9 / 15
王太子は戦乙女とともに謎へ挑む02
しおりを挟む
テルシャンは王都から遠く離れた小さな領地の街であった。
とはいえこの地方は裕福で田舎と呼ぶには発展しており、街の中心部には大きな建物が建ち並んでいる。
だから夜は、街灯の光すら届かないその影に身を隠して移動するのがちょうどいい。
己以外に人の気配が無いことを確認しつつ息をひそめて、ひっそりと暗がりを駆け抜ける。
「いたか?」「こっちには来ていないぞ」と、己を探す声が近くから響いてくる。
奴らは先ほどからこのあたりをうろうろとしているようだ。自分が付近に隠れていることは感づいているのだろう。
……はやく諦めてくれよ。と、頭の中で悪態をついた。
やがて聞こえてくる声にどんどん殺気が混じってきて、恐ろしく、心細くなってくる。何の足しにもならないだろうが、頭からかぶっていたフード付きのマントでさらに顔を隠した。
しばらくそのまま縮こまっていると、やがて話し声は足音とともに闇の中へと遠ざかって行く。
完全に気配が消えたあと、もう少しだけ身を潜め、足音を立てずに再び移動し始めた。
「見つけたぞ!」
「……っ!」
遠くから張り裂けんばかりの声がして思わず振り返ると、曲がり角から顔を出した男が己に向かって駆け出す様子が見えた。
慌てて逃げ出すも足の速さの差は明白で、あっという間に追いつかれてしまう。
男の手が乱暴に己のマントを掴み、地面に引きずり倒す。どさりという音とともに地面に体を強か打ち付け、痛みに反応が遅れた。
「手間を駆けさせやがって!」
「……ひいっ!」
動くことも出来ないまま背後から首筋にナイフをあてられ、ついに口から悲鳴がもれる。
この刃が皮膚にめり込めば、一気に血が噴き出して死んでしまう。動くことも出来ずに喉を反り上げ、ぼろぼろと涙を流した。
何故こんなことになったのだろう。今までのことがぐるぐると高速で頭の中を回っている。
ちょっと賭け事に負けて借金をしたのがいけなかったのか。そこでローランズ男爵に会ったことか。彼に借金を肩代わりしてやる代わりに、言うことを聞けという話に頷いたのがいけなかったのか。
ただ男爵の娘のふりをして、王太子にコナをかけただけではないか。自分は何も悪いことはしていない。
何に恨みをぶつければいいのかと考えたと同時、「死ね」と言う声が耳元で聞こえた。
瞬間、ひゅっと風を切る音が通り過ぎる。
「ぐうっ……」
「……っ」
半瞬後、背後で上がったのは短い叫び声。
男のナイフは己の喉を切り裂くことは無かった。
何が起こったのかわからないまま身を固くしていると、背後の男は呻きながら地面に倒れていく。
ぎょっとして肩越しに振り返ると、ナイフを持った腕からだらりと血を流して地に伏せる男の姿があった。
「やはり、ここにいたか。アマンダ・ローランズ男爵令嬢」
すぐ近くから聞き覚えのある声が厳しく己の名を呼び、はっと顔を上げる。
座り込む己の前で剣を握り立っていたのは、銀髪の美青年と明るい橙色の髪の女性だった。
◆
剣を鞘に収め、カイルは改めて地面に腰掛けたまま己を見上げる女性を観察した。
「久しぶりだな、アマンダ嬢。男爵から縁を切られ、テルシャンへ連れていかれたという噂は本当だったのだな」
「あ、あ、なんで、アンタが……」
ぱくぱくと口を開閉させる彼女、ローランズ男爵令嬢と名乗っていた娘は己が誰か気が付いたようだ。
目を細めたカイルは「思い出したか」と言って片膝をつき、彼女と目線を合わせる。
「この男たちは男爵の手の物か?君も彼らの甘言に乗せられてしまったんだろう」
「あ、ああ。うん。多分。こいつら、しつこく私を殺そうと……!」
「なるほど」
先ほど己が腕を切り倒れた男にシャノンが近寄り、その顔を確認する。
あまり質の良くない服を着こんだ、人相の悪い男だ。恐らく町のごろつきを男爵が雇ったのだろう。
