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第二章 側仕えは慌てて駆け出し、嫌われ貴族は無様に転んでしまう

側仕えと海賊王

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 どんどんこちらへやってくる大勢の海賊に、貴族たちはかなり慌てていた。
 城から逃げる者、レーシュの部屋から離れた場所に避難する者、各々の反応で共通するのは我が身可愛さに逃げることだろう。
 ただナビ・アトランティカは震えながらも、レーシュと共に立ち向かう覚悟をしてくれたようだ。
 レーシュもそんなナビ・アトランティカに笑うことなく、海賊たちを迎え入れるように手配した。
 もちろん全ての海賊の入場を許可するこなく、今日の重要人物だけを招き入れる予定だった。


「モルドレッド、わたくしはどのようにすればよろしいのかしら?」


 悪戯っぽい顔でネフライトが尋ねる。
 そんな可愛らしい表情でもレーシュの顔は緊張したままで、本当にネフライトに対しては恐怖の対象でしかみていないようだ。
 この二人の関係は貴族では当たり前なのかもしれないと勝手に納得する。

「ネフライト様は今日はお疲れでしょうから、どうぞおくつろぎくださいませ。私が招待したお客ですので、私めに全てお任せください」


 おそらくはネフライトがいると思い通りに事が進まなくなるから追い出したいのだろう。
 だがそんな考えはお見通しとさらに笑みを浮かべるネフライトに私すら何かするつもりだと分かった。


「ふーん、ならエステルも一緒に行こう」
「「えっ!」」

 レーシュと声がハモった。
 それほどまでに予想していないことを言われ、私とレーシュは思わず顔を見合わせた。
 汗をダラダラ流して焦っており、目で絶対に行くなと訴える。
 ネフライトの押し殺した笑い声が聞こえてくる。

「冗談よ。さっきの言葉に感銘を受けたから悔しくなっただけ。エステル、貴女は強いのかもしれないけど、迂闊なところがあるからあまり無理をしないようにね」
「ありがとうございます」

 お礼を言うとそれで用無しと城の中へ帰っていく。
 ネフライトが去ったことで、レーシュも安心したようで先程の張り詰めた顔が元に戻っていた。

「あの方は本当に恐ろしいな」

 レーシュはしみじみと感じたようで私もなんとなくその意味が分かる気がする。
 あのからかい方は領主を彷彿させるので、おそらく似た者同士だから仲が良いのかもしれない。


「それで本当にあの海賊どもが暴れないのだろうな?」


 ナビ・アトランティカは不安そうにそわそわしている。
 勇気出して前に出たはいいが、レーシュの作戦を知らないため、かなり不安に感じているのだ。


「もちろんでございます。説明したいですが、もうやってきましたね」


 海賊の先頭がやっと目に見えてきた。
 体躯の良い男が手下を引き連れており、おそらくはあの男が海賊の頭なのだろう。
 半裸にコートを肩にかけて羽織り、そこから覗く上半身は海の男らしくかなり引き締まっていった。
 紫の髪は海賊なのに品を感じさせ、隣には前に手下を引き連れた帽子の海賊もいる。


 後ろから付いて来ている海賊たちが暴れることなく並んでやってくるのは、ひとえにリーダーのカリスマによるものだろう。
 そしてリーダーが止まったことで、どんどん歩くのを止めていく。
 レーシュが前に出て大仰なお辞儀をして挨拶をする。

「ようこそお越しくださいました。私の名前はレーシュ・モルドレッドと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」
「ウィリアムだ」


 相手は短く答えた。
 海賊王ウィリアム、荒れ狂う海を渡れる海の王者と言われている。
 その実力はラウルと並ぶほどの強者らしく、騎士団が束になっても勝てないほどだそうだ。
 だが暴れ者の代名詞と言える海賊がすぐに攻撃してこないのはレーシュ的にも助かるはずだ。


