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第3章 失われた時を求めて  転移魔法、完成……か?

エピソード23-5

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魔導研究所 ブリーフィングルーム――

「ふぅ。終わった」

 変身を解いた静流は、ブリーフィングルームにいた。

「お疲れ様であります! 静流様」
 佳乃がお茶を運んで来た。

「ありがとうございます」

 静流はお茶を受け取った。
 その様子を見ていたヨーコは、

「うう、何、あの「あ・うん」の呼吸みたいなの」

「特に問題ないじゃない。主人と従者みたいな関係でしょう?」
 ナギサはそれほど気にしていない様子だ。

「それよりも、あの子よ」
 ナギサはロディと呼ばれている濃灰豹に興味深々である。

「ちょっと、ロディさん?」

「何でしょう? ナギサ様」

「んふぅ。たまらないわね。この低音ボイス」
 使い魔マニアのナギサは、ロディの毛並みを確かめるように撫でまわしている。

「私はヨーコよ。よろしくね」

「勿論存じ上げています。ヨーコ様」

「最近、動物がしゃべるのも違和感なくなってきたわね」

「こんな事も出来ますよ。どうです?」シュウゥ
 ロディはヨーコの姿に変わった。

「うわぁ、スゴい再現率ねぇ? クローンみたい」
 アンナは変身の出来栄えを褒めていた。

「静流様のイメージが詳細まで読み取れましたので」シュウゥ
 今度はアンナの姿になった。

「詳細って、そっかぁ、一緒にお風呂入った仲だもんね?」

「う、そうだった……」
 ヨーコは顔を赤くした。

「イイなぁ、キミがいれば授業サボりまくりなのにぃ」

「またしょうもない事を言う」 

「あ、これでシズムの件は解決だよね? 静流様?」

「うん、そうなんだよ。日本に帰ったら、シズムとして学校に通ってもらう予定」

「そっかぁ、帰っちゃうんだ、日本」

「何だかんだでひと月以上いたもんね。もう期末テストが始まっちゃうよ」

「夏休みには、遊びに来てよね? 【転移】使えば簡単でしょ?」

「まあね。みんなは実家に帰るんじゃないの?」

「今年はどうしようかなって思ってる」

 あの学園は、色々な土地から来ている生徒がほとんどなので、夏休みとかになると寮の生徒数も激減してしまう。

「私はずうっと学園にいますよ。ですから静流様、いつでも来てくださいね?」
 ヨーコは精一杯の笑顔でアピールした。

「そうだ。ウチに来るかい? 妹とか紹介したいし」

「え?え? イイんですか? 本当に?」

「イイも何も、キミたちにはいろいろお世話になったしね」

「行く行く! 楽しみだなぁ」

「日本か。夢だったんです。『聖地』に行くの」

「『聖地』?ああ、安芸葉原か。仲野かも」

「どっちも、です!」フーフー
 サラはいつになく興奮している。
 四人が夏休みについて談笑しているのを見て、静流はふと思った。

「すいません、アマンダさん」

「何かしら、静流クン?」

「ちょっと思ったんですけど、『インベントリ』って異空間なんですよね?」

「そうよ。それがどうかして?」

「ちょっとロディ、来て」

「お呼びですか? 静流様」
 デフォの豹になって静流に駆け寄った。

「ちょっと口開けて?」

「はい、カパッ」

 静流はロディの口に手を入れ、ゴソゴソと探っている。
 やがて、数少ない手荷物であるリュックを引っ張り出した。シュッ

「と、まあこんな感じで、今、僕の手は両方の世界を行き来しています」

「確かに。ん?そうか。キミが言わんとしている事は、大方見当が付いたわ!」
 少佐はまるで少女の様に目を輝かせている。ワクワク

「つまり、『ワープホール』よね?」

「そうなんです。特定の場所と『インベントリ』を繋げられないかと思ったんです」

「なるほど。移動する場所がもう決まっていて、何回も行き来するのに【転移】では魔素等のコストがかかるし……『インベントリ』をターミナルとして色んな所と繋げれば、移動手段としてはこの上ないものになるわね。『新交通システム』の確立よ!」

