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第9章 冬の……アナタ、どなた?
エピソード54-8
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柳生家 居間――
睦美が用意した料理の出来に、感嘆の声を上げた静流。
その静流を甲斐甲斐しく世話する睦美を見ながら、広海はとっておきの酒を飲み始めた。
すると酔った広海は何も無い空間に向かって談笑を始めた。
どうやらその相手は、今は亡き睦美の母親、良美らしい。
「親父殿は酔ってふざけているのではないのだな? 静流キュン?」
「はい。 確かに何かがいます……」
防護メガネを赤外線モードにした静流には、広海が談笑している視線の先がサーモグラフィで表示されている。
サーモグラフィで見る霊体は、全体が青くなって見えている。
「待って下さい、 今解像度を上げます……ん?」
「何が見えたんだ? 静流キュン?」
メガネの調整ツマミをいじって解像度を上げた静流は、努めて冷静に言った。
「女性です。 しかも睦美先輩にそっくりな……あ、どうも」
何者かと目が合った静流は、思わず頭を下げた。
「ほぉ。 キミのそのメガネなら見えるのか? 流石は花形光学機器製だな」
「これの改良に軍が一枚噛んでいますんで。 って言うかその方は!?」
広海が悪びれた様子もなく、隣の何者かと自然にやり取りしている光景に、静流はツッコミを入れた。
「紹介しよう。 妻の良美だ♪」
「これはどうも。 睦美先輩にはいつもお世話になっています」ペコリ
広海に紹介され、静流は改めて頭を下げた。
サーモグラフィでは体全体が青く表示されている良美らしき霊体は、姿形は睦美そっくりだった。
「ちょっと失礼するよ。 私が戻るまで、 静流クンの相手をしていてくれ」
「え? ちょっと待って下さいよぉ……」
そう言って広海は立ち上がり、廊下の方に歩いて行ってしまった。
居間には、良美らしき霊体と静流、そして睦美がいた。
「本当に……母様なのか?」
「そうらしいです。 えっ? 何ですか?」
静流が良美の方を向き、凝視している。
「う~ん、 全く聞こえませんねぇ……」
「どういう状況なのだ? 説明してくれ」
「良美さん?が口をパクパクさせているだけで、何言ってるんだかわからないんですよ……」
睦美は静流に実況させようとしている。
「すいません、 どうも映像のみで音声までは読み取れないんです」
「え? あ、 えーっと『む』?『つ』?『み』? 『むつみ』?」
静流に何かを伝える為、良美は必死にジェスチャーを始めたようだ。
「え? ええ。 安心して下さい! 娘さんは立派に育っていますよ? ん? 『置いといて』ですか?」
「何をやってるんだ? 静流キュン?」
「良美さんは僕に何かを伝えたいみたいなんですが、 音声までは受信出来なくって……」
腕を組んで首を傾げる静流に、睦美は呆れながら言った。
「しかし、 幽霊と対峙しているのに、 少しも動じて無いな?」
「ああ。 それは薫子お姉様が『Gモード』だった時の感じと似ていたんで、特に驚きはしませんでしたね」
「成程な」
薫子はある時から実体と残留思念が分離し、学園のドラゴン寮に幽霊として棲みついていた事があった。
「睦美先輩、見てみますか? お母さんを」
「しかし、 メガネを外すわけには……」
「後ろを向いて目を手で覆っていますから、 問題無いです」
静流がそう言うと、少し逡巡した睦美は、意を決して静流に言った。
「頼む。 貸してくれ」
「わかりました」
静流は後ろを向き、防護メガネを取った。
そして片手で目を抑え、睦美にメガネを渡した。
「どうぞ……」
「済まない、借りるぞ」
静流から防護メガネを受け取った睦美は、自分のメガネを取り、防護メガネをかけた。
「ピントは横のツマミです」
「お、おお……」
静流に言われ、自分の度に合わせたピントにツマミを操作した睦美。
「母様……?」
サーモグラフィで見る良美の霊体は、全体が青かった。
睦美に向かって何かを伝えようとしているが、前述の通り埒が明かない。
