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一章 憎しみの魔女
30話 伸ばした手
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研究所から離れ冒険者ギルドを出た俺とリーフィリアは、再びリンの家に戻っていた。
ユノウの状況を話して、どうやって助け出すかを考えている。
リンが言うには、『断罪の儀』が執り行われるのはギルド敷地内にある宮殿だという。
「狙うなら……研究所から移送される時でしょうか……」
檻が壊せないのなら、奪取する方向で考えていた。
移送中のユノウを檻ごと取り返し、檻は後から壊せばいい。しかし、大きさからしてかなりの重量があるように思えたがリーフィリアの髪で持ち上げられるだろうか?
過去にも犯罪者を取り返そうとする者がいた事から、移送中の襲撃に備えて、馬車の護衛も付くらしい。
「やってみないと分からないが、私一人で護衛相手しながら檻を奪うのは……中々、骨が折れるな」
檻にかけられた障壁魔法の強度からして、相手にも相応の魔術師がいることが分かる。
いくらランクAのリーフィリアといえど、流石に厳しいだろう。
「わ、私も協力しますっ……! 使えるのは光魔法の初級、【目眩し】と【光の加護】だけですけど……」
意気込んでそう話すリンだったが、その手は僅かに震えていた。
「……ありがとうリンさん。でも大丈夫、これは俺の不甲斐なさが招いた結果だから……リンさんまで危険に晒す事はできないよ」
「で、でも……」
言い淀むリンをリーフィリアが止めた。
おそらくリーフィリアも気付いているはずだ。リンの様子から察するに、彼女はこれまで戦ったことがないのだろう。
いくら女で魔法が使えると言っても、モンスターを相手にするのはやはり怖さがある。一歩間違えれば怪我をして命を落とすことも。
そして……相手が人ならば傷つけて、殺してしまうかもしれない。魔法を使うということはそれほど、勇気がいる事だ。
それだけ……彼女もユノウを助けたいと思っているのが、真剣な眼差しから伝わってくる。
だから、ただ断るだけでは聞いてくれないと考えて、彼女にはなるべく負担をかけない方法で協力してもらおう。
「宮殿ってどこにあるんだ? ギルドの敷地が広すぎてどこになにがあるやら……」
「あ、ちょっと待ってくださいね……よいしょ」
部屋の狭さを有効活用するためか、壁に付けられた棚に収納箱が置かれていた。
箱を取りガサゴソと何かを探すと、小さく折り畳まれた紙を取り出した。リンが広げて見せると、それはギルドで配っている領内案内地図だった。
「宮殿はここで、研究所はこっちですね」
「ありがとうリンさん」
「い、いえ! お礼を言われるようなことでは……」
地図を見て、研究所から宮殿までの道のりを確認する。檻に入ったユノウを馬車で移動させると想定すれば、ルートは二つあった。
「どっちを通るか分からないから、俺とリンでそれぞれの道を監視する。リーフィリアにはどちらにも移動できる中間地点で待機しておいて、駆けつけてもらう感じかな……でもどうやって馬車が来た事を伝えようか」
「いい方法がある。これを使え」
そう言ってリーフィリアが鞄から取り出したのは、糸を輪っかの形にまとめた物だ。束を解き十センチほどの長さで切ると、マッチを手に持った。
「なんだこれ?」
「私の髪の毛から作った物だ。これに火を点けると……」
火が灯ったマッチを糸に近づけると、それまでの柔らかさが嘘の様にピンと真っ直ぐ伸びた。手渡されたそれは、まるで針金の様に硬くなっている。
「魔力を流した私の髪は、火に当たると硬くなるのは前にも言ったな。私から離れてもその性質は変わらないし、変化したことを私は感知できる」
「……つまり、ユノウを見つけたらこれに火を点ければいいってことか」
普段は野宿をする際テントを張ったり、焚き火で調理する時に活用している物らしい。便利そうだから一束くれといったら嫌な顔をされた。
俺とリンに一本ずつ渡して、それぞれの待機場所を確認する。
リンには監視が終わったら、すぐにその場を離れてもらう事をお願いした。
いざとなれば――俺も反抗魔法を使って戦うしかない。
自分に言い聞かせる様に、俺は決意を口にする。
「必ず、ユノウさんを助け出そう!」
その言葉に二人も黙って頷いてくれた。
日が出るのと同時に、俺たち三人は各々の待機地点へ別れた。
* * *
馬車が通過できる道は東と西にあった。
