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第二十二章 コーラル〜海の人形〜
第468話 鯨
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ブリーチングの如く跳ね上がった鯨が、重たげに弧を描き、ばしゃり、と地に叩きつけられた。
下敷きになった感染者と警備兵の血肉が、波紋のように広がる。動きを停止した頭のない天使も巻き込まれて、ハンマーを叩き付けられた石像のように砕けた。
そこに魚が群がってくる。
散らばった肉片も、菌糸の破片も、関係なく噛み付いていく。ピラニアのように貪欲な、魚の形をした傀儡。
唯一、ウミヘビからは避け、近付いてこようものならば逃げていく。
それらは、あくまで“食事”をしていた。
がしかし、鯨は、食事をしていない。
ばしゃん
菌床を海面に見立て、再び鯨がブリーチングの如く跳ね上がる。着地予想地点は、庭園の中央。冷却投下通路が設けられた噴水。
その近くには、右半身を凍結させたままのジエチルエーテルとアンモニアがいる。
「わ、わ、わ、わ! ジ、ジ、ジエチルエーテル! 逃げ……っ!」
「俺は動けぬぇ。さっさと行け、アンモニア」
「そ、そ、そんなっ!」
ジエチルエーテルの身体は未だ、右手足を再生させていない。それに加え、身体を覆わせている氷が地面の氷とも引っ付いていて、身動きが取れない。
そして氷を砕いている時間は、ない。
太陽光が鯨に遮られる。大きな影がかかる。あの質量に押し潰されてしまえば、頑丈なウミヘビの身体でも流石に壊されてしまう。そうなれば再生は叶わない。
死あるのみ。
しかし迫り来る鯨を止める術を持たないアンモニアは、どうにかジエチルエーテルを運ぼうと分銅鎖型抽射器で氷を削る。ジエチルエーテル本人は傷付けないよう、慎重に。
「アンモニア、諦めろ。巻き込まれるぞ」
「や、や、やだ……!」
淡々と退避を促すジエチルエーテルの言葉を拒否し、アンモニアはボロボロと涙をこぼす。
アンモニアとて壊れるの嫌だ。しかし目の前で仲間を失うのは、もっと嫌だった。
しかしその時は刻一刻と迫ってきていて――
鯨が、落ちてくる。圧倒的な質量が、重力に従って、無機質に。
青い血の海を作る為に。
「八極拳」
その時、
「双撑掌!」
硫黄の声がアンモニアの鼓膜を揺らした。
いつの間にか自分達の前に立っていた硫黄が、鯨の背に拳底を叩き付けたのだ。
凍える地面が鳴り、着地寸前の鯨が僅かに押し戻される。その光景に唖然としていると、
「鈍臭いんだよ、ウスノロ!」
クロールの怒声と共に、鎖が飛んで来る。それはジエチルエーテルの氷を身体ごと引き裂き、巻き付き、ぐんと引っ張る。
そしてクロールの元へ一気に引き寄せた。ジエチルエーテルの青い血が、引きずられた跡に転々と残る。その事にアンモニアが戸惑っていたものの、
「アンモニア、こっちこっち! 急げ!」
「は、は、はいっ!」
クロールの側にいたフリーデンに呼ばれ、直ぐに駆け出した。
アンモニアが鯨の下から離脱したのを確認した後、硫黄もまた地を蹴り上げ、その場から離れる。
直後、鯨が再びどしんとその巨体を地面へ叩き付け、
――ドゥンッ!
