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1-1
しおりを挟む第一章
今から半年前、冬の社交界シーズンが終わり春になる少し前。
両親が馬車で領へ帰還する道中、崖から転落し儚くも共に天へ召されてしまった。
葬儀を終え喪に服し、諸々の庶務を終えたある日、公爵家の嫡男であるカイデール・ロンテーヌ――カイデール兄さんは『これからは次期領主として生きていく!』と、騎士の夢を諦め新しい当主として邁進することを決心していた。
本来ならば嫡男が公爵家を引き継ぐというのは、この世界の価値観では妥当な決断だ。
しかし、私は反対した。
なぜなら、私は両親が亡くなったショックで前世を思い出したからだ!
ちなみに前世はOLでもなければ女子高生でもなく、ただの主婦です。
サラリーマンの夫と二女に恵まれ、週三回のパートに行き、中年太りに悩まされたり、たまにママ友とランチに行ったり、平凡ながら幸せな日々を過ごしておりました。
しかし、下の娘が大学を卒業して一年経った頃、心臓発作であっけなく天へ召されてしまいました。
享年、五十四歳。本当に早すぎる人生でした。できることなら、娘たちの花嫁姿を見たかったなぁ……っと、それは置いておいて。
今世の私はロンテーヌ家長女の、ジェシカ・ロンテーヌ。父譲りの茶髪と母譲りの薄緑の目をした、ごくごく平凡な十四歳の少女Aだ。
そんな私は、向かいのテーブルでメラメラと情熱を燃やす兄さんを必死に説得し続ける。
「と、とりあえず、休学ってことにしない? あと一年なのにもったいないよ。兄さんが卒業するまでの間に、領のこれからを考えましょうよ」
「えぇ……でも……」
まだ兄さんは納得できない様子だ。もう一押し必要か?
「決断するなら心が落ち着いている時にしましょ。領主の代替わりには一年の猶予があるし、お爺様はお元気だから助けてもらうこともできるし……即決する必要はないわ」
兄さんは脳筋というか、剣一筋というか……有り体に言えば、筋肉しか取り柄がない。そもそもこれまで剣しか勉強したことがないのだ。
そんな彼がこのまま領主になり、まともに領地を経営していけるかと言われると、それなりの結果は出るとは思うけど、少なくとも今より良くはならないだろう。
お爺様の代から我が家に勤める家令兼執事のロダンが助けてくれるだろうから、悪くもならないだろうけど。
まずは兄さんの決断を先送りにさせるため、私は連日説得をし続けた。
そして、説得をし続け二ヶ月が経ち、その途中で兄妹喧嘩勃発といった紆余曲折があったものの、兄さんをなんとか納得させ、学校を休学させることに成功した。
この休学期間で、兄妹共々なんとかして領地経営のイロハを学ぼうというつもりだ。こうして決意を新たにさせた私たちは、領主(勉強中)として領地経営のスタートラインに立ったのだった。
「おはようございます。お嬢様」
「……おはよう」
翌日。私を起こしてくれたのは、通いで働いてもらっているメイドのサラ。
まだお母様がご存命の頃に作法や所作を教えられていたので、サラは平民ではあるが、貴族のメイドとしてしっかりと働けている。それは我が家こと領のお城で働く他のメイドも同様。
ちなみに一般的に貴族というと、身の回りの世話をしてくれる侍従や侍女が三人ほどいるのが普通らしい。メイドは掃除や細々とした雑用が主な仕事。
ではどうして、メイドのサラが私を起こしたのか。
そう、我が家には執事のロダンを除き、侍従も侍女もいないのです。お察しの通り『貧乏』なのです。小さい頃からこの環境だったから当たり前と思っていたが、実は違うらしいということを最近知った。
