NTRの乙女と傲慢な王子

さわみりん

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 突然そんなことを偉そうに言われたとあって、顔も上げられずにエリスティアは固まってしまった。
(突然なに? 偉そうに。初対面の相手から何で私がそんな事言われる筋合いが!?)
 うたた寝から目を覚ましたばかりで、ぼんやりとしていた頭が、今ほどの暴言で突如覚醒した。
 同じくらい罵ってやりたかったが、人見知りのエリスティアは心のなかで言い返すに留めた。
 男は態度を改めることもせずに、エリスティアの頭を片手で鷲掴みにし、ぐっと引き下ろし男の眼前に顔を反らせた。
「おい、聞いているのか女」
 男は無理やり目を合わせようとする。
「や、やめ……」
 男の言葉ない要求とは逆に、エリスティアは堅く目を瞑る。
(怖い、怖い、痛い!!!)
 執事のおじさんは、男の態度にびっくりした様子で横から口を出した。
「いけませんっアレクシス様、そのようなことをしては!」
 自分でもそんな行動をとってしまったのは予想外とばかりに、男はしばし躊躇ったように、乱暴に手を放した。
「失礼いたしました。こちらアレクシス・マッケイランド様です。あなた様とご結婚される王子であらせられます」
「えっ!?」エリスティアはあまりにびっくりして、自分でも驚くほど大きな声になってしまった。
(この人が、王子?)
 遠くからしか見たことがない。
 昔一度遠くから拝見したことがあった。王子の生誕祭で国を上げてのお祭りの時だ。今いるお城の上の方から民衆へ向けて手を振ってらっしゃった。それはよく晴れた日で、太陽に照らされた王子は輝く白っぽい髪がキラキラと輝いて綺麗だった。
 住む世界の違う人。
 遠すぎてお顔まではよく見えなかった。
 自国の王子の顔を近くで拝めるとあって、先ほどまでの乱暴な態度も一時忘れ、エリスティアは反射的にパッと顔を上げた。
 王子アレクシスは横を向いていたが、入ってきた時と同じく苦い顔をしている。
 近くで見るアレクシスは、太陽の下でみた神々しく燦々と輝く髪というよりは、冷たい印象を与えるアイスブルーの目も相まって、銀色に煌めく髪がより寒々しく全体的に冷たい印象だった。
 まじまじとエリスティアが観察していると、アレクシスがチラリと目を合わせてきた。
 その瞬間、エリスティアは心臓の奥が跳ねたような何かを感じた。が、反射的に目を反らした。
 反らした方向から舌打ちが聞こえてくる。
 深いため息をついて執事が告げる。
「エリスティア様、失礼をどうかお許しください。王子はこの風習に未だご納得されてませんでしたので」
「風習……って、何のことでしょう?」
「ご存じない?」
 ちょっと驚いた顔をして執事は説明してくれた。
「我が国ヴィーガンドは、昔から占いで結婚のお相手を選んでまいりました。国お抱えの占い師が、王子の結婚相手として導き出したのがエリスティア様だったのです」
「……はい?」
(占いで決めてきたって……こんな大事なことを、そんなもので決めてきただなんて)
 初耳だった。
(まさか本当に私が王子様と結婚だなんて、ありえない)
「さまざまな占いを用いて、国の安寧、子孫繁栄、幸福な夫婦関係など、さまざまな要素を満たす完璧な結婚相手として導き出されたのがエリスティア様だったのです」
 これまで黙っていたアレクシスが声を荒げた。
「何が占いだ! 見ず知らずの女と、そんな理由で結婚なんか出来るか!」
 急な大声にびっくりして振り向くエリスティアと執事に、なおも続ける。
「貴族でもない庶民の女ではないか。大体見ろ、俺に会うというのに、その格好はなんだ? 普段着丸出しの質素なドレスに、髪もおろしっぱなしで化粧っ気もまるでない。絶世の美女とあればまだしも、こんな並みの女とだと?」
 あざけるように吐き捨てられた言葉に赤くなるエリスティアは、また俯いてしまった。
(私だって王子に会うとなればもう少し服装や髪形に気を使うわ!)
 悔しくて涙が出てきそうだ。
(だってまさか雲の上にいる様な人に会うだなんて思いもよらなかったんだもの……)
 ちょっと訂正して帰ってくるだけのつもりだった。なのに、まさかこんな展開になるだなんて予想出来る訳ない。
(でもこんな失礼なこと言うなんてあんまりじゃない?)
 怒りが込み上げる。
「あ、あなたとは結婚しません!」
 キッと目を吊り上げて怒るエリスティアは、きっぱりと言い放った。
 先ほどまで下を向いて気弱そうだったエリスティアだが一転し、やっと言いたいことを言えた。
 無礼な奴に言ってやった高揚感で少しハイになっている。
 初対面の、しかも王子に、庶民の自分を馬鹿にされたように感じ屈辱感が怒りへと変わっていたエリスティアは、このとき初めてちゃんとアレクシスと目と目が合わさった。
 アレクシスの透き通るような目に、エリスティアは吸い込まれるように二人は暫し見つめ合う。
(冷たそうな薄い水色の目だけど、中心へと虹彩が深みを帯びていて凄く……)
 はっと我に帰ったエリスティアは、焦るようにその目を振り切り声を出した。
「では失礼しますっ」
 ばたばたと出口である扉へと向かう。
(今のは何? でも多分知らないほうがいい)
「お待ちください、エリスティア様!」
 執事がさっと動きエリスティアの一歩前に出て、扉の前を塞いだ。
 エリスティアは仕方なく本来言いたかった説明を今更言い始めた。
「私、ここへは訂正をしに、来ただけなんです。王子様となんて結婚するつもり全くありません。私には婚約者もおりますし、もうすぐ……結婚するんです」
「なんと……」
 予想外というように言葉に詰まる執事。
「そ、それじゃ……」
 言うことは言った、途端ちょっと冷静になる。
(こんなにズケズケと言ってしまうなんて……)
 婚約者のいるエリスティアは、もう引きとめようとする素振りを解いた執事――放心状態とも言える――の横をかいくぐり、そそくさと出て行こうとする。
「……女、ここへはどうやってきた?」
  それまで黙っていたアレクシスが呼びかけてきた。
「あ、歩いてです」
 冷静さを取り戻したエリスティアは、また気弱な態度になっていた。
「もう夜だ。女一人で夜道を歩いて帰るのは危険だ。今日はここに泊まっていくがいい」
 アレクシスは変わらず、心配する言葉もぶっきらぼうに告げる。
「いえ、そんな大丈夫です……」
 まさかの発言に首をブンブン振って慌てて断るエリスティア。
(泊まるだなんてとんでもない。家に帰りたい)
 そこで執事は閃いたとばかりに口を添える。
「ならば馬車をお出しいたしましょうか?」
 すかさずアレクシスがその考えを否定する。
「いや、この時間は出払っているだろう。明日の朝に馬車で送らせる。わかったな」
 有無を言わさない圧を感じる。
 エリスティアが出て行こうとしていたはずの扉を、アレクシスは入ってきた時と同じように颯爽とした足どりでで出て行ってしまった。
 残された執事とエリスティアが顔を見合わせた。
 王子の提案を実行に移そうと執事はエリスティアを見て言った。
「では、お部屋を準備いたしますので……その間お茶の御代わりはいかがですか?」
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