに仰向けにさせ、血に染まった上半身を抱き寄せた。

「これは竜玉りゅうぎょくと言っての――儂の心臓に等しく力の源でもある。一体に一つの貴重な物故、法外な値段で取引されておる物だ。先に言った条件を満たしておらんでも、無理矢理に身体から引き摺り出して、魔術何ぞの媒介に使ったり出来るのでな? 彼奴等――不敬で不遜な輩は竜玉が欲しいがばかりに、儂の同族を乱獲し駆逐していきおったのだ。従わせる為に拷問し、見目麗しい同胞は陵辱し辱められ、最後には殺され抜き取られる――例の竜の力を削ぐ忌まわしい魔導具を使って抵抗力も奪ってな? 竜玉とはある意味で、呪われた忌まわしき物とも言えるのだ……」

 少し息が荒いが、しっかりした口調で私に説明する紅。
 少し震えている右手の平に載せて、私に見せ哀しく微笑んだ。

「竜玉……これが……」

 抱きかかえている上半身をしっかり抱き込み左腕で支える私。
 空いた右手を紅の震える手に重ねて竜玉を見る。

「正しく人の身に宿せば、譲渡された竜が持つ大きな力が得られるのだ。――主人には心臓が無い故に、儂の竜玉を心臓の代役としてその身に宿せば良い。儂の竜の力を完全に取り込み、確実に強くなれる……」

 哀しく微笑んだまま、左手を添えて竜玉を私にしっかりと握らせた紅。

「私に心臓を差し出してどうするんだ! 阿呆の子と小馬鹿にするが、阿呆の子は紅の方では無いか! 紅が居なくなっては本末転倒だろうに!」

 今にも泣き崩れそうになるも必死に堪え、ありったけの力で紅を抱き込む。
 紅の頬に私の頬を寄せ、不甲斐ない私の為に無茶をした紅を、思いっきり叱り飛ばしてやった!

「――だ、大丈夫だ。そう心配するで無いわ。今回は儂の意思でこの身より抜き出したので、傷は残るが死にはせぬ。――但し、授かる者と生死を共にする。つまり、命の共有――文字通りの一蓮托生にはなるがの。主人は……嫌か?」

 頬に頬を擦り寄せて、私に告げる紅。

「紅はやはり阿呆の子だな! 何を聴いていた? 私は紅に変わらぬ愛を誓うと言った筈だ! ――嫌な訳があるか!」

 命に別状は無い――そう聴いて少し落ち着きを取り戻した私。
 紅にいつも言われている真似をして、言葉通りの精一杯の愛情を込めて叱り付けた。

「これは主人に一本取られたのう」

 冗談混じりで優しい微笑みを携える紅。

「今、証明しよう。――私が如何に紅を想い、必要としているかを!」

 右手で胸の甲冑を外し、鞣革の胸当てを剥ぎ取って、惨たらしい胸の大穴を晒す私。
 紅より手渡された竜玉を、何の躊躇も見せずにその胸の奥へと押し込んでみせた。

 言われていた程に危険でも何でもなかった。
 極自然に、私の身体に馴染んでいったのだ。
 光るとか輝くとか激痛が来るだの鱗塗れの竜の姿になるとか、そんな劇的な変化や気配は全くせずに――。

 

 だが、この瞬間――確かに紅と繋がったのが解った――。



 憶測だが、私のこの異常な状況下に置かれている身体の所為かも知れない。
 本来であれば、紅の告げる様な苦しみを患っていたかも知れない。

「――これで私と紅は一蓮托生だな。紅が愛想を尽かし逃げようとも、地の果て迄も追い掛けて取り戻してやるよ」

 何事も起きず安堵する私は、もう一度、紅の頬に頬を寄せて優しく告げた。

「――主人よ。少々、病んでおらぬか?」

 雰囲気が台無しになる言葉を投げ掛けてくる紅は、私が寄せた頬を頬で押し返してくる。

「酷いな、私は紅を想って――」

 心外だと口にする私の言葉を、震える人差し指で遮って――。

「――皆まで言うな、主人。間違っても重いとか儂は言わんからの。しかし、誠、摩訶不思議よのう。僅かに一晩、経っただけだと言うに、儂をこんな気持ちにさせるとはのう……主人が言ってくれた事、儂からも同様に返してやるわい――」

 そう告げた後、唇を重ねた――。

「儂のこの身と共に捧げよう――主人」

「紅……。私も一本――否、根こそぎ取られたな」

 少し照れ臭く笑う私を、優しく見上げる紅だった――。
 紅をお姫様抱っこで軽々と抱き上げて、寝室に運ぶ私。
 竜玉のお陰か、全く重さを感じない。

「紅……。無茶をさせた。この礼は私の生涯を掛けて返していくとする」

 言葉を投げ掛け、穿たれた傷に視線を落とすと、既に塞がっていた。
 竜が持つ、自然治癒か自己再生の賜物なんだろう。
 喩えは良く無いが、まるで蜥蜴の尻尾だな。

「儂の傷を見て、何を笑うておる、主人」

「済まない――悪意も他意もない。気にするな紅」

 流れる様に美しく綺麗な髪をそっと撫でてやる私。

「何ぞ失敬な事でも考えておったのであろう? まぁ良い。まだ自由には動けぬが、じきに回復する故、治り次第、試練の間に出掛けるとしよう」

 私の手を握り、そう告げた紅に私は――。

「駄目だ、紅。私に理由も告げず、いきなり脅かした罰を与えねばならん」

「罰とな⁉︎ 待つのだ主人よ⁉︎ 竜玉の力を得た主人は儂と対等! 酷い罰だと洒落にならぬ!」

 珍しく怯えた仔犬の様な態度が、余りにも可愛いらしかったので、悪戯っぽく容赦無く告げる私は――。

「駄・目・だ、紅。甘んじて罰――愛あるお仕置きを受けてもらうぞ? ――今日は私と一緒にゆっくり過ごそう。文字通り、契りを交わして、な?」

 そう言って紅をしっかり抱き込んだ!

「――な⁉︎ ど、ど、ど、どーしてもなのか⁉︎ あ、主人よっ⁉︎」

「私の妻たる紅に拒否権は無い。愛あるお仕置きだからな! ――って、冗談だ。――紅が欲しい……駄目か? 駄目なのか?」

「そ、そ、そ、それは……その顔でその言い方は狡い! そんな風に言われては……儂は……儂は……拒否出来ぬであろうが……」

「紅――」「あ、主人――はぅ⁉︎」

 絆でも結ばれたこの日、名実共に結ばれる事になった――。

 ちなみに、の絶叫は、一日中、絶える事は無かった――。



 ――――――――――
 気になる続きはCMの後!
 チャンネルは、そのまま!(笑)
しおりを挟む

処理中です...