俺は東の森林を見張り、西の居住区はリンに任せることにした。人が多い居住区だと俺は人目を避けて動かねばならない。見張ることに専念できないと考えたからだ。
「こっちを通ってくれれば、まだ戦いやすいんだけど……」
朝日が上り、木々の合間から光が差し込んで思わず手で陰を作る。温かな日差しの中、リオン達が魔法にかかっていなければどれほど穏やかな一日になっただろうと、仲間への思いが募る。
毎日笑って、騒いで、任務をこなしてヘトヘトになって。
そんな日々が遠い過去の様に感じる。
「リオン、カナタ、ユルナ……」
ユノウさんを救い出し、みんなを取り戻すんだ。
魔女の力に負けるわけにはいかない。俺は、『憎まれる魔女』なんかにはならない。
俺が目指すのは『みんなに慕われる最強の魔術師』だ。
こんなところで、夢を断たれてたまるか。
手の平を丸めて握り拳を作る。
俺はアンタみたいにはならない。
リーフィリアの言った『物も魔法も使いよう』なら、俺はこの魔法を憎まれるような物にはしないぞ。
見てろよ、魔女の婆ちゃん。
その時、左手に持っていたリーフィリアの糸が震えた気がした。
糸は見えない何かに引っ張られるように、西の方角を指して振動している。
「これは……まさかリンのほうで?!」
正午まであと二時間。『断罪の儀』は刻一刻と迫っていた。
* * *
「き、来た……!」
タクトさんから言われたとおり、西の居住区を見張っていると、メインの通りをゆっくりとした速度で馬車が進んで来ていた。
私はすぐに手に持った糸に火を点け、リーフィリアに合図を送る。
馬車の周囲には鉄の鎧に身を包んだギルド衛兵が付き添い、三人の冒険者が檻を囲んで見張っていた。
檻には枷を付けられたユノウさんが、暗い面持ちで項垂れている。
(ユノウさん……!)
聖女の服は脱がされ、汚い布切れのような服を着せられた彼女は、暴行されたのか顔や腕にアザが見えた。
艶めかしく、綺麗だった銀色の髪も泥に汚れ、乱れている。その姿を見て私はまるで自分のことのように悲愴感で胸を締め付けられた。
馬車を見た人々はざわめき立ち、メインの大通りに集まってくる。
おい、あの檻にいるやつ。
魔女の手先だってさ。あーやだやだ。
今まで善人ぶってたのね。許せない。
さっさと死んじまえ!
誰かの発した侮蔑を皮切りに、その憎しみは連鎖していった。
(やめて……)
雪原で雪玉を転がすが如く肥大する罵詈雑言。
言葉だけでは足りないのか、檻に向けて石を投げつける者までいた。
(ユノウさんは何も悪くない……)
その内、鉄格子をすり抜けた石がユノウの額に当たると、苦痛に顔を歪ませる。額から血が流れ頭を抑えて蹲った。
「――ッ!!」
馬車の足が歩みを止めた。
六人の衛兵と三人の冒険者、通りに集まった人々の視線が私一人に向けられている。
「そこをどきなさいお嬢さん」
私は、向けられた視線に耐える為に下唇を噛んで、道の真ん中に飛び出していた。これ以上、彼女が苦しむ姿を見て、我慢できるわけがなかった。
「邪魔だ!! 道を開けなさい!!」
「……せない」
「んん?」
「行かせない!! その人を殺させはしない!!」
私の声に気づいたユノウさんが、目を見開き驚愕する。
私も自分のとった行動には驚いている。いつもは誰かの陰に隠れて、目立たず角が立たないように生きてきた。
けれども、こうして誰かに反抗し立ち向かったのは、貴女が私の理想で、理想の人が辛そうにしているのを放っておけなかったからだ。
なんの才能もない私は自分に自信が持てず、生まれてきた意味を考えて悩んでいた。そんな私に貴女は優しく手を差し伸べてくれた。
『生まれてきた意味なんて、みんな無いのよ。ただ、生きていることに意味がある』
かつて貴女が私にそうしてくれたように、私も貴女を救いたい。
衛兵の一人が私に近寄ってくる。
「さてはお前も魔女の手先だな! そこをどけろ!」
「その人から離れて!! ユノウさんを返してッ!」
直後、私の耳に入ってきた音はユノウさんの声ではなく、けたたましい轟音。
次の瞬間にはとてつもない爆風が私の体を宙に浮かせた。
貴女に向けて伸ばした手には、火傷しそうなほど熱い炎が触れていた。
ユノウの状況を話して、どうやって助け出すかを考えている。
リンが言うには、『断罪の儀』が執り行われるのはギルド敷地内にある宮殿だという。
「狙うなら……研究所から移送される時でしょうか……」
檻が壊せないのなら、奪取する方向で考えていた。
移送中のユノウを檻ごと取り返し、檻は後から壊せばいい。しかし、大きさからしてかなりの重量があるように思えたがリーフィリアの髪で持ち上げられるだろうか?
