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序章 魔術師の誕生

10話 夢見心地

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 体が重い。全身が痺れている。

 自分が起きているのか、眠っているのかも分からない暗闇だ。なんとなく体がふわふわと浮いている気もする。

 ここはどこだ? さっきまで俺は……。
 
 ……そうだ、俺はファイアーバードの群れに大量の水を当てて、そうしたら大きな爆発がして……。

 ――俺は死んだのか?

 目の前が水蒸気で真っ白になったと思ったら、今度は気づけば真っ暗だ。

 せっかく魔女から魔法を受け継いだのに……早々に死んでしまうとは。
 おお、タクトよ……情けない。

『――クトッ』

 なんだ? 何か聞こえたような。

『――タクト』

 俺を呼んでる? 一体誰が……ああ、もしかして死んだ人を黄泉の国へ誘うってやつか?
 でも、なんだか聞いたことがあるような声だ……。

『起きるのです、タクトッ!』

 今度ははっきりと聞こえた。ゆっくりと瞼を上げると、誰かの顔と真っ青な空が見えた。
 俺を覗き込む人物の輪郭が徐々にハッキリしてくる。黒髪に幼い顔立ちの女の子が目に涙を溜めていた。

「……カナタ」
「――ッ大丈夫ですか! 痛いところはありますか?!」

 正直、痛いところだらけで言葉に詰まる。カナタがいるってことは俺はまだ生きているのか。
 次第に記憶は鮮明になり、なんとなく思い出してきた。

 二人とも空中で……しかも超至近距離で爆発を受けて、吹き飛ばされたんだ。
 湖を囲むように森があったと記憶しているが、パッと見で木が生えている面積がかなり減ったように見える。
 これだけの大爆発に巻き込まれて、よく生きてたなぁ、といまさら他人事のように思う。

 俺に寄り添うカナタに視線を向けると、服は破け体は傷と泥まみれになっていた。

「……悪い、まさか爆発するとは」
「本当に無茶苦茶するんですから……でもおかげで――見てください」

 カナタが視線を送る方へ俺も目を動かす。
 そこには山から山へ、湖の上に大きな虹の橋がかかっていた。キラキラと輝いて見えるのは、上空に打ち上げられた水が雨となって落ちてきているからだろう。

 山の合間から僅かに町の建物が見えて、町が吹き飛んでいないことにホッとした。

「タクトがあの町を救ったのですよ」
「俺が……」

 それは今まで見たことがないほど綺麗な光景で、俺は町を救ったという達成感からしばらくの間、ぼんやりと虹を眺めていた。

 そうしていると遠くから人の声が聞こえた。

「……カナター! タクトー!」
「どこにいるんだー!! 返事をしろー!」
「この声は」
「……リオンとユルナか」

 湖の周囲を探し回っていたのだろう。声を上げて走る二人が俺たちを見つけると、ぱぁっと表情を明るくした。

 二人は息も切れ切れで服も所々に穴が空いている。火の粉で燃えてしまったのだろう。

 ……よかった。リオンたちも無事で。
 全員が無事であることを思うと、この痛みと疲労感にもどこか納得できた。

「うわっ二人ともボロボロ!!」
「すごい爆発だったが、大丈夫か?」
「……見ての通り、指一本動かせないよ」

 苦笑いすら出来ないほど、疲れ切っていた俺はその言葉を最後に眠りについた。

* * *

「お世話になりました」
「はいお大事にね。もう無茶すんじゃないよ、男の子なんだから」

 ファイアーバード襲撃の日、気を失った俺は病院に運ばれてあれから三日間も眠っていたらしい。
 起きた時には全身包帯ぐるぐるのミイラ状態。お見舞いに来たリオンたちから、めちゃくちゃ笑われた。

 いろんな検査や治療で一週間ほど入院して、今日やっと退院となった。背伸びをしながら自分の体の調子を確かめる。
 両腕、両足骨折。さらに全身打撲という重傷でも治癒魔法でなんとか元通りとなっていた。魔法ってすごい。

 病院を出てあたりを見渡すと、町のあちらこちらで似たような音が鳴り続けている。
 釘を打つ音、木材を切る音、掛け声。金属音。
 半壊した町を復興しようと町民総出で、建物を直していた。

 火事は食い止めたが、爆風で吹き飛んだのは誤算だった。これは俺が壊したようなものだよな……。

 俺は罪悪感を感じて項垂れた。もっと他に手があったかもしれない。そう考えずにはいられなかった。

 晴れない気持ちを引きずって、ひとまずは下宿先の店に帰ろうとした時だった。俺の前に二人の影が立ちはだかった。

「なーにしょぼくれてんのさ」
「退院おめでとう!! タクト!!」
「ユルナ、リオン……」

 二人は笑顔で出迎えてくれたが、俺の気持ちは曇ったままだ。

「もう体は大丈夫なんだよね?」
「まあ、なんとか歩けるようになったよ……」
「はぁ……男のくせにくよくよ――っと!!」

 隣に立ったユルナが、俺の尻を勢いよくバシンッと叩いた。痛みと衝撃で軽く体が浮くほどに。

「いったぁッ! 何す――」

 抗議しようとユルナに体を向けると、顔面に二つの柔らかなものが当たった……には覚えがある。
 逃げようと俺が身を引くよりも早く、頭を両腕でがっちりとホールドされ、抱きしめられた。