その衝撃から、ジエチルエーテルの青い血が爆発。衝撃から鯨が再び浮き上がる。だが菌糸で分厚く覆われたそれは、爆発を直撃しようともさしたダメージを負う事はなかった。
「クロール、アンモニア、俺が寝ていた間に何があったんだ!?」
「わ、わ、わかりません……!」
「すみませんが俺も……っ! いきなり鯨が現れたんです!」
つい先程、目が覚めたばかりのフリーデンは、飛び跳ねる鯨に菌床を這い回る魚にと、訳の分からない状況に混乱するばかりである。
「えーっと、えーっと! とりあえずジエチルエーテルの再生だ! アンモニア、周囲に氷作ってなるべく気温下げてくれ! そしたら氷引っ剥がす! 青い血が飛散したらアイギスに回収させるから!」
「わ、わ、わかりました……!」
「おぉ、やっと治せるか」
フリーデンはアイギスをジエチルエーテルの真上に浮遊させ、彼の周囲を氷付けにし気温を下げ、青い血による爆発の危険性を極力下げた上で、彼の右手足の再生作業に取り掛かった。
ぶちりと、肉が氷ごと切断されていく。
しかし再生を促している間にも鯨は動き続ける。菌床を這う魚を蹴散らし水飛沫のように跳ねさせ、高く高く、ブリーチングを――を、
「あぁ、やだやだ! オーバーワーク、だっ!」
しようとした所、ぐんと引き留められた。
跳躍寸前の鯨の胴体に、釣り竿の針のように食い込んでいたのは、青く光る刃。
パラコートの大鎌、その延長に伸ばされた毒素の刃である。
「重ぉ……!」
とは言え、実物の鯨と同じ巨体を持つ傀儡を、『珊瑚』の塊をパラコート一人で止める事はできず、鯨が跳ねようとする度に身体が持っていかれそうになってしまう。
腕は震えを通り越して痙攣しかけ、柄を支える両腕の関節がミシミシと軋む。
質量の、暴力。
「頑張ってパラコート! ジクワットも手伝うんだか、らっ!」
「ありがと、ジクワット。でも、キッツ……! しかも何か、毒効いてないし……っ!」
パラコートの補助として、ジクワットもまた大鎌の柄を握り締め、自身の毒素を化合する事により鯨を押さえ付ける力を乗算させた。
それでも、長くは保たない。
「燐! アニリン! 撃て!!」
パァンッ!
動きを停止させている隙に、ユストゥスの命によって燐とアニリンの銃型抽射器が発砲される。
それは鯨の腹部へ着弾し、破裂音を響かせた。
が、穴が空くどころか凹みも亀裂も見られない。パラコートと同じく、毒素も銃撃も効果が薄いようだ。
「何だあの耐久性は……! やはり、本体を片すしかないのか!?」
アイギスの上で、ユストゥスは困惑する。今の戦力では手の打ちようがない。ここは鯨を操っているだろうステージ6を直接、と視線をパウルの方へ向けようとした時、
「ユストゥス。おおい、ユストゥス」
下から自身を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は、アイギスの下でブンブンと手を振り自己主張をする、硫黄であった。
「何だ!? 要件は簡潔に……!」
「鯨を壊したくてな。協力してくれ」
「何……!? 算段があるのか!?」
「あるとも」
硫黄はあっけらかんと言うと、銃を構えていた燐の手を下ろさせ、ひょいと、燐を小脇に抱えた。
「……うん? 硫黄の旦那?」
「しかしワタシ一人ではできない。力を貸してくれないか?」
下敷きになった感染者と警備兵の血肉が、波紋のように広がる。動きを停止した頭のない天使も巻き込まれて、ハンマーを叩き付けられた石像のように砕けた。
そこに魚が群がってくる。
散らばった肉片も、菌糸の破片も、関係なく噛み付いていく。ピラニアのように貪欲な、魚の形をした傀儡。
唯一、ウミヘビからは避け、近付いてこようものならば逃げていく。
それらは、あくまで“食事”をしていた。
がしかし、鯨は、食事をしていない。
ばしゃん
菌床を海面に見立て、再び鯨がブリーチングの如く跳ね上がる。着地予想地点は、庭園の中央。冷却投下通路が設けられた噴水。
その近くには、右半身を凍結させたままのジエチルエーテルとアンモニアがいる。
「わ、わ、わ、わ! ジ、ジ、ジエチルエーテル! 逃げ……っ!」
「俺は動けぬぇ。さっさと行け、アンモニア」
「そ、そ、そんなっ!」
ジエチルエーテルの身体は未だ、右手足を再生させていない。それに加え、身体を覆わせている氷が地面の氷とも引っ付いていて、身動きが取れない。
そして氷を砕いている時間は、ない。
太陽光が鯨に遮られる。大きな影がかかる。あの質量に押し潰されてしまえば、頑丈なウミヘビの身体でも流石に壊されてしまう。そうなれば再生は叶わない。
死あるのみ。
しかし迫り来る鯨を止める術を持たないアンモニアは、どうにかジエチルエーテルを運ぼうと分銅鎖型抽射器で氷を削る。ジエチルエーテル本人は傷付けないよう、慎重に。
「アンモニア、諦めろ。巻き込まれるぞ」
「や、や、やだ……!」
淡々と退避を促すジエチルエーテルの言葉を拒否し、アンモニアはボロボロと涙をこぼす。
アンモニアとて壊れるの嫌だ。しかし目の前で仲間を失うのは、もっと嫌だった。
しかしその時は刻一刻と迫ってきていて――
鯨が、落ちてくる。圧倒的な質量が、重力に従って、無機質に。
青い血の海を作る為に。
「八極拳」
その時、
「双撑掌!」
硫黄の声がアンモニアの鼓膜を揺らした。
いつの間にか自分達の前に立っていた硫黄が、鯨の背に拳底を叩き付けたのだ。
凍える地面が鳴り、着地寸前の鯨が僅かに押し戻される。その光景に唖然としていると、
「鈍臭いんだよ、ウスノロ!」
クロールの怒声と共に、鎖が飛んで来る。それはジエチルエーテルの氷を身体ごと引き裂き、巻き付き、ぐんと引っ張る。
そしてクロールの元へ一気に引き寄せた。ジエチルエーテルの青い血が、引きずられた跡に転々と残る。その事にアンモニアが戸惑っていたものの、
「アンモニア、こっちこっち! 急げ!」
「は、は、はいっ!」
クロールの側にいたフリーデンに呼ばれ、直ぐに駆け出した。
アンモニアが鯨の下から離脱したのを確認した後、硫黄もまた地を蹴り上げ、その場から離れる。
直後、鯨が再びどしんとその巨体を地面へ叩き付け、
――ドゥンッ!
