毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第四章 一時帰宅編

第66話 会食

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 朝日が昇って少し経って、カフェが開く時間帯になった頃。モーズは完全個室で食事が出来る喫茶店を訪れて、ルチルと向き合う形でテーブル席に座っていた。
 モーズは指名手配を受けているとはいえ、常にフェイスマスクで顔は隠れているし、今使用しているマスクは感染病棟勤務時に使っていたデザインと異なる。だからか誰にも気付かれず、あっさりと入店できてしまった。
 ちなみにモーズの隣には、露骨に不機嫌な顔をしたセレンが座っている。

「モーズ先生は何を頼みますか?」
「……紅茶とキッシュを」
「いいですね。ワタクシも同じ物を頼みましょう」
「先生っ! 私っ、私も同じ物が食べたいですっ!」
「セレン、無理に右ならえをしなくていいんだぞ?」

 開店して直ぐ入店したので他の客が少なく、注文したメニューは直ぐにテーブルの上に並んだ。
 ベーコンを卵で包んだ上にほうれん草が乗る出来たてのキッシュと、湯気の立つ紅茶を前にして、モーズはようやくフェイスマスクを取る。

「それで。本題は何だ、ルチル医師」
「本題、と申しましても。ワタクシはモーズ先生と食事を摂りたかっただけなので、目的は達成してしまったといいますか」
「これだけの為に手間暇をかけたのか?」

 いつ来るかもわからないモーズの連絡を待ちつつ大家を懐柔して、警察を言い包めて写真を取ってきた。
 しかも今はモーズと一緒に居る所を見られたら、共犯者としてまとめて捕えられてもおかしくないというのに、ルチルの行動には躊躇がない。

「モーズ先生は病棟ではずっとお一人で食事を摂っていたでしょう? なのでこうして共に食事をして、ゆっくり語らうのが夢だったといいますか」
「わからないな。罹患している事を打ち明けるか、マスクをしたままでも飲める茶ぐらいならば当時も共に出来た」
「ワタクシは顔を見てお話をしたかったのです」

 言いながら、ルチルは優雅に紅茶を嗜む。

「ではルチルさんより先に先生と食事をしたのは私ですね? ふふん、勝ちました」
「君は何を競っているんだ?」
「それよりモーズ先生こそ、ペガサス教団の事について訊かなくてよいのですか? オニキスの事とか」

 ピクリと、フォークを持つモーズの右手が強張る。

「……訊いたら答えてくれるのか?」
「ワタクシが知っている範囲で、になりますが」
「……」

 訊いた所でルチルが真実を話してくれるかはわからない。判別が付かない。
 警察に対して存在しないモーズとの思い出を語った時のように、全て嘘で塗り固めてくる可能性は充分ある。それを承知の上で、モーズは口を開いた。

「では、幾つか質問を」
「先生、彼はテロ組織の一員ですよ? 訊くだけ無駄では?」
「そうなのだが、今は少しでも情報が欲しい。それにルチル医師は、いつか私を教団にスカウトしたいのだろう?」
「えぇ。今すぐでもよいですが」

 じ、と。
 モーズの緑色の瞳が、ルチルを射抜くように睨み付ける。

「ルチル医師は、私を最初に勧誘した際にフランチェスコの名を出さなかった。彼を知る信徒がいる、彼自身が教団に所属している、着いてくれば会える……。など、幾らでも私を唆せた筈だ。しかし、しなかった」

 モーズは感染病棟に勤めていたルチル含む職員に、フランチェスコを探している事をとっくの昔に伝えている。
 形振り構わずスカウトをするなら彼の名を利用する手もあったのに、ルチルはそれをしなかった。

「現時点で貴方は私に不誠実な言葉を投げかけない、と考えている。だから訊ねる」
「評価して頂き嬉しいですね」
「勿論、今後の言動次第でその認識は幾らでも変わる。私をスカウトしたければ最低限、失望させないでくれよ?」
「それはご安心を。ワタクシはバレる嘘は吐きませんよ。演技も下手ですし」

 大家と警察をやり込んだ後だというのに、白々しく言うルチル。

「では改めて。ペガサス教団は《変異体》を把握しているか?」
「はい。現在、世間で把握されている珊瑚症のステージが更に進行した状態ですね。一部の信徒がなっているのを見かけました」
「具体的には? どのような経緯でそうなったのを見た?」
「ステージが進んだ信徒は人里離れた土地に住居を構えて籠る事が多く、ステージ5となれば教団の礼拝にも現れず、俗世と離れた生活を送るようになる。……けれど、ステージ5を迎えた後なのに、礼拝に顔を出す信徒が現れた」

 モーズが聴きたかった話だ。故に何も言わず、傾聴を続ける。

「その方は表皮に菌糸を纏う事なく、普通の人と変わらない、健康体そのものでした。ご厚意で少し服の下を診せて貰えたのですが、モーズ先生の頬やワタクシの腕にあるような赤い変色もない。硬化もない」
「待ってくれ。ステージ5を経て一定期間を過ぎれば珊瑚症は治ると、貴方はそう言うのか!?」
「それはきっと、違う。先程ワタクシは、モーズ先生の言う《変異体》に同意をしたでしょう?」

 珊瑚症が治ったのではなく、あくまでステージが更に進んだ状態だと、ルチルは淡々と話す。

「彼らは一様に『珊瑚サマ』の声が聞こえるようなったと話しておりました。信仰対象ですから昔から啓示を受けたと謳う者はおりましたが、夢や幻聴のような曖昧な受け答えではなく、はっきり聞こえたと」

 ざくり。
 ルチルはキッシュをナイフで真っ二つに切った。

「信徒の話を個別に聞いても、聞こえたという声の内容に矛盾はない。ワタクシは進行が進んだ事により、菌糸のネットワークに接続出来るようになったのでは、と読んでおります」
「ネットワーク、か。しかしルチル医師よ、その話が本当ならば感染者を正気を戻す方法を見付けたも同然。直ぐに世間に公表すればステージ5になった感染者の対応も変わってくる。何故それをしない?」
「これはここ数ヶ月で見かけるようになった現象で、ワタクシも詳細がわかりません。信徒の皆さんの頭蓋骨を開く訳にもいきませんし」

 そのままルチルは二つに切ったキッシュの間からベーコンだけをフォークに刺して、口に運ぶ。

「何よりステージが5より先に進むのは、極々少数。恐らく宝くじが当たるかどうかな確率。それを示したとて、ステージ5感染者の保護には繋がらないでしょう。デメリットが上回ってしまっている」

 感染者の生物災害バイオハザードの脅威がもっと低ければ通った主張かもしれないが、被害の深刻さを考えると無理だと、ルチルは冷静に判断しているようだ。

「そもそも全身にあれだけ張り巡っていた菌糸が一体どこにいったのか、不思議ではありませんか? ……一皮向けば骨も内臓もなく、菌糸だけが詰まっている肉袋。かもしれませんよ? 『珊瑚』を信仰するワタクシとしては、わくわくしますがね」
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