上 下
45 / 54
異世界闇落チート編

しおりを挟む
 先ず、最高権力者である枢密院が、敵である俺の前にで現れるのは不自然だ。

 次に、クイルクたち護衛の兵士がいるにはいるが、えらく控えめな人数で、なんとも心許ない。川に全戦力を投入したとはいえ、これから戦おうという意志はとても感じられない。非常に違和感がある。

 その心許ない数の兵士たちが、クイルクとショボクレを中心に前に出た。そして、その兵士たちに隠れるように爺さん共もそれに続いた。

 枢密院の連中が地面にいることが、何かすごく違和感がある。それまでは、それこそ高みに、この城で一番高い塔にある聖堂でしか見かけたことがない。そんな彼らが土の上(石畳ではあるが)にいることが妙に不思議な光景だ。

 また、日の光の下で見る彼らは、思ったよりも若い。薄暗い聖堂の中で見た彼らは、なんとなく後期高齢者くらいに見えた。しかし今、こうして相対してみると、大体還暦くらいのように見える。そう思うと、なんとなく威厳も減ったように見えるが、その分まだまだ元気があるようにも見える。

 そしてふと思った。警戒した方がいい。

 よくよく考えたらこの老人たち(と言って還暦くらいだが)も、それぞれの属性を持っている。枢密院になるくらいだから、それぞれに強力な能力を持っていると考えた方が、むしろ自然だ。

 そう思うと、この少人数の護衛も何か余裕の現れですらある印象に変わる。それに何より、直で俺の前に現れたではないか。しかも相手は四人だ。それぞれ、火、水、氷、雷の属性の数と符合する。偶然とは思えない。

 にわかに緊張が襲ってくる。しかし、覚悟はできてるつもりだ。この国を手中に収めた後、やらなくてはならないことは山積している。

 そこに行き着く前に、負けるわけにはいかない。俺はこのクソみてぇな世界をブチ壊すためにここまで来たのだ。

 いきなり先制攻撃を仕掛けるか。火か、水か、氷か、雷か、どれで攻撃を仕掛ける? いや、相手の出方を待ち、それぞれの攻撃に対応するべきか。俺は、ウスノロの背に立ち上がった。

 それに呼応するように、枢密院も衛兵を押しのけ、前に出た。そして四人は、地に手を着けた。地面から、何か攻撃を仕掛けるのか。俺は身構えた。しかし、特に何も起きない。四人は微動だにしない。どうも様子が変だ。

