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第1章 ハイスクールララバイ  静流の日常

エピソード3-1

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 早朝 五十嵐宅――
 昨日の出来事が嘘だったかのように、静流は深い眠りについていた。

 あるビジョンが浮かぶ。のどかな田舎町の外れにある一軒家。

 そこに年頃の男女が楽しそうに向かっている。

 耳が長くピンとたった金髪の女性と腕を組んで歩いている桃髪の男性。静流はこの男性の顔に見覚えがあった。

「父さん?じゃないよね?ちゃんとヒゲ剃ってるし、服も高そうだし」
 建物に入ると数人の女性が男性を取り囲む。女性はみんな笑っている。

「なんだよモテモテじゃん、やっぱ父さんじゃないな。」

「これは噂に聞く『ハーレム』というやつだな。ん?どうしたんだ?」
 何やらいざこざがあったようだ。

「何かお姉さんたちがケンカしてる!これってヤバいんじゃない?」
 小競り合いのさなか、ある女性が攻撃魔法を使う仕草が見えた。
 不気味な静寂の後、まばゆい光が辺りを包んだ。


「うわぁぁぁぁー」バッ!
 目が覚めた。目覚ましを止めようとしたその時、


「ジリリリリリリィィィィ!」


 一斉に複数の目覚まし時計が鳴りだす。静流は危険を察知し、時計を次々に止めるが間に合わない。
 どたどたと騒がしい音が近づき、バァン!とドアが蹴破られる。 


「もう! しづ兄、起きてよ、朝ごはんだよ!」
「今起きたって!グエッ」


 二歳年下の妹、美千瑠に馬乗りになられ、肺の中の息を全て吐き出した静流は、悶絶寸前に。

 美千瑠は兄妹ゆえの桃髪であり、腰まであろうかという長さを三つ編みツインテールにしている。背は「ミニモニ」サイズである。

 すると隣の家の窓がガラッと開き、づかづかとなだれ込んできたのは幼馴染の仁科真琴である。

 髪の色は深緑、絵の具で言う「ビリジアン」である。均整の取れた容姿に映える白い肌は森の住人を連想させる。

「ちょっと、美千瑠ちゃん、静流が死んじゃうよー」
 青くなっている静流に真琴は近づいた。

「まずいわね、これは人工呼吸が必要だわ。それじゃあ失礼して、ん~」
 真琴の唇が近づく。すかさず美千瑠は枕を真琴の顔に押し当てる。

「あんた、なにどさくさに紛れてしづ兄の初めて奪おうとしてんのさ。」

「だって早くしないと静流の命が!」

「はぁ?こんなもんこうすれば治るよ」とパワーボムの態勢になる。

「ウグェ!?」背中をしたたかに打ち、静流は息を吹き返す。

「ゴフッ、美千瑠…。この茶番劇、まだ続くの?」

「だって、しづ兄からかうのが朝のお勤めだもんね」
 妹が足でげしげしと小突く。

「分かった、起きる、起きるから」静流は重い腰を上げた。

「じゃあ、早く支度してよ?下で待ってるから。」と真琴は当たり前のように窓から自分の家に戻っていった。


               ◆ ◆ ◆ ◆


 食卓に着くと静流は母親に尋ねた。

「母さん、ウチの学校の図書室に居る木ノ実ネネ先生って、知り合いだったの?」

「最近異動してきたらしいわね。ええ、ネネは高校の同級生よ。昔っからの腐れ縁ってヤツ?」

「先生もそんなこと言ってたな。道理で父さんの事も知ってるわけだ。」

「アイツ、お父さんの事、何か言ってた?」

「イイ奴だったって言ってたよ」

「そう、(余計な事は言ってないようね、ホッ)」
 ちょっと気まずい雰囲気になったので、静流は話題を変えた。

「そういえば母さん、僕、ここんとこ変な夢ばっかり見るんだけど?」

「ん?どんな夢?しづ兄」
 美千瑠が興味を示した。

「僕の子供の頃の夢とか、もっと昔の…、そう、父さんに似た人がいろんな女の人とイチャイチャしてる夢!」

「お父さんが!?何ですって!まさか…。(そんな、早すぎるわ。)」ブツブツ

「似てる人だってば。何まさかって?」

「もしかしてお母さん、しづ兄に【夢操作】使ったの?」
 美千瑠が疑惑の眼差しを母親に送った。

「してない、してない。したこともない」
 母親は慌てて全否定する。

「どうだか?」
 美千瑠はまだ疑っているようだ。

「さあ、そんなことイイから早く食べなさいッ」
 母親はそそくさと台所に引っ込んだ。

