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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード54-9

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柳生家 居間――

 睦美の父親である広海が、酔っぱらいながら談笑している相手は、今は亡き睦美の母親、良美だった。 
 あらゆる現象の根源が広海のとっておきの酒『カミュ』である事を突き止めた睦美は、自らカミュをあおり、撃沈してしまう。

「スゥ…スゥ…母しゃま、むにゃ」

 寝言を言いながらスヤスヤと寝ている睦美を見ながら、広海は語りだした。

「この酒はね、 新婚旅行の時のお土産なんだよ」
「お二人の、 想い出の品ですね」

 広海は続けた。

「本の形が気に入ったと、良美に空港でねだられてね。 当時としては高い出費だったが、あまり自分の事を優先するヤツじゃなかったから、喜んで買ってやった」

 広海は本型のボトルを手に取った。
 ボトルには有名な画家の代表的な作品が印刷されている、『画家シリーズ』と言われるボトルだった。

「家に持ち帰ってすぐに開けると思ったんだけど、 居間に飾ったままいつまで経っても封を開けないんだよ」
「よっぽど気に入ってたんでしょうね。 何かわかる気がします」

 すると広海の顔が、少しずつ曇り始めた。

「睦美が生まれ、 あれよあれよと月日が流れた。 カミュもいつの間にか隅っこに追いやられて忘れられていた……」

 広海はそこで言葉を切り、暫く天井の方をぼんやりと見ていた。 

「良美は元々体が弱い上に魔力耐性が低かった為、 魔法での治療も困難を極めた……そして睦美が8歳の時、帰らぬ人となった」

 静流が良美の方を見ると、良美は俯いて睦美の髪を撫でる仕草をしていたが、実体が無い為触れない。

「睦美の中学校の入学式があったその晩、 ふとカミュの事を思い出したんだ」
「それで、封を開けたんですね?」
「うっすらホコリが被ったボトルを奥から引っ張り出し、封を開けた。 そしてそれをショットグラスに注ぎ、口に含んだ」 

 広海はその時の事を思い出し、興奮気味に静流に言った。

「保存状況はさておき、芳醇な香りと古酒特有のまろやかな口当たりに一瞬でこの酒の虜となった。 それからは睦美の目を盗んでチビチビと大事に飲んでいた」 

 今の広海の話に、静流は違和感を覚えた。

「ん? そんな前に飲み始めたんだと、もうとっくになくなってるんじゃないですか?」
「そう。 ここからが大事な所だ」

 静流の指摘に、広海は大きく頷き、再び語り始めた。

「ある時、ボトルに酒がもうちょっとしかない事に気付き、名残惜しかったので最後の一口をためらっていたんだ……それからさらに時が過ぎ、ある時ふとあのボトルが目に入り、興味本位で蓋を開けてみたんだ」

 広海はそこまで言うと、急にテンションがハイになった。

「するとどうだろう? 酒の量が満タンになっていたんだ! スゴいだろう?」
「確かにスゴいですね! オカルト要素モリモリです!」
「嬉しさの余り、すぐさまロックで飲んだ。 香りも味も、以前のままで素晴らしい口当たりだった。 私は夢中になってグイグイ飲み、 やがて酔ってしまった……」

 そこで広海は言葉を切り、もったいぶりながら言った。

「その時に聞こえたんだ。『ひークン、 飲み過ぎだよ!』って。 私を優しく叱ってくれたのは、 アイツの……良美の声だった」

 嬉しそうに話す広海は、立ち上がって熱弁を始めた。

「声に気付いて辺りを見渡した。 すると目の前におぼろげな像が浮かび上がった。 間違いなく良美だった。 コイツ、開口一番、なんて言ったと思う?」
「さぁ?『ごきげんよう♡』とかですか?」
 
 広海は睦美のそばで座っている広海を指さし、静流に聞いた。 

「『やぁひークン! 元気そうで何よりだ!』だってさ。 オッサンみたいだろ? ハッハッハ!」

 そう言って笑っていると、良美がスゥっと広海に近づき、広海をポカポカと殴る仕草をした。

「ああわかったわかった。 ゴメンゴメン」
「良美さん、 怒ってるんですか?」 
「ちょっとからかうとすぐこれだよ。 はいはい悪かった」

 静流は今までの流れを整理し、ある答えに辿り着いた。

「そうか。 ちょっと失礼します」

 静流は睦美がカミュを飲んだ湯呑を手に取るや、逆さにしてわずかに残ったカミュを数滴口の中に垂らした。

「ちょっとピリッとしますね。 あ、像がはっきりしてきました!」

 防護メガネを通常モードに戻しても、良美の姿がはっきりと見えた。
 メガネをかけ、緑色の髪を後ろで縛っている良美は、髪の色以外は睦美そっくりであった。

〔ちょっとひークン!? 静流クンに嫌われちゃったらどうしてくれるんだよぉ!〕
「大丈夫だ。 彼はそれくらいでお前を嫌いになりゃしないよ」
〔本当? 本当に?〕
「ああ、本当だ」

