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高校本気編

惑星大直列

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 少し遅れて我々がドアの把手をつかもうとすると、中から「うわーっ!」という姫の歓声が聞こえた。我々も入ってみると、相変わらずの可愛いの押し売りだ。姫は早速、内装を見回したり、タータンチェックのテーブルクロスを手で撫でたりしている。

 可愛いの押し売りも、銀河系クラスの可愛い女の子がそこにいると、さして押し売りにならないことを俺は発見した。実にしっくりハマッている。

 そして、姫の声を聞きつけたか、厨房から兵士……、いや、綺羅星パパが出てきた。

「いらっしゃい……、おっ、オギー一行のお出ましか」

「先日はご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした」

 綺羅星パパを見るや否や、優紀がそう言った。

「いやいやいや、いいっていいって。それより、元気そうで何よりだな」

 綺羅星パパは優紀を見て、心底嬉しそうに微笑んだ。

「今日は快気祝いに、クレープ食ってきな。俺の奢りだ」

「え、そんな、悪いですよ」

 優紀は殊勝らしく遠慮した。これがさっき俺にジャンピングニーバットを浴びせた女と本当に同じ女なのだろうか?

「えーっと、三人前だな……、てぇー! こちらのお姫様は誰でぇ、オギー?」

「あ、えーっと、同級生の葉月さんです」

「初めまして。葉月七瀬です。とてもステキなお店ですね」

「おぉーう! マブい! マブすぎるぜ、プリンセス! 夜すら昼に変えちまいそうだ!」

「そんなぁ、お上手ですね、お兄様」

「オイ」

 優紀が、今度は俺にしか聞こえない音量で呟いた。

「ん?」

「同級生の父親に向かって『お兄様』とか抜かすような女を、私は信用できないのだが?」

 俺は長考した挙句、答えを絞り出した。

「……綺羅星パパは若く見えるから」

「でも四十前だろ? 十八の小娘が『お兄様』と呼ぶ年の差じゃねぇぞ」

 まぁ、実際同い年の男の子の父親だから、『お父様』の方がしっくりくるな、うん。

 当の綺羅星パパは顔面に土砂崩れを起こしつつ、実に楽しそうに生産性のない会話を葉月さんと興じていた。しかしふいに我に返ったような顔になり、

「そうだ、ウチのプリンスを呼ばないとな」

 と言って奥に引っ込み、雷のようなデカい声で、

「おおぅーい、プリンスぅー! 友達来てるぞぉー!」

 と綺羅星を呼んだ。そして、そそくさと我々に顔を出し、

「じゃ、まぁ、ゆっくりしてってくれ。今クレープ焼いてくっからヨ」

 と言って厨房に入っていった。

 それと入れ替わるように綺羅星が我々のいる店舗スペースへ現れた。

「ちゃお、みんな」

「ちゃお」

「ちゃおー!」

 俺はいつものように挨拶を返したが、葉月さんは俺以上にてらいなく挨拶した。意外なような、しっくり来るような。

「……こんちわ」

 優紀は無理であった。

「立ち話もあれだから、みんな、お座り」

 言われて、俺たちは手近にあるテーブルに座った。席順は、俺と優紀が並び、向かいに綺羅星と葉月さんが並んだのだが、向かいの並びの破壊力が凄まじかった。座った時、思わず「おぅふっ……」という声とも嘆息ともつかぬ音声が出てしまった。

 葉月さんが銀河系なのは言うまでもないが、それに並ぶ綺羅星も負けていない。普段よく一緒にいるから麻痺しているところもあったが、こうして改めて見ると、綺羅星も十分銀河系なのだ。それが二人も並んでいると、まさに惑星大直列、天の川を目の前で見ているようだ。