「あ、そういえば」
 静流は昨日下駄箱にあった手紙を美千瑠に渡した。

「何?コレ?ああ、いつものヤツね。」

「【解呪】掛けといてよ。多分ロクなもんじゃないから」

「どれどれ?ん?何も付与されてないケド?」

「え?そうなの?てっきりいつものかと思ったよ」

「内容は……ん?」



 『黄昏の君』へ
 いきなりこんな手紙、気持ち悪いと思われてもしょうがないよね。
 実は君のこと、好きになっちゃた。正直に一目惚れです。
 学校の廊下ですれ違う時も、授業中もずっと見てしまってる。 
 今まで話したことないし、遠くで見てるだけだったけど、もう無理。
 直接会ってわたしの思い、伝えたい。
 明日の放課後、闘技場に来てくれると、うれしいな。

 3-B 石動 晶


 
「な、なんじゃあ、こりゃあ!」 
 美千瑠はこめかみに血管が浮き出しそうになっている。

「3-Bのイスルギアキラさん?誰かな?ってか何で闘技場!?」
 静流には一切思い当たる節が無い。

「見方によっては『果たし状』ともとれるわね?」
 母親がひょいと覗き込んだ。

「『黄昏の君』って、あの英雄?都市伝説の?何で僕が?」

「そういえばウチのクラスの子がしづ兄のことしつこく聞いてくるんだよね?ウザいくらい」

「いやいや、ないない!人違いだろ?手紙入れ間違ったんじゃないかな?」 


               ◆ ◆ ◆ ◆


 朝食を済ませ、制服に着替える。メッセンジャーバッグを背負い、部屋を出ようとしてあるものが
ないことに気づいた。

「おっと、メガネ、メガネ」と分厚いレンズの丸メガネ、いわゆる瓶底メガネをかけた。

「これでよしっと。母さん、行ってきまーす」

「はぁい、いってらっしゃーい。」
 静流を送りだした母親は、何やらブツブツ呟きだした。
(【限定解除】は有効よね?まさか静流の魔力が上がった?それに【真贋】使いがいるって?マズいわね。それに、黄昏の君って……)

「どうも怪しいのよね」 
 美千瑠が再び疑惑の眼差しを母親に送った。

「(ビクッ)な、何かしら?ほら、急いで!」
 静流が玄関を出ると、真琴が腕を組んで待ち構えていた。

「もう、遅いよ静流、急いで!」真琴に手を引かれ、静流は家を出た。

「真琴ちゃん、しづ兄のこと、頼んだよ!」

「任せて!美千瑠ちゃん!」
 美千瑠と真琴がにらみ合っている。

「ほんと、仲良いんだか悪いんだかわかんないよな、お前ら」

「「ほっといてちょうだい!」」

 美千瑠と真琴、二人の声がシンクロした。ユニゾンとも言うらしい。

「じゃあ、行ってきまーす」

 美千瑠は静流たちとは反対にある中学校に向かった。

 真琴は本題に入った。

「静流、昨日の放課後、何かあったでしょ?」

「う?うん、大したことはなかった、と、思うよ。」

「隠しても無駄だからね?幼馴染特権「報・連・相」の一つ「報告」を命じます!」

「なんだよそれ。上司と部下じゃあるまいし」

「さあ、観念せい!」

バス停に行くまでの間に、昨日の出来事を真琴に説明した。

「は?図書室の一件だけじゃなくってその帰りに柳生先輩と『接触』したって?」

「うかつだったよ、メガネ拭いてたら柳生先輩が階段から落ちそうになっててとにかく大変だったんだ。でもすぐ【幻滅】で相殺したし。大丈夫?だよ」

「記憶、消したよね?」

「う、忘れた。」

「それってヤバいんじゃないの?いろんな意味で。」

「大丈夫だよ、【魅了】は相殺したんだし。」

「わかってないなぁ、もう。これだから静流は」
(素でも結構イケてるって自覚、ゼロだもんね。私が何件告白沙汰もみ消してるのか人の苦労も考えてよね。あたしゃあアンタのマネージャーかっての!)

 気を取り直して真琴が素朴な疑問をぶつけた。
「でもさあ、メガネなくっても問題ないのって家族くらい?」

「いまさらなんだよ、まあ近親者くらいが限界かな。」

「あたしは大丈夫だよ?もしかして近親者ってあたしも入るのかな?つまり気を許せるってコト?!」

「真琴は【魔法耐性】LV.2だし、問題ないよ。」

「は、そうだよね。」ガクッ

 静流は真琴をバスに乗るよう促した。

「そんなことより、早くバスに乗るよ?」
(もう、この鈍感野郎め。)

 真琴は頬を膨らませて拗ねた。
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