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1章 婚約破棄はいかがでしょうか

4 無理矢理のキス

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 今日は朝食から食卓へ向かう。
 差し出された食器はしっかりと銀製品に代わり、これで毒の心配も薄れたとホッとする。だが私の婚約者は今日も顔を見せなかった。恐る恐るとエマが私に耳打ちをする。

「シリウス様は体調が優れないみたいで、お部屋で休んでいるとのことです」
「別に貴女のせいではないのだから気にしなくていいわよ」

 ……そちらの方が都合がいいですし。

 関わりがないのならそれに越したことはなく、夜の生活もしなくていいのならこれほど楽なことはない。

 私は早速資料室へと足を運んだ。

「カナリア様、一体ここで何をされるのですか?」
「決まっているじゃない。私はすぐにでも帰りたいの。だから少しでもここのことを覚えて、結果を残せばお金ももらえる。そしてあっちで爵位を買えば慎ましい生活くらいはできるはずよ」

 貧困な貴族は負債の領地を譲りたいはずだ。それなら発展途上のこの国のお金でも十分に買える。どうせ王族も私のことは追い出したいはずだから、それでいいはずだ。何冊か本を選んで、税の流れを追っていく。

 ……蛮国クオリティね。

 拙いながらも税の記録を残しているがこれでは十分ではない。こんなのでは簡単に脱税が出来てしまうため、もう少し人材を育てねばどこで不正が起きているか把握できないだろう。
 本に夢中になっていた私は、エマの呼ぶ声に今更気付いた。

「ここで何をしている」

 若い男性の声が聞こえてきてハッとなる。だがそこにいたのは私の婚約者のシリウスだった。今日も不機嫌な顔をしており、私は立ち上がって挨拶をしようとすると、腕を掴まれて本棚に背中をぶつけられた。

「痛ッ──!」
 突然何をするのかと怒りたくなった。だが彼の顔が近づき、私へ不機嫌そうな目を向ける。

「なぜ部屋から出ている?」

 思ったより優しい声だったが、行動が全く紳士ではない。王子だからと私の行動を縛る権利はない。

「なぜって私の勝手でしょ? 食事も一緒にされない貴方にとやかく言われたくないわ」

 こんな男の言いなりになりたくない。強がってみせるが、女の私では彼に力で勝てない。しかし急にシリウスの目がハッとなって申し訳なさそうになる。

「すまない。一緒に食事をしたかったのは本当なんだ」
「なら何よりも優先すべきではないんですか? 仮にも婚約者だと思っているのでしたらね!」
 別に私は別々に食事を摂るのはいいが、やっと彼が私に興味を持ってくれたのだ。
 まだ彼のことをよく知らない状況を無くしたい。しかしどうして言い返さずに曇った顔をするのだ。

「まあ、貴方は私のことなんて全く興味がないんでしょうけど」

 少しでも彼の本性を早めに知るためにも、私のことをどのように思っているか、心の奥底を探る。

「悪いことをした」
「本気で思っているのかしら。それなら毒を盛ったことをどう詫びるつもりなのよ」
「それは──痛ッ!」

 シリウスは突然頭を押さえてふらつき出した。近くの椅子の背もたれに手を預けて支えにしていた。辛そうに痛みに耐えている。

 ……体調が悪かったのは本当のようね。
 やっと頭痛が治った彼は厳しく目を細めた。

「俺は忠告したはずだ。食事に何も手を付けるなと……」
「え……?」

 シリウスが言った言葉に思い当たる。ただ私にだって言い分はあった。

「誰が味方かすら分からないのに何を信じろって言うの!」

 嫁いだ先でいきなり毒を盛られるなんて誰が考えられるだろうか。彼も理解はしてくれたようで、先程よりも顔が弱々しくなる。感情が昂るにつれて自然と目尻が熱くなった。

「泣かないでくれ」

 そう言って彼は私の考えの及ばない方法に出てきた。腕を引っ張られ、彼の大きな手が私の頭を押さえた。

「んっ──!?」

 唇を奪われ、顔を背けたくても手で掴まれて動かすことができない。
 無理矢理されたことで私の頭が追いつかず、どんどん自分が行っている行為の意味に気付く。

「やッ……はな……んッ──!」

 離れようとしても彼の唇が私を離さない。息がどんどん苦しくなってきた時に、彼の力が弱まったタイミングで体を押し退けた。

「はぁはぁはぁ……」

 ようやく解放されたが、ここにいれば何をされるかわからない。もちろんキスは婚約者なのだからやってもおかしくない。誰に言っても正当な権利として許されるので、私は悔しくとも黙っているしかない。
 だがそれよりも、それよりもッ──。

 ……私の、私の最初がッ──!

 昔はやはり憧れもあった。淑女は一人の男性と結ばれ、子を成していく。だがもう私にその権利はなく、蛮国の王子に辱められるだけだった。

「し、失礼します」

 すぐに私は資料室から走って出ていった。エマに部屋へ水を持って来てもらって、何度も口を洗う。だがこんなことをしても意味がないことは自分自身が一番分かっているのだ。
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