王太子は蛮族の乙女に恋をした~浮気の冤罪で追放されてしまった王子ですが、辺境の女騎士を愛したのでもう元婚約者に心は動かされません~

天藤けいじ

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真相を見極め、二人は謎を解決へ導く01

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 翌朝、カイルはシャノンと兵士たちをともない、王都の中央にあるゴールズワージー公爵の屋敷へと赴いた。

 家主である公爵には、昨晩のうちに来訪する許可は取ってある。屋敷の使用人たちも己がくることを承知していたのか、深々と礼をするだけで武骨な兵士たちが屋敷の廊下を進むことを咎めることはしない。
 ただ彼らの目にはどこか諦めたような色が濃く浮かんでおり、これから起こることを予想していることを察した。

 悲痛な空気の中進み、やがてカイルは以前この屋敷に招かれたときに通された記憶がある応接室の扉の前へとたどり着く。
 控えていた執事が自分たちが来るなり一礼して、素早く扉を開き「どうぞ」と招いた。
 部屋の中にいた者への許可は取らなかった。

「失礼する」
「な……っ!」

 短く声をかけたカイルの目にまず留まったのが、応接室のソファにどっかり座るヴィンス・ジェイミソン侯爵の姿である。
 声を上げたのは彼にしなだれかかるように身を預けていたホリィ・ゴールズワージー公爵令嬢。
 二人はカイルと兵士たちの登場に目を丸くし、慌ててお互いの体を放した。

「な、何ですの!?カイル様!?これはいったいどういうことですの!?」

 ホリィは悲鳴のような甲高い声を上げて頬を染め、困惑に視線を彷徨わせた。
 対して隣に座る男はすぐに驚きの表情を引っ込めて、爬虫類じみた冷たい目で突然の来訪者を睨みつける。
 自分たちがここに来た理由を察しているのか、忌々しげな様子だった。

 カイルは厄介そうなヴィンスではなく、まずはホリィに視線を定めて少々の嫌味を込めながら挨拶をする。

「久しぶりだな、ゴールズワージー公爵令嬢。お変わりが無いようでなによりだ」
「な……!いきなり、無礼ですわカイル様!貴方は罪を償うために王に辺境へ送られたのではないんですの!?」
「なるほど、こちらではそう言う話になっていたのか」

 貴族や民たちには、カイルは心労がたたったゆえに辺境の地で療養していると言っていたはずだ。
 もちろんそれはほぼ間違いではなく、己自信が疲れ切っていたことを知る者は多いだろう。
 だが自信満々にホリィが間違いを口にしたところを見ると、恐らく彼女はまた思い込みで噂を流したに違いない。

 ───……本当に、『お変わりない』ようだな。
 肩を竦めながらカイルは、元婚約者を見る目をさらに鋭くして本題に入った。

「今回ここに来たのはゴールズワージー公爵令嬢。貴女が民をそそのかし、暴動を起こそうとしたその罪を問うためだ」
「え……」

 ホリィは長いまつげに縁取られた目をぱちぱちと瞬かせ、口をぽかんと大きく開ける。
 あまりにも意外過ぎて、言われたことをすぐに理解出来なかったのだろう。

 彼女はしばらく呆然とカイルを見ていたが、すぐにきゅっと眉をつり上げる。見る見るうちに顔を怒りで真っ赤にし、勢いよくソファから立ち上がった。

「何をおっしゃいますの!?私がそのようなことをすると本気で思っていますの!?私は常に民を一番に思い、民のために行動していますのに!?」

 令嬢らしからぬ態度で怒鳴る彼女をカイルは無感情な目で見つめて、自分でも驚くほど冷徹な声でさらに告げる。

「……確かにそそのかした、と言うのは少々語弊があるのかもな。しかし」
「ゴールズワージー公爵令嬢、ホリィ様。貴女は貧民街での炊き出しで王族に対する不満を漏らしていたと聞きました」
「それが何ですの!!」

 つり上がったホリィの目が、カイルの言葉を受け継いだシャノンを射抜く。
 しかし蛮族と呼ばれる辺境の地の戦乙女は、都会の令嬢の眼光になど怯まない。真っ直ぐに受け止めて冷静に説明し始めた。

「貴女に悪気は無くともそれが民たちの怒りを煽るきっかけになってしまったんですよ。それにホリィ様、貴女は本来外に漏らしてはいけないはずの国の財政や他国との貿易のことも彼らに話しましたね」

 言って、シャノンは手にしていた羊皮紙をホリィたちに見えるようにかざした。
 そこには昨晩モリス辺境伯の屋敷で、暴動の実行犯たちから聞いた証言が記入されている。文章の一番下には、全て正当な証言として裁判所が認めた印が押しあり、これが法的な力を持つと言うことも示されていた。

 証言の中には、ホリィが国庫は潤っているのに王は民に還元しないこと、某国の輸入品はこれほど豊かなのにクロムは誇れるものがないこと……と言う秘密の暴露が悪態とともに詳細に記されている。

 国に蓄えがあるのは後に来るだろう飢饉のためだし、某国は輸入品こそ豊富だがそれは貧困の民を無理に働かせて作らせている現実があった。
 ホリィとてそれを理解しているはずだ。理解していたが王族への鬱憤を発散させるために、ごく軽い気持ちで恨み言を口にしてしまっていたらしい。

 しかし民たちに国の裏事情を知る余地など無い。彼らは怒りをどんどん募らせるしか出来なかったのだ。

「ゴールズワージー公爵令嬢。これを聞いた民たちは王族に対する怒りを募らせ、魔法爆弾まで用意して暴動を計画していた。それを昨日、実行に移そうとしていたのだぞ」
「な……っ」

 カイルの言葉にホリィの肩が大きく揺れる。顔は血の気が引き、あっと言う間にその色は白へと変わっていった。
 やはり昨晩のことは知らなかったようだ。

 各地でも大きな実害が出ている兵器、魔法爆弾の名が出て、流石にホリィも自分の迂闊さが大事を招いたことを察したのだろう。ドレスのすそを掴みながら、視線をおろおろと部屋中に彷徨わせはじめる。

 しかしこちらの咎めるような空気に堪えかねたのか、彼女は目線を逸らしたままぽつりぽつりと口を開き始めた。

「……た、確かに私の不注意な発言があったことは否めませんわ。でもそれだけ!暴動なんて民が勝手にやったことではありませんか!私に何の責任があると言うのです?!」
「……っ」

 己の保身しか考えていない言葉に、カイルはショックを受けて眉をひそめる。
 隣に立つシャノンも驚いたのか、ぱかりと口を開けて険しい顔でホリィを睨みつけていた。
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