過去にも犯罪者を取り返そうとする者がいた事から、移送中の襲撃に備えて、馬車の護衛も付くらしい。
「やってみないと分からないが、私一人で護衛相手しながら檻を奪うのは……中々、骨が折れるな」
檻にかけられた障壁魔法の強度からして、相手にも相応の魔術師がいることが分かる。
いくらランクAのリーフィリアといえど、流石に厳しいだろう。
「わ、私も協力しますっ……! 使えるのは光魔法の初級、【目眩し】と【光の加護】だけですけど……」
意気込んでそう話すリンだったが、その手は僅かに震えていた。
「……ありがとうリンさん。でも大丈夫、これは俺の不甲斐なさが招いた結果だから……リンさんまで危険に晒す事はできないよ」
「で、でも……」
言い淀むリンをリーフィリアが止めた。
おそらくリーフィリアも気付いているはずだ。リンの様子から察するに、彼女はこれまで戦ったことがないのだろう。
いくら女で魔法が使えると言っても、モンスターを相手にするのはやはり怖さがある。一歩間違えれば怪我をして命を落とすことも。
そして……相手が人ならば傷つけて、殺してしまうかもしれない。魔法を使うということはそれほど、勇気がいる事だ。
それだけ……彼女もユノウを助けたいと思っているのが、真剣な眼差しから伝わってくる。
だから、ただ断るだけでは聞いてくれないと考えて、彼女にはなるべく負担をかけない方法で協力してもらおう。
「宮殿ってどこにあるんだ? ギルドの敷地が広すぎてどこになにがあるやら……」
「あ、ちょっと待ってくださいね……よいしょ」
部屋の狭さを有効活用するためか、壁に付けられた棚に収納箱が置かれていた。
箱を取りガサゴソと何かを探すと、小さく折り畳まれた紙を取り出した。リンが広げて見せると、それはギルドで配っている領内案内地図だった。
「宮殿はここで、研究所はこっちですね」
「ありがとうリンさん」
「い、いえ! お礼を言われるようなことでは……」
地図を見て、研究所から宮殿までの道のりを確認する。檻に入ったユノウを馬車で移動させると想定すれば、ルートは二つあった。
「どっちを通るか分からないから、俺とリンでそれぞれの道を監視する。リーフィリアにはどちらにも移動できる中間地点で待機しておいて、駆けつけてもらう感じかな……でもどうやって馬車が来た事を伝えようか」
「いい方法がある。これを使え」
そう言ってリーフィリアが鞄から取り出したのは、糸を輪っかの形にまとめた物だ。束を解き十センチほどの長さで切ると、マッチを手に持った。
「なんだこれ?」
「私の髪の毛から作った物だ。これに火を点けると……」
火が灯ったマッチを糸に近づけると、それまでの柔らかさが嘘の様にピンと真っ直ぐ伸びた。手渡されたそれは、まるで針金の様に硬くなっている。
「魔力を流した私の髪は、火に当たると硬くなるのは前にも言ったな。私から離れてもその性質は変わらないし、変化したことを私は感知できる」
「……つまり、ユノウを見つけたらこれに火を点ければいいってことか」
普段は野宿をする際テントを張ったり、焚き火で調理する時に活用している物らしい。便利そうだから一束くれといったら嫌な顔をされた。
俺とリンに一本ずつ渡して、それぞれの待機場所を確認する。
リンには監視が終わったら、すぐにその場を離れてもらう事をお願いした。
いざとなれば――俺も反抗魔法を使って戦うしかない。
自分に言い聞かせる様に、俺は決意を口にする。
「必ず、ユノウさんを助け出そう!」
その言葉に二人も黙って頷いてくれた。
日が出るのと同時に、俺たち三人は各々の待機地点へ別れた。
* * *
馬車が通過できる道は東と西にあった。
俺は東の森林を見張り、西の居住区はリンに任せることにした。人が多い居住区だと俺は人目を避けて動かねばならない。見張ることに専念できないと考えたからだ。
「こっちを通ってくれれば、まだ戦いやすいんだけど……」
