上 下
19 / 44
一章 憎しみの魔女

19話 遺された者

しおりを挟む
 ゴーレムの体に付いた土がバラバラと剥がれ落ちていく。
 全身が白い岩で作られたゴーレムは、立ち上がった格好のまま動きを止めていた。

「なんでこんなものが埋まってるの……?」
「コイツ、生きてるのか?」

 俺の言葉に反応するように、ゴーレムの目が怪しい光を放つ。
 ゆっくりと首を動かし宙に浮かぶ俺たちを見ると、口の無い顔で言葉を発した。

……オカエリ』

 ただ一点、その瞳は俺を見つめているように感じた。
 なんだ? 俺のことを言っているのか?

「魔女って言ったよね……もしかして、タクトの魔力に反応してる?」

 リオンの言葉にハッとした。これほどまでに巨大なゴーレムを作れるとしたら、その人物はとてつもない魔力を持っているはずだ。
 そして、巨大な魔力を持ち魔女と呼ばれる人は、一人しか思い浮かばない。

「……“憎しみの魔女”の事か」

 ゴーレムはジッとただ俺を見つめる。まるで何かを見定めているかのように。
 少しの間があいて、ゴーレムは再び声を発した。

『オマエ……マジョサマジャナイ……ダレダ』

 その言葉には明らかな怒りの感情が込められていた。赤かった目の光がさらに赤く輝く。

「……なんか、怒ってないですか?」
「ああ……嫌な予感がするね」

 カナタとユルナの予想は当たっていた。
 ゴーレムが突然右腕を持ち上げると、握り拳を作り俺たちに殴りかかってきたのだ。

「きゃあぁっ?! ちょっとタクト! どういうことですかッ!!」
「知るか!! とにかくここから逃げるぞ!」

 宙を飛び回る俺たちを、虫か何かのように掴み潰そうとしてくる。どう考えても俺たちを敵だと認識しているようだ。

「タクトの中にある『魔女の力』か何かに反応してるのでは? ゴーレムを操る魔法とかないのんですかッ?!」
「そんなこと言われても、敵視ヘイト反抗レジストしか知らなッ――」

 カナタの操る杖に振り回され舌を噛んだ。とても悠長に話している余裕が無い。

「――【水の精霊よ 荒れ狂う波の如く の者を押し流せ】」

 詠唱の声に横を見ると、同じく杖にぶら下がったままのリオンが唱えていた。
 剣の切先をゴーレムに向けてリオンが叫ぶ。

「【濁流マッディストリーム】!!」

 俺たちが浮かぶ真下。地面から茶色の水が湧き出し、波となってゴーレムに押し寄せた……が波の高さはゴーレムの膝下にしか届かず、周囲の木々を押し流す程度だった。

 苦虫を噛んだような顔でリオンが項垂うなだれる。

「だめ……結構な魔力を使っても全然届かない……」

 とてもじゃないが、俺たちだけでなんとかできるモンスターでは無い。ここは一旦アークフィランに戻って救援を――。

『アークフィラン……マジョサマ……メイレイ』

 腕を振るうのを止めて俺たちから視線を外したゴーレムは、数キロ先にあるアークフィランを見つめる。
 ぐるりと体の向きを変えると一歩、街に向けて踏み出した。
 大きな地響きと共に一歩、また一歩と進み出す。

「嘘でしょ? まさかこのまま行くと……」
「コイツ、アークフィランに行くつもりだッ!」

 この巨体が街に到達すればどうなるか……建物は破壊され街は瓦礫の山と化すだろう。想像するだけで悲惨な光景が目に浮かぶ。

「カナタ! 急いでアークフィランに戻るぞ! 冒険者ギルドに伝えないとッ!」
「わ、わかりました。しっかり掴まっていてください!!」

 カナタが姿勢を低くすると、驚くような速度で空を飛んでいく。一刻も早く、この事をギルドに伝えなければ。

* * *

 俺たちが冒険者ギルドに着くと、ロビーは既に多くの冒険者たちでひしめき、ざわついていた。
 大きな地鳴りが頻発したことで、皆ただごとでは無いと察知しているようだ。

「皆様落ち着いて! 落ち着いてください!」
「今、ギルド側で揺れの原因を調べております! 続報が入るまで冷静に! 慌てないでください!」

 受付カウンターのお姉さん達が声を張り上げているが、一向に静まる気配はない。

 群衆に揉まれながらなんとか受付カウンターまで辿り着いた俺は、受付のお姉さんに声をかけた。

「あの!! すみません!!」

 一瞬お姉さんはこちらを見たが、俺を冒険者だと認識していないのか「今立て込んでる」と言って離れようとする。
 
 同じく人混みを掻き分けて来たリオンが、お姉さんを呼び止めた。

「ちょっと!! 誰か話を聞いてください!! この揺れの原因を私たちは知っています!!」

 お姉さんは一瞬いぶかしんだ顔をしたが、「上の者を呼びます」と言って離れた。

 俺が男で、しかも子供だから信用されないのか……と、この時は悔しく思った。


 カウンターの奥に案内された俺たち四人は、応接室へと通された。ロビーだけではなく、ギルドで働く人たちも慌ただしく走り回っていた。

 待っている間も定期的に地鳴りが響いている。
 音と揺れが大きくなるにつれて、焦りも募っていった。

「タクト。ゴーレムがの事は、話さない方が良いと思います」
「そう、だな」

 カナタの言う事はもっともだ。仮に俺の中にある魔女の力に反応して出現した、と話しても誰も信じてはくれないだろう。
 それに信じられたらそれはそれで、面倒な事になる。

