NTRの乙女と傲慢な王子

さわみりん

文字の大きさ
4 / 13

3

しおりを挟む
 先ほどのお喋りなメイドがお茶の御代わりを持ってやってきた。
「失礼いたします。お嬢様のお世話を仰せつかりました。何かございましたら何でも言ってくださいね」
 ニコッと微笑んだメイドが、手際よくポットからお茶を注いでくれる。
「ありがとうございます。でも自分のことは自分で出来ますから、お構いなく……」
 庶民であるエリスティアは家でもメイドを雇わずに暮らしているので、専用のメイドは必要なかった。
「何を仰いますやら! 遠慮なさらなくてもいいんですよ! これからはこの城でお暮しになるんですものメイドは必要ですよー。私髪を結うのは得意なんです! これからはお嬢様の髪も綺麗に結って差し上げますからね! それに今はコルセット着けてらっしゃらないみたいですけど、ここではしっかり着けなきゃいけませんよー。その方がスタイルも良く見えますもの。早くお城での暮らしにも慣れてもらえるように、私も頑張りますねー」
 このメイドの中ではエリスティアがこの城に、この先もずっと滞在する体で話が進んでいるようだった。
「いえ、泊まるのは今晩だけで……」
 勘違いをしているようなのでメイドに訂正しようと試みるも、そんなことはお構いなしに喋りまくるので入る隙がない。
「私、お世話担当させてもらうの初めてなんですよー。至らないところも多いかとは思うんですけどー。あっ! お嬢様と私って歳も近いですよねー? おいくつなんですかー?」
「え、あ、先日16になりました……」
 メイドの勢いに押されてエリスティアは答えていた。話の内容がコロコロと変わるのでついていくのに精一杯だ。
「そうなんですねー。私も今年19になったんですよー。お茶は飲みますよね? さっきと同じくミルクと砂糖2つでいいですかー?」
 メイドはエリスティアが答える前にもうカップのお茶にミルクと砂糖を注いでいた。
 正確には先にミルクを注いでからお茶を入れるが正解だ。そのほうが味がより美味しい気がして好きなのだ。だがせっかく入れてくれたので細かいことは言わなかった。

「お嬢様――」
 またも一方的な会話が再会されようとしたので、すかさずエリスティアは声を上げる。
「あの、どうか名前で呼んでください。お嬢様だなんて柄じゃなくって……」
 よく喋るメイドに気後れを感じながらも初対面の相手と、こうも屈託なく喋ることが出来るメイドにエリスティアは多少なりと好感をもっていた。
「まぁ。では私のことはミレディとお呼びくださいませ。エリスティア様」
「様も要らな……」
「では、お夕食の準備が出来ましたら呼びに参りますねー」
 そうしてメイドは喋り倒して出て行ってしまった。


 エリスティアがカップのお茶を飲み終わる頃、先ほどのメイドとは別の年輩の女性が夕食の用意が出来たことを告げにきた。
 夕食は一人部屋で取るものと思っていたが、通されたのは立派な食堂だった。

