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第八章 特殊学会編
第137話 《ホルムアルデヒド(CH2O)》
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ステージ6。
珊瑚症の最終進行度と目されていたステージ5より、更に進行した状態。ここまで症状が進むと見た目は健常者と変わらず、知性もまた健常者と等しい。加えて毒耐性の強化、肉体の負傷時にも行動が抑制されず、菌床の菌糸や他の感染者を操作することも可能、珊瑚症の進行度も進められる。
――生物災害の域を超えた、天災的人災。
尤もこれらは全て、憶測。
ドイツ東部で接触したオニキスと、パラスで会食したルチルの証言を元に立てた、仮説にもならない憶測。
ルチルとの対話記録はないものの(なおセレンに頼めば一言一句思い出してくれる)、オニキスの姿を映した映像記録はある。しかし現時点で人権がある筈のオニキス、それも未成年の姿が映った映像は、幾らバイオテロの疑いがあろうともプライバシーに配慮し、ボカして使わなければならないだろう。
故に確固たるサンプルとして提出できるのは、ステージ6となったと見られるネフェリンが亡くなるまでの記録映像と、遺体のみ。
その遺体も損傷が激しく分析調査は困難を極める。フリッツが見付けた、ネフェリンの体内で僅かに生き残っていた『珊瑚』の真菌を一部保存、培養した物もあるが、人体への寄生時の生態とは大きく異なる。
「まずはこのステージ6に至った『珊瑚』を、人工人間へ感染させ経過を観察……。そして映像記録を編集しステージ6の可能性を纏め、提示する……。その上で健常者と感染者の見分け方を……。レントゲンでの透過は……駄目だ、『珊瑚』はレントゲンに映らない……。となればMRI検査になるが……。宿主が生きている状態でのデータがなければ照合はできない……。他の手、他の手は……」
モーズは実験台の上に置いたパソコンの前で、使える資料を画面の中で纏めつつ、ぶつぶつ喋りながら頭を整理する。
今回の研究発表でモーズが最も重視しているのは、【健常者と感染者の見分け方】だ。
災害現場で起きた映像記録で伝えられるのはペガサス教団の危険性で、これはどちらかといえば警察の分野。学会に招待される、医師を基本とする研究者達がどうこうできる問題ではない。
だが医師は仕事柄、珊瑚症患者と密接になるのが避けられない。そして真っ先に患者の異変に気付け、生物災害を阻止できるのもまた医師。
人工島アバトンでコールドスリープされている珊瑚症患者は、約1500万人。この人数分、医師達は災害を防いできたのだ。
ラボで確認できない、各国でコールドスリープされた患者も含めれば、その数は更に膨れ上がる。
安全に的確に、できれば簡単に、健常者と感染者を見分ける事ができれば、ステージ6が災害を起こす前に何らかの対策が打てるはず。
モーズは頭を悩ませ、そして1つの仮説が思い浮かび、丸椅子からガタリと音を立てて立ち上がった。
「1つ、試したい事がある。これを用いれば、見分け方を突き詰められるかもしれない。その為にも私は《資料室》に向かわなければ」
するとモーズの口から発せられた《資料室》という単語を聞いたフリッツが、心配そうに声をかけてきた。
「電子情報では検証できないのかい? ホログラムで映せば360度観察ができるのだけれど」
「あぁ。ネフェリンさんのご遺体から直接、調べなくては叶わない」
「資料室なぁ。向かうのはいいけど、モーズは『課題』クリアできたのか?」
「……いいや」
フリーデンの言葉に、モーズは静かに首を横に振る。
以前モーズはフリーデンに「資料室を当たりたい。そして珊瑚症患者の解剖記録を確認したい」と申し出た事がある。その日は遠征が入ってしまい行けずじまいだったが、後日改めて案内して貰った。
だがモーズはその資料室への入室が叶った時がない。
「しかし発表は2週間後なんだ。私は何としてでも彼から入室許可をもぎ取る……!」
何故ならば資料室には、フリーデンの言葉を借りるとすると「面倒な奴」がいるからだ。
「そっかぁ。じゃあ俺も付き添ってやるよ。力になれるかわからないけどさ」
「それは心強いな。ありがとう、フリーデン」
◇
「絶対! 入るんじゃねぇえええ!!」
フリーデンと共にモーズが訪れた、ラボの4階にある資料室。
そこに入る為の扉の前で、2人は門番の如く立ち塞がる1人のウミヘビに入室を拒否されていた。
千草色の髪と藍紫色の目を持つ美青年の姿をしたウミヘビ。彼は自身の管理者に当たるクスシに対してだろうと、断固として自分の主張を曲げる事はなかった。
「新人なんぞに俺の『作品』に触れさせてたまるかぁっ! せめて研修終えてから出直して来い!」
「研修が終わるのは入所から1ヶ月! そしてその日こそ学会当日だ! とても間に合わない!」
それでもモーズはそのウミヘビに食い下がり、どうにか中に入れて貰えるようにと頼み込む。
「どうか入室の許可を頂きたい! 《ホルムアルデヒド(CH2O)》!!」
モーズ達の前に立ち塞がるウミヘビの名は、《ホルムアルデヒド(CH2O)》。
水に溶かせば《ホルマリン(HCHO)》。資料室の中に保管された感染者の遺体や、『珊瑚』の保菌が確認された動植物。それら全てに固定処理を施し、標本としてラボに残しているウミヘビ。
そして実質、資料室の主となってしまっているウミヘビであった。
▼△▼
補足
ホルムアルデヒド(CH2O)
言わずと知れた防腐剤。ちなみにホルムアルデヒド自体は気体。
水に溶かしたホルマリンに死骸を漬ける、または注射すれば長時間の固定処理が可能。他にも殺菌剤、殺虫剤、合成樹脂など様々な用途に使われている。
生きた人体に対しては催涙性や炎症を引き起こす、日本では劇物指定の毒である。
外見について
純粋な状態では無色透明。