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1巻

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 建物の中に入り、私は商品を見て回る。
 ふと目に入ったのは、わらが束ねられた掌サイズのブラシ。見た目はたわしっぽい。

「ねえ、この掃除道具は何かしら?」

 ロダンは私の質問に機嫌を良くしたのか丁寧に答えてくれた。

「おやお嬢様、また何か思いつきましたか? こちらは汚れを落とすための道具で、わらを寄せ集めて作られたものになります。名称は『たわしん』です」

 たわしん。そのままでちょっと可愛い。

「いえ、昨日持ち帰った長ウリで作ろうとしているものに似ていたから」

 私は何の気なく言ったが、ロダンはびっくりしたようで大きな声をあげた。

「長ウリとたわしんが、ですか⁉ 繋がりがわからないのですが」
「実は、このたわしんと使い方が似ているの」

 兄さんもロダンも眉間にしわを寄せて、一層首を傾げている。
 さすがにこのまま彼らを放置するわけにもいかないので、ざっくりとだけ教えることにした。

「実はね、長ウリをカラカラに乾燥させると、このたわしんよりも柔らかい汚れ落とし道具ができそうなのよ」
「柔らかいたわしん……ですか?」
「何に使うんだ?」

 ほほ~、と再び考え込むロダン。隣にいる兄さんはまだピンときていないようだ。

「上手くいけば、長ウリは柔らかい素材になると思うの。このたわしんでは傷がついちゃう食器や服、あとは体なんかの汚れ落としに一役買うんじゃないかと思って」

 まだ完成してないけど、と誤魔化ごまかしつつ、二人に微笑む。
 兄さんは相変わらずだけど、ロダンは驚きを通り越して絶句している。

「未完成なのに、そんな具体的な発想が……!」
「最近、手では落ちない汚れが気になっちゃって」
「いやでも、着眼点は素晴らしいです。もし試作品ができたらぜひお見せください!」
「わかったわ。完成したらね。まだ、大分かかりそうだけど」

 何とか誤魔化ごまかせたと安心していると、突然、兄さんがワシャワシャと頭をでてきた。

「うちの妹は発想が豊かだったんだな。えらいえらい」

 なぜか兄さんがドヤ顔である。
 と、ちょうど兄さんを見上げたとき、たわしんの横のかごに四センチメートルくらいの球体――シャボンの実が積まれているのが視界に入った。
 そこで、ピカ~ン! とひらめいちゃった。
 これで『石鹸せっけんチート』できるんじゃない⁉ やってみたいことナンバーワンだったんだよ!
 私は心の中でガッツポーズを決めつつ平静を装い、ロダンに話しかけた。

「ついでに、もう一ついいかしら?」
「はい何なりと」

 ロダンの顔は今やニコニコだ。

「このシャボンの実の加工品はないの?」
「加工品……と申しますと?」
「普段、シャボンの実の中にあるサクサクした部分で汚れを落とすでしょ? ただ毎回中身を取り出すのって面倒だし、汚れ落としがこれ一択しかないから困ってるのよ」

 私は今思いついたかのように、話を続ける。

「そもそも実の殻が毎回ゴミになってわずらわしいのよね。何個か中身を集めて固めれば、もっと便利になるんじゃないかな~って」
「なるほど……しかしお嬢様、裕福な家では、メイドがシャボンの中身を集めて瓶に入れて設置することが多いですから、わずらわしいという発想はございません」

 へ、そうなの? あれ? 我が家は……あぁ、貧乏だもんね……

「そ、そうなのね。他の貴族は自分ではやらずに、あらかじめ瓶に集められたものを使うのね」

 こほん、と咳払いをして、私は辺りを見回し、一応誰もいないのを確認する。

「でもそれって裕福だからよね。私は平民にも使えるようなものを考えているのよ」
「平民ですか?」
「ええ。我が家は自分で一回一回割っていたから思いついたのかもしれないわ。私が思いついたのは、シャボンの中身を四角なり丸の形に固めて、香りを練り込んだものなのよ。水に濡らせば泡立つし、ちょっとした名産品になるんじゃないかと思って。兄さんはどう思う?」

