死に戻って王太子に婚約破棄をしたら、ドSな司祭に婚約されました〜どうして未来で敵だった彼がこんなに甘やかしてくるのでしょうか〜

まさかの

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狩猟大会 前半

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 私を巡って、リオネスとクリストフの二人が狩猟大会で対決することになった。
 私が間違って婚約破棄の時期を早めたせいで思わぬ方向へと流れてしまったのだ。

 とうとう約束の七日が来てしまった。
 しかしその間はクリストフと会うのは禁止されたので、おかげで毎日の胃痛から解放された。
 やはり未来で殺されかけたトラウマがなかなか克服できないものだ。
 そんな彼が私の婚約者になるなんてどんな因果だ。
 私は会場へと歩きながら、空を見上げた。

「でもどうしてクリストフ様は偽装結婚のお相手として私を選んだのかしら」


 そこだけが一番の謎だった。しかし彼の言い分では結婚しろという周りからの声が鬱陶しいからとのこと。
 だけどそれなら王太子と婚約破棄したという問題がある女を選ぶだろうか。
 色々と想像してみたが、やはり満足な答えは得られなかった。

「考えても仕方ないわね」

 今日の狩猟大会は平原の近くにある森で、男達は狩りをする。
 その間、令嬢達は男達の勝利を待ちながら社交を行うのだ。
 日差しが強いので日傘を差しながら歩いていると、前から大きな白い馬に乗った元婚約者のリオネスがやってきた。

「おはよう、ソフィア。この前は取り乱してすまない」

 今、会いたくない人がやってきた。逃げようにも、スカートをたくしあげて逃げるわけにはいかない。
 日傘を閉じて、なるべく平静に見えるように挨拶を返した。

「おはようございます、殿下。私は気にしていませんので今日の狩りに集中してくださいませ」


 口ではそう言ったが彼に勝ってもらうのは少しまずい。
 私は一年後にどうせ彼に振られるのだから。
 しかしリオネスはそれで気をよくしたのか、私へ手を差し伸べた。

「まだ屋根があるところまで距離もある。連れて行ってあげるよ」


 私が婚約破棄されるまではこのように優しかった気がする。
 どこでおかしくなったのだろう。
 私はその言葉に甘えようと手を差しだそうとした。
 するとリオネスの乗っている白馬が急に暴れ出した。

「こ、こら! どうしたんだ、一体!?」


 ――そういえば私は動物に嫌われる体質だった!

 昔から私は動物に嫌われる。犬や猫すら威嚇する始末だ。リオネスは必死に馬を制御しようとするが、かなり苦戦していた。

「す、すまない! すぐに大人しく――う、うわっ!」

 私へ近づこうとしてさらに暴れるので、これは私が遠慮した方がよさそうだ。

「じ、自力で歩けますので失礼します!」
「そ、ソフィア!」

 リオネスが止めようとするが、私はその場を離れようと早足で歩く。
 するとタイミング良く黒い馬が元気な馬蹄の音を鳴らしながらやってきた。
 私の今の婚約者であるクリストフだ。

「ソフィア嬢の姿が見えましたのではせ参じました」

 クリストフはちらっとだけリオネスを見た。
 そして彼は馬から飛び降りてから、私を抱きかかえた。

「ちょっと、クリストフ様!?」

 どうして私は抱きかかえられているのだ。後ろにいるリオネスが人を殺しそうなほど怒りで顔が歪んでいた。
 クリストフは口笛を吹くだけで黒馬はしゃがんだ。


「一緒に参りましょう。あちらの馬と違い、私の馬は強く賢く育てております。二人でも軽々と運んでくれますよ」
「そ、そうなのですね。でもおそらくはクリストフ様の馬も私を嫌がると思いますよ」

 私に好意的な動物が存在しないと思うので、断ろうとしたが、クリストフは笑い飛ばした。

「賢いと言ったはずです。私が愛するソフィア嬢をこの子が嫌がるはずがありません」

 クリストフは私の制止を効かずに、黒馬にまたがらせた。
 暴れるかと身構えていたが、そんなことはなく、静かに立ち上がってくれた。

「おびえて……ない?」
「言ったでしょ?」

 まさか本当に馬に乗れるなんて思わなかった。
 私は初めて馬に直に乗る感動を味わう。
 人が乗って立ち上がるように仕込まれた馬は優秀だと聞くが、彼の馬はそんな言葉では言い表せない。
 黒馬に彼が乗っても微動だにせず、私達を運ぼうとしてくれた。
 クリストフは最後にリオネスへ笑顔を向けた。

「では後ほどお会いしましょう」

 リオネスはまゆをぴくぴくとさせて怒りを我慢していた。
 しかしこれでいいのかもしれない。
 どうせリオネスとの未来なんて無いのだから。

「そんな暗い顔をするな」

 急に後ろから手を乗せられた。大きな手が私の髪をゆっくりと撫でてくれる。
 私は振り向くと、仏頂面のクリストフが「掴まっていろ!」と手綱を引いた。

「きゃっ!」

 馬が急に仰け反ると勢いよく走り出す。すごいスピードを出すので私はびっくりして後ろのクリストフにしがみついた。

「は、速すぎます!」
「ははは! もっと出るぞ!」
「催促したのではありませんよ! もっとゆっくり――」

 彼は私の言葉を無視して走り続ける。目的地では無く、周りをぐるっと回り出した。
 私は目をつぶって彼に掴まった。
 すると彼が優しい声が語りかける。

「ゆっくりでいいから前を見てみろ」
「ですが……」
「でないと、ずっと走り続けるぞ」

 冷静に考えたら馬にも体力があるので、どこかで疲れてしまうだろうが、私はそんな判断はできず言われるままに「許すまじ、クリストフ」と思いながら目を開けた。

「うわっ……」

 すると草原を駆け抜ける光景はなんと見事か。太陽の匂いと暖かな風が包み込んでくれる。
 このままどこまでもいけそうな、そんな気持ちにさせてくれた。

「良いものだろ?」
「ええ。素敵ですね」

 素直に気持ちを伝えた。彼も「正直でよろしい」と満足そうな顔で、みんなが集まる場所の近くまで連れて行ってくれた。
 彼から先に馬から下りて、次に私へ手を差し出してくれた。
 その手を取ったら、急に引っ張られた。
 落ちるかと思ったが、彼は抱いて受け止めてくれた。


「名残惜しいですが、私はあちらへ行って最後の準備を進めます。どうか勝利を信じてくださいませ」

 ――クリストフ様ってこんな人だっけ!?

 いくら宿敵とはいえ、スキンシップが多すぎる。
 だけど私は己の心に活を入れた。彼は、敵だ、敵だ、と甘くなりかけた心を必死に戻した。

「ええ。無理だけはなさらないように」

 どうにか言葉を絞り出せた。
 彼は満足したのか、やっとゆっくりと降ろしてくれた。私は手を振って彼を見送った。
 私はさっそく屋根の付いたテーブルへ向かうと、令嬢達がお茶を楽しんでいた。

 ここで一つ問題があった。恥ずかしながら私に友達がいないのだ。

 もちろん仲良くしてくれた子達もいたが、それはただ王太子の婚約者であった私に取り入っていただけだった。
 そのことに気付いたのは、私が婚約破棄されてからだったので、私はそれまで友達の多い人気者とすら思っていた。
 もうそんな立場ではなくなったので、おそらく次の王太子に選ばれそうな子に取り入ろうとしているに違いない。


「ソフィアさん、よろしければ一緒にお茶でもいかがかしら?」
「よろこんで!」

 一人寂しいと思っていたので、誰が呼んだのかを確認せずに返事をしてしまった。
 そして私は後悔した。

 ――ブリジット・グロールング。

 私の家は国から”剣”という称号をもらっており、騎士団長として騎士を率いる立場だ。だがもう一つ双璧をなすのは”槍”の称号を持つのは、グロールング家だ。
 宝石のような翡翠の髪は前髪で分けている。短髪であるため少し勝ち気さがあるが、その切れ目が彼女にミステリアスな印象を持たせた。
 彼女は首を傾げて、とぼけたように尋ねる。

「どうしましたの?」

 お互いにライバルとして意識するせいで、家同士で仲が悪いのだ。
 もちろん、私達も同じ年であるため貴族院時代に何度も喧嘩をした。
 そんな彼女が私を誘うなんて裏があるに決まっている。
 他にも三人の令嬢達も相席しているので、間違いなく私は下げられる形だろう。
 だが、しかし。

 ――何だか懐かしい、この貴族のギスギス感。

 平民に混じって明日の食事を探していた時は、こんな生ぬるいことでは済まなかった。
 勝手に人の男に色目を付けるなとか、力で恫喝されたこともあった。
 貴族の頃の喧嘩は可愛かったな、とこのときを懐かしんでいたものだ。

「では御言葉に甘えて失礼いたします」

 ブリジットのメイドが椅子を引いてくれた。
 私はなるべく優雅に見えるように座って見せた。
 たとえ未来ほど生ぬるいとはいえ、ここも乙女の戦場なのだ。
 しかしここでの戦いが始まる前に狩りの時間になった。

「ではこれよりリオネス王太子殿下主催の狩猟大会を開始します。参加される皆様はお怪我がないようにお気を付けてくださいませ」

 我先にと十人ほどの男達が、リオネスを筆頭に森の中へ入っていった。
 ただ一人を除いて。
 黒馬に乗ったクリストフがやってくる。
 私は席を立って彼へと近づくと彼が馬を止めてくれた。

「何かお忘れ物ですか?」
「ええ、これを渡すのを忘れていました」

 聞いてみると、クリストフは胸に掛けていた黒い宝玉がはまっているペンダントを私へと差し出す。
 高価そうだが本当にもらっていいのだろうか。

「これは持ち主が危険になると教えてくれる聖遺物です」
「そんな貴重な物はいただけませんよ!」

 聖遺物なんて教会しか持っていない特別な物だ。お金に換えられない価値があるため、躊躇するのも仕方が無いだろう。

「ソフィア嬢の身が心配でね。受け取らないのなら動けなくしてから付けますよ?」


 もしかして鉄球を巻き付けたりしないでしょうね。
 クリストフのイメージが鉄球で固まっているせいで、悪い想像の中で必ずセットで出てくる。
 そんなことをされたくない私は仕方なく身につけた。

「よく似合っている。では俺も君に勝利を捧げてみせる」

 彼はようやく森の中まで入っていった。彼は私を気にしすぎではないだろうか。
 彼の本心が見えないが、気にしてもしょうがないだろうと、また席へと戻るのだった。
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