朝日が上り、木々の合間から光が差し込んで思わず手で陰を作る。温かな日差しの中、リオン達が魔法にかかっていなければどれほど穏やかな一日になっただろうと、仲間への思いが募る。
毎日笑って、騒いで、任務をこなしてヘトヘトになって。
そんな日々が遠い過去の様に感じる。
「リオン、カナタ、ユルナ……」
ユノウさんを救い出し、みんなを取り戻すんだ。
魔女の力に負けるわけにはいかない。俺は、『憎まれる魔女』なんかにはならない。
俺が目指すのは『みんなに慕われる最強の魔術師』だ。
こんなところで、夢を断たれてたまるか。
手の平を丸めて握り拳を作る。
俺はアンタみたいにはならない。
リーフィリアの言った『物も魔法も使いよう』なら、俺はこの魔法を憎まれるような物にはしないぞ。
見てろよ、魔女の婆ちゃん。
その時、左手に持っていたリーフィリアの糸が震えた気がした。
糸は見えない何かに引っ張られるように、西の方角を指して振動している。
「これは……まさかリンのほうで?!」
正午まであと二時間。『断罪の儀』は刻一刻と迫っていた。
* * *
「き、来た……!」
タクトさんから言われたとおり、西の居住区を見張っていると、メインの通りをゆっくりとした速度で馬車が進んで来ていた。
私はすぐに手に持った糸に火を点け、リーフィリアに合図を送る。
馬車の周囲には鉄の鎧に身を包んだギルド衛兵が付き添い、三人の冒険者が檻を囲んで見張っていた。
檻には枷を付けられたユノウさんが、暗い面持ちで項垂れている。
(ユノウさん……!)
聖女の服は脱がされ、汚い布切れのような服を着せられた彼女は、暴行されたのか顔や腕にアザが見えた。
艶めかしく、綺麗だった銀色の髪も泥に汚れ、乱れている。その姿を見て私はまるで自分のことのように悲愴感で胸を締め付けられた。
馬車を見た人々はざわめき立ち、メインの大通りに集まってくる。
おい、あの檻にいるやつ。
魔女の手先だってさ。あーやだやだ。
今まで善人ぶってたのね。許せない。
さっさと死んじまえ!
誰かの発した侮蔑を皮切りに、その憎しみは連鎖していった。
(やめて……)
雪原で雪玉を転がすが如く肥大する罵詈雑言。
言葉だけでは足りないのか、檻に向けて石を投げつける者までいた。
(ユノウさんは何も悪くない……)
その内、鉄格子をすり抜けた石がユノウの額に当たると、苦痛に顔を歪ませる。額から血が流れ頭を抑えて蹲った。
「――ッ!!」
馬車の足が歩みを止めた。
六人の衛兵と三人の冒険者、通りに集まった人々の視線が私一人に向けられている。
「そこをどきなさいお嬢さん」
私は、向けられた視線に耐える為に下唇を噛んで、道の真ん中に飛び出していた。これ以上、彼女が苦しむ姿を見て、我慢できるわけがなかった。
「邪魔だ!! 道を開けなさい!!」
「……せない」
「んん?」
「行かせない!! その人を殺させはしない!!」
私の声に気づいたユノウさんが、目を見開き驚愕する。
私も自分のとった行動には驚いている。いつもは誰かの陰に隠れて、目立たず角が立たないように生きてきた。
けれども、こうして誰かに反抗し立ち向かったのは、貴女が私の理想で、理想の人が辛そうにしているのを放っておけなかったからだ。
なんの才能もない私は自分に自信が持てず、生まれてきた意味を考えて悩んでいた。そんな私に貴女は優しく手を差し伸べてくれた。
『生まれてきた意味なんて、みんな無いのよ。ただ、生きていることに意味がある』
かつて貴女が私にそうしてくれたように、私も貴女を救いたい。
衛兵の一人が私に近寄ってくる。
「さてはお前も魔女の手先だな! そこをどけろ!」
「その人から離れて!! ユノウさんを返してッ!」
直後、私の耳に入ってきた音はユノウさんの声ではなく、けたたましい轟音。
次の瞬間にはとてつもない爆風が私の体を宙に浮かせた。
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