 隣で黙って聞いていた兄さんの意見も聞きたくて、話を振ってみる。すると兄さんは口角をあげて「いいな、それ」と呟いた。

「香りは女性が好きそうだが、それより固形物で濡らせば泡立つのは便利だな。遠征なんかでもゴミを出さずに気楽に使えそうだから、貴族でも欲しい人はいると思う。特に騎士には需要があるんじゃないか?」

「できるできないは置いておいて」と補足はあったものの、兄さんは賛同してくれた。

「そうなのよ。そして話は戻るけど、さっきの長ウリのアイデアと足すと、香り付きのシャボンで体を綺麗に洗えるの! これ、売れそうじゃない⁉」

 私の提案に、ロダンは「素晴らしい!」と大きな拍手を辺りに響き渡らせる。目の色を変えて大はしゃぎだ。

「感動です! もし我が領の特産品になれば領も民も潤います! これはじっとはしていられませんよ!」
「ロ、ロダン、落ち着いて、ね? 今思いついただけだからできるかどうかわからないの。それに、もし長ウリが他領にもあるならすぐに真似されちゃうわ」
「そこはロダンにお任せください。さぁ忙しくなりますよ!」

 なんだかロダンは鼻息荒くテンション最高潮だ。でも良かった~。『は? 何言ってんの?』とか言われなくて。これなら石鹸せっけんチートはバッチリできそう!
 私たちはロダンに連れられて、城下町にある教会や中央噴水といった場所を見学し、そこで午前の授業が終了した。
 お昼ご飯を食べ終わった頃、ロダンが私たちのもとへやってきた。

「ご主人様、お嬢様。本日の午後はお話し合いに変更するのはいかがでしょう?」

 どうやら午前中に話していた特産品を詰めたいようだ。

「俺はいいんだけど、まだ長ウリのたわしんは完成していないんだろ?」
「うん。昨日から干し始めたんだけど、カラカラになるのに一ヶ月はかかるんじゃないかって」

 私はあのときのショックを思い出しながら、食後の紅茶を机に置いた。

「一ヶ月もですか……時間がもったいないですねぇ」

 しょぼんと眉尻を下げるロダン。しかしすぐに何かを思いついたようで、私たちに一礼した。

「大変申し訳ございませんが、午後は自習をしていただき、その間私は席を外してもよろしいでしょうか」
「どこかへ行くの? 私は大丈夫だけど、話し合いはどうするの?」
「その件のこともあり、先先代をお迎えしようかと思いまして」
「えっ、お爺様をこちらに?」

 向かいで兄さんが椅子から飛び上がった。ちょっと嫌そうな顔をしている。

「はい。元々近いうちにお迎えに行こうとは思っていたのです。先先代も元領主ですから、ご主人様の勉強のためにもよろしいかと思いまして。ちょうど領にとっての一大事でもありますし。お話し合いは明日にいたしましょう。では本日はそのように」

 兄さんの返事を聞く前に、ロダンの中で午後の予定が決定したようだ。

「じゃあ、私はシャボンの具体的な案を書き出しておくわ」
「ええ、よろしくお願いいたします」
「は~、また絞られる……」

 ロダンは私たちの食器を片付けると、ウキウキとお爺様の住む別宅へ出発した。
 肩を落としていた兄さんは、「執務室で領の歴史を勉強する」と言って、なぜか裏庭へ出て行った。ふふふ、これから来たるストレスに対応するべく、素振りでもするのかな?
 さて、私はロダンに言った通り、シャボンの具体案を書き出すことにした。
 まずは前世の知識を思い出してみよう。石鹸せっけんの作り方ってどうだったっけ……?
 シャボンの中身はサクサクしていて、割ったシャボン同士をこすり合わせると泡立つ。紙石鹸せっけんの泡立つ版に近いのかな?
 これを固めるとなると、前世の石鹸せっけんの作り方とは違ってくるよね……う~ん、どうしようかな。
 前世の固める物といえば、蝋燭ろうそくやチーズ、バター、ゼラチンなど。これで石鹼って作れるのか?
 あとはどんな香りにするのかも考えなくちゃ。
 ベタにいけばハーブ系とかお花。でも花のエキスってどうやって抽出するんだ? そもそもこの世界にハーブみたいな香りのいい葉っぱってあるのかな?
 部屋に閉じこもって考えていても仕方ないと、私はうんうん考えながら城内を歩き回る。自然とロック爺のもとへ足が動いていたみたいで、馬小屋へたどり着いた。
 ロック爺は馬のブラッシングをしていた。もうすぐ終わりそうだ。