「あの、服もこんなですし、髪もおろしたままですけど、いいんですか? こんな格好で……」
 自分の格好を身振りで示し、間違いではないのかと促す。
 こういう席ではそれなりの服装や、それなりの髪型が必須であることは、エリスティアだって知っていた。
「わたくしは、こちらにご案内するよう仰せつかっておりますので。どうぞお入りください」
 案内されたのは長テーブルの先頭から、すぐ横の席だった。
 大人しく着席すると、エリスティアが入ってきたのと同じ扉から、アレクシスが颯爽と入ってくる。
「ご苦労、下がっていいぞ」
 どことなくご満悦な顔だ。
 アレクシスは長テーブルの先端、エリスティアの斜め前に着席しようとする。
 まさかアレクシスと一緒に食事をするとは思わなかったので、エリスティアは座ったばかりの椅子から慌てて立ち上がろうとした。
「何をしている、そのまま座っていろ」
 またも眉間にシワを寄せ脅すような口調で言うアレクシスにエリスティアは怯えた。
「で、でも……」
「俺が座っていろと言ったんだ。聞こえなかったのか?」      
 王子らしい傲慢な態度だ。
「はい……」
 不承不承、大人しく座るエリスティア。つい顔も下を向いてしまう。
 不機嫌そうなアレクシスに、二人の間には沈黙が流れる。
 非常に気まずい。
 アレクシスの顔色を窺いつつ、エリスティアは声をかけた。
「あの……」か細い声で問う。
「なんだ、まだ何か文句でもあるのか」
 睨むようにこちらを見るアレクシス。
 怖い! エリスティアなんとか声を出した。
「私、こんな恰好なんですけど、いいんですか? よければお部屋で頂きたいのですけど……」
 嫌われている相手と一緒に食事なんてしたくはなかった。いくら雲の上の王子様との食事が滅多にない事だとしても。
「俺がいいと言ってるんだ。いいに決まってるだろ。それに食事は一人より二人で食べた方が美味しいものだ」
(それが嫌いな相手とでもですか……?)
 ついそう言ってしまいそうになったが、『ここで食べろ』と脅すように言われてはエリスティアも従うしかない。
 『一人より二人で』ということは、私とアレクシスの二人きりの食事ということか。なんて気まずい……。
 
 それからは、お互いに無言の時間が流れた。

 しばらくして気まずい空気を消すように、美味しそうな料理がやってきた。
 ちゃんとした席でのテーブルマナーなんて知らないエリスティアだったが、そのことをアレクシスが咎めることはなかった。

 それなりにお腹が満たされた頃、アレクシスが声をかけてきた。
「さっきは乱暴な真似をしてすまなかった」
 かたくなにアレクシスを見ないようにしていたエリスティアだったが、突然の謝罪にびっくりして振り向いた。
 アレクシスはじっとエリスティアの顔を見つめていた。
 睨むでも不機嫌そうでもなく真摯に見つめられていた事にハッとした。
 お互いの目がしっかりと合わさる。
 改めて見るアレクシスは、食堂の暖かな蝋燭の明かりに照らされて、初めに感じた冷たさが和らいで見えた。
 そのせいか丹精な顔が、よりはっきりと目に焼き付き、その紳士な態度にエリスティアの心臓が跳ねる。

 ――胸が変な感じだ。

「いえ、もういいんです。失礼な態度をとってしまったのはお互い様ですもの。こちらこそ、すみませんでした」
 エリスティアは深くお辞儀をした。怒っていないと分かって安心する。
「それはよかった」
 ほっとしたように微笑むアレクシスに、エリスティアは顔が熱くなってきた。 
(ワインを飲みすぎたのかしら?)
 顔が熱いし、心臓がバクバクいっている。
 アレクシスの微笑みに反応する自分の体の不調が気になって、慌てて顔を下げた。
「……ところで、さっきもうすぐ結婚すると言っていたね」
 話題を変えたアレクシスが会話を再開する。
「はい」
「いつ結婚するんだい?」
 何気ない調子で聞いてくる。
「来月に、幼馴染と結婚する予定なんです」知らず笑みが漏れる。
「へぇ」
「ですから、アレクシス様は安心なさってください」
「……なぜ?」
 見ると不思議そうな顔をしている。
「ですから、私は来月、結婚するので、アレクシス様は結婚しなくて大丈夫れすのれ」
 ろれつが怪しくなってきた。頭もぼんやりとしてきたエリスティアは、疑問にも思わずアレクシスの言葉に耳を傾ける。
「……相手の男を愛しているの?」
「へ……? あいしれ……」
「愛してるの?」
「わらしは……――」
 急に意識が遠のいたエリスティアが、椅子から転げ落ちそうになっているのをアレクシスが抱きとめた。
「安心、ね」
 伸びているエリスティアを抱えながら、先ほどとは違った不適な笑みを浮かべつつ、アレクシスは独り言ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんとの親子丼をちょっと書きたくなっただけです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

処理中です...