毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
62 / 600
第四章 一時帰宅編

第61話 《アトロピン(C17H23NO3)》

しおりを挟む
「君はフリーデンと、親しいのか?」

 ゆっくりと立ち上がり、初めて顔を向けてくるクスシ。彼はフリーデンに関心があるようだ。

「はい。私は彼にここまで連れて来て貰いましたし、その後も何かと手をかけて頂いております。そして昨日、友人関係を結んてくれました」
「……そうか。彼は、息災か?」
「えぇ」
「そうか、そうか……」

 迷いなく答えたモーズに対して、和装のクスシは感慨深そうにうつむいている。

「あの、気になるなら直接お会いすればよいのでは……? フリーデンはラボにいるのですし」
「……」

 モーズの提案に答える事なく、フリーデンの事を聞くだけ聞いたクスシは踵を返すと、何処かに向かって歩き始める。

「えっ。せ、せめて名前を教えて頂けないでしょうか!?」

 モーズがどうにか引き留めようとしても、クスシはまるで聞いていない。しかし出勤時間が迫るモーズに追い掛けて問い詰める時間はない。
 諦めて植物園を後にするか、と考えたその時、和装のクスシと入れ違いに一人のウミヘビがモーズの元に現れた。

 絹糸のように艶やかで真っ白い長髪を三つ編みに結い、赤みがかった紫色の虹彩と広い瞳孔が特徴的のウミヘビ。
 他のウミヘビの例に漏れず彼の容姿も美しく、その中性的な美貌は毒素と言うよりも白百合の花が人の姿を取ったかのようだ。
 そしてモーズはこのウミヘビと既に出会っている。彼は昨日、医務室でニコチンの処置をした医療班であり、モーズの傷の手当てもしてくれた。

「先生のご無礼、どうかご容赦ください。モーズ殿」

 彼はモーズに深々と頭を下げ、和装のクスシの代わりに謝罪をする。

「いや、君が謝る事ではない。それに私は寡黙な方や人見知りの相手も慣れている」

 モーズはそれなりの年月を医者として生きていたのだ、対話を拒否してくる患者の対応をこなした事も一度や二度ではない。
 それで一々しょげていては医者など務まらない。

「いいえ、先生の無礼はわたくしの無礼も同じ事。非礼は詫びなければ」
「謝罪よりも彼の名を教えて欲しいのだが……。あとその、君の名前も」
「わかりました。先生の名は、『青洲せいしゅう』。極東の島国より参られたお方です」

 和装のクスシの名は『青洲せいしゅう』。
 モーズの予想通り、狐面のクスシはここより遥か東に浮かぶ島国、日本よりやって来た日本人のようだ。

「そしてわたくしは《アトロピン(C17H23NO3)》。ネグラにて医療に従事しております」

 《アトロピン(C17H23NO3)》。毒性は弱く、解毒薬の原料になる毒素。
 そしてナス科の植物、例えばハシリドコロやベラドンナに含まれる。彼は白百合ではなく、幻覚作用のあるナス科の美しい花ダチュラ(別名エンジェルストランペット)と例えた方が正しかったようだ。

「アトロピン、昨日は手当てをして頂き感謝する。挨拶や礼を言えないままで、すまなかった」
「わたくしはお役目を果たしただけ。礼も謝罪も必要ありません」
「そうか。……それから、ニコチンの容態を訊いても?」
「安定しております、ご心配なく。仮に急変する事態が起ころうとも、わたくしが、治します」

 胸元に手を当てて、アトロピンは断言をする。

「必ず」

 常に開いた瞳孔と下がった目尻から眠たげな印象を受ける彼だが、その声は力強く、固い意志を感じられた。

「心強いな。どうか、彼の事をよろしく頼む」

 ◇

「ええっ!? 青洲さんと会って、しかも話したのかい!? 凄い体験をしたねぇ、モーズくん」
「会話という会話は殆んどしていないのだが、それほど驚く事なのだろうか?」

 植物園を後にし、共同研究室に出勤したモーズがフリッツに青洲の事を話してみると、とても驚愕された。

「すげぇな。俺、あの人の声最後に聞いたの四ヶ月前だぞ」
「よ、四ヶ月……。そうだ、彼はフリーデンの様子を気にしていたぞ」
「俺のこと訊いてきたんだ? 相変わらず義理堅い人だなぁ」

 同じく共同研究に出勤していたフリーデンはそう言いながら寄生菌『珊瑚』を培養したシャーレに試薬を垂らし、経過観察をしている。

「俺をラボに推薦してくれたの青洲さんなんだよ。無口で秘密主義なお方だけど、そういう所はしっかりしてんなぁ」
「あぁ、前にフリッツが話していた秘密主義とはあの人の事なのか。フリーデンは会わなくてよいのか?」
「会おうにもあのだだっ広い植物園に神出鬼没に現れるお方だからさ、見付けられないんだよ。ゲームでいうレアモンスターだよなぁ。一発で会えたモーズはめっちゃラッキーというか、幸運が訪れそう」
「そんな蝉の鳴き声(※フランスの幸運の象徴)を聞いたかのような……」

 青洲と話せなかった事を気にしていたモーズだったが、そもそも邂逅しただけでも非常に運がよかったらしい。

「ふん。つまるところ、協調性のない男という事だ。ラボには居ない者と考えた方がいい」

 共同研究室の隅に立つユストゥスが試験管のくるくる回し中身をかき混ぜ、薬を調合しながら言う。

「青洲さんは『秘密主義』って僕が言った通り、研究内容を教えてくれなくてね。フリーデンくんと同じく珊瑚症の進行抑制剤または緩和剤の製薬に力を入れているのは知っているのだけれど、論文で公表するまで何も話してくれないんだ」
「そうなのか。ついでと言っては何だが、ユストゥスの研究テーマも訊いても?」
「彼の研究は『珊瑚』を確実に滅菌する薬の製薬」
「うん、予想通りだな」
「それはどう言う意味だ、モーズ」

 ユストゥスが寄生菌に対しやたらと殺意が高いのは昨日の遠征の際に既に感じていた事で、特別意外には思わなかった。
 そしてモーズとの共同研究『ステージ5感染者の保護』に取り組むフリッツはと言うと、研修もかねてモーズをとある設備の前まで案内をしてくれた。
 それはカーテンに囲われて隠されていた、筒状の、緑色の液体で満たされた培養槽。
 人一人分入るサイズの培養槽は、実際に人間が入っていた。しかも老若男女、一通り揃っている。

「フリッツ、これは……」
「凄いだろう? この子達は一分の一スケールのサンプル。臨床試験用の、魂のない肉塊。人工人間。所謂人造人間ホムンクルスの【器】だよ」


 ▼△▼

補足
アトロピン(C17H23NO3)
医薬品としては硫酸アトロピンとして用いられる。
ナス科の植物に含まれている身近な毒。
「美しい女性」を意味するベラドンナから抽出し、美しく見られる為にわざと瞳孔を開く散瞳点眼薬として使われていた事もある。

毒性は弱いといっても他と比べて、なだけなのでアトロピンで人を毒殺する事は可能。幻覚剤としての危険性も高い。場合によっては失明もする。
日本で世界初の全身麻酔を成功させた医者も、麻酔の主成分であったアトロピンの添加量の調整に腐心したと言われている。
ニコチン、黄燐、サリンなど多くの毒の解毒薬になるのも特徴。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

処理中です...