彼らから男爵とその後ろにいるだろう人物に繋がる証拠は出てこないことを確信し、シャノンは肩を竦めて振り返る。
「どうして男爵に命を狙われているのか、貴女は理由がわかっているのね?」
「う……」
「全部話してくれないかしら?力になれると思うわ」
優しく告げたがしかし、アマンダはうつむきもごもごと口を動かすのみ。
カイルが王都にいられなくなった原因が自分にあることは自覚しているらしく、流石にやましさを感じているのだろう。
ちらりちらりと視線がこちらに向いていることに気が付き、ふう、と吐息をもらして彼女に言った。
「正直に話してくれれば、罪に問うことはしないと約束しよう。君の話が今の俺たちには必要なのだ」
「え……?」
「話してくれればモリスで貴女の身柄を保護するわ。私はモリス辺境伯の娘よ。男爵には絶対に手は出させない」
シャノンの援護で、ついにぱっとアマンダの顔が上に持ち上がる。
その目には希望の光が宿っており、彼女がよほど恐ろしい目にあっていたことが理解できた。
「ほ、ほんとに、私を助けてくれるのかい?」
「モリスの民に二言は無いわ」
「は、話す!話すよ!何でも話す!だから私を助けて!」
必死な様子でアマンダはこちらにすがりつく。
カイルはシャノンと顔を見合わせて苦笑し合い、アマンダの手を取ろうとして───……ふとこちらに近づいてくる気配に気が付いた。
「あそこだ!」
「いたぞ!!」
路地の奥からガラの悪そうな一団が、座り込むアマンダを睨みつけて駆け寄ってくる。
恐らく己が倒した男の仲間だろう。騒いだ割には遅いご到着だった。
「ひっ!」と短い悲鳴を上げるアマンダを背後にかばい、カイルとシャノンは剣を抜く。
「どうするつもり?」
「取り合えず全員ぶちのめして連れて行こう。一人でも逃したら男爵にどう報告されるかわからないからな」
「ふふ、いいわね」
隣にいるシャノンがにやりと笑った気配がした。
とはいえこの地方は裕福で田舎と呼ぶには発展しており、街の中心部には大きな建物が建ち並んでいる。
だから夜は、街灯の光すら届かないその影に身を隠して移動するのがちょうどいい。
己以外に人の気配が無いことを確認しつつ息をひそめて、ひっそりと暗がりを駆け抜ける。
「いたか?」「こっちには来ていないぞ」と、己を探す声が近くから響いてくる。
奴らは先ほどからこのあたりをうろうろとしているようだ。自分が付近に隠れていることは感づいているのだろう。
……はやく諦めてくれよ。と、頭の中で悪態をついた。
やがて聞こえてくる声にどんどん殺気が混じってきて、恐ろしく、心細くなってくる。何の足しにもならないだろうが、頭からかぶっていたフード付きのマントでさらに顔を隠した。
しばらくそのまま縮こまっていると、やがて話し声は足音とともに闇の中へと遠ざかって行く。
完全に気配が消えたあと、もう少しだけ身を潜め、足音を立てずに再び移動し始めた。
「見つけたぞ!」
「……っ!」
遠くから張り裂けんばかりの声がして思わず振り返ると、曲がり角から顔を出した男が己に向かって駆け出す様子が見えた。
慌てて逃げ出すも足の速さの差は明白で、あっという間に追いつかれてしまう。
男の手が乱暴に己のマントを掴み、地面に引きずり倒す。どさりという音とともに地面に体を強か打ち付け、痛みに反応が遅れた。
「手間を駆けさせやがって!」
「……ひいっ!」
動くことも出来ないまま背後から首筋にナイフをあてられ、ついに口から悲鳴がもれる。
この刃が皮膚にめり込めば、一気に血が噴き出して死んでしまう。動くことも出来ずに喉を反り上げ、ぼろぼろと涙を流した。
何故こんなことになったのだろう。今までのことがぐるぐると高速で頭の中を回っている。
ちょっと賭け事に負けて借金をしたのがいけなかったのか。そこでローランズ男爵に会ったことか。彼に借金を肩代わりしてやる代わりに、言うことを聞けという話に頷いたのがいけなかったのか。
