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第9章 冬の……アナタ、どなた?

エピソード56-10

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保養施設内 レストラン『ガーベラ・テトラ』

 ビュッフェ形式の昼食を終え、静流はヨーコに催促され、飲み物を頼んだ。
 先ほどまでヨーコは、静流の希望する料理を持って来ては静流に食べさせていた。
 ドリンクバーに向かうヨーコを横目に、静流は苦笑いでアンナに言った。

「ヨーコって、 さっきからずーっとハイテンションだよね?」
「確かに。 静流様に注意されなかったら、 あのまま手を使わせないつもりだったのかなぁ……」
「勘弁してよ。 介護されてるおじいちゃんじゃないんだから! フフフ」

 アンナと談笑していると、ヨーコが戻って来た。

「はーい! アイスカフェラテでございまぁす♡」
「ありがとう。 ヨーコも座ったら? 疲れたでしょう?」
「え? イイんですか?」
「当たり前じゃないか。 メイドじゃないんだから……」

 静流にそう言われ、ヨーコは嬉しそうに席に着いた。

「では、 失礼しまぁす♡」ピト
「うわ。 ヨーコったら大胆……」

 ヨーコは静流の隣に椅子を寄せ、アイスカフェラテのグラスにストローを二本差した。
 目の前の状況を、静流はあえてヨーコに確認した。

「これは、 どう言う意味かな?」
「私も喉が渇きましたので、 シェアさせて頂こうと思いまして♡」

 ヨーコは当然のようにストローを咥えた。

「ほら、 静流様も♡」

 ヨーコに促され、静流がストローを咥えようとすると、周りの空気が変わったように感じた。

「ヨーコ、 今日ってこんなに暑かったっけ?」
「暑いですよ? アツアツの激アツですっ♡」

 静流の問いに、ヨーコは優越感に浸りまくった笑顔でそう答えた。
 静流を見守っていた周囲の者たちの視線が、生ぬるいものから急に熱を帯びていたのだ。
 二人が見つめ合っていると、横からもう一本ストローが差された。

「隙ありっ」
「アンナ!? またアンタは邪魔する気なの?」
「その方が、この場をノーダメージで乗り切れると思うけど? 周りを見てみ?」

 アンナに言われてヨーコが辺りを見回すと、どのテーブルの者も怒りの感情が沸点に達する寸前だった。 

「な、 なるほど。 一理あるわね……」

 ヨーコは冷静さを取り戻し、先程までやりたい放題やっていた自分の行いを思い出して、罪悪感で顔を青くした。

「な、何てことをしてたんだろう、 私……」
「やっと正気に戻ってくれたんだね?」
「すいません静流様、 私ったらつい暴走してしまったようで……」
「良かった。 口移しとか言われたらどうしようかと思ったよ……」
「えっ!?」

 そう言って苦笑いした静流を見て、ヨーコは思わず自分の口を手でふさいだ。

「その手があったか! それはアタシも思いつかなかったな♪」
「アンナ!?」

 あっけらかんとそう言うアンナに、ヨーコは全力でツッコんだ。
 ほとぼりが冷めた頃、ヨーコは静流に聞いた。

「静流様、 この後はどう過ごされるんです?」
「もう少ししたら、ちょっとヤボ用を済ませて来るよ……」
「ヤボ用って、VIPカードの条件にある『仕事』ですか?」
「うん、 そう」

 静流の顔が少し陰ったのを、ヨーコは見逃さなかった。

「何とか回避出来ないんですか?」
「無理言わないでよ。 でも、 これでほとんどタダになるんだ。 対価としては破格だと思うよ?」
「それはそうですが……でも――」

 言いあぐねているヨーコを遮り、静流は精一杯の笑顔を作った。

「大丈夫! チャチャッと終わらせて来るから!」



              ◆ ◆ ◆ ◆



保養施設内 リラクゼーションルーム

 マッサージ椅子が二列で50台ほど設置してある空間があった。

「お客様入りは30分後です。 段取りは――」

 その部屋の隅っこで、スタッフと打合せをしている静流。
 矢継ぎ早に説明して来るスタッフに、静流は相槌を打つ。

「――と言う具合でお願いします」
「わかりました。 では後程……」

 スタッフが去っていくと、静流はマッサージ椅子に座り、背もたれを倒した。
 静流は目を閉じると、直ぐに眠気が襲って来た。

「ふぅ……時間までひと眠りするか……」



              ◆ ◆ ◆ ◆



保養施設 ロビー

 静流が昼寝を始めたころ、新しい一団がロビーに到着していた。

「ふう。 やっと着いたわね」
「暑ぅ……とっとと部屋でゴロゴロしたぁい」

 5、6人の女性客は、衣装ケースを転がしながら中に入って行った。
 派手な髪型や服装は、見るからに『夜の蝶』であった。
 チェックインを済ませたリーダーらしき女性が、他の者に伝えた。

「仕事は19:30時から。 30分前にアタシの部屋に集合、 それまでは自由時間よ」

「「「「イエス! マム!」」」」ザッ

 リーダーに敬礼をし、解散となった。

「ちょっとジョアンヌ! 時間までどうする?」
「そうね……温泉にでも浸かるか……」

 ジョアンヌと呼ばれた者は、天井付近を見ながらそう呟いた。

「実はさ、 ちょっとした情報があってね……」
「何よカミラ、 情報って?」
「ちょっと耳貸して。 ゴニョゴニョ……」

 カミラから聞かされた情報に、ジョアンヌは目を見開いた。

「な、何ですって!? あの、 シズルー様がこちらに!?」
「声、 大きいよ。 アンタは会った事あるのよね? あのお方に?」
「え? ええ。 大尉にはお世話になったけど……」

 ジョアンヌ・ロドリゲスは以前太刀川駐屯地でシズルーの講義に参加したことがあった。
 彼女が所属している部隊『キューティー・デビルズ』はいわゆるセクシー部隊であり、報酬次第で男性隊員の性的欲求の処理も請け負う、『そっち系』の部隊である。
 
「今日のイベって、 各基地の司令クラスが忘年会やるからそのイベコンにアタシらが呼ばれたのよね?」
「そう聞いてるけど?」
「実はさ、 司令クラスの御夫人方も来るらしいのよ。 ある目的でね?」
「目的?」

 夫婦で軍の保養施設を利用する事は別段珍しくはない。しかもこの時期であれば納得がいくだろう。
 ジョアンヌは眉間にしわを寄せ、カミラの話を聞いた。

「アンタも知ってるでしょ? シズルー大尉は『シズルカ様』を召喚出来るって♪」
「まさか……こんな所であの方が『施術』を?」
 
 ジョアンヌの顔が次第に火照りだし、カミラに襲い掛からんばかりだった。

「ホントかどうか潜入してみない? 面白そうでしょ?」 
 
 カミラはそう言ってジョアンヌにウィンクした。

「言われなくても、 確かめるわよ!」フー、フー

 ジョアンヌは鼻息を荒くした。
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