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【2】昼下がりのお茶会
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「それはこっちのセリフよっ!!」
ーーハッ、と。
自分が出したとは思えない大きな声に、私ーーエレノア=ノクス=ベルネットは我にかえった。
奇怪な叫びを上げて、椅子を蹴倒して立ち上がるという淑女らしからぬ私の突飛な行動を、同じテーブルについていた5人が唖然とした表情で眺めている。
和気藹々と世間話をしていた空気はどこへやら。
慌ててエレノアは頭を下げた。
「し、失礼をいたしました……」
「夢でも見ていたのかい?」
「え、ええ。そんなところですわ」
クスクス、と忍び笑いをもらすのは、この学園の生徒会長であり、全女子生徒の憧れの的。
我が王国ーーアレクシス聖王国の第1王子。
アルベルト=マグナ=クレヴィッツ。
私の婚約者。
透きとおるような金糸。目元の涼しげな蒼。
そして太陽のようにまぶしい笑顔。
成績優秀、容姿端麗、おまけに心優しく分け隔てなく、どんな身分の生徒にも気さくに接するとなれば、男女問わず人気はうなぎのぼりである。
「副会長、お疲れなのではありませんか?
あとで疲労回復に効く茶葉をお渡ししますね」
「ありがとう、ユリウス様」
ユリウス=ドレスナー。
この貴族生徒が9割通う学園において、彼は異色の庶民生徒である。
王国随一の薬屋の1人息子で、長年薬屋に世話になっているという、学園長の意向でこの学園に入学した。
神秘的なアリスブルーの長髪。
慈愛に満ちた菫色の瞳。
受ける印象に違わず、心優しく穏やかな性質をしている。
生徒会会計を務める彼は、いつだって他者を思いやり、場の空気に敏感である。
「ふん、居眠りなんてたるんでる証拠だ。
アルベルト殿下もユリウスも、あまりコイツを甘やかさないほうがいい」
「そうだよー。
せっかくボクが、今度教会から転入する、将来有望株を紹介しようとおもって連れてきたのに~」
私を顎でさして、不快げにため息を吐いたのは、生徒会長補佐ーーという名の小間使い。
テオドール=ルプス=アーデンブルク。
アルベルト殿下の護衛で、その勇猛な振る舞い(私に言わせれば粗野なだけなのだが)から、“赤狼“の二つ名がついている。
私の幼馴染であるが、昔からどうもソリが合わず、あまり仲は良くない。
王国一の武勇を誇る騎士団長、アーデンブルク侯爵の血を受け継ぎ、
ひとつにくくった、夕陽のように真っ赤な髪をなびかせて戦う姿は、女生徒の人気も高い。
彼が出る剣術の授業では、2階や3階の窓から立ち見をしている生徒もいるとか。
そしてのんびりとした口調で、どこか楽しげに私を非難したのは、生徒会書記。
ノア=ヴェリタス=フレイシャー。
彼はフレイシャー伯爵の次男で、将来はこの国の教会の司教となることが決まっており、今は学園に通うかたわら、国教である女神の盾聖教会で修行を積んでいる。
ともすれば幼い子供のように見える可愛らしい童顔と、間延びした語り口。
光に透ける白橡の髪。
この私を含めた生徒会5人衆の中で唯一2年生である彼は、
最高学年の3年生女子の中でもトップクラスの人気を誇り、親衛隊なるものまで存在するらしい。
物腰柔らかい姿からは想像しにくいが、意外と毒舌家でもあるので、その女生徒達はみな、ノアの外見に騙されているのではないかと私は睨んでいる。
「おもしろい方ですのね、エレノアさまは」
クスリ、と優雅に笑みをこぼし、砂糖菓子のように甘ったるい声をかけられて、私の背筋が凍りついた。
シャーロット=メルム。
私が先程まで見せつけられたーー最期の記憶の中に登場していた“聖女“である。
胸の奥から込み上げる吐き気を抑えて、私は曖昧に笑みを返す。
「今日はエレノアの調子が悪いようだし、また日を改めようか。
ノア、メルム嬢の転入はいつだったかな」
「1週間後ですねー。
シャーロットは教会でも屈指の光属性持ちですから、たぶん所属クラスは、殿下や副会長と同じになるんじゃないですかね~」
「ふふ、またお会いできるのをたのしみにしていますね、アルベルト殿下」
「こちらこそ。光属性は学園でもそう数がいないから、色々教えてほしいな」
にこやかに言葉を交わす2人を見て、どんどんと心が重くなるのを感じていた。
シャーロットが殿下を見る眼差しに、ほんの少しだけ、恋慕の情を感じたから。
ここからそう遠くない未来。
愛し合い、手と手を取り合った2人は私を断罪する。
今こうして私に笑いかけてくれる殿下も、友好的な態度を崩さないシャーロットも。
手のひらを返したように、私を見下ろして、侮蔑の言葉を吐きかけるのだ。
ただの夢であると。私がまどろみの中で見た白昼夢だと。
そう断じてしまうことを、この体を包む恐怖が決して許してくれない。
あれは本当にあったことで。
私はこの2人に殺され、世界はあっけなく滅ぶのだと。
私に夢を視せた誰かが言っていた。
「殿下、申し訳ありません。
気分がすぐれないので、先に帰らせていただきますわ」
「待って、エレノア。送っていくよ」
有無を言わさぬ口調で、殿下が立ち上がりかけた私の肩に手を添える。
断るのも振り払うのも面倒で、私は小さく頷いた。
嫉妬と、羨望。
シャーロットのどす黒い視線を、一瞬だけ感じながら。
今日1日くらいは許してくれ、と弱気なことを思う。
とにかく今は、色々なことを考える時間が必要だった。
ーーハッ、と。
自分が出したとは思えない大きな声に、私ーーエレノア=ノクス=ベルネットは我にかえった。
奇怪な叫びを上げて、椅子を蹴倒して立ち上がるという淑女らしからぬ私の突飛な行動を、同じテーブルについていた5人が唖然とした表情で眺めている。
和気藹々と世間話をしていた空気はどこへやら。
慌ててエレノアは頭を下げた。
「し、失礼をいたしました……」
「夢でも見ていたのかい?」
「え、ええ。そんなところですわ」
クスクス、と忍び笑いをもらすのは、この学園の生徒会長であり、全女子生徒の憧れの的。
我が王国ーーアレクシス聖王国の第1王子。
アルベルト=マグナ=クレヴィッツ。
私の婚約者。
透きとおるような金糸。目元の涼しげな蒼。
そして太陽のようにまぶしい笑顔。
成績優秀、容姿端麗、おまけに心優しく分け隔てなく、どんな身分の生徒にも気さくに接するとなれば、男女問わず人気はうなぎのぼりである。
「副会長、お疲れなのではありませんか?