 とんでもない事を思いついた少佐は小刻みに震えながらブツブツ言っている。

「イケる。イケるわ。スゴい発見よ! 静流クン」ガバッ
 少佐は喜びの余りに静流を抱きしめた。

「グエ、ち、ちょっとアマンダさん、苦しいですよ」
 周りからイタい視線を浴びながら、静流は何とかベアハッグから逃れた。

「で、どうかなぁ、ロディ、インベントリを中心に、こっちのいろんな所と繋げることって、可能かなぁ?」

「可能です。しかし、そのためには静流様のインベントリ利用権限を、ランク2に上げる事が条件です」

「利用権限? そんなもの、あったんだ」

「セキュリティレベル、みたいなものかしら? そうよね、大変な事だもの」
 少佐は顎に手をやり、思考を巡らせている。

「今の権限がインベントリ内に自由に物を出し入れ出来るという権限の、ランク1です」

「そっか。じゃあ、どうすればランクを2に上げられるの?」

「静流様が『ワタルの塔』に行き、3階層に行く必要があります」

「『ワタルの塔』って、例のヤツか……危険は無いの?」

「ダンジョンではありませんので安全ですが、見つけるのが至難の業、でしょうね?」

「巧妙に隠されているって言ってたな。ロディでもダメなの?」

「ダメです。これは静流様が真の『ワタル2世』となる為の『試練』のひとつですから」

「またその話か。まあイイや。とにかくその『試練』って、そんなに難しいの?」

「インベントリ内は無限です。危険は無いと言いましたが、迷子になってしまうと厄介な事になりかねません」

「何かヒントでもあればなぁ」

「先代からのメッセージがあるはずなのですが」
 静流の脳裏にあるキーワードが浮かんだ。

「ロディ、『嘆きの川(コキュートス)』って知ってる?」

「勿論です。なぜなら、塔の場所は『嘆きの川』付近にあるからです」

「『嘆きの川』がインベントリの中にあったなんて……偶然?」

「先代が、ここではない世界と塔との間に『ゲート』を【構築】したのです」

「やっぱ出来るんだ。待てよ? って事は、伯母さんや薫さんに会えれば、塔の場所がわかるって事か」

「静流クン、パズルのピースがまた埋まったようね?」

「そうみたいです。ちょっとした『冒険』ですよね?」

「静流クン、夏休みの予定、決まったわよ!」

「まさか、突貫ですか?」

「『善は急げ』って言うでしょ? 宝探しに行くわよ! こうしちゃいられない、精鋭をチョイスしてダンジョン攻略の選抜チームを作らなきゃ」ワクワク
 少佐は年甲斐もなくはしゃいでいる。