「ところで、何か成果はあったの?」

 その銀河系綺羅星が早速切り出した。

「あぁ、それなんだけどさぁ、」

 俺は理科室での話を語った。


「なぁるほどねぇ」

 綺羅星は話を聞き終わると、笑顔を浮かべてそう言った。

「何とも夢のある話じゃないか」

「そうなんだ、異世界はあったんだよ!」

「でも、具体的にはどこにあるかわかんないんでしょ?」

 優紀は相変わらず冷水をぶっかけてくる。もう少し優紀は夢というものを持った方がいい。なんなら中二からやり直せ。

「だから、それを探しに行くのよ。ねぇー」

 最後の「ねぇー」は俺に向けられたものだ。

「う、うん……」

 銀河系美少女に問いかけられた地面系俺は、そう返すのが精一杯だった。

「面白そうだねぇ。僕も一緒に探しちゃダメかな?」

「え? 手伝ってくれるの?」

 綺羅星がいると、なんとなく心強い。それに、こいつには何か超常的なオーラを感じる。銀河系だし、宇宙との繋がりもあるかもしれない。なんせ名前が綺羅星だし。

「じゃあ、早速、夕方涼しくなったら町に出てみようか?」

「あ、いい! それ、すごくいいと思う! 行こう行こう!」

 綺羅星の提案に、葉月さんが飛びついた。

「えぇー、今から行くのぉー? お腹空いちゃったよ」

 そう言って優気がテーブルに突っ伏すと、折良く綺羅星パパがクレープを四人分持ってきた。チョコとバナナ、それに生クリームがたっぷり乗っている。もちろん、クレープからは湯気が立ち上っている。熱々だ。

「おぉー!」

 一番大きな歓声を上げたのは優紀だった。

「ボーイズエンドグぅァーるズ? ドリンクは何にする?」

 綺羅星パパの問いかけに、俺はもちろんタピオカミルクティーを所望した。


 美味しいけど、相変わらず割と普通な感じのクレープをご馳走になった後、異世界への入り口となるコリジョンの痕跡を探しに行くことになった。しかし、どこをどう探せば良いものやら、途方にくれる五秒前、綺羅星が言った。

「廻中池はどうだろう?」

 綺羅星曰く、なんでも形が傷跡のようなんだとか。確かにグーグルマップで確認したところ、こう、ガリッと巨大な龍が引っ掻いた傷のような、細長い、鋭い形をしていた。いかにも、痕跡、といった感じだ。

 ここはなかなか可能性があるのではないか。今まで廻中池を見る時は、同じ地平で平面から見ていたので、池の全体的な形はわからなかった。なんで綺羅星はそんなこと知っていたのか? さすがは銀河系綺羅星といったところだろう。

 早速、俺たちは廻中池に赴いた。思いの外、綺羅星の家で結構な時間油を売ってしまっていたというのもあり、池に着いた頃には日は暮れかかっていた。

 池の周囲は背の高い木に囲まれていたので、周りの土地に比べて、より一層暗い。まだ猛暑が色濃く残ってはいるが、昼間に比べれば大分涼しい。薄暗い夕日を反射し、ヒグラシの声がこだまする池の面は、なんとなくこの世ならぬ異世界感を醸し出しているような気がする。

 しかも、草いきれのような水のような、なんとも言えない、むせ返るような臭いが辺りに漂っている。雰囲気はバッチリである。

「おぉー……」

 俺は何回も来ているはずなのに、廻中池に初めて来たかのような感銘を受けてしまった。

「どうだい?」

「いいな! ここ。雰囲気は感じる」

 綺羅星と言葉を交わした後、俺は池の端に立った。その途端である。

「ホラ、飛び込め」

 突然、後ろから優紀に突き押された。

「おぉう!」

 俺は天性のバランス力で何とか持ちこたえた。しかし、相当危なかった。

「な、な……」

 あまりのことに、俺は言いたいことが山ほどあるにも関わらず言葉に窮していると、優紀はあっさり言い放った。

「この池が異世界とやらへの入り口なんでしょ?」

「バ……バ、バカモノォ! まだそうと決まったわけではないだろうが!」

「違ったとしても、暑いから丁度いい水浴びになるよ」

「フナじゃねぇんだからよ! 池の水になんか飛び込みたくねぇんだよ! それに、もう夕方だから水泳するには寒い! 風邪引いたらどうすんだよ!」

「荻窪田って、ホント、軟弱者だよね」

「お前を基準にするな、ゴリ子」

 そんな、口角泡を飛ばす水際の大激論が戦わされている最中、チャポンッ、と水辺で音がした。
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