「ロック爺! そろそろ手は空くかしら?」
「はい。もう少しだけお待ちください。道具を片付けてきます」

 私は裏庭へ向かい、庭の草花を観察しながらロック爺を待つ。
 そういえば庭をきちんと見たことがなかったわね。
 しゃがみ込んで葉っぱの香りを嗅いでみたり、裏返して見てみたり。花もたくさんあるのね。と、小さな白い花を観察していたとき、ロック爺が裏庭へやってきた。

「お待たせしました。いかがされましたでしょうか?」
「あのね、野生の草でもいいから、香りのいい葉っぱを教えてほしいの」
「香りのいい葉っぱ……ですか?」

 う~ん、とロック爺は目を閉じてあごに手をやり、考え始める。
 しばらくして目を開けると、庭の端のほうを指さした。

「お嬢様の好きな香りかどうかはわかりませんが、良い香りの植物はいくつかあります。この庭なら……ちょうどあの辺りにある紫の花です」
「あっ、ラベンダーね!」
「そうです、ラベンです」

 若干名前が違うようだが、遠目で見る限り、見た目は前世と同じ。

「野生のものであれば、西の森に行く道すがらによく生えているミトンや、料理に使うカモミとかローズマリでしょうか」
「それって私でもりに行けるかしら? すぐ必要なの」
「明日でよろしければ、いくつか採取しておきますが」
「お願いしてもいいかしら? 片手に乗るぐらいの量で大丈夫よ」
「わかりました」

 ロック爺は怪訝けげんそうにしながらも、頷いてくれた。
 よし、ハーブゲット! 今のところかなり順調じゃない?
 ふふ~んと鼻歌を歌いながら自室へ戻る途中、兄さんと執務室の前ですれ違った。

「あれ~、執務室にいたんじゃなかったの?」

 わかっているけどわざとほくそ笑みながら言ってみる。私の表情を見て、兄さんはバツが悪そうに剣を触り始めた。誤魔化ごまかすときの癖なのかな?

「あ~。ちょっとな。頭をスッキリさせたくて……って何だよ~、顔が緩んでるぞ」
「何でもない! 私のほうは順調よ~、兄さんも頑張ってね~!」
「そんなに上手くいきそうなのか? 俺にもできることがあれば手伝うからな」
「うん。ありがとう!」

 兄さんは頭をかいていたが、今度はちゃんと執務室へ入っていった。


 部屋に戻ると、さぁ次の問題だ、と頭をひねらせ始める。
 ハーブは見つけたから、次はそれをどうやって石鹸せっけんに混ぜ込むか、よね。
 花のエキスは香水を作る要領で抽出するんだけど、やり方がわからないし、機材もないので無理か。
 あっ、乾燥させて粉末にすれば、香り出そうじゃん!
 他にも方法はありそうだけど、これが一番楽そうじゃない?
 そして残るは、固める方法なんだけど……何も思いつかない……

「ひらめきよ、来いっ‼」

 両手を天に掲げてみるが、中々思いつきはやってこない。
 そりゃそうか、とすぐに諦めて、思いつきの種を探すべく私は厨房へ行ってみることにした。


「ジャック、ちょっと見学させてもらえないかしら?」

 私は城の端にある厨房へやってきた。
 おやっ、と言ってこちらを向いたのはジャック。ひょろ長い高身長の男性で、この城の料理長でもある……と言っても、我が家の料理人はジャックだけだけど。

「どうされました? つまみ食いですか?」
「違うわよ。ちょっと探し物」
「厨房で探し物……ですか?」

 何をしでかす気だ? とジャックの顔に書いてあるような気がする。

「液体を固める物を探してるのよ。ちょっと色々あってね」
「液体を固めるものですか……今は作業中ですので、少しお待ちいただけましたらお手伝いいたしましょう」
「じゃあ、邪魔にならないようにその辺を見て回るわね」
「はいはい。火には近づかないでくださいよ」

 ジャックが仕事をしている間に「何かないかな~」と辺りの棚をのぞき込む。
 しかし、色々見て回ったものの何も思いつかないので、大人しくジャックを待つことにした。十五分ほど経ったのち、ジャックは一仕事を終えて私のもとにやってきた。

「お待たせしました、お嬢様。それで……何をお探しでしたんですっけ」
「あのね、液体を固めるものを探してるの。肌に優しいものがいいから、植物や果実なんかで何かないかと思って。あとはカチカチにならなくて、匂いが少ないやつ」
「中々、条件が多いですね。そうだな……」

 ジャックは考え込みながら厨房を見回す。

「料理に使うものですが、ソースをトロトロにするカタクリか……あとはゼラチンでしょうか。でも、ゼラチンは固めると言っても柔らかいですがね」

 そうだよね、それくらいだよね~……。ジャックもピンときてないのか「う~ん」と悩んでいる。

「何となくわかったわ。料理の材料以外だと何かあるかしら?」
「うーん……あっ! 南部地域の果実になりますが、ヤシシの実という果実の内皮ないひの油脂があります。デザートでたまに使用するのですが、加熱するとすぐに溶けて、火から離して放っておくと固まります」

 ジャックは晴れやかな笑顔になる。さも「これだ!」って言いたげで自信満々だ。
 それにしても南部の実かぁ。たぶん、ヤシシの実ってヤシの実のことだよね。

「じゃあ、ヤシシの油とゼラチンを少し分けてもらえないかしら」
「ゼラチンはストックがあるので、小瓶でひと瓶ぐらいならこのままどうぞ。ヤシシ油は量が足りないので明日になります」

 ジャックは任せろとばかりに拳で自身の胸を叩く。

「えっ……ヤシシの実って南部地域の果実なのよね? そんなすぐに調達できるの?」
「ええ、朝一番に仕入れに行きますからそのときにいくらでも。ヤシシ油はどこの領でも流通していますよ。料理に使うものですから」

 びっくりしている私に、ジャックは「ははは」と笑いながら教えてくれた。そんなに流通しているならレアものじゃないし、たくさん使ってもコストは大丈夫かな?

「ちなみに、おいくら?」
「一個二百ディナです」

 前世の円と同じくらいなので、つまりはヤシシの実一つで二百円! 安っ!
 ヤシシ油とゼラチンをゲットしてウッキウキな私は、早速兄さんやロダンへ報告しようと厨房を出て食堂へ向かった。


「お~、久しぶりじゃの~。ひと月ぶりか?」

 食堂にはお爺様がすでに到着していた。仕事が早いな、ロダン。
 しかも、部屋の隅にある机には、私が天日干ししていた長ウリが置いてある。

「お爺様、お久しぶりでございます。腰のお加減は大丈夫でしょうか?」
「お~お~、すっかり良くなったわい。それよりも、ロダンから面白いことを聞いたぞ?」
「いえ、ただ思いついたことを口にしただけですので」

 あはは、早速この話になるのね……とりあえず、ふふふ、ほほほ、と誤魔化ごまかそうとする。

「早速じゃが、カイがそろえばお前の口から今一度思いつきの話が聞きたい」

 だけど、すぐにお爺様にそう言われてしまい、私は頷く。
 と、ちょうどそのタイミングで兄さんが食堂へ到着した。

「お、お爺様……お早いですね」

 びっくりしたようで、兄さんは額に汗を浮かべている。いや、顔に出すぎじゃない?