「カイ様はすでに朝食をお取りです」
「うそ、早くない⁉ すぐ行きます」
「よろしくお願いします」
サラは一礼し部屋を辞した。
私は簡素なワンピースに自分で着替えて、足早に食堂へ下りた。
朝食の席につくと、ロダンが紅茶をサーブしながら声をかけてきた。彼は優雅な手つきで紅茶を淹れているが、怪訝な顔で私を見て首を傾げている。
「本当にお嬢様も勉強会に参加されるのですか?」
「そうよ、兄さんのおまけで一緒にね。私もこの領のことをもっと勉強しておきたいの」
おまけだと強調したが、ロダンは苦笑いを浮かべるばかりだ。
「両親が共にいなくなってしまって、やっとわかったの。本来なら領主の子供として、領のことをもっと早く勉強しておくべきだったんだって。両親やロダンに甘えすぎだったと思い知ったのよ」
私が首を竦めると、向かいに座る兄さんが口を開いた。
「まー、本来なら女の子のジェシーが勉強しなくてもいいんだけど、俺もジェシーが隣にいてくれると心強いよ。俺もまだ十七歳だし、領のことを考えれば、俺一人よりジェシーと二人のほうがいいと思う」
「それはそうでしょうが……本当によろしいのでしょうか?」
兄さんの言葉に私は安心するが、ロダンはまだ不安そうだ。
というのも、この世界は男子にのみ家督継承権がある。領主の夫人ともなれば多少なりとも領のことを勉強するのだろうが、未成年の女子である私が内政を勉強するのには違和感があるのだろう。
「大丈夫だってロダン。お爺様もわかってくださるよ。それにたとえジェシーが内政を勉強したところで、ここは王都から離れてて頭のお固い役人もいないから、誰にも何も言われないって」
もっともらしいことを言ってはいるが『忘れたときはジェシーに聞こう』って顔にダダ漏れてるのよ。
「そうですか……?」
ロダンは納得できていないようだが、領主(勉強中)の意見に従うことにしたようで、ありがたいことにそれ以上は何も言わなかった。
兄さんは早々に朝食を食べ終えると、ロダンを連れてさっさと執務室へ行ってしまった。私も急いでちょっと硬いパンと野菜スープを流し込んで、後を追いかけた。
執務室はそこそこの大きさのお部屋。イメージ的には前世の校長室に似たようなもの。いたるところに書類と資料が置かれている。兄さんは領主用の机に、私は側にあるソファに腰かけた。
「こほん。では早速勉強を始めましょうか。本日は我が領について説明をいたします」
ロダンが一つ咳払いして、ロンテーヌ領の説明をし始める。今日はロンテーヌ領がどこにあり、どんな特徴があるのか、というもの。
私はともかく、跡継ぎの兄さんはそんなことも知らないのか、なんて言われそうだ。
こんなに早く代替わりすると思っていなかったので、両親も兄さんに対してほとんど教えていなかったらしい。だから『どうせいつかは継ぐのだから、今は好きなことを』と騎士科へ進学させたのだった。
さて、我がロンテーヌ領は、王都から北東方向へ馬車で十日ほどのところにある。北には険しい山地、南には平地が広がり、その真ん中にある住みにくい寒冷地なのだそう。東西にあるミサ領とテュリガー領は温暖で自然豊かだそうで、森や田畑が広がっている。
そしてこの領地を治めるロンテーヌ公爵家は、公爵位ではあるものの、公爵の中での位は最下位。
うーん……つまり我が領は冬が長い寒冷地であるため、貧乏で人口も少ない。
……わかってた、わかってたけど、現実は厳しいょ。貧乏自体は別に苦ではないけれど、両親亡き今、この領地を兄さんと一緒に治められる自信がない。
しかしせっかくの前世の記憶があるんだし! って、果たして何か役立つかな……?