「随分楽しそうにしてるのね、あの子」
 カチュア先生はそんな妹を見て、そうつぶやいた。

「研究に没頭すると、周りが見えなくなるタイプよね?」

「成功の為ならば、手段を選ばないタイプであります!」

「部下の命を軽く見ている節があるよね?」
 三人の部下たちは、それぞれの意見を述べた。

「「「つまり、成し遂げる為の執念はスゴいよね」」」
 三人の意見が合致した。

「ま、少し安心したかな? ねえ?静流クン」

「なんです? 先生」

「アタシの事も構って頂戴!」ガバッ
 カチュア先生はいきなり静流を抱きしめた。

「グエ、先生もですか? 痛いですよ」

「アマンダばっかりズルいー。静流クンだけに、ズルって呼ぶわよ?」

「小学生ですか?」

「アナタは私のココに、火をつけたんだから、責任とってもらうわよ?」むにぃ
 カチュア先生は静流の右手をグィッと掴んで、自分の左胸に当てた。

「わ、何するんですか!?」

「私のリビドー、受けとって!」

「魔素は足りてます!」

「姉さん! 自分だって静流クンをオモチャにしてるじゃないの!」
 見かねた少佐は姉の暴挙に割って入った。

「私だって、静流クンとイチャイチャしたいんだもん!」
 顔を火照らせた先生は、少女のような仕草で妹に文句を言った。

「姉さん? 勘違いしないで。私たちは、ただ遊んでるワケじゃないのよ?」

「わかっているつもりよ。でも……納得いかない!」

「この『新交通システム』プロジェクトが成功した暁には、あの学園にも『ゲート』を繋ぐ。そうすればいつでも静流クンに会えるわ」

「本当ね? 約束よ?」

「シズルカ様に誓うわ」
 一応着地点が決まったようだ。

「あのぅ……勝手に話が進んでいるようですが」

「「何か、問題でも?」」

「ひぃっ、ありましぇん」
 息ピッタリの姉妹に、静流はタジタジであった。

「今の流れだと、アタシたちにもメリットありそうよね?」

「大アリよ! これでいつでも静流様に……エヘ」

「夢みたいな話だね。簡単に『聖地』に……行ける」

「その冒険には、付いて行けないのかしら?」

「そう言うのは、大人に任せとけばイイのよ!」
 アンナたちには、タナボタであったようだ。


          ◆ ◆ ◆ ◆


魔導研究所 格納庫――夕方

 夕方になり、学園の生徒たちと先生を学園に帰す時間となった。

「今日は付き合ってくれて、ありがとう」
 静流は、学園のみんなに今日のお礼を言った。

「いえいえ、勿体なきお言葉」
 ヨーコは謙遜した。今回サラを除くヨーコたちは実際何もしていないが。

「特にサラ、今日のMVPはキミだ!」

「ふぇ? 私、ですか?」

「キミは僕たちの要望を遥かに超えたものを作り出した。自慢してイイんだよ?」

「そんなに、褒められると、照れちゃいます」カァァ

「静流様、夏休みにまた遊ぼうね?」

「うん。まずは『試練』をクリアして、学園に『ゲート』を【構築】する」

「そう言えば、静流様、『ドラゴン寮』の件なんですが」
 ヨーコはふと思い出した事を静流に確認した。

「ん? ドラゴン寮が何か?」

「あそこでカオルコ様がいなくなったんですよね? カオルさんが出て来た『ゲート』って正にソレじゃないか……と」

「そうか! ナイスだヨーコ! 確かに……先ずは『ドラゴン寮』の調査からだな」

「フフン。来た甲斐、ありましたよね? 私」

「勿論だよ! ありがとう」
 ヨーコは胸を張り、ドヤ顔をしている。

「まあ、僕はとにかく家に帰るよ。夏休みの予定は考えとくから」

「はい! 楽しみにしています」
 学園に帰る用意が出来たので、佳乃はキャンピングカーにみんなを誘導した。

「それでは皆さん、乗って下さい」
 佳乃は先生を含め四人をキャンピングカーに載せた。

「静流様、準備オーケイであります!」

「よし、ロディ、収納して」

「畏まりました。静流様」
 ロディは口を開け、キャンピングカーを飲み込んだ。 ヒュゥゥ
 次にロディは、静流の後ろにちょこんと座った。
 静流がキャノピーを閉める。パシュ

「オシリス、魔法陣、展開!」

「オーライ」ブーンッ
 オシリスが魔法陣をバギーの下に展開した。

「カウントダウン始めます。 10秒前! 9、8、7……」
 ロディがカウントダウンを始めた。

「5秒前! 4、3、2、1、ゼロ!」

 「【転移】!」ブンッ
 
 静流とロディを乗せた小型バギーは、残像を残し、消えた。
 その数分後、

   ブーンッ
 
 まるで不可視モードを解除した時の様に、上から実体化していく。

 シュゥゥ

 バギーのマフラーから、水蒸気のような煙が少し出た。

 パシュウ

 キャノピーが跳ね上がり、ヘルメットを被った静流が現れた。

「只今帰りました!」

「お帰り! 意外と早かったね?」
 リリィは予想外に戻りが早かった事を、静流に尋ねた。

「ヨーコは少しグズってましたけど、夏休みに会おうって事で許してもらいました」

「彼女、メロメロじゃない、キミに」

「どうかな? ヨーコは僕を買いかぶり過ぎなんですよ。あと、惚れっぽいみたいで」

「静流クンの頭の中のお花畑、見てみたいわぁ」
 リリィは、静流の恋愛観がとっくに崩壊している事を、改めて理解した。
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