 しばらくそのやりとりを見ていた静流が、恐る恐る声をかけた。

「あのぉ、 バッチリ聞こえてますよ?」
〔ふぇ!? ふえぇ~!!〕 

 静流の方を向いた良美は、目が合った瞬間にキョドり始めた。
 手をバタバタさせ、顔を左右に振っている。

〔あう、 あぅぅ〕
「大丈夫ですから、落ち着いて下さい……」
〔ふぅー。 ふぅー……〕

 静流になだめられ、良美は落ち着きを取り戻した。 
 
「ハッハッハ。 それじゃあ立場が逆だろう?」
〔だって、 あのムーちゃんが男の子を連れて来たんだよ? そりゃあ驚くよ〕

 良美はそう言って頬を膨らませて拗ねた。



              ◆ ◆ ◆ ◆



 暫くするといつの間にか広海も眠ってしまっていた。

〔あーあ。 寝ちゃった。 静流クン、 もう少しお話したいなぁ……〕
「イイですよ。 こう言う経験ってそんなに無いでしょうから」

 それから静流は、カミュをひとなめして効果を維持しながら良美と会話し、お互いの情報を交換した。

〔私の家系は精霊族の血が濃くてね。 いわゆる【精霊魔法】が使えたの〕
「【精霊魔法】ですか?」
〔先ずは霊体を現世に留める魔法として使った【霊体化】。 元々は物理攻撃よけの魔法なんだけどね〕
〔その次に触媒として選んだのがこのお酒なの。 とにかく時間が無かったから必死だったのよ?〕
「そうだったんですね。 何か腑に落ちました」
〔お酒にはね、神秘的な力があるの。 特に思い入れが強いものはね〕

 良美は当時の事を思い出しながら説明した。

〔体が持たないってわかった時、 ムーちゃんは8歳でしょ? 心配で心配で、 それが心残りだったの〕
〔死ぬ間際、わたしはありったけの魔力をあのボトルに注いだ。『いつまでも、 ひークンとムーちゃんを傍で見守りたい』って念じて〕

 静流は顎に手をやり、状況を整理した。

「ふぅむ。 良美さんの姿が見えるようになるのは、 そのお酒を飲むという『条件付け』が必要だったわけですか?」
〔それは偶然。 私はひっそりと見守るつもりで、 姿は見せないつもりだったし……ひークンが飲んじゃった分を補充するのに手間取ってて、【可視化】出来てるなんて、 後で知ったくらいだもん〕

 ひとしきり話したら、良美は満足そうに言った。

〔そろそろお開きにしよっか?〕
「そうですね。 今お二人を起こします」

 熟睡している睦美たちに、静流は回復魔法をかけた。

 【デトックス】及び【キュア】ポゥ

 静流の右手に紫色の霧が発生し、二人のオデコにそれを当てた。

 シュゥゥゥ

 二人の身体を紫のオーラが覆い、暫くして霧散した。

「う、うう~ん……」 
「はっ! いかん! 寝てしまっていたのか?」

 広海はゆっくりと起き上がり、睦美はがばっと起き上がった。
 静流は二人を交互に見ながら、悪戯っぽく言った。 

「おはようございます。 グッスリ寝れました? フフフ」 


「「静流キュン!?」」


 二人は目を見開いて静流に迫った。

「良美は帰ったのかい? 姿が見えないが」 
「まだいらっしゃいますよぉ。 アルコールを解毒したから見えないんでしょうね?」

 静流がニコニコしながら、誰もいない空間に手を振っている。
 睦美が広海の方を向き、掴みかかりそうな勢いで迫った。

「そうだ母様だ! クソ親父! 今まで何で黙ってた!?」
「う、済まん。 いつか話そうとは思っていたんだがな……」

 静流は二人にカミュをショットグラスに少量を注ぎ、飲ませた。

「か、母様……」
〔はぁい♪ ムーちゃん! 御機嫌よう♪〕
「軽い! 軽過ぎるぞ母様! ここは『涙のご対面』だろうがこの場合!」
〔だってぇ、 湿っぽいのは好きじゃないんだもん!〕
「はぁ。 親父殿、 詳しく聞かせてくれ……」

 大きく溜息をついた睦美は、広海に事の詳細を説明するよう迫った。
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