毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第469話 融合

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 ガンッ!
 網状の菌糸の真上に、砒素が飛び乗る。
 そして、庭園で暴れる鯨の傀儡を眺めているコーラルへ、ガトリングの銃口を向けた。

「余所見をするとは、余裕じゃのう」

 ドカッ! ドパパパパパッ!!
 直後、引き金が引かれ、銃弾が一点に集中砲火される。
 至近距離から撃ち込んだ事により、毒素は瞬く間に網状の菌糸へ侵蝕。オレンジがかった薄桃色を赤黒く染め、死滅させ、穴を空ける。
 その穴を通り、砒素の銃弾がコーラルの頭部に直撃し――蜂の巣にした。

(……っ! 手応えがない!?)

 がしかし、砒素はその感触に違和感を覚え顔を歪める。
 そして引き金から指を離した瞬間、コーラルの身体が陶器のように割れ、ひとりでに粉々となると同時に、網状の菌糸もまたその形を崩し崩壊。
 砒素もまた崩壊に巻き込まれ、空へ放り出された。

「砒素!」

 なす術なく落ちていきかけた砒素を、パウルがアイギスの触手を用いて救出をする。

「すまんの、パウル先生。仕留められなんだ。どこぞのタイマンで傀儡と入れ替わり、潜伏されたようじゃ」
「いいよ、砒素は頑張ってくれた」
「……。もどかしいのぅ」

 ズッ
 砒素の右目の網膜が青く染まる。中毒の初期症状だ。
 これ以上は、戦えない。
 獲物を逃した事に、パウルの憂いを払えなかった事に、ギリと、砒素は奥歯を噛み締める。

「砒素、解毒措置に入るよ。ロベルト院長……いや、コーラルの事は、その後考える」

 パウルは淡々と喋りながら、アイギスに指示を出し降下に入る。
 できる事を、やれる事を、着実に熟す。
 破裂しそうな程に激しく脈打つ鼓動の音を、聞かないふりをして。

 ◇

「酒を樽から出したら、飲まなければならない」

 眼下に広がる真っ赤な血の海で靴底を汚したミシェルが、ぽつりと呟く。
 彼を囲っていた私兵は、天使や魚の傀儡によって全員惨殺され、残るはミシェルただ一人。
 しかしミシェルは講演ホールへ戻る事も、警備兵に助けを求める事も、門の外へ出て災害現場から逃れる事もしなかった。
 恐怖によって動けない訳ではない。逡巡している訳でもない。
 ――酒を樽から出したら、飲まなければならない。それはフランスのことわざ。
 意味は、始めたからには、最後までやる遂げる。
 乗りかかった船。毒を食わば皿まで。
 彼はただ、待っているのだ。自分がこの場に来た目的を果たす為に。
 決して、投げ出す事をせずに。

 ふと、菌床を泳いでいた内の一匹の魚が、ミシェルへ急接近してきた。
 ミシェルの一歩手前まで滑るようにやってきたそれは、ぼこぼこと泡を立てるように隆起し、段々と人の形を成していく。

「あぁ、いいタイミングだ」

 そうして現れた、コーラル。
 ミシェルを視認した彼は目を細め、にたりと口角を上げた。

「おや、逃げないのかい?」
「退路など、とうの昔に断っているだろう?」
「わかっていたんだね。流石は予言者だ」

 ここは人目がつかない、講演ホールの陰。周囲に私兵はいない。感染者もいない。警備兵もクスシもウミヘビも、同じく。
 皆、外にいる者は皆、鯨の対処に追われ、ミシェルが一人でいる事に気付いてさえいない。
 そもそも外にいる者達は、ミシェルが私兵によって外に連れ出された事を把握していない為、当たり前なのだが。
 つまり、が、済んだ。
 ミシェルは自らの意思でこの場に留まっているものの、ここ以外のどこかへ逃れようとした所で、傀儡に阻まれていた事だろう。
 コーラルは、この瞬間の為に学会へ訪れたのだから。

「ミシェル会長。君はどこにいても目立つから、注意を逸らしたかったんだよ。手段は何でもよかったのだけれど、ガーネットがを始めたのを見て、便乗させて貰ったんだ」

 予言者として会長として、ミシェルはただでさえ注目が集まりがちである。それに加え、黒衣にステッキにペストマスク。佇まいに所作に言葉遣い。彼はどこを切り取っても圧倒的な存在感を放つ。
 例え名前や肩書きを知らなくとも、ただすれ違った赤の他人でさえ、視界に入れば注視し、時には足を止めてしまう事だろう。
 しかしそれでは駄目なのだ。
 人知れず、御使いの目さえ含め、何もかも届かない場所でなければ。

所を、見られたくないからね」

 ――ロベルトが、ミシェルと接触する機会は限られる。
 まず暮らしている国が違う。次に役職が違う。院長と会長とでは共通点が減り、接点も減る。
 またロベルトは医師としてミシェルと交流する事はあれど、友人のように親しくはない。
 学会ぐらいでしか、直接会う事はない。
 その学会も、ミシェルは会長就任以降、滅多に顔を出さなかった。聞いた話になるが、感染病棟に足を運ぶ事もなくなり、WHOフランス支部の研究所に篭りがちだったという。
 だが、ミシェルは此度の特殊学会への参加を表明した。
 またとない機会に、は胸を躍らせたものだ。

 硫黄に付けられた、頬の忌々しい黄色い炎マーキング
 それを消し去るには、身体を丸ごと変える他ない。
 そんな離れ業、御使いでも出来ない該当だ。しかし教祖コーラルには術がある。
 他者と融合し、乗っ取る術が。

「元々ね。ずっと、ずぅっと欲しかったんだ。君の頭脳も、四肢も、名声も、地位も、人脈も、ぜぇんぶ」

 どろり。
 コーラルの身体が泥のように溶け、波打ち、表面積を広げた。
 そのまま海の人形コーラルは、身体と見定めたミシェルへ覆い被さろうとした――!

 ――ズンッ!
 湿った空気を裂き、鈍く重い音が鳴る。
 ミシェルの眼前で振り上げられたメイスが、円を描いて振り抜かれ、泥のように波打つコーラルの頭部へ打ち込まれた。

「ワオ! 賭けには僕が勝ってしまったようだね!」

 弾んだ声が響く。
 白髪が揺れ、『甘いマスク』と形容するのが似合う美貌を備えたウミヘビ、トルエンが、メイス型の抽射器をコーラルに喰らわせたのだ。
 認識阻害装置である面頬で、その甘いマスクを覆って。
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