 ほどなくして部屋に入ってきたのは、白髭を生やした恰幅かっぷくのいい初老の男だった。
 ひどく慌てた様子だったが、男は一度深呼吸をして息を整える。

「私はこの冒険者ギルドでギルド長をしている、ワインズだ。早速だが冒険者さん。本題をお話し願えますかな?」
「は、はい! 俺たちはアークフィランの南側に位置する森で任務を受けていました。そうしたら突然地面が割れて……地中から巨大なゴーレムが出現したんです」
「ゴーレム……ですと?」
「この地鳴りはゴーレムが歩いて起きているものです。しかも、向かっている先は……アークフィランここです」

 ワインズさんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに怪訝な顔に変わった。

「……にわかには信じられないことだ」
「そうですよね……でも本当なんです!!」

 このままゴーレムが進行を続ければ、この街に到達するのにあと一時間も掛からないだろう。そうなる前になんとしても食い止めなければならない。
 だけど俺には、奴を倒せるイメージが湧かなかった。

 先ほどリオンの放った濁流は、彼女の使える水属性魔法でかなり高威力のものだと本人が言っていた。
 しかしそれですら、ゴーレムの水浴びにもならなかったのだ。

「生半可な魔法では傷一つ付けられないと思います。高威力の魔法をありったけで打ち込んでも
倒せるかどうか……」

 目を閉じ、黙って聞いていたワインズさんは俺の話を吟味しているようだった。
 少しの間があった後、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
 
「……事態は一刻を争う。至急、冒険者たちを総動員し迎撃を行う」
「あ……ありがとうございます!!」

 よかった。なんとか信じてくれたみたいだ。
 これでゴーレムを倒せはしなくても、せめて街に住む人たちが避難する時間稼ぎはできる。

「すぐに動こう。ついてきたまえ」

 ワインズさんは急ぎロビーに出ると、演説用のマイクを手に取った。
 胸が膨らむほど大きく息を吸い込んで、騒めく冒険者たちへ一喝する。

『聞くのだ冒険者諸君しょくんッ!!』

 太く、よく通る声は一瞬にして場を静める。

『この地鳴りの原因は、ある巨大なモンスターによるものだと判明したッ モンスターの名は、ゴーレム! ここにいる四名の冒険者の話では、あと一時間もしない内に街へ到達するッ!!』

 ゴーレムが? この地鳴りを?
 この地震は足音だっていうの?
 街に到達って……ヤバくない?

 冒険者たちは皆、不安と焦りの感情を顔に出して騒めき出す。

『是非とも諸君らの力を借りたい!! 皆の力を合わせて、この街を守ってくれないかッ! ここは、であり君たちの……我々の街だッ!!』

 ワインズさんの声がロビーに残響する。彼の鬼気迫る演説に、この場に居た全員が固唾を飲んで聞き入っていた。

 遅れて方々から声が沸き上がった。それは悲壮による騒めきではなく、自身と仲間を鼓舞しワインズの願いに呼応する冒険者の叫びだった。

 そうよ! ここは私たちの街よ!
 ゴーレムなんかに壊されてたまるか!
 やってやる……討伐クエスト、受けてたとうじゃないか

 各々が剣と杖を手に取り、頭上へ高く掲げる。全員の心が一つになった瞬間だった。

「これだけの数で叩き込めば、いくらあの巨体でも平気ってことはないだろ」
「私の最大威力の風魔法をせる時が来たようですね」
「今度こそ止めてやるんだから!」

 三人が意気込む中、俺だけが胸に引っかかるものを感じていた。

 『マジョサマ』と言ったゴーレム。本当にあの憎しみの魔女が生み出したものだとしたら、一体何のために……。

 この時の俺たちは、たった一人で世界を変えた魔女の力を甘く見ていた。

* * *

「魔法を止めるなァ!! 撃て撃て撃てェエ!!」

 濁流、火柱、落雷、暴風。さまざまな魔法がゴーレムに対して撃ち込まれる。
 それでもなお、ゴーレムの進行は止まらなかった。

 空を舞う魔術師は大きな平手を受けて吹き飛び、地上から攻撃を仕掛ける剣士は、奴がたった一歩踏み出すだけで瓦礫の山へと埋もれていく。

「こんなのって……めちゃくちゃだよ……」
「クソッ! これだけやってもまだ止まらないのかッ!?」

 地上にいるユルナとリオンが絶望の表情を浮かべている時、空を飛ぶ俺とカナタも同じ気持ちだった。

 ゴーレムがあと五歩も進めば、アークフィランの外壁に到達する。時間にして十分と無かった。

「そんな……このままでは、街が……」

 カナタが顔を青ざめて呟いた。彼女は今、この場にいる誰よりも絶望している。

 読心魔法による冒険者たちの心の内、全員の絶望を感じ取ってしまっているのだから。
しおりを挟む

処理中です...