そう物思いにふけっていたら、ロダンに注意されてしまった。
「……お嬢様、お嬢様! ちゃんと聞いておられますか?」
「あっ。ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてたわ。続けてくれる?」
少しだけロダンにじろりと睨まれた気がするけど、ロダンは一つこほんと咳をして、説明を再開した。
「我が領は農作物があまり育たない土地ではありますが、その少ない農作物を隣のミサ領やテュリガー領へ売って税収を賄っておりました。しかし、領主交代と同時に取引率を下げたいという申し出を受けております。詳しく言うと、売値が下がり、税収が五パーセント減ります」
ふむふむ、なるほど。私が頷いていると、兄さんが首を傾げてロダンへ質問する。
「えっ! どうしてそんなことに?」
「ミサ領とテュリガー領の領主は先代のご友人でしたが、あくまで取引は先代とのもの。『先代には恩があるが……』とのことです。いずれも、今年まではこれまで通りでいいが、来年度からは価格を下げてほしい、と」
税収が五パーセント減るのは中々の損失。地味にイタイなぁ。
でもお隣にも事情があるだろうし……う~ん。
「これにより、王都に納める税が不足してしまい、払えなくなります」
「ロダン、こういう場合はどうするんだ?」
「どうするとおっしゃられても……こればかりは領主の考えることです」
「そうだよね……」
兄さんはあっさりロダンに言われて、頭を抱えている。
こういうときに前世知識チートの出番じゃない! と、ワクワクしたけれども何も思いつかん。いざ直面すると、解決策とかすっと出てこないもんだね。
「あっ‼」
うーん、と私も考えていると、すんごくいい顔で兄さんが私とロダンを見た。何かをひらめいたようだ。
「何かいいアイデアあった?」
「もう一年、延長してもらうように誠心誠意お願いしよう! 隣領の領主たちは昔からの父上の親友なんだろ。きっとわかってくれるよ」
「「…………」」
サムズアップとドヤ顔で、兄さんは言い放った。そして、私とロダンは同時に天を仰いだ。
……ダメだ。兄さん。ダメダメだよ。ちゃんと話を聞いてたの?
私は大きくため息をついてしまった。
「あ、あの、お兄様?」
「何だよ、急に気持ち悪いな、様なんかつけて」
「あのね、向こうもこれまで融通してくれてたんだし、これ以上の延長は無理じゃないかな~って」
「は~。やっぱり、そうか」
兄さんはサムズアップから一転、肩を落として悩んでいる。そりゃ~そうだろうよ。
がっかりしている兄さんを横目に、税収のマイナス分をどう補填するべきか、と私も頭を回転させる。
売値が下がるのは十ヶ月後。とはいえ農作物で稼ぐ必要があるとなると、正直あまり時間はない。兄さんのアイデアのように、隣領がもう一年延長してくれれば、大分助かるんだけどね。
それに飢饉や災害に備えるなら、プラスでもう少し税収が欲しいところ。領民が少なくて良かったのか悪かったのか。
幸運なことに、我が公爵領には借金がない。
堅実な両親が『自分でできることは自分で!』の精神を植え付けてくれたことで、今更ながら助かっている。長期でも短期でも借金は本当に厄介だからね。ニコニコ現金払いな両親で本当に良かった。
「私は一度領の様子を見てみたいわ。今の領には何があって何が足りないのか、この目で確かめたいの。先のことを思うと、運営のヒントにもなると思うのだけど」
私がそう言うと、ロダンがこっちを向いて「おや」と感心したように目を瞠った。
「お嬢様のおっしゃる通りです。ご主人様も実地体験のほうが頭に入るかもしれませんね」
「よし、わかった。今日の午後に早速行ってみるか」
お~即決。さすが脳筋――じゃない兄さん‼ ロダンもダンディなスマイルを浮かべている。ロダンも思いのほか兄さんが脳筋だったことに気づいたわね。
「私ももちろんついていくわよ。よろしくねロダン」
「ええ、お嬢様」
というわけで座学は一旦終了となり、私は用意のために自分の部屋へ戻った。
さて、午後の視察に向けて準備をしなくちゃいけない。
領の地図にスケッチブック、筆記用具、汚れてもいい服、最後に水筒!