「母様? 何を言っている? 聞こえないんだ」
すると赤い顔で上機嫌の広海が、トイレから戻って来た。
「お! もう打ち解けたか。 流石静クンの息子だなっ」
「親父殿! どうやって母様と会話している!?」
戻って来た広海に、睦美が迫った。
「あ? ああ。 それは多分……」
広海がそう言ってブランデーのボトルを横目で見た。
『カミュ ブックシリーズ』と言われる、本の形をした陶器製のボトルである。
「ん? そうか! 読めたぞ、 静流キュン!」
「え? どうしたんです? 睦美先輩?」
「恐らくこれは必要ない。 返すぞ」
そう言うと睦美は、静流の防護メガネを外し、静流に返した。
メガネを受け取った静流は、瞬時にメガネを装着した。
「親父殿のとっておきの酒……『カミュ ナポレオン エクストラオールド』これが全ての現象のキーアイテムだ!」
そう言って睦美は、ブック型ボトルのカミュを広海から取り上げ、空になっていた自分の湯呑に注ぎ、一気に飲み干した。
「うんぐ、 んっぐ……ぱっひゅーん」
睦美は一瞬で顔が真っ赤になり、目がとろんとなった。
「ば、バカな事を!? その量をストレートで一気に飲み干すヤツがいるか!?」
睦美の暴挙に、広海の酔いが少し醒めた。
「睦美先輩!? 大丈夫ですか?」
「ら、らいりょうぶら。 それより母しゃまを……」
酔いが回った睦美は、虚ろな目で母親の姿を探した。
睦美はやがて、ある方向を向いて前に進みだした。
「か……母しゃま、母しゃまぁ……むにゃぁ」
そう言って睦美は広海の隣に敷かれた座布団に寝そべり、丸くなった。
やがて静かな寝息をたて、睦美は眠りについた。
「寝ちゃいましたね、 睦美先輩……」
「高い酒なんだぞ!? もっと味わって呑みやがれ!」
広海はそう怒ったが、 表情は穏やかだった。
気持ちよさそうに眠っている睦美の頬を、一筋の涙が滑り落ちた。
静流が防護メガネを赤外線モードに切り替えると、睦美の傍らに佇む良美が、サーモグラフィで表示された。
「この現象は、いつから起こったんですか?」
「あれは、 睦美が中学に上がる頃だった……」
静流に聞かれ、広海はゆっくりと語り出した。
睦美が用意した料理の出来に、感嘆の声を上げた静流。
その静流を甲斐甲斐しく世話する睦美を見ながら、広海はとっておきの酒を飲み始めた。
すると酔った広海は何も無い空間に向かって談笑を始めた。
どうやらその相手は、今は亡き睦美の母親、良美らしい。
「親父殿は酔ってふざけているのではないのだな? 静流キュン?」
「はい。 確かに何かがいます……」
防護メガネを赤外線モードにした静流には、広海が談笑している視線の先がサーモグラフィで表示されている。
サーモグラフィで見る霊体は、全体が青くなって見えている。
「待って下さい、 今解像度を上げます……ん?」
「何が見えたんだ? 静流キュン?」
メガネの調整ツマミをいじって解像度を上げた静流は、努めて冷静に言った。
「女性です。 しかも睦美先輩にそっくりな……あ、どうも」
何者かと目が合った静流は、思わず頭を下げた。
「ほぉ。 キミのそのメガネなら見えるのか? 流石は花形光学機器製だな」
「これの改良に軍が一枚噛んでいますんで。 って言うかその方は!?」
広海が悪びれた様子もなく、隣の何者かと自然にやり取りしている光景に、静流はツッコミを入れた。
「紹介しよう。 妻の良美だ♪」
「これはどうも。 睦美先輩にはいつもお世話になっています」ペコリ
広海に紹介され、静流は改めて頭を下げた。
サーモグラフィでは体全体が青く表示されている良美らしき霊体は、姿形は睦美そっくりだった。
「ちょっと失礼するよ。 私が戻るまで、 静流クンの相手をしていてくれ」
「え? ちょっと待って下さいよぉ……」
そう言って広海は立ち上がり、廊下の方に歩いて行ってしまった。
居間には、良美らしき霊体と静流、そして睦美がいた。
「本当に……母様なのか?」
「そうらしいです。 えっ? 何ですか?」
静流が良美の方を向き、凝視している。
「う~ん、 全く聞こえませんねぇ……」
「どういう状況なのだ? 説明してくれ」
