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一章 憎しみの魔女

18話 女の子は冷え性なんです。

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 アークフィランで生活をするようになって二ヶ月が経った。
 すっかりこの街にも慣れて、俺は冒険者ライフを満喫している。強いて言うならば、そろそろ違う街にも行ってみたい欲が出始めていた。

 ――が、それでもまだアークフィランに留まっているのは、ひとえにこの街が事が原因だ。

 生活に必要な物は全て揃えられるし、人口が多いから依頼も大量にギルドへ舞い込んでくる。
 豪華な一軒家でのびのびしつつ、楽しい仲間と笑い明かす日々――。

「やばい。このままじゃあ、ここに永住してしまう」

 俺はソファにもたれ掛かり、天井を見上げて呟いた。
 
 そんな俺の言葉に反応したのは、対面で魔術書を読むカナタだ。

「暇ならタクトも一緒に魔法の修行をしますか? 魔術師としての私が指南してあげますよ」

 カナタは大図書館に足を運んでは、魔術書を借りてきて新しい魔法を覚えようとしている。
 その成長は牛歩だったが、念願の風以外の魔法を覚えることに成功したと昨日喜んでいた。

「……なんだっけ。カナタの新しい魔法」
「ふっふっふ。あまり新技をひけらかしたくは無いのですが……そんなに見たいなら仕方がありませんね。特別に魅せてあげましょう」

 なんともノリノリなカナタが、右手を眼前に構えて魔法を唱え始めた。
 その姿は思春期男子がみんな患う『何か特別な力を持った俺』を格好良く見せるポーズのようだった。……ちょっとだけ俺にも心当たりがあるからやめてくれ。

「【氷の精霊よ この身に宿り 冷気を纏え】」
「【凍てつく手フリーズハンド】!」

 一瞬だけカナタの右手が白く光ったが、変化は見られない。

「……何にも起きないぞ」
「ふん、これだから素人は」

 鼻で笑うカナタがちょっとだけ憎たらしい。
 手を出すように言われて差し出すと、カナタが俺の手を握る。

「――冷たッッ!?」
「どうです? 氷魔法ですよ! 一ヶ月の修行の成果です!」

 カナタの手はまるで氷を触っているかのように冷たく、冷え切っていた。
 ……でも手だけって、それただの冷え性じゃね?

「むっ! 失礼ですね、冷え性では無いです。【凍てつく手】です」
「カッコよく言ってるけど、それなんの役に立つんだ?」
「まあ、見ているのです。おーいリオン」

 カナタに呼ばれて料理をしていたリオンが近寄ってくる。

「なに? もうすぐお昼ご飯できるよ――」
「そぉいっ!!」

 カナタはその【凍てつく手】とかいう、カッコつけた冷え性の右手を、おもむろにリオンの背中へ突っ込んだ。

「ひゃあっ?! ちょ、やめっ! なにしてるの!?」
「はぁー……リオンの背中はぬくいですね……」
「や、やめて! まさぐらないで! ひんっ!」
「ただのセクハラじゃねーか!!」

 しばらくリオンの背中をまさぐった後、満足した顔で席に戻った。残されたリオンは、ぴくぴくと体を震わせて床に倒れている。
 そこにユルナがやってきて、俺たちとリオンを交互に見比べた。

「昼飯食ったら任務にいくぞ……って、なにしてるんだ?」
「ちょっとしたたわむれです」
「はひぃ……ふぅ……うっ」

 冒険者って、こんなお気楽な感じでいいのかな……と、これから先の旅に一抹いちまつの不安を覚えたのだった。

* * *

 俺たちはギルドから受けた任務で、今日はアークフィランの外。森林への探索に来ていた。

「こんな森の中で腕輪なんか落とすなよ……」
「イノシシモンスターに追われていたようですし、相当慌ててたんでしょう」

 鬱蒼うっそうと茂った草木を掻き分け、依頼主が落としたという腕輪を手分けして探している。

 任務の指示書には、かなりざっくりとした地図に『このへん』とだけ赤丸が書かれている。

 こんな雑な地図があるか!! とツッコんだのはつい三十分前のことだ。

 手分けして探していると、前方の茂みで物音が聞こえた。モンスターとの遭遇は想定しているので、全員が息を潜めて動向を見守っていると――。

「さっそくお出ましのようね……」

 草を分けて現れたのは、豚のような鼻に二本の牙を持つモンスター。イノシシだ。

 イノシシは俺達を見つけると、興奮しているのか鼻息を荒げ、全身の毛を逆立てる。
 膨らんだ体毛によって体がより大きくなって見えた。

 リオンは剣を抜き、ユルナは槍を構える。
 俺はその時、森へ入る前にユルナが教えてくれた『対イノシシとの戦い方』を思い出していた。


『障害物は意味をなさない。必ずイノシシに対して真横に逃げること』

 気性が荒いイノシシは、縄張りに入った者に容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
 しかし、このモンスターが危険なのはではない。


 なんだ? 体毛が光ってる?