「開口一番『早い』とは何じゃ! まずは、ようこそおいでくださいました、じゃろ!」
「す、すみません! お爺様、よ、ようこそ、おいでくださいました」

 兄さんは早速お小言一号をもらい、たじろぎながら言い直している。
 その横ではロダンがニコニコとその様子を観察していた。
 少しして「そろそろ夕食をお持ちいたしますので、その辺りで」と兄さんに助け舟を出してくれた。
 それにしても、お爺様がこの話に参加するとなると、今までみたいな軽いノリでは進められないよね……
 そう考え込みながら夕食を待っていると、ふいに兄さんがお爺様に聞いた。

「お爺様は、いつお戻りになられますか?」
「何じゃ、今来たばかりなのに、もう帰ってほしいのか! ここはわしの家でもあるんじゃが?」
「ははは、そうですよね~」

 なんとも空気を読めない質問だった。兄さんはしどろもどろだ。
 結局、夕食はお爺様のお小言がBGMの素敵な晩餐ばんさんになった。
 兄さんは右から左に聞き流していたけど、どうしてさっきその技を発動しなかったの!
 無事に夕食を終えた私たちは、ソファに場所を移動し、食後の紅茶を楽しんでいる。ふう、と一息ついていたら、お爺様がカップをソーサーに置き、口を開いた。

「で、ジェシーや。わしにジェシーの発明について説明してくれんか」
「はい。ですが本当にただの思いつきですよ?」
「それでも構わん」

 お爺様に言われ、私は前置きをしてから領民登録のことや長ウリ、シャボンのことを説明した。
 とはいえ、お爺様はそもそも長ウリを知らないご様子。

「そもそもとして、長ウリとはなんじゃ?」
「こちらになります」

 ロダンがさっとお爺様に長ウリを手渡す。このためにさっき机の上に置いてあったのね。

「こちらは、西の森の入り口にてお嬢様が持ち帰ったものになります」
「ほほー、これが長ウリか。そういえば昔、馬小屋で見たことがあるのう」

 お爺様が若い頃に、日持ちがするからと、馬の餌として与えていたことがあったらしい。ただ、味がしないせいで、馬もあまり食べなかったとも。

「へ~、これが馬の餌ねえ」
「へ~じゃない。これが金の卵になるやもしれんのに。もちろん次期領主として、この長ウリの性質や特性やらを調べてあるんだろうな?」

 のほほんとする兄さんだったが、意外にもお爺様の突発的な質問に「えっへん」と答え始めた。

「この長ウリは、春の終わりから秋の始まりの間、日がよく当たる暖かい場所に生育します。他領への道がある西の森にのみ生息しますが、日差しの具合で我が領側の入り口にのみ育つようです」
「ふむ……それで?」
「あとは……長ウリは野生の小動物が水分補給のために食べるだけで、自領にも他領にも食用では出回っておりません。そもそも長ウリを知っているのは学者ぐらいじゃないでしょうか」

 お爺様の圧をものともせず、兄さんはスラスラと答える。
 剣の素振りのあとに、ちゃんと執務室の文献で調べていたんだね!

「へ~、兄さん、ちゃんと調べてたんだ。すご~い」
「ばか、これぐらい俺でもできるよ」

 兄さんは照れ笑いを浮かべる。
 しかしなごやかムードの兄妹に、ロダンが珍しくも口を挟んできた。

「では、長ウリ自体があまり知られていないということなんですね?」
「おっ、ロダンが乗り気じゃなぁ」
「ええ、『柔らかいたわしん』というものを早く見てみたいのです。クライス様。お手をわずらわせてしまい申し訳ございませんが、風魔法をお願いしたいのですが」

 ロダンはお爺様に深々と頭を下げる。
 お爺様はなぜ風魔法が必要なのかわからないようで、怪訝けげんな表情を浮かべる。
 ピ~ン! と私はロダンの意図がわかったので、せっかちね~、と思いつつフォローした。

「天日干しだと一ヶ月かかるから、お爺様の風魔法で早く乾燥させたいのね」

 だからロダンは急いでお爺様を呼び寄せたんだ。
 ナイス、ロダン! でも私も一ヶ月は待てない!

「お爺様、私からもお願いしますわ。一ヶ月待って違うものでした、じゃ時間が無駄だもの」

 ダメ押しとして『必殺・孫からの上目遣い』を発動し、「ダメ?」と伺う。
 お爺様は少し悩んでいた様子だったが、頷いてくれた。

「よし、わかった。わしも気になるし、やってみるか」

 やった~! 早速、現物が手に入る!
 やっとチートっぽくなってきた~‼


 翌朝。私たちは長ウリを乾燥させるべく、テラスに集合していた。

「よし、やってみるかの」

 お爺様は長ウリを手に持って目を瞑る。長ウリの周囲で風が巻き起こり、十秒ほどで緑色だった長ウリはベージュ色のカラカラなものに変化した。
 やった~、成功! 私は上機嫌に両手を胸の前で組んで飛び跳ねる。しかしお爺様はカラカラの長ウリにしっくりこないのか、やりきった感がないのか、首を傾けている。

「大成功です! あとはこれを掌くらいの大きさに切って、完成です!」
「え? それだけ?」

 兄さんは拍子抜けしたように眉尻を下げている。
 ひとまずカラカラになった長ウリを小さく分けて、みんなで触ってみることにした。

「おー、本当に柔らかいの」
「これを肌に当てても痛くありませんね。たわしんとは比較できないくらい柔らかいです」
「水に浸けると、もっと柔らかくなると思うの」

 ロダンは執拗にカラカラ長ウリで手を擦っていたが、私の一言で、ダッシュで水を取りに行ってしまった。……よほど気に入ったんだね。

「でもこれ、すごいな。これで食器や服も洗うんだろ? シャボンだけじゃなく、単体でも売れるんじゃないか?」
「そうじゃな。価格設定が微妙じゃが、ま~原価はタダだしの。いやはや、よくぞ発見した! 日頃からよく勉強をしていたんじゃな。うんうん」

 お爺様は、私の前世知識を何かの文献からの知識だと勘違いしてくれた。助かった、ふ~。

「えっと……前に見た植物図鑑を思い出しまして……おほほほほ」
「よし、じゃあ、これの量産体制の確認、価格の設定、名称とか色々決めなきゃいけないし、一旦中へ戻りましょうか」

 ほくほく顔で兄さんは足早に城内に入ろうとしたが、お爺様に止められた。

「まだこれを水に浸していないじゃろ」
「このままでも、俺は大丈夫ですが?」
「それはお前の肌が頑丈なだけだ、馬鹿もん」

 は~やれやれと、お爺様がため息をつく。
 と、そのタイミングでロダンが水を持ってきたので、みんなで浸してみる。

「お~、コレは貴族の女性の肌にも使えそうですね。とても柔らかいです」

 ロダンが目をみはりながら褒めてくれたので「でしょ~」と思わずドヤ顔をしてしまった。
 しまった、さも最初からわかっていた風に言ってしまった!
 でも、みんな長ウリの柔らかさに釘付けで聞こえていなかったようなので、セーフ!
 というか、こんなに早く乾燥するなら、他にも頼みたいものがあるんだけど!

「お爺様、まだ風魔法は使えますか?」
「使えるが……あといくつカラカラの長ウリが欲しいんじゃ?」
「あ、いえ長ウリではなく、シャボンの加工品の材料で乾燥させたいものがあるんです」

「シャボンの加工品?」とお爺様は首を捻る。
 あっ、ロダン、シャボンについてはお爺様に話してなかったのか。

「失礼しました。実は長ウリだけでなくシャボンの加工品も思いついていましたの。そしてその加工品の材料で、いくつか考えておりまして」
「何と、もう見つけたのですか!」

 話がわかっているロダンは、嬉しいのかワクワクが顔に出まくりである。
 たしかシャボンの加工品に混ぜ込むハーブについては、ロック爺にお願いしていたんだけど、あれってどうなったんだろ……。私は庭のほうをキョロキョロと見渡した。

「ロック爺に色々とお願いしていたのだけれど……」
「父にですか?」

 ロダンは嬉しげな表情から一転、困惑気味だ。

「ええ、良い香りのものを探していて、ロック爺に相談したの。そしたらってきてくれると言うものだから」
「わかりました。父を探してきます」


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