「それで、あの立て札はなんだ? 俺様をここに呼ぶんだ、前に来た騎士の弔い合戦でもやるのかい?」


 ウィリアムの不遜な態度は実力の表れであろう。
 そんなリーダーを持っているからか、後ろの海賊たちも今か今かと暴れたそうに見える。
 私が鎮圧することは簡単だが、レーシュは戦うことを目的にしていないので、私の出番が来ないことを祈るばかりだ。


「勘違いしないでいただこう。私は貴方と対談をしたいだけだ」


 ウィリアムの眉がピクッと動いた。
 その反応をレーシュも見逃さずに次の言葉を投げる。

「我々で同盟を組もう」
「同盟だと? クク、ハハハハ!」


 レーシュの真面目な問いにウィリアムは大笑いしていた。
 大きな笑いは遠くまで届き、他の手下も同じように笑い出す。
 そして笑いが収まった後に、ウィリアムの顔が敵視を持って殺気を放っていた。


「お前らは俺に負けたんだぞ? 俺の下についた奴らが何を言ってやがる!」


 まるで空気が変わったかのように、ピリついたものが押し寄せてくる。
 海賊たちも武器を持ち直し、合図を待っているようだった。
 ナビ・アトランティカは後ろに数本下がり、レーシュも危うく足が下がりかけたのを前に戻した。
 ウィリアムはもう用はないと、つまらなさそうにレーシュを見た。


「さて話は終わりなら、俺たちを侮辱した罪を償ってもらうが、それでもいいか?」


 一気に緊張が走る。
 このままでは海賊が一斉にこちらへ襲ってくるだろう。
 もしここを抜けられたら、ネフライトたちもまた危険に晒してしまう。
 私は体に力を込めて、もし何があってもいいように準備だけはする。

 だがレーシュは一歩足を前に進めたのだった。

「海賊王ウィリアム、お前は賢い、そして他者の追随を許さない程の力もある。なのに何を恐れるのだ」
「俺が、恐れるだと?」


 ウィリアムのプライドを刺激したようで語気を強めた。
 だがレーシュは臆することなく言葉を続ける。

「ああ、怯えている。変化を。そして導くことを。貴方は将の器であろうとも、自分よりも強い存在の前には無力だった。だからこそ、この港町で漁船の真似事をしている。違いますかな?」


 段々とウィリアムの怒りが増していき、地面がどんどん陥没していく。
 その威圧にナビ・アトランティカは尻餅を付いてしまった。


「俺を怒らせるのは成功だぜ!」


 ウィリアムが地面を蹴り出し、高速でこちらに近づいてくる。
 これはレーシュでは反応ができない。
 鞘から剣を抜いて拳が届く前に剣の腹で拳を受け止めた。


「うぐぐっ! なんて、馬鹿力なの!」

 ビリビリと手が痺れてくるのは、彼の怪力が私の想定以上だったからだ。


「女だぁ? そんな細腕で俺の攻撃を防げるのかぁあああ!」


 どんどん力が増していく。
 このままで押し切られていってしまう。
 それならば──。


「甲羅強羅!」


 呼吸を大きく吸って、身体中に均等に力を振り分けていく。
 守りの力を高めるため、持てる全ての力を振り絞った。

「うおおおおおおお!」


 ウィリアムの雄叫びでさらに威力が上がる。
 だが私も負けてはいられない。
 ここで力負けをすれば後ろのレーシュまで吹き飛ばされるからだ。


「第三の型、御形ごぎょう!」


 さらに腕と支える足へ力の比重を変え、やっと相手の拳を押し返し始めた。
 ウィリアムの顔が驚愕に歪み、私の全力でその一撃を無効化する。
 そしてやっと私の剣がウィリアムの拳を完全に弾き返した。


「うおおっと!」


 吹き飛ばされたウィリアムは背中から倒れることはなく、曲芸師のように身軽に手を地面に付けて反転した。
 顔が獰猛な獣のようになり、楽しそうに着ているコートを脱ぎ去った。
 上半身が完全に露わになり、全身がどんどん膨れ上がっていくのは全力で来るからだろう。
 これから本領を発揮するつもりだと、私も戦闘へ意識を切り替える。


「お頭! 落ち着いてください!」


 帽子の男がウィリアムを止めた。
 どうして味方が止めるのか分からないが、それで気分が削がれたのかウィリアムの殺気も薄れていく。


「ちッ! わかってるよ! おい、あんた」


 ウィリアムは私を呼ぶ。
 一度剣を鞘に戻して話を聞く姿勢を作った。


「俺の攻撃を防ぐ女なんてヴィーシャしか思いつかねえ。だがこの場にいるわけねえならあんたは誰なんだ?」


 私が誰かなんて決まっている。
 農民でもなければ、冒険者でもない。


「私はレーシュ・モルドレッド様の側仕えエステル。もし争うつもりなら私が相手になります」


 ウィリアムと目が合い、探るような目にどこか不安を感じた。
 さらに熱を帯びた視線に敵意とは別のものを感じる。
 だがレーシュは私より前に出てその視線から隠してくれた。


「では落ち着いたところで、私の目的の一つを話そう」
「なんでてめえの話なんかを聞かんといかねえんだよ!」


 ウィリアムの言葉に周りの海賊たちも賛同して怒声を浴びせてくる。
 トップが攻撃をしたため、今にも手下たちも乗り込んできそうだ。
 レーシュは孤独にも己の言葉のみでこの流れを変えないといけない。
 しかし彼は落ち着いて、はっきりとした声でウィリアムに伝える。

「三代災厄の一つ、海の魔王レヴィエタンを討伐すると聞いてもかね?」


 騒いでいた海賊たちが嘘のように一斉に静かになっていく。
 しかしその沈黙もすぐに大きな笑いで崩されていった。
 口々に、それは無理だろ、寝言は寝て言え、等と辛辣な言葉が降ってくる。

「何を笑うの?」

 せっかく海を荒らす魔物を討伐すると貴族が言っているのに、それをどうして笑うのだ。
 私の疑問を同じく笑っているウィリアムが答えた。

「嬢ちゃん、あんたもその貴族と来たんなら知らねえよな。海の魔王の脅威を」
「脅威?」
「ああ、あれは意思を持った災害だ。たとえ俺でも、挑めば一瞬で殺される。だからこそ貴族たちもびびって何もできねえ。そんな怪物をどうやって討伐するって話だ?」


 あれほどの力があるのにたかが魔物にどうしてここまで怯えるのだ。
 だが私も魔物については詳しくなく、これまでも弱い魔物しか討伐をしていないので私の想像する魔物ではないのかもしれない。
 私は少し不安になり、レーシュへ目を向けると、彼の目が私の不安を消し去ってくれた。

「もし、その策があると言ったらどうする?」
「なんだと?」

 レーシュの言葉にウィリアムも耳を傾けた。
 それがはったりかもしくは願望を言っているのだったら彼は見破ったのかもしれない。
 だがレーシュは本気で勝てると信じている目をしているのだ。


「もし興味があるのなら、中へおもてなしをしよう。そこの副船長までは参加を許可しますが?」


 ウィリアムは迷っていた。
 レーシュを信じて中へ入るか。
 だが彼は不敵に笑い、その迷いを吹き飛ばしたようだ。


「いいぜ。お前は他の貴族よりも少しは楽しめそうだ。ザス、お前らはここであいつらを止めておけ」
「へいへい、もしやり合うなら大きな合図をしてくださいね」


 帽子の男が返事をして、城に背を向けて手下たちの方へ向かう。
 トップを一人で行かせるのは、自信があるからだろう。
 レーシュが先頭を歩き、その後ろをナビ・アトランティカ、ウィリアム、そして私が並んでいく。
 貴族たちも関わり合いたくないから、誰も進む方向にはいなかった。
 ウィリアムが暴れると私も全員を守り切るのは難しいので今回ばかりはありがたいと思う。