「良美さん?が口をパクパクさせているだけで、何言ってるんだかわからないんですよ……」
睦美は静流に実況させようとしている。
「すいません、 どうも映像のみで音声までは読み取れないんです」
「え? あ、 えーっと『む』?『つ』?『み』? 『むつみ』?」
静流に何かを伝える為、良美は必死にジェスチャーを始めたようだ。
「え? ええ。 安心して下さい! 娘さんは立派に育っていますよ? ん? 『置いといて』ですか?」
「何をやってるんだ? 静流キュン?」
「良美さんは僕に何かを伝えたいみたいなんですが、 音声までは受信出来なくって……」
腕を組んで首を傾げる静流に、睦美は呆れながら言った。
「しかし、 幽霊と対峙しているのに、 少しも動じて無いな?」
「ああ。 それは薫子お姉様が『Gモード』だった時の感じと似ていたんで、特に驚きはしませんでしたね」
「成程な」
薫子はある時から実体と残留思念が分離し、学園のドラゴン寮に幽霊として棲みついていた事があった。
「睦美先輩、見てみますか? お母さんを」
「しかし、 メガネを外すわけには……」
「後ろを向いて目を手で覆っていますから、 問題無いです」
静流がそう言うと、少し逡巡した睦美は、意を決して静流に言った。
「頼む。 貸してくれ」
「わかりました」
静流は後ろを向き、防護メガネを取った。
そして片手で目を抑え、睦美にメガネを渡した。
「どうぞ……」
「済まない、借りるぞ」
静流から防護メガネを受け取った睦美は、自分のメガネを取り、防護メガネをかけた。
「ピントは横のツマミです」
「お、おお……」
静流に言われ、自分の度に合わせたピントにツマミを操作した睦美。
「母様……?」
サーモグラフィで見る良美の霊体は、全体が青かった。
睦美に向かって何かを伝えようとしているが、前述の通り埒が明かない。
「母様? 何を言っている? 聞こえないんだ」
すると赤い顔で上機嫌の広海が、トイレから戻って来た。
「お! もう打ち解けたか。 流石静クンの息子だなっ」
「親父殿! どうやって母様と会話している!?」
戻って来た広海に、睦美が迫った。
「あ? ああ。 それは多分……」
広海がそう言ってブランデーのボトルを横目で見た。
『カミュ ブックシリーズ』と言われる、本の形をした陶器製のボトルである。
「ん? そうか! 読めたぞ、 静流キュン!」
「え? どうしたんです? 睦美先輩?」
「恐らくこれは必要ない。 返すぞ」
そう言うと睦美は、静流の防護メガネを外し、静流に返した。
メガネを受け取った静流は、瞬時にメガネを装着した。
「親父殿のとっておきの酒……『カミュ ナポレオン エクストラオールド』これが全ての現象のキーアイテムだ!」
そう言って睦美は、ブック型ボトルのカミュを広海から取り上げ、空になっていた自分の湯呑に注ぎ、一気に飲み干した。
「うんぐ、 んっぐ……ぱっひゅーん」
睦美は一瞬で顔が真っ赤になり、目がとろんとなった。
「ば、バカな事を!? その量をストレートで一気に飲み干すヤツがいるか!?」
睦美の暴挙に、広海の酔いが少し醒めた。
「睦美先輩!? 大丈夫ですか?」
「ら、らいりょうぶら。 それより母しゃまを……」
酔いが回った睦美は、虚ろな目で母親の姿を探した。
睦美はやがて、ある方向を向いて前に進みだした。
「か……母しゃま、母しゃまぁ……むにゃぁ」
そう言って睦美は広海の隣に敷かれた座布団に寝そべり、丸くなった。
やがて静かな寝息をたて、睦美は眠りについた。
「寝ちゃいましたね、 睦美先輩……」
「高い酒なんだぞ!? もっと味わって呑みやがれ!」
広海はそう怒ったが、 表情は穏やかだった。
気持ちよさそうに眠っている睦美の頬を、一筋の涙が滑り落ちた。
静流が防護メガネを赤外線モードに切り替えると、睦美の傍らに佇む良美が、サーモグラフィで表示された。
「この現象は、いつから起こったんですか?」
「あれは、 睦美が中学に上がる頃だった……」
静流に聞かれ、広海はゆっくりと語り出した。
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