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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード51-34

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インベントリ内 管理事務所――

 プレールームの隅に医務室があり、カチュアが待機している。
 その隣には管理事務所があり、睦美やリリィがいた。
 睦美の所に部員が小走りで近付いて来た。

「GM、手はず通り、団体様を誘導しました!」
「ご苦労。さて、どうしたものかな……」

 睦美はどうやらレヴィたちの偽装を見破っていたようだ。
 リリィは気まずそうに睦美に言った。

「あちゃー、もしかして、バレバレだった?」
「そうでもないですよ。現に私以外、誰も気付いていないではありませんか?」
「そう言えば、そうね……」
「私の場合、『勘』が鋭いので。【真贋】を使うまでもありませんでしたが……」
「お見事! 軍の諜報部御用達のグッズだったんだけどな」

 リリィは申し訳なさそうに睦美に言った。

「で、何を考えてるの? アタシ的にはスルーしてもらいたい所なんだけど……」
「このまま騙されてあげるだけの方が、果たして本当にイイのでしょうか?」
「ん? それ以上の何かをあげるの?」
「ええ。元々、軍の方たちには優遇措置の用意もありましたので」
「そうだったの? それはアイツらの早トチリだったね。大人しく待ってればよかったのに」

 睦美は溜息混じりに呟いた。

「問題は、皆さんが静流キュンという人物が実在する事を知っている事ですよ。それではこのアトラクションを本気で楽しめない……」

 ココの利用者は基本、二次元キャラの『静流』にコスプレしたレイヤーを目当てに来ている。
 しかし、静流の存在を認識してしまっている者たちにすれば、対象は常に一人なのである。

「そっか。アタリとハズレが出来ちゃうもんね。でも、奴らだって、そんなのは百も承知でしょうに?」
「そうですよね。考えすぎでしたか。ハハハ」

 リリィにそう言われ、終始スルーに徹すると決めた矢先に、リリィがボソッと呟いた。

「静流クンも、メルクやロディみたいに、【分身】とか出来ちゃったりしないのかなぁ? 魔法のセンスはピカイチなんだから……」
「ん? 今、何と?」
「だから【分身】が――」 

 睦美のメガネが天井の照明の光を受け、きらっと光った。

「それだ! 次のシャッフル時に試してみましょう!」
「え、ええ~!?」



              ◆ ◆ ◆ ◆



「アクターの皆さん、5分間の休憩でーす!」

 部員にそう言われ、出口用ドアから四人が出て来た。
 ちなみに、ココでの5分間は、外界の15分に相当する。

「ふぅ。結構ハケたでしょ? さっきので何人目?」
「そうですね……私は先ほどの方で56人目でした」
「え? そんなに相手してたの? 15人目位から数えるの止めたから……」
「お腹空いたぁ。糖分補給しなくちゃ干からびちゃうよぉ……」

 相当数のユーザーとの接客を終えた四人は、流石に疲労の色がうかがえた。
 部員がお盆に缶ジュースを乗せて近付いて来た。

「お疲れ様です! オカ研から『ドクポ』の差し入れです!」

 ドクポとは、正式名称が『ドクターポッパー』と言い、オカ研が製造している魔力回復に一定の効果が見られる炭酸飲料である。

「ありがとう! わぁ、助かります!」
「うぇぇ、あの薬コーラか……アタシ、お茶でイイ」
「ウチも普通のコーラがイイかも……」

 ドクポを差し出され、素直に喜んだのは静流だけだった。
 ドクポは、魔力回復に効果のある薬草を主成分としている為、味はお世辞にもイイとは言えず、万人受けしない。

「ぷはぁ~! クセになるんだなぁ、コレが」

 ドクポをグイっと仰った静流に、睦美とリリィが近付いて来た。

「いやぁ静流キュン、どうだい調子は?」
「みんなお疲れ! 見た所大体2/3はハケたみたいよ。もうひと踏ん張りよろしく!」
「うひぃ……まだ先は長いな……」

 そう言ってうなだれた静流に、睦美が声をかけた。

「静流キュン、疲れている所に申し訳無いのだが……」
「何です? また何かトラブルでも?」

 静流は警戒しながら耳を向けた。

「ぶっつけ本番でアレだが、【分身】を習得してみないか?」
「【分身】? ロディやメルクが使う、アレ、ですか?」
「そうそう! 思った事はないか?『こんな時、自分の分身がいればなぁ……』なーんて事!」