ただ男爵の娘のふりをして、王太子にコナをかけただけではないか。自分は何も悪いことはしていない。
何に恨みをぶつければいいのかと考えたと同時、「死ね」と言う声が耳元で聞こえた。
瞬間、ひゅっと風を切る音が通り過ぎる。
「ぐうっ……」
「……っ」
半瞬後、背後で上がったのは短い叫び声。
男のナイフは己の喉を切り裂くことは無かった。
何が起こったのかわからないまま身を固くしていると、背後の男は呻きながら地面に倒れていく。
ぎょっとして肩越しに振り返ると、ナイフを持った腕からだらりと血を流して地に伏せる男の姿があった。
「やはり、ここにいたか。アマンダ・ローランズ男爵令嬢」
すぐ近くから聞き覚えのある声が厳しく己の名を呼び、はっと顔を上げる。
座り込む己の前で剣を握り立っていたのは、銀髪の美青年と明るい橙色の髪の女性だった。
◆
剣を鞘に収め、カイルは改めて地面に腰掛けたまま己を見上げる女性を観察した。
「久しぶりだな、アマンダ嬢。男爵から縁を切られ、テルシャンへ連れていかれたという噂は本当だったのだな」
「あ、あ、なんで、アンタが……」
ぱくぱくと口を開閉させる彼女、ローランズ男爵令嬢と名乗っていた娘は己が誰か気が付いたようだ。
目を細めたカイルは「思い出したか」と言って片膝をつき、彼女と目線を合わせる。
「この男たちは男爵の手の物か?君も彼らの甘言に乗せられてしまったんだろう」
「あ、ああ。うん。多分。こいつら、しつこく私を殺そうと……!」
「なるほど」
先ほど己が腕を切り倒れた男にシャノンが近寄り、その顔を確認する。
あまり質の良くない服を着こんだ、人相の悪い男だ。恐らく町のごろつきを男爵が雇ったのだろう。
彼らから男爵とその後ろにいるだろう人物に繋がる証拠は出てこないことを確信し、シャノンは肩を竦めて振り返る。
「どうして男爵に命を狙われているのか、貴女は理由がわかっているのね?」
「う……」
「全部話してくれないかしら?力になれると思うわ」
優しく告げたがしかし、アマンダはうつむきもごもごと口を動かすのみ。
カイルが王都にいられなくなった原因が自分にあることは自覚しているらしく、流石にやましさを感じているのだろう。
ちらりちらりと視線がこちらに向いていることに気が付き、ふう、と吐息をもらして彼女に言った。
「正直に話してくれれば、罪に問うことはしないと約束しよう。君の話が今の俺たちには必要なのだ」
「え……?」
「話してくれればモリスで貴女の身柄を保護するわ。私はモリス辺境伯の娘よ。男爵には絶対に手は出させない」
シャノンの援護で、ついにぱっとアマンダの顔が上に持ち上がる。
その目には希望の光が宿っており、彼女がよほど恐ろしい目にあっていたことが理解できた。
「ほ、ほんとに、私を助けてくれるのかい?」
「モリスの民に二言は無いわ」
「は、話す!話すよ!何でも話す!だから私を助けて!」
必死な様子でアマンダはこちらにすがりつく。
カイルはシャノンと顔を見合わせて苦笑し合い、アマンダの手を取ろうとして───……ふとこちらに近づいてくる気配に気が付いた。
「あそこだ!」
「いたぞ!!」
路地の奥からガラの悪そうな一団が、座り込むアマンダを睨みつけて駆け寄ってくる。
恐らく己が倒した男の仲間だろう。騒いだ割には遅いご到着だった。
「ひっ!」と短い悲鳴を上げるアマンダを背後にかばい、カイルとシャノンは剣を抜く。
「どうするつもり?」
「取り合えず全員ぶちのめして連れて行こう。一人でも逃したら男爵にどう報告されるかわからないからな」
「ふふ、いいわね」
隣にいるシャノンがにやりと笑った気配がした。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる