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高校モラトリアム編

優紀の笑顔

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「朝練って、……サッカー部の?」

「それ以外何があるって言うの?」

 眠気はあったが、目が覚めてしまった。

「え? だって、オールしたんだぜ? つーか、今日練習あったんだ……」

「土日だって練習だよ」

「へぇ、大変だね」

「泊まりに来たから、てっきり練習はないものかと……」

「私だってオールするとは思わなかったよ」

「なんでお前来たの?」

 かねてからの疑問をもう一度繰り返してみた。

「ホント、荻窪田ってバカだよね」

 これまた、この晩(もう朝だが)何度目かの台詞を繰り返されてしまった。優紀は緩慢な動きでと自分のバッグを手に取り、部屋を出て行こうとする。

「あ、送ってくよ」

 綺羅星が立ち上がりかける。

「大丈夫だよ。道も大体わかるし。じゃ、今日ごめんね、急に押しかけちゃって。そんじゃー」

「お、おう。気を付けてなー」

 優紀は部屋を出て行った。その後、綺羅星が「朝ごはんでも食べようか」と言った後の記憶がない。おそらく寝落ちしたものと思われる。


   ◇   ◇   ◇


 私が寝ていた時だった。夢を見ていたが、あまり良い夢ではなかった。うなされて目が覚め、寝がえりを打つと、私の頭が元あった場所に長剣が深々と突き刺さった。鈍い音に振り向くと、一人の賊が舌打ちをしつつ、仁王立ちで私を見下ろしていた。

 月は出ていないので顔はよく見えなかった。星明かりに浮かんだ影は、尖った三角の耳に長い尻尾が生えている。おそらくターク族だろう。

 冷気を感じたので、見ると窓が開いていた。外は目もくらむような断崖だが、どうやって入ったものか。

 良い度胸だ。私は思った。どこの賊だか知らないが、この城の、しかもこの帝妃の間<<わたしのへや>>にまで忍んでくるとは大したものだ。なかなか腕の良い刺客ではないか。しかし、その才気が逆にお前の運の尽きだったようだな。私は賊の顔面めがけて手のひらを突き出した。


 ……何も出ない。


 丸焼きにしてやろうと思ったのだが、どうしたことだ?

 思い出した。今日は新月。力は使えない。少々寝ぼけていたようだ。

 私は転がるように寝床を抜け出しつつ、

「出会え!」

 と、叫んだ。と同時に寝床の横の紐を思い切り引っ張った。高音の鐘の音が城中に鳴り響いた。私の寝室に賊が侵入したことを知らせる合図だ。

 扉が開かれ、前で控えていた衛兵二人が部屋に雪崩れ込んだ。

「何事……」

 言いかけた言葉はそれ以上出てこなかった。雷光が一閃し、二人の守衛は破裂するような音と光に包まれた後、崩れるように倒れた。焦げた臭いが立ち昇る。賊の仕業だ。振り向かなくともわかる。またそんな余裕はない。

 新月とはいえ、大抵の者は、威力は落ちるものの、力自体は使える。雷属性持ちか。やっかいかもしれない。

 私は開かれた扉の隙間に体を滑り込ませた。扉を閉じ、外から鍵をかける。次の瞬間、扉の向こう側に奴の雷撃が炸裂する音がした。扉が軋む。振り向き、回廊へ駈け出した。


   ◇   ◇   ◇


 目が覚めたら、そこは……綺羅星の部屋であった。

 残念ながら今回も失敗と言わざるをえない。目の前には綺羅星が横たわっている。仰向けになった胸がゆったりと上下している。目は閉じられ、半分開いた口元は、だらしないというより無垢さを感じさせる。なんだか天使のようだ。綺麗な顔をしている奴は寝顔まで綺麗だという事実を確認した後、スマホをチェックした。

 日の角度からすると、太陽はとっくに頂点を過ぎているらしかった。待機画面の数字を見ると、午後三時を過ぎていたが、それより先に目を奪われたのは着信履歴の数だった。母ちゃんからだ。

 何かヤバいことが起きた。

 そう思わせるだけの数だった。慌てて通知内容を見る。

 優紀が倒れたらしい。


 部屋に入ると、ベッドの上に横たわっている優紀が俺たちを見上げた。ドアをノックして名前を告げ、入っていいか、と尋ねると、いいよー、と返事があったからだ。

 優紀がぶっ倒れたのは練習中だったらしい。今日も暑く、よく晴れている。雲一つない。そろそろ夕方に近づく頃だが、日差しの威力はまだまだ強力だ。まして、真っ昼間なら尚更だったろう。

 倒れた時は熱射病も心配され、病院に担ぎ込まれたが、幸い熱射病ではなかったらしい。医師の診断によると、暑い中での練習の疲労もあったかもしれないが、寝不足だろうということだった。ただ一応、しばらくは様子を見て、安静にしておいた方がいいらしい。そして今は自宅の部屋で寝てるというわけだ。

 事の仔細は母ちゃんのメールにもあった。お前が原因なんだから謝ってこい、とも書かれていたので、綺羅星の家から直接優紀の家に向かった。母ちゃんの説教はその後、とも書かれていた。

 話を聞いて、一先ずは安心したが、申し訳なく思う気持ちでいっぱいになった。医師の話から考えれば、優紀が倒れた直接の原因は俺にある。しかし、俺が謝ろうとする前に、優紀に謝られてしまった。

「ごめんねぇ。なんか、心配させちゃって」

「あ、いや……」

「美吉もごめんね、突然押し掛けた上に、なんかケチついちゃったみたいになっちゃって」

「いやいや、そんなことないよ、全然。来てくれて嬉しかったよ。それより、無事でよかった」

「ごめんなさい!」

 いささか唐突だったか。優紀も綺羅星もびっくりして俺を見てる。声も大きかったかもしれない。でも、こらえが効かなかったのだ。だから、声のボリュームも自分でもよくわからなかった。

「俺のせいだ。ホントに、ごめんなさい。俺が、みんなを巻き込んだばっかりに……」

「ちょっと待ちなよ、マイフレンド。僕んちに来なよ、って言ったのは僕なんだぜ。それを言うなら僕に責任がある。あ……、そうだったな、そういった意味では僕のせいでもある。優紀クン、申し訳なかった。事前に君の予定を把握していれば休ませたのに……」

「ちょちょちょ! 待って待って! 練習に行くって言ったのも私だし、美吉の家に行ったのも私。いやむしろ押し掛けちゃったし……。二人が謝ることなんて全然ないんだよ。いやー、つーか、自分の体力のなさにびっくりだな。正直全然自信あったんだけど、イチから鍛え直しかな」

 最後に、優紀は笑った。


 メールの通り、家に帰ってからは母ちゃんに一通り説教を喰らった。まぁ、その通りだなぁ、と思ったので神妙に聞いていた。まぁ、どう考えても俺が原因だよなぁ。

 ベッドの上の優紀の笑顔が頭から離れない。ベッドの上も優紀には似合わなければ、あの笑顔も優紀には似合わなかった。弱々しい笑顔は優紀のものではない。もっと、憎たらしいくらい力のある笑顔が優紀の笑顔だ。優紀を倒れさせてしまったことに対しての罪の意識も大きいが、優紀にあんな笑顔をさせてしまったことが、何より心に引っかかってる。


 あの後、優紀はしばらく体調を崩していたが、今は快復して練習にも参加しているそうだ。しかし、この日以来、異世界転移については小休止、といった感じ。色々、策を講じてみたり、調べてみたりはするものの、その度に優紀の「あの笑顔」が頭に浮かんでしまう。
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