「早く午後にならないかな~。ワクワクが止まらないよ!」
さっさと準備を終わらせた私は、お昼ご飯までやることがないので、グルグルと椅子の周りを回っている。
遠足じゃないのはわかっているけど、楽しみでしょうがない。
お昼ご飯を食べ終えると、足早にエントランスへ向かう。
視察ということでいつも着ているワンピースではなく、裾が長い長袖と、スカートっぽく見えるけれど動きやすいワイドパンツ。さらにフリルがあるエプロンを着けて、遠目からでもお嬢様っぽく見えるようにした。
「何だよ、そんなに行きたかったのか? 今日は二時間くらいしか時間がとれないから、一箇所しか行けないよ」
私の気合いの入った装いを見て、エントランスにやってきた兄さんは笑う。
そんな兄さんの服装は、白いワイシャツに紺色のスラックスと長ブーツ、といった動きやすい格好。腰には帯剣している。
兄さんも随分と気合いが入ってるじゃん。てか、その剣いる?
「本日は晴れておりますし、西の森の入り口を視察いたしましょうか」
すぐにロダンもエントランスにやってきた。兄さんと同じような動きやすい格好で、馬車へと誘導してくれる。もちろん腰に剣はないけど。
ロダンは私たちを案内しながら、私の荷物を見て嬉しげに微笑んだ。
「お嬢様は本気で領の視察をされるのですね。良いお心構えです」
「だって、買い物以外で自分の領を歩き回ったことがないんだもの。今回は視察だけど、なんだか冒険みたいじゃない?」
「ジェシーはまだまだお子様だな~」
隣を歩く兄さんに茶化されて、私は「むぅ」と口を尖らせる。でも楽しそうなんだから仕方ないじゃん!
そんな感じで私たちは談笑しながら馬車の停まる場所まで歩き、乗り込んだ。
視察ということもあり、周囲がぐるっと見渡せる屋根のない荷馬車だ。
ロダンは馭者席に腰を落ち着かせる。どうやらロダンは馭者もするようだ。驚くほどの有能ぶりである。
「では、出発いたします。荷馬車なので乗り心地はあまり良くありませんが、お話ししながら領内を視察できますので、何かあれば何なりとお申しつけください」
ロダンの言葉で、荷馬車はゆっくりと動き始める。
さっきからずっとワクワクしているけど、もっとワクワクしてきた!
領のためにも何か見つけるぞ‼
出発から二十分。早くも今回の目的である西の森の入り口が遠くに見えてきた。
もっと一時間くらいかかると思っていた。
「西の森って近いところにあるのね」
「城自体が領の南西寄りにあるからな。ちなみにお爺様はこの辺りで鍛錬されていたらしいよ」
お察しの通り、兄さんはお爺様の影響を濃く受けている。
剣を学ぶようになったのも、お爺様が小さい頃に指南したのがきっかけだとか。
さらに何もない草原を十分ほど進むと、西の森の入り口へ着いた。
ロダンはそこで馬車を停め、馭者席から荷台へやってきて、授業を始めた。
「ご主人様、お嬢様。ここが西の森です。食卓に上る動物や植物、薬草などはここで調達しております。森の最深部にはモンスターの住処があり、凶暴な個体がいるようです」
私と兄さんは、なるほど、と頷く。
「動物とか植物だと、何がよく見られるの?」
「この辺りは猪や兎、鹿が見られます。植物ですと木々の背が高く日陰が多いのでキノコが豊富です。春には野イチゴがたくさん実をつけるので、領民は採取してジャムにしていますね」
ふーん、なるほど~、と講義を聞く私たち。そして荷馬車から降りて辺りを散策していたとき、前世で見たことがある、とある植物を発見した。
「あっ、これ! ヘチマじゃない?」
「お嬢様、へチマとは? どちらのことでしょう?」
側にいたロダンがハテナマークを浮かべている。
あれ、ヘチマを知らない……いや名前が違うんだ。私は目の前の長細い緑の植物を指さした。
「これよ。この長細い緑のヤツ」
「それは長ウリですね」
いや、名前そのまんまじゃん。
「そう、これよ。これって食べ物じゃないの?」
「実が水っぽく味がないので、誰も食べませんね。長ウリがどうかしましたか?」
「少し採取して持って帰りたいの」
「これを?」と言いたげなロダン。しかしそんな彼をよそに、兄さんがいくつか採ってくれた。
「これでいいのか?」
「ありがとう。お兄様」
「はいはい、我が妹様」
ふふ、特に必要がないと思ってた剣が役立ったね!
長ウリを手に入れて満足な私は、帰ることでもう頭がいっぱいだ。しかし、兄さんとロダンはまだ視察を続行している。
「この辺りはモンスター対策をしているのか?」
「先ほど申しましたように、最深部にモンスターの住処があります。ただその住処は西の森を抜けたテュリガー領に近いので、ほとんどはテュリガー領のギルドか領騎士が討伐しています」
「地形的にラッキーだったな。でも、モンスターと一戦してみたい気もする!」
と、兄さんはのほほんと話す。ロダンはコホンと咳払いした。
「数は少ないですが、それでも二︑三年に一度はロンテーヌ領にもモンスターが出現します。その際には存分に腕を発揮されてください。ちなみに城が領の西寄りにあるのも、代々の領主が森を監視していたからです」
なるほど、そういうことなのね。
この辺りは日当たりがいいのに人がいないと思っていたんだよ。原因はモンスターか。
ちょっとでも襲われる危険があるなら、住むのは怖いもんね。
ふむふむ、と私はメモをとる。しかし長ウリに興味津々で、すでに気もそぞろ。
「さぁ、早くお城に帰りたいわ」
「さっきは早く行きたいって言ってたやつが、今度は早く帰りたいって……ははは」
兄さんはグリグリと私の頭を撫でる。見上げると、兄さんはここ最近で一番の笑顔だった。
両親の葬儀以降、何だかんだと兄さんもストレスが溜まっていたのか、強張った顔をしていた。この視察がリフレッシュになったのかも。
「どちらにしろ西の森に関しては以上ですので、お嬢様の言う通り城に戻りましょうか?」
「うん!」
三人は視察という名の『西の森見学会』を開始三十分で早々に終了し、帰路へとついた。
ふふふ~ん。長ウリ……何に化けるかな?
ご機嫌で城へ戻った私は、自室へは戻らず一階のテラスに向かった。
「早速、長ウリで何かやってみよう!」
まずは手に取ってみる。見れば見るほど前世のヘチマにそっくりだ。
よし、まずは切ってみよう。
私は庭師兼馬丁のロック爺にナイフを借りに行くために、庭へ向かった。
ロック爺は私のお願いに、目をパチクリと瞠った。
「お嬢様がナイフを扱うので?」
「そうよ、この長ウリを切ってみたいの」
ロック爺は「わかりました」とナイフを貸してくれたが、おぼつかない手つきの私を見てオロオロ慌て始めた。
「……やっぱり代わりましょうか?」
「大丈夫よ、任せて! 心配なら近くで見ていていいから」
ロック爺の視線を感じつつ、「えい!」と長ウリを縦に半分に切った。
中は白い綿のようなものと、種がぎっしり。やっぱり、中身もヘチマだ!
ここで考えるのは、前世でのヘチマの活用法。
前世で愛読していた小説でよくあったのは化粧水……いや、そもそも作り方がわからない。でも、いつかは作りたいな化粧水……ってことで保留。
あっ、誰でも作れて使える簡単な活用法があるじゃん!
「よし、まずは形にしよう!」
私は切っていない長ウリを日当たりの良い裏庭へ運んだ。この長ウリを天日干しにしようと思う。ちなみに私の様子を見に、ロック爺もついてきている。
「ロック爺、この長ウリをカラカラになるまで干したいから、捨てないでね!」
「お嬢様は長ウリの干物でも作るんですか? 美味しくないと思いますよ」
「ふふふ。できてからのお楽しみだよ」
ルンルン気分で私は日干しされる長ウリを見つめる。
ところが、この天日干しがまさか一ヶ月もかかるなんて!
