2 / 13
1
午後も半ば。
エリスティアは先ほど届いたばかりの便りを握りしめ、お城まで続く石畳を足早に歩いていた。
(来月にはガイと結婚するのに、なぜ私の名前が載っているのかしら? きっと何かの間違いだろうけど、早く訂正しなくちゃ)
自分の名前があるべき場所に知らない女性の名前が載っていたのでは、本当に結婚する方に失礼ではないか。
頭ではそう自分に言い聞かせるが、妙な焦りに心臓が痛い。
暫くしてお城の門が見えてきた。門前には左右に一人づつ近衛が立っている。
「止まれ」
手に持っていた柄の長い槍を互いにクロスさせ、エリスティアの行く手を阻む。
「すみません、先ほど、あの、これが届いたのですが……」
緊張からか上手く言葉にできない。エリスティアは一人でお城へ来たことはなかったし、遠目からは馴染みのあるお城も、実際に目の前に立つと迫力が違う。
かすかに震える手で持ってきた便りを近衛に見せた。
握りしめながら暫く歩いてきたせいか、ヨレと若干の汗が滲んでいる。
「あの、ここにあるの、私の名前になってるんですけど、多分、間違いです。私、あの、来月結婚する、予定なので……」
エリスティアのたどたどしい説明に、何を言っているのか理解していない顔の近衛。
再度説明しようとエリスティアが口を開いたとき、門の奥から燕尾服に身を包んだおじさんが出てきた。
「エリスティア様! 申し訳ございません。先ほどお家の方へ使いの者を出したのですが入れ違いになってしまわれたようで、ご足労お掛けいたしました!」
「えっ」
「どうぞこちらへお越しください」
燕尾服のおじさんが腰を曲げ、腕をお城の奥へと促し、言われるがままエリスティアはお城の中へと足を踏み入れた。
「では、こちらで少々お待ちくださいませ」
エリスティアを一人残し執事のおじさんは出て行ってしまった。
入ったのは絢爛豪華な一室だった。
エリスティアのような庶民には馴染みのない、高そうなビロードのソファーやクッションにエリスティアはちょこんと腰かけていた。汚したり壊したりしたらどうしようと心配で深く沈みこめない。
(私はただ王子様の結婚相手が間違ってる事を言いに来ただけなんだけど……)
扉がノックされ、戸惑うエリスティアの元にお茶が運ばれてくる。
「ミルクと砂糖はいかがされますか?」
黒髪の美人なメイドさんだ。
「あっ、じゃあ、先にミルクで、砂糖2つ……」
出された高価そうなティーカップには国花が描かれていた。
(さすがお城のお茶だわ、凄く美味しい)
「お城で栽培してるお花を入れたオリジナルのブレンドらしいですよ。ケーキも沢山ございますので、是非お召し上がりください。こちらはレモンケーキとシフォンケーキとチョコレートのケーキで、フルーツのタルトもありますよー」
よく喋るメイドに、人見知りの気があるエリスティアは上手い返しが出来ず、とりあえず相づちを打つのに精いっぱいだった。止まらないメイドにエリスティアの首が痛くなってくる。
「でも本当羨ましいです、王子様と結婚だなんて。こうして汗水たらして働かなくてもいいんだもの、何て言うか宝クジに当たったようなもんですよねー。玉の輿羨ましいですよー。本当ー」
ニコニコと喋り続けるメイドに、『王子様と結婚』という言葉ではっとしたエリスティアは、慌てて訂正しようと口をはさんだ。
「あの、それなんですけど、私……」
「あ、クジじゃなくて占いか! このたびはご結婚おめでとうございます。それでは失礼いたしますね」
言うだけ言ってメイドは出て行ってしまった。
(どうしよう、早く訂正しなくちゃいけないのに……私が結婚するのは幼馴染のガイで、この国の王子様ではない。なぜ皆私が結婚相手だと勘違いしているのかしら……?)