「……まさかファイアーバードの群れを討伐できる日が来るなんて、誰も思って無かっただろうさ。町に被害は出たけど、今後襲撃されるかもしれない他の町もタクトは救ったんだ。それは誇りに思うべきだ」
「……」
「だから、“自分のせいで”なんて思うな。これが最小限の被害だったと思おう。幸い、怪我人こそあれ、死んだ人は居なかったんだから」
「ゆ、ユルナ! タクトが!」
「ん?」

 俺は病院を出て、五分で気を失っていた。

* * *

「――はっ!!」

 なんだかとても、良い夢を見ていた気がする。

 例えるなら、マシュマロのベッドで眠るようなふわっと柔らかくて心地のいい感じ……。

 体を起こして周りを確認すると、そこはよく見慣れた部屋だった。そういえば、いつの間に俺は家に帰ってきたんだろうか。記憶を手繰ろうと頭を悩ませる。
 
 たしか俺は病院を出て、ユルナとリオンに会って、それから……よく思い出せない。

「――あ、やっと起きた? ユルナは先に帰っちゃったよ」
「えっリオン?! ここ俺の部屋……だよな」

 予想外の人物がいることに、もう一度部屋を確認する。うんやっぱり俺の部屋だ。

「リオンが運んでくれたのか?」
「うん。ユルナには私から怒っといたから! ごめんね!」
「ん? あ、ああ」

 なんだかよく覚えてないけどユルナが何かしたらしい。

「寝ちゃってたみたいでごめん。もう大丈夫だから」

 一応心配させた事を謝ったつもりだったが、リオンはブンブンと手を振りさらに謝ってきた。なんだかこの謝罪合戦が可笑しくて、最後には二人で笑ってしまった。

「そういえばカナタは無事なのか? 姿を全然見てないんだけど」
「うーん、ちょっとゴタゴタしててねぇ。実はその事でタクトにお願いがあって、会いに来たんだ」

 はて? リオンに頼まれる事の想像がつかない。カナタの事と関係があるらしいが……分からないことは直接聞くに限る。

「お願い?」
「私たちと一緒に?」

 それはあまりに唐突で、微塵も想像していないお願いだった。

「ぼ、冒険者? 一緒に?」
「うん。実はファイアーバードの群れを討伐したのはカナタって事になってて、それでゴタゴタしてるの」

 リオンの話ではあの日、杖で飛び回るカナタがファイアーバードの群れを引き連れて去っていくのを、大勢の冒険者が目にしていた。
 後ろに乗っていた俺は、たまたま救助した男だと思われているらしい。

 まぁ、常識で考えて男の俺が魔法使えるとは思わないし、飛んでった方角で爆発したら誰もが“カナタがやった”と思うだろうな。

 でも、それがなぜ俺を冒険者に誘う事に?

 リオンはため息混じりに愚痴を吐く。

「『タクトが魔法でやりました!』……なんて言えないでしょ? かといって、『私がやりました』ってカナタが言うと思う?」

 カナタは口調からしてかなり真面目そうだし、人の手柄を盗るような事はしたくないだろう。でも、俺との約束もあって公然と否定できない……そんなところだろうか。

「……そこで考えたの。タクトは私たちの仲間で、あの湖には事前に爆弾を用意してた、って事にすれば『二人でやりました』って言えるでしょ」

 かなり苦しい説明だが、カナタの気持ちを考えるとそのあたりが妥当と思える。

 けれど、そんな理由作りの為に俺を誘うのもなんだか違う気がする。仲間って同じ志を持った人とか、意気投合して、とかでなるものじゃないのか?
 そんな俺の考えを読み取ったのか、リオンは続けた。

「それにね、私たちタクトにすごく感謝してるんだ。魔法覚えたてなのに皆を守ってくれて。その姿が、とってもカッコ良かった!」
「それは……なんか成り行きっていうか……」
「成り行きであんな事できる人いないよ!! それって、冒険者になるべき人の行動だと思ったの」

 リオンは椅子から立ち上がり、俺に向けて手を差し伸べる。窓から入る夕日に照らされて、リオンのオレンジ色の髪が綺麗に輝いて見えた。

「だから――私たちと一緒に冒険者してみない?」

 温かな光に照らされたリオンの手は、輝かしい未来の旅を予感させた。

「……本当にいいのか?」
「それとも私たちと一緒じゃ……嫌かな?」
「そんなことないよ!」
「じゃあ行こうよ、一緒に――冒険の旅へ!」

 俺の最強の魔術師への第一歩は、ベッドの上から手を引かれて踏み出したのだ。
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