ロック爺にそう言われたときは、あまりにショックで膝から崩れ落ちてしまった。前世で読んだ小説のように、前世知識チートでパパッと一瞬で出来上がり! じゃないの⁉
翌日、一晩寝たことで気を取り直した私は、今日も兄さんたちと領内を巡ることにした。今回はちゃんと朝から晩までの予定。
午前中は領の城下町について勉強します。城下町へは歩いて向かいます。だって城の目の前にあるしね。
そして到着した場所は、百五十メートル四方の広場だった。前世で言うところの学校の校庭のちょい小さい版かな。一応は石畳が敷かれているけど。
「ロダン。これ、正直に言って街と言うよりただの広場だよね」
「そうですねぇ。他領の城下町と比べるとかなり小さいですね」
そんなここには一体何があるのか。ロダンは兄さんに視線を向けた。
「ご主人様にはこれから深く関わる場所でございます。入り口の右にある緑の屋根の建物は役所です。領民が生活基盤の手続きをする場所であり、生活の困り事などの相談窓口でもございます」
「……俺とここがどう関係するんだ?」
首を傾げる兄さんに、ロダンはちょっと呆れ気味に熱弁する。
「領を治めるにあたり、領民の希望や領の最新の状態を把握する必要があります。朝夕に役所から嘆願書や報告書が城へ届きますので、ご主人様は必ず目をお通しください」
「なるほど、わかった」
兄さんはキリリと真剣な表情を浮かべる。
「ねぇロダン、ちょっと聞きたいのだけれど。この領にいる領民たちの名前とか年とか家族構成って把握しているのかしら?」
ふと私は、前世の役所がやっていた仕事内容について聞いてみた。
「全ての領民はわかりかねます。しかし一家の長は税金を納めるため、役所の窓口の記憶に頼ってはいますが、顔と名前は把握しているかと」
そこまで言うと、ロダンは「ふむ」と思案する。少しして、訝しげな表情のまま私を見た。
「お嬢様はどうしてそのようなことを思われたのでしょう?」
「だって領民を把握できれば、今後の領政で便利になると思わない?」
そう言ってロダンの様子を窺う。
ロダンはびっくりした表情で私を見つめていたが、すぐに私の考えの続きを催促した。
「例えばだけど、家族構成がわかっていれば、冠婚葬祭の補助も出しやすいし不正もすぐわかる。それに勝手に住み着いた流浪者がわかりやすくなるから、治安維持にも繋がると思う。あとはあとは……」
などなど、前世での一般知識をいくつか挙げてみた。
「なるほど……他はございませんか?」
「え?」
他か……あるにはあるけど、あんまりスラスラ言うと怪しまれるよね。
「今思いついたのはそれぐらいかな~。そんな簡単にパッとは思いつかないよ」
私は笑顔で誤魔化した。すると、ロダンは急に姿勢を正し、私に深々と頭を下げた。
「このロダン、大変勉強になりました。これからも思いつきで結構ですので、疑問や質問をおっしゃっていただきたいと思います」
「私でいいならいくらでも。でも、邪魔にならない? 兄さんもいいのかしら?」
「いいんじゃない? 俺にない考えが挙がれば参考になるし」
兄さんは手をヒラヒラ振って「ここには他の貴族もいないし、体面を気にしなくても大丈夫大丈夫」と笑った。ロダンは「は~。あのお嬢様が~」と感心している。おいおい、どのお嬢様だ!
一通り役所について学んだ私たちは、次に進んだ。
「次は奥の建物です。こちらでは生活必需品を販売しております」
前世で言うところのコンビニかな?
とはいえ食料品はほぼなく、革や反物の布や裁縫道具、薬草、ナイフなどの工具、あとはちょっとした生活雑貨が置いてある。前世の田舎にあったスーパーの二階って感じだなぁ。
応援ありがとうございます!
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