「おい、嬢ちゃん。後ろからそんなに見つめてくれるなよ」


 歩きながらウィリアムは私へ挑発的な視線を向ける。
 だがわざわざそれに反応する必要もないが、ウィリアムは私が無視することをなんとも思っていないようだ。

「俺の拳を止めたやつなんて初めてなんだぜ。それも女にな」
「そう、ならもう少し鍛えることね」
「っけ、言ってくれるぜ。だが強気な女は嫌いじゃねえ」

 無駄口をこれ以上叩きたくないので、押し黙ることにしよう。
 ウィリアムも余計なおしゃべりをやめてくれたので助かった。
 客間に辿り着き、レーシュはナビを止めた。

「ナビ・アトランティカ。これからかなり危険なやり取りが起きる可能性があります。ですので、あとは私にお任せください」
「いいや、最後まで聞こう。どうせ老い先は短い。貴族の意地を最後まで張らせてもらうよ」

 レーシュの気遣いもナビ・アトランティカは不要と席に座る。
 ウィリアムもソファーに寝転がり、貴族の作法に合わせる気はないようだ。
 レーシュは特に何も言わずに、腰を落とした。


「っんで、俺になんのようだ」


 早く帰らせろと言いたげで、傲慢な態度は彼の実力から来るものだろう。
 レーシュもその態度にとやかく言うつもりはないようだ。

「海賊にお願いすることは二つ、一つはレヴィエタン討伐、そしてもう一つは神国との貿易、並びに未開の地の探索だ」
「未開の地だぁ?」


 ウィリアムも驚く声をあげる。
 そして笑い出した。

「ハハハ、てめえ面白いこと言うな。海賊がお前ら貴族の下で働けってことか?」
「そういうことになる。我々貴族が依頼する公的な組織へとな」
「お前、本気で言っているのか?」


 平民と貴族では対等ではない。
 それは海賊なら尚更当てはまる。
 だからこそ何か裏があるのかと考えているのだろう。


「おもしれえ……とでも言うと思ったか?」


 ウィリアムの声が怒気で空気を震わせる。
 あまりの殺気にレーシュは動けずにいる。

「お前ら貴族はいつだってそうだ。俺たちに危険なことをさせて、用がなくなればすぐに始末する。そんなてめらを信じろってのか?」


 一触即発に私はいつでも動ける準備をする。
 たとえ動いたとしても、一刀で仕留める自信はあった。
 レーシュはそんな緊張感のある場面でも、虚勢という仮面を被り続け、ウィリアム相手に臆さずに交渉をしようとしていた。

「だからこそ私もレヴィエタン討伐では共に前線へと向かおう。剣帝と共に」


 剣帝という言葉にウィリアムの表情が変わった。
 ありえない、そう思っているが、その名前を出されたことで少なからず興味が湧いたようだ。

「剣帝だと? あいつがいるのか!」

 突然立ち上がったウィリアムは興奮を隠しながらも気持ちが昂っているようだ。
 この国で最強と謳われているが、長らく姿を隠した天才戦士らしく、彼の強さが強者たちの強さの指標となっていた。
 だがそんなのはハッタリだ……。


「明日にでも闘技場でお見せしよう。彼が百連勝を遂げた伝説の闘技場でね。そこで圧勝して見せよう。君だけでも、また仲間を連れてもいい。だがもし勝った場合には君の力を貸してもらう。もちろん逃げてもいいがね」

 挑発をするレーシュにウィリアムはどんな反応をするのか。
 海の魔王を倒すには船乗りの力無くして達成できない。
 ここで口説き落とせなければ、彼の策が終わってしまう。
 何もしていない私ですら、息を飲んで緊張する。


「いいぜ、てめえの口車に乗ってやる。だがもし俺が勝てばてめえは海のもくずに消えてもらう」
「交渉成立だ」


 ウィリアムの承諾により、明日決闘をするということが港町全体に瞬く間に広がった。
 そして剣帝という言葉は多くの希望として、町中でその話で持ちきりになっていたという。
 ただ一つ問題がある。
 剣帝の所在なんて分からない。

 私が剣帝のふりをするのだから。
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