 バチッという音が不規則に鳴り、その度にイノシシの体が一瞬光る。この感じまさか――

「くるぞッ!! 飛べ!!」
「――ッ」

 ユルナの合図で慌てて地面を蹴り、真横に飛んだ。直後、俺たちの横をとてつもない速さの何かが通り過ぎる。
 気づけば前方にいたはずのイノシシは消えて、俺たちの後方からバキバキといった異音が聞こえた。

 振り返った先、大きな木の幹が抉られ自重に耐えきれなくなった木が、バランスを崩して倒れていく。

 魔力によって体毛に電気を発生させて、稲妻のような速さで突っ込んでくる……イノシシモンスターが脅威とされる理由がこれだった。

 こんな突進、モロに食らえば人の体なんてタダでは済まないだろう。ゴクリと喉が鳴った。

 倒れた木の向こうには、体の向きを変え地面を何度も蹴るイノシシがいる。
 あれだけの速さを捕らえるのはまず無理だろう。ならば、に止めるしかない。

 イノシシの敵視は俺に向いている。やるなら今しかない。
 イノシシを止めるイメージ……火、水、風では止められない。
 すぐに思い浮かんだのは、カナタの言っていた魔法だった。

「【反抗レジスト】!!」

 突き出した右手から白い冷気が上がる。
 イノシシが今にも地面を蹴り上げようとした瞬間、目の前が真っ白な煙に覆われた。

「――これはッ?!」

 カナタが感嘆の声を上げる。俺がイメージしたのは氷魔法。【凍てつく手フリーズハンド】だ。

 手の平の先から一気に氷の柱が広がり、氷は大きな手を象ってイノシシを握りしめていた。
 動きを封じられたイノシシが鳴き叫び、暴れようとするが氷の手はびくともしない。

「今だリオンッ!!」
「まかせて!」

 俺の合図に呼応したリオンが高く飛んだ。
 頭上に振りかぶった剣を、落下の勢いに乗せてイノシシに振り下ろす。

「とぉぉりやぁああッ!!」

 炎ではなく高熱を帯びた剣は赤く輝き、氷の手ごとイノシシを両断した。

「ブモォオオオオオオオッ!!」

 断末魔の後、動かなくなったイノシシの元へ集まってほっと一息つく。
 モンスター討伐ができて喜ぶユルナとリオンとは対照的に、カナタは不満そうに口を尖らせていた。

「……私の覚えたての氷魔法より威力があるのはズルいです」
「そ、そういうなよ。カナタがさっき、手本を見せてくれたから出来たんだ」
「そんなこと言われても嬉しくないです」

 ぷいっとそっぽを向き、頬を膨らませて拗ねるカナタに困っていると、リオンが何やら騒ぎ出した。

「どうした? 腕輪でも見つけたのか?」
「腕輪じゃないんだけど、このイノシシの下に何かあるよ?」
「下?」

 不貞腐ふてくされているカナタを除いて、三人でイノシシを退かすと土の地面に四角い石が埋まっていた。

 綺麗な真四角をした石には何か文字が彫られているようだが、ひび割れていてよく分からない。
 被さった土埃を払おうと俺が手を伸ばした時、どこからか声が聞こえた。

『――マジョサマ……マッテタ……オカエリ』

「えっ?」
「どうしたのタク――」

 言いかけたリオンの声は、大きな地鳴りによってかき消された。

「なんだ?! 地震?」

 ゴゴゴと地鳴りが響き、揺れはどんどん大きくなっていく。
 地面に手を付いて耐えていると、四角い石を中心に周囲の地面がひび割れていった。

「まずい気がします! 皆、私に掴まってください!」

 三人は言われるがままカナタの手や杖に掴まると、風魔法で一気に空へと浮かんでいく。
 音と振動はさらに大きさを増し、森全体の木々がザワザワと揺れていた。

「なんなの……? 一体……」
「おい! 真下を見ろ!」

 さきほどまで俺たちが立っていた所が大きく盛り上がり、俺たちの高度まで地面が迫り上がって来ている。

「嘘だろ……なんだよこれ……」

 四角い石はほんの一部だった。崩れた土が剥がれていくと、そのが姿を現す。
 地中の奥底から浮かび上がってきたのは、とてつもなく巨大な人型の岩。
 
 その姿は、ゴーレムと呼ばれるモンスターで間違いなかった。
 
 岩や泥の塊に魔力を通して作られる人形。魔術師の欠点である近接戦闘を避け、詠唱中の術者を守るために動く従者だ。しかし――。

「まさか、これゴーレムなの……?」
「こんなに巨大なもの……見たことがないです」

 前に魔術書で読んだことがあるそれは、もっと小さかったと記憶している。

 姿が大きくなればなるほど、それに見合うだけの魔力が必要になる。これだけの大きなゴーレムを作るには一体どれだけの魔力が必要なのかすら見当がつかない。

 高さ二百メートルはあろうかという巨大なゴーレムは、垂れた頭をゆっくりと持ち上げ宙に浮く俺たちを見据えた。

 地鳴りが穏やかになるとゴーレムの両目に赤い光が灯り、コレが生きていることを証明していた。
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