その衝撃から、ジエチルエーテルの青い血が爆発。衝撃から鯨が再び浮き上がる。だが菌糸で分厚く覆われたそれは、爆発を直撃しようともさしたダメージを負う事はなかった。
「クロール、アンモニア、俺が寝ていた間に何があったんだ!?」
「わ、わ、わかりません……!」
「すみませんが俺も……っ! いきなり鯨が現れたんです!」
つい先程、目が覚めたばかりのフリーデンは、飛び跳ねる鯨に菌床を這い回る魚にと、訳の分からない状況に混乱するばかりである。
「えーっと、えーっと! とりあえずジエチルエーテルの再生だ! アンモニア、周囲に氷作ってなるべく気温下げてくれ! そしたら氷引っ剥がす! 青い血が飛散したらアイギスに回収させるから!」
「わ、わ、わかりました……!」
「おぉ、やっと治せるか」
フリーデンはアイギスをジエチルエーテルの真上に浮遊させ、彼の周囲を氷付けにし気温を下げ、青い血による爆発の危険性を極力下げた上で、彼の右手足の再生作業に取り掛かった。
ぶちりと、肉が氷ごと切断されていく。
しかし再生を促している間にも鯨は動き続ける。菌床を這う魚を蹴散らし水飛沫のように跳ねさせ、高く高く、ブリーチングを――を、
「あぁ、やだやだ! オーバーワーク、だっ!」
しようとした所、ぐんと引き留められた。
跳躍寸前の鯨の胴体に、釣り竿の針のように食い込んでいたのは、青く光る刃。
パラコートの大鎌、その延長に伸ばされた毒素の刃である。
「重ぉ……!」
とは言え、実物の鯨と同じ巨体を持つ傀儡を、『珊瑚』の塊をパラコート一人で止める事はできず、鯨が跳ねようとする度に身体が持っていかれそうになってしまう。
腕は震えを通り越して痙攣しかけ、柄を支える両腕の関節がミシミシと軋む。
質量の、暴力。
「頑張ってパラコート! ジクワットも手伝うんだか、らっ!」
「ありがと、ジクワット。でも、キッツ……! しかも何か、毒効いてないし……っ!」
パラコートの補助として、ジクワットもまた大鎌の柄を握り締め、自身の毒素を化合する事により鯨を押さえ付ける力を乗算させた。
それでも、長くは保たない。
「燐! アニリン! 撃て!!」
パァンッ!
動きを停止させている隙に、ユストゥスの命によって燐とアニリンの銃型抽射器が発砲される。
それは鯨の腹部へ着弾し、破裂音を響かせた。
が、穴が空くどころか凹みも亀裂も見られない。パラコートと同じく、毒素も銃撃も効果が薄いようだ。
「何だあの耐久性は……! やはり、本体を片すしかないのか!?」
アイギスの上で、ユストゥスは困惑する。今の戦力では手の打ちようがない。ここは鯨を操っているだろうステージ6を直接、と視線をパウルの方へ向けようとした時、
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下から自身を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は、アイギスの下でブンブンと手を振り自己主張をする、硫黄であった。
「何だ!? 要件は簡潔に……!」
「鯨を壊したくてな。協力してくれ」
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