「帝妃様、」

 小太りがこうべを地面に垂れたまま、言った。そして気付いた。四人のこの体勢。これは、あの土下座に似た所作だった。小太りが続ける。

「御帰還、我等枢密院一同、心よりお待ち致しておりました」

 何……、言ってんだ?こいつ。

「再び、帝妃様の栄光ある治世の始まり、その補佐をすることが出来る身に余る光栄、誠に噛みしめて存じます」

 なるほどそういうことか。

「突然の逆賊によるはかりごとを止めることができず、我々枢密院も辛酸をなめ……」

「吹雪吹雪氷の世界!」

 俺がそう叫ぶと、次の瞬間、枢密院どもは氷に閉じ込められた。一人を除いて。やせぎすの爺さんは、氷漬けにされた他の枢密院を見て、腰を抜かした。

「逆賊は貴様たちだろう?」

 やせぎすは、すがるような目で俺を見る。

「て、帝妃様、わわわわた、わた、わた、私わ、わたわたわた……」

 慌てふためきすぎだろ。サンプラーか、てめぇは。

「貴様が火属性だったか」

「あ……、あ……」

不思議の海ブルーウォーター!」

 やせぎすは水の塊の中に沈んだ。

「お前たち!」

 俺は、そばに控えていたショボクレやクイルク、そして衛兵たちに命じた。

「ハ、……ハッ!」

 皆、今自分が仕えるべきは誰なのか、早速理解したようだ。

「この者どもを地下の牢屋に引っ立てい」

「で、ですが……」

 いや、まだ戸惑いはあるようだ。

「この国の民が朕と戦う中、この者たちだけは朕に寝返ろうとした。そのような者はいつ逆賊になっても不思議はない。極刑で良かろう」

「ハ、……ハッ! 帝妃様!」

「朕を帝妃と呼ぶな」

「は、はい……。では、何と……?」

 尋ねたのはショボクレだ。

「朕は帝妃ではない。道具ではない。朕は自らがこの国を治める。王だ。女も男も超越した『王』である。朕のことは王と呼べ」

「ハ、……ハッ! おい! その者たちを牢へ引っ立てい!」

 氷漬けにされた枢密院、水の塊で溺れているやせぎすは、それぞれ衛兵たちの手によって運ばれていった。

 俺は城を見上げた。またしばらくやっかいになる。


「突き落とすか?」

「御戯れを……」

 俺は後ろに控えるショボクレに声をかけたが、返事は無難なものだった。

 俺とショボクレは、移隠の儀で使う、あのテラスの上にいる。

 手すりは相変わらず設置されておらず、平板な半円形が突き出たような代物だ。遥か下にある川の流れは、かつては二つの急流がぶつかり、激しく飛沫を上げ、このテラスにまで響く轟音を轟かせていたという。

 今、その名残はない。川が一つ流れて来なくなったのだから、致し方のないところだろう。しかし、激しい飛沫が復活するのは、そう遠い話ではない。

「ダムの修理の予定はどうなっている?」

「ダム……? 堰堤えんていのことでございましょうか?」

「それだ」

「ハッ。少々遅れ気味のようです」

 俺は、王の下に宰相を置き、相談役及び実務係として使うことにした。そして、その役職にはショボクレを抜擢した。

 こいつなら、俺を連れ戻すため、危険を冒して隠界へも来たし、こっちへ来てからも、色々と世話にもなった。消去法で一番信頼できるのがショボクレだった。

 クイルクはダメだ。あいつは脳筋だからな。こういう事務方としては無能だろう。その代わり、軍のトップである最高指揮官に据えた。武力でなら彼の右に出る者はない上、やはり消去法で一番信頼できる。

「であれば、稼働時間を増やすしかないな。あと、人員の確保だ。旧獣人、特にデカい連中の村があるだろう? そういった村から、あと百人ほど連れてこい。旧帝国領土に住まわせろ」

「し、しかし、それでは帝国人が、」

帝国人、だろ? もうこの世は全て朕の帝国なのだから。帝国人も獣人もない。皆、等しく朕の民だ」

「は……、申し訳ございません。で……、その、帝国人が住む住居を確保することができず……」

 俺はショボクレの言葉を中途で遮った。

「だから、今ここに住んでる旧帝国人を、ここへ来る旧獣人が住んでいた村に引っ越させれば良いだろう」

「い、いや……、それでは……」

「何か問題があるのか? あ、そうか。じゃあ、こうしよう。引っ越し手当は全て国が持つ。これでどうだ?」

「費用の問題もありますが、しかしそれだけではございません」

「何だ?」

「その……。旧獣人の住んでいた村に旧帝国人を住まわせますと、その……、問題が生じます」

「どんな?」

「おそらく……、旧帝国人は、ただでは済まないでしょう……」

「ぶっちゃけた話、仲が悪いということか?」

「平たく言えば……」

「ま、確かに。最初のうちはそうだろうな」

「最初……?」

「何事にも順序はある。何かが変わるには痛みが伴うものだ」

「い、痛みと申されましても……!」

「そのうち仲良くなるだろうさ」

「仲良くなる前に帝国人は獣人どもに殺されてしまいます!」

帝国人。獣人」

「……! 申し訳ございません……。ですが、陛下もご存じでしょう! 帝国人と獣人の間には、」

「それは身から出た錆びではないのか?」

「いや、それは……」

「異がありそうだな。なんだ? 神話の類の話が根拠か?」

「それは、獣人側も、」

獣人」

「……獣人側も、同じようなものでは?」

「だったらお互いさまだろ?」

「……」

「それに、世界は今や朕のものだ。すべからく朕のものだ。その朕のもの同士は、仲良くしてもらわんと困る」

「……! 御意……」

「あ、そうだ。すぐに税を上げろ。全ての税を一律10%だ」
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:13,674pt お気に入り:11,869

もふもふが溢れる異世界で幸せ加護持ち生活!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,313pt お気に入り:11,559

素材採取家の異世界旅行記

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,803pt お気に入り:32,983

転生王子はダラけたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:9,932pt お気に入り:29,356

利己的な聖人候補~とりあえず異世界でワガママさせてもらいます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,536pt お気に入り:12,626

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,036pt お気に入り:1,477

異世界転生令嬢、出奔する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,323pt お気に入り:13,939

処理中です...