お喋りなメイドが去ってから暫く待ってみたが、誰も入ってくる様子はない。緊張からかゴクゴク飲んでいた紅茶も、ポットの中まで飲みほしてしまっていた。
――そろそろ夕方になるだろうか。結婚相手が間違ってることを言って、さっさと帰ってくるつもりだったのに……。
思い切ってエリスティアは入口の扉をそっと開けてみた。
「すみませーん……」
か細く出したエリスティアの声では、たとえ近くに人がいたとしても聞こえなかっただろうが、あいにくと近くには人の気配はなくシンと静まり返っている。
仕方なくまた部屋へ引き返したが、待つ事にも飽きてきてフカフカのソファーに身を横たえてみた。
――王子様か……。遠くから御姿を拝見したことはある。
生誕祭のときに見た王子は、太陽に照らされて燦々と輝く髪をしていた――
――――遠くから人の声がする。
しまった、うたた寝をしてしまったらしい。
はっと起きて居住まいを正すエリスティアと同時に、扉が激しい音を立てて開いた。
颯爽と入ってきた男性の後ろには、先ほど案内してくれた執事のおじさんが慌てるようについてくる。
男は苦虫を噛み潰したような顔をして室内を眺め回し、ソファーにちんまりと座っていたエリスティアと目があった。
苦い表情をしてても丹精な顔のその男に、エリスティアは反射的に目を伏せてしまう。
「女、お前のような庶民なんぞと、この俺が結婚する訳ないだろうが。分かったらさっさとこの城から出て行け」
エリスティアは先ほど届いたばかりの便りを握りしめ、お城まで続く石畳を足早に歩いていた。
(来月にはガイと結婚するのに、なぜ私の名前が載っているのかしら? きっと何かの間違いだろうけど、早く訂正しなくちゃ)
自分の名前があるべき場所に知らない女性の名前が載っていたのでは、本当に結婚する方に失礼ではないか。
頭ではそう自分に言い聞かせるが、妙な焦りに心臓が痛い。
暫くしてお城の門が見えてきた。門前には左右に一人づつ近衛が立っている。
「止まれ」
手に持っていた柄の長い槍を互いにクロスさせ、エリスティアの行く手を阻む。
「すみません、先ほど、あの、これが届いたのですが……」
緊張からか上手く言葉にできない。エリスティアは一人でお城へ来たことはなかったし、遠目からは馴染みのあるお城も、実際に目の前に立つと迫力が違う。
かすかに震える手で持ってきた便りを近衛に見せた。
握りしめながら暫く歩いてきたせいか、ヨレと若干の汗が滲んでいる。
「あの、ここにあるの、私の名前になってるんですけど、多分、間違いです。私、あの、来月結婚する、予定なので……」
エリスティアのたどたどしい説明に、何を言っているのか理解していない顔の近衛。
再度説明しようとエリスティアが口を開いたとき、門の奥から燕尾服に身を包んだおじさんが出てきた。
「エリスティア様! 申し訳ございません。先ほどお家の方へ使いの者を出したのですが入れ違いになってしまわれたようで、ご足労お掛けいたしました!」
「えっ」
「どうぞこちらへお越しください」
燕尾服のおじさんが腰を曲げ、腕をお城の奥へと促し、言われるがままエリスティアはお城の中へと足を踏み入れた。
「では、こちらで少々お待ちくださいませ」
エリスティアを一人残し執事のおじさんは出て行ってしまった。
入ったのは絢爛豪華な一室だった。
エリスティアのような庶民には馴染みのない、高そうなビロードのソファーやクッションにエリスティアはちょこんと腰かけていた。汚したり壊したりしたらどうしようと心配で深く沈みこめない。
(私はただ王子様の結婚相手が間違ってる事を言いに来ただけなんだけど……)
扉がノックされ、戸惑うエリスティアの元にお茶が運ばれてくる。
「ミルクと砂糖はいかがされますか?」
黒髪の美人なメイドさんだ。
「あっ、じゃあ、先にミルクで、砂糖2つ……」
出された高価そうなティーカップには国花が描かれていた。
(さすがお城のお茶だわ、凄く美味しい)
「お城で栽培してるお花を入れたオリジナルのブレンドらしいですよ。ケーキも沢山ございますので、是非お召し上がりください。こちらはレモンケーキとシフォンケーキとチョコレートのケーキで、フルーツのタルトもありますよー」
よく喋るメイドに、人見知りの気があるエリスティアは上手い返しが出来ず、とりあえず相づちを打つのに精いっぱいだった。止まらないメイドにエリスティアの首が痛くなってくる。
「でも本当羨ましいです、王子様と結婚だなんて。こうして汗水たらして働かなくてもいいんだもの、何て言うか宝クジに当たったようなもんですよねー。玉の輿羨ましいですよー。本当ー」
ニコニコと喋り続けるメイドに、『王子様と結婚』という言葉ではっとしたエリスティアは、慌てて訂正しようと口をはさんだ。
「あの、それなんですけど、私……」
「あ、クジじゃなくて占いか! このたびはご結婚おめでとうございます。それでは失礼いたしますね」
言うだけ言ってメイドは出て行ってしまった。
(どうしよう、早く訂正しなくちゃいけないのに……私が結婚するのは幼馴染のガイで、この国の王子様ではない。なぜ皆私が結婚相手だと勘違いしているのかしら……?)
お喋りなメイドが去ってから暫く待ってみたが、誰も入ってくる様子はない。緊張からかゴクゴク飲んでいた紅茶も、ポットの中まで飲みほしてしまっていた。
――そろそろ夕方になるだろうか。結婚相手が間違ってることを言って、さっさと帰ってくるつもりだったのに……。
思い切ってエリスティアは入口の扉をそっと開けてみた。
「すみませーん……」
か細く出したエリスティアの声では、たとえ近くに人がいたとしても聞こえなかっただろうが、あいにくと近くには人の気配はなくシンと静まり返っている。
仕方なくまた部屋へ引き返したが、待つ事にも飽きてきてフカフカのソファーに身を横たえてみた。
――王子様か……。遠くから御姿を拝見したことはある。
生誕祭のときに見た王子は、太陽に照らされて燦々と輝く髪をしていた――
――――遠くから人の声がする。
しまった、うたた寝をしてしまったらしい。
はっと起きて居住まいを正すエリスティアと同時に、扉が激しい音を立てて開いた。
颯爽と入ってきた男性の後ろには、先ほど案内してくれた執事のおじさんが慌てるようについてくる。
男は苦虫を噛み潰したような顔をして室内を眺め回し、ソファーにちんまりと座っていたエリスティアと目があった。
苦い表情をしてても丹精な顔のその男に、エリスティアは反射的に目を伏せてしまう。
「女、お前のような庶民なんぞと、この俺が結婚する訳ないだろうが。分かったらさっさとこの城から出て行け」
あなたにおすすめの小説
日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。
そんな彼に見事に捕まる主人公。
そんなお話です。
ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
初夜を拒む皇女は敵国の皇太子に溺愛される
日下奈緒
恋愛
敵国との戦に敗れた皇女リゼリアは、すべてを失い、命すら奪われるはずだった。
だが彼女の前に現れたのは、敵国の皇太子アルヴィオン。
「その方に手を出すな」――彼はそう命じ、リゼリアを花嫁として連れ帰る。
両国の友好のための政略結婚。けれどリゼリアは、祖国を滅ぼした男に心も体も許すことができず、初夜を拒み続ける。
それでもアルヴィオンは怒ることなく、花園へ連れ出し、町の視察に同行させ、常に隣で守り続けた。
「君は俺の妻だが、何か?」と堂々と庇う姿に、閉ざしていた心は少しずつ揺らぎ始める。
そんな中、祖国再興を目指す家臣が現れ、彼女に逃亡を促す。
民のため、皇女としての責務を選び、城を抜け出すリゼリア。
だが追ってきたアルヴィオンに捕らえられた彼女に向けられたのは、怒りではなく、切実な想いだった。
「放さない。君を愛しているんだ。一目惚れなんだ」――その言葉に、リゼリアの心はついにほどける。
敵として出会い、夫婦となった二人が選ぶのは、過去ではなく、共に築く未来。
これは、初夜を拒んだ皇女が、溺れるほどの愛に包まれていく物語。
敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる
今泉香耶
恋愛
王女エレインは隣国との戦争の最前線にいた。彼女は千人に1人が得られる「天恵」である「ガーディアン」の能力を持っていたが、戦況は劣勢。ところが、突然の休戦条約の条件により、敵国の国王の側室に望まれる。
敵国で彼女を出迎えたのは、マリエン王国王弟のアルフォンス。彼は前線で何度か彼女と戦った勇士。アルフォンスの紳士的な対応にほっとするエレインだったが、彼の兄である国王はそうではなかった。
エレインは王城に到着するとほどなく敵国の臣下たちの前で、国王に「ドレスを脱げ」と下卑たことを強要される。そんなエレインを庇おうとするアルフォンス。互いに気になっていた2人だが、王族をめぐるごたごたの末、結婚をすることになってしまい……。
敵国にたった一人で嫁ぎ、奇異の目で見られるエレインと、そんな彼女を男らしく守ろうとするアルフォンスの恋物語。
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――