 睦美は身振り手振りで静流に説明した。

「確かに、ロディの事をたまに羨ましく思う事はありますよ?」
「そうだろう? 今の状況がまさにそれだと思わないかい?」

 食いつき始めた静流に、睦美は畳み掛けた。

「下僕の二人はさておき、薫子お姉様を早く楽にしてあげたいだろう?」
「ひどーい! それはブラックだよGMちゃん?」
「私は……苦楽を共に出来る事を嬉しく思います」

 ブラムとロディがそう言ったあと、薫子がゆっくりと口を開いた。

「余興にしてはスケールが大きすぎたかも……次があるとしたら、フルタイムはパスかな……」

 薫子はチラチラと静流を見ながら、正直な気持ちを吐露した。

「ロディ、僕に出来ると思う?」
「以前、メルク師匠と話したのですが、恐らく可能かと思います」
「そうなの? その情報、早く知りたかったなぁー」

 静流は口をとんがらせて愚痴った。

「実は、何組か後に団体様が入っていてね、どうもヘビーユーザーらしいんだ」
「いわゆる『太い客』ってやつですか……それは厄介だな……」
「アクターのクオリティにうるさいみたいでね……出来れば『素材』だけでも最高の人材を用意したいんだ」
「それで二次元とのシンクロ率が高い僕を充てようと……一理ありますね」

 静流は顎に手をやり、睦美の言い分に一考の価値を見出した。

「理解が早くて助かるよ。どうかな? 試してみる価値はあると思うけど?」
「具体的に、どうすればイイ? ロディ」
「術式のイメージを【リード】して頂き、あとは実践あるのみです」
「魔力も満タンだし、一丁やってみるか!」



              ◆ ◆ ◆ ◆



 ノートPCを開き、メルクを呼び出す静流。

「メルク、来てくれ」
〈……ワシは知らんぞ。勝手にやれ〉
「ん? メルク? 誰と話してたの?」
〈おお静流か? いや、リアと下らん話をしとっただけじゃ。気にするな〉

 恐らく壱号機が膜張に来ている事が、メルクにバレたのだろう。

〈なんじゃ静流。明日のバトルには参加出来ん事は知っとるぞ?〉
「そっちじゃない。僕に【分身】が使えるかを聞いてるんだ」
〈お主の潜在魔力と未知のスキルがあれば、容易い事だろう〉

 静流は、今までのいきさつを大雑把に説明した。

〈ふむ。つまり、幻術のたぐいでは無く、実体のある分身を作り出すのじゃな?〉
「触れなきゃ意味ないんだ。どうかな?」

 メルクは一度頷き、話し出した。

〈【分身】にも数種あってな。自信の複写を作るものと、自らの細胞を使って増殖させるものとある〉
「今回のケースに合ったものは?」
〈前者じゃろうな。後者は術式が複雑であり、完全に『個』として創造されるものじゃからのう〉
「【増殖】って言うのはつまり、ロコ助みないなものか」

 静流はロコ助を見て言った。

「はい。ロコ助は私の細胞の欠片を分裂増殖させたものですから」

 確かにロコ助は、普段ロディが作り出す分身とは別の存在に思える。
 静流は、メルクたちに気になる事を質問した。
 
「時間的な制限はあるの?」
〈魔力が続く限り有効じゃ。あくまで撃破されるとかが無ければ、じゃが〉
「解除方法は?」
「【複写】の場合、【集約】を使って使用者に吸収させる事で解除されます」
〈【集約】を行う事で一つに合成し、分身それぞれの記憶を共有出来るのじゃ〉
「ロディは、それを常にやっていたのか……スゴいな」
「元々プログラムされている事です。大した事ではありません」

 そう謙遜しているロディだが、静流に褒められ、心なしか声が弾んでいた。

〈何体増やせるかも含め、とにかくやってみん事にはわからん〉

「よし、やってみよう!」

 意外にやる気を出してくれた静流を見て、睦美は安堵した。
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