あとで疲労回復に効く茶葉をお渡ししますね」
「ありがとう、ユリウス様」
ユリウス=ドレスナー。
この貴族生徒が9割通う学園において、彼は異色の庶民生徒である。
王国随一の薬屋の1人息子で、長年薬屋に世話になっているという、学園長の意向でこの学園に入学した。
神秘的なアリスブルーの長髪。
慈愛に満ちた菫色の瞳。
受ける印象に違わず、心優しく穏やかな性質をしている。
生徒会会計を務める彼は、いつだって他者を思いやり、場の空気に敏感である。
「ふん、居眠りなんてたるんでる証拠だ。
アルベルト殿下もユリウスも、あまりコイツを甘やかさないほうがいい」
「そうだよー。
せっかくボクが、今度教会から転入する、将来有望株を紹介しようとおもって連れてきたのに~」
私を顎でさして、不快げにため息を吐いたのは、生徒会長補佐ーーという名の小間使い。
テオドール=ルプス=アーデンブルク。
アルベルト殿下の護衛で、その勇猛な振る舞い(私に言わせれば粗野なだけなのだが)から、“赤狼“の二つ名がついている。
私の幼馴染であるが、昔からどうもソリが合わず、あまり仲は良くない。
王国一の武勇を誇る騎士団長、アーデンブルク侯爵の血を受け継ぎ、
ひとつにくくった、夕陽のように真っ赤な髪をなびかせて戦う姿は、女生徒の人気も高い。
彼が出る剣術の授業では、2階や3階の窓から立ち見をしている生徒もいるとか。
そしてのんびりとした口調で、どこか楽しげに私を非難したのは、生徒会書記。
ノア=ヴェリタス=フレイシャー。
彼はフレイシャー伯爵の次男で、将来はこの国の教会の司教となることが決まっており、今は学園に通うかたわら、国教である女神の盾聖教会で修行を積んでいる。
ともすれば幼い子供のように見える可愛らしい童顔と、間延びした語り口。
光に透ける白橡の髪。
この私を含めた生徒会5人衆の中で唯一2年生である彼は、
最高学年の3年生女子の中でもトップクラスの人気を誇り、親衛隊なるものまで存在するらしい。
物腰柔らかい姿からは想像しにくいが、意外と毒舌家でもあるので、その女生徒達はみな、ノアの外見に騙されているのではないかと私は睨んでいる。
「おもしろい方ですのね、エレノアさまは」
クスリ、と優雅に笑みをこぼし、砂糖菓子のように甘ったるい声をかけられて、私の背筋が凍りついた。
シャーロット=メルム。
私が先程まで見せつけられたーー最期の記憶の中に登場していた“聖女“である。
胸の奥から込み上げる吐き気を抑えて、私は曖昧に笑みを返す。
「今日はエレノアの調子が悪いようだし、また日を改めようか。
ノア、メルム嬢の転入はいつだったかな」
「1週間後ですねー。
シャーロットは教会でも屈指の光属性持ちですから、たぶん所属クラスは、殿下や副会長と同じになるんじゃないですかね~」
「ふふ、またお会いできるのをたのしみにしていますね、アルベルト殿下」
「こちらこそ。光属性は学園でもそう数がいないから、色々教えてほしいな」
にこやかに言葉を交わす2人を見て、どんどんと心が重くなるのを感じていた。
シャーロットが殿下を見る眼差しに、ほんの少しだけ、恋慕の情を感じたから。
ここからそう遠くない未来。
愛し合い、手と手を取り合った2人は私を断罪する。
今こうして私に笑いかけてくれる殿下も、友好的な態度を崩さないシャーロットも。
手のひらを返したように、私を見下ろして、侮蔑の言葉を吐きかけるのだ。
ただの夢であると。私がまどろみの中で見た白昼夢だと。
そう断じてしまうことを、この体を包む恐怖が決して許してくれない。
あれは本当にあったことで。
私はこの2人に殺され、世界はあっけなく滅ぶのだと。
私に夢を視せた誰かが言っていた。
「殿下、申し訳ありません。
気分がすぐれないので、先に帰らせていただきますわ」
「待って、エレノア。送っていくよ」
有無を言わさぬ口調で、殿下が立ち上がりかけた私の肩に手を添える。
断るのも振り払うのも面倒で、私は小さく頷いた。
嫉妬と、羨望。
シャーロットのどす黒い視線を、一瞬だけ感じながら。
今日1日くらいは許してくれ、と弱気なことを思う。
とにかく今は、色々なことを考える時間が必要だった。
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