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第一章

12、少女の罠

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「んっ……ふっ……」

 ミラは学校のトイレに隠れ、声を押し殺して自慰にふけっていた。
 自慰といっても、性器には直接手を触れていない。手のひらから零れる豊満な胸は、セーラー服の上から極々微弱な力で揉み、秘部もスカートの裾から手を忍ばせていじっているものの、股はほとんど開かずショーツも穿いたままだ。

 セルジュに飲まされた媚薬によってたかぶった身体。一度でも達することができれば肉欲も沈まるだろうと自慰行為を試みていたのだが、どうにも踏ん切りがつかない。

 ミラは、自分で自分を慰めるのはこれが初めてだった。これまでアクアマリンメダリオンとして数多の性的拷問を受けてきたが故に、性に対する知識はそれなりに持っている。もっと刺激を強くしなければ、達することができないこともわかっている。
 だが、学び舎で、しかも本来なら授業中であるにも関わらず、人目を憚ってイケないことをしているという罪悪感と羞恥心が、ミラの手淫を鈍らせていた。同級生たちは真面目に勉学に励んでいるというのに、仲間ルビーが自分の代わりに敵を説得しに行っているというのに、なんてはしたない行為をしているのだ、と。

 ミラは一度スカートから手を引いて、その指先を確かめた。
 布越しの慰めなのに、白い指は愛液に濡れて艶めかしく照っている。この様子では、ショーツなど確認するまでもなく無惨な状態になっているだろう。媚薬のせいだとはいえ、ひどい醜態だ。

 淫乱──ゲームセンターでセルジュに囁かれた言葉が、脳裏にありありと浮かんでくる。同時に、セルジュ本人の姿も。

 背筋が凍るほど、美しい男だった。顔は言うに及ばず、そのからだも──裸体を見たわけではないが──想像しうる『男の造形美』として、完璧だったように思う。
 厚い胸板と太い腕、そして、力強い抽挿を打ち付けてくる逞しい下半身。雄々しくも美しい男に刻み込まれた快楽は、そうそう払拭できるものではない。むしろ、思い出す度に身体の芯が熱くなる。敵になぶられた記憶を辿って、子宮をうずかせているという情けなさもまた、自慰で果てることの妨げとなっていた。

 こうしてトイレに籠もり、なにも解決しないまま一時間近くが経過してしまった。
 ミラが淫欲の熱に喘いでいると、セーラー服の胸ポケットが強い光を放ち始めた。このポケットには、アクアマリンメダリオンに変身するためのアイテム「プリズメダル」がしまってある。
 急いでポケットからメダルを取り出すと、トイレの個室が明るくなった。メダルは、何かを知らせるかのように点滅を繰り返している。まるで危機を知らせるかのように、忙しなく。

(救援信号……!? そんな、ルビーさん……!)

 メダルの点滅は、セルジュとの話し合いへ向かったルビーからの、救援要請信号だった。
 大した戦力を持たぬミラことアクアに救援が求められるとき。それはすなわち、激しい戦いで重傷を負ったときだ。

 ミラは肉欲の熱に浮かされながらも、心臓がきゅっと締め付けられる感覚に身震いする。ルビーは地球最強の正義の味方だ。これまで危なげなく、地球を危機から救ってきた。何度も、何度も。
 だが過去に一度だけ、ルビーが瀕死にまで追い込まれたことがあった。そのときの惨憺さんたんさたるや、未だに思い出すだけで身の毛がよだつ。その光景はもう二度と見たくない。
 しかしいま、ルビーが再びその窮地に立たされているという。

 ミラは居ても立ってもいられなくなり、トイレから飛び出した。そのまま脇目も振らず走って屋上に向かい、メダルを天に掲げる。

「アクアマリンメダル、インストール!」

 アクアへと変身を遂げたミラは、屋上から駅へと向かい飛び立った。





 現場に到着したアクアは、絶句した。
 セルジュが暴れ回っている、と聞いていたものだから、駅ビルの倒壊や、最悪、死傷者が出ていることも予想はしていたが。
 いざ現場を目の当たりに見れば、駅ビルには壁にところどころ穴が開き、住人たちは避難したあとなのか人の『ひ』の字も見当たらない。待ち合わせスポットの役割を担っていた時計台など、見るも無残に倒れている。真夜中でも賑やかな駅前がいまや、死の街と化していた。

 そして、アクアの目の前には。
 物陰に隠れて気を失っている、満身創痍のルビーの姿があった。

「ルビーさん!」

 アクアは急いで駆け寄り、ルビーに癒しの術を施し始めた。その傍らで呼吸があることも確認し、ほっと胸を撫でおろす。
 間に合ってよかった、と安堵する一方で、この惨状はすべてセルジュの仕業なのだろうかと、不安に駆られてもいた。

「アクア! 僕に黙って行くなんて、なに考えてるぴょん!」

 水色ウサギのツクヨミが、赤い鳥のフェーを引き連れ半壊した駅構内を突っ切って飛んでくる。そう言われれば、誰にもなにも告げずに来てしまっていた。小さな体をめいっぱいくねらせて怒りを表しているツクヨミには悪いと思いつつも、アクアはルビーから目を離せない。

「ごめんね、ヨミくん。ルビーさんから救援信号がきたから、じっとしてられなくて……」

 そのとき、術の効果があったのか、ルビーがわずかに身じろいだ。

「う……う~ん……アクアちゃん、来てくれたんだ、ありがとー……具合悪いのに、ごめんねぇ……」

 ルビーに指摘されたように、アクアの体調は万全ではない。未だに媚薬のせいで身体は火照りっぱなしだが、今はルビーの容態の方が重要だ。アクアは熱に蝕まれながらも、懸命に癒しの術をかけ続ける。

「ルビーさん、まだ喋らないで。ひどい傷だから、すぐに完治というわけには……」

「アクアちゃん、私の治療が済んだら、すぐに逃げて……」

 ルビーがいつになく真剣な顔でいうので、アクアは思わず生唾を飲み込んでいた。

「あの忍者さん、アクアちゃんをおびき寄せるために暴れてたみたいなの。だから、アクアちゃんはどこか安全なところにいて。傷が治ったら、私があの忍者さんをやっつけるから……!」

 その忠告で、アクアはすべて理解した。やはり駅構内を滅茶苦茶にしたのは、セルジュなのだと。地球こちら側の話し合いに応じることもなく破壊の限りを尽くし、それを止めようとしてルビーが傷を負った。

「いい? 絶対に、アクアちゃんひとりで戦っちゃだめだからね。ぜったい、に……」

 ルビーはそう念を押すと、糸が切れたかのように、再び気を失ってしまった。かなり無理をして喋っていたようである。しばらく経ってアクアが傷を完治させた後も、ルビーが目覚める気配はなかった。

「……セルジュさんを止めに行こう」

 アクアの断言に驚いたツクヨミが、慌てて止めに入る。

「む、無理だぴょん! ルビーをこんなボコボコにしちゃう奴に、アクアが敵うわけないぴょん!! しかも、薬の影響で本調子でもないアクアに!!」

 ルビーは地球史上最強の名を冠する正義の味方だ。そのルビーをここまで追い込んだ敵を相手に、戦う術をほとんど持たないアクアに太刀打ちできるわけもない。
 それはアクア自身が一番よくわかっている。それでも、アクアは行かねばならない。

「セルジュさんは、私を見つけるまで破壊行動を続けるつもりなんだよ。それがわかってるのに見過ごすなんて、できない。大丈夫、私もセルジュさんに勝てるなんて思ってないよ。けど、足止めぐらいはできる」

「だめだぴょん、行かせられないぴょん!! あの忍者野郎、アクアをおびき出すために暴れてたってことは……アクアが狙いってことだぴょん! また捕まったりしたらどうするぴょん! 今度こそ異星人の子供を孕ませられるに違いないぴょん!!」

 ツクヨミが言い放った、『孕ませられる』という言葉の響きに揺さぶられて、アクアの下腹部は収縮した。
 頬がいっそう熱くなる。頬だけではない。血液がぐつぐつと煮え立って、身体中を駆け巡っていく。まるで、セルジュに抱かれたいと、全身が訴えているかのようだった。
 アクアは茹だる頭を振り、この反応は薬のせいだと自分自身に言い聞かせた。媚薬などという妙なものを飲まされたから、身体が反応しているだけなのだと。

「狙われているのがわかっているなら、待ち伏せができるってことだよ。お願い、力を貸して、ヨミくん」

 見た目こそ清楚で真面目風の少女だが、アクアには意外と頑固な一面がある。一度こうと決めたら、梃子でも動かない。これ以上の反論は無駄だと判断したのか、ツクヨミは悶えるように身体をぐねぐねさせたあと、項垂れるように頷いた。





 ルビーをフェーに託したアクアは、半壊状態の駅構内を当てもなく歩いていた。さすがいくつもの路線を擁する駅とあって、その構内はひとつのテーマパークかと錯覚させるほど広い。しかし人っ子一人いないせいか、アクアが一踏みするごとに高い靴音が響き渡っていく。
 その足音が、不意に止まった。

「捜したぞ」

 セルジュが数メートル先に立っている。数秒前には、確かにいなかったのに。まるで地を這う影から、アクアに悟られることなく出てきたかのようだ。やはり、セルジュには敵いそうもない。そう痛感したアクアは、金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。そんなアクア前に、セルジュは喉で笑う。

「どうした、怖気づいて声も出せないか?」

 アクアへと近づいていくセルジュの足取りは、どことなく猛獣の狩りを彷彿させた。獰猛な食肉獣が自分の餌となるか弱い小動物を見つけ、歓喜に胸躍らせながらも息を顰めて近づいていく。そんな興奮と慎重さの入り混じった、上位捕食者にのみ許された歩行だった。

「……ちっ、どうやら受精はしなかったようだな。まあいい、また注いで──」

 互いの様子がわかるほどにまで近づいたセルジュが、アクアに触れようと無造作に手を伸ばしたその瞬間。

 ──パシャンッ

 アクアの身体が、消えた。ただ消えたのではない。アクアの身体は、瞬時にして水へと変化し、駅構内の床とセルジュの足元を濡らした。アクアの外貌を水で象り、それを覆っていた膜を破いたら、こんな現象が起きるのではないだろうか。そう思わせるほど、不可思議な光景であった。

 そしてその声は、セルジュの後方から響き渡った。

「来たれ凍れる結晶、“アイスナイン”!」

 その呪文に導かれて、床に撒き散った水が瞬く間に凍結していく。氷はセルジュの両脛りょうすねを巻き込み、その場で動けぬよう固定してしまった。
 上半身を捻り、背後に顔を向けたセルジュの眼前に、鋭利な穂先が突き付けられる。

「動かないで」

 そこには、氷の槍を携えてセルジュを睨みつける、アクアの姿があった。

「少しでも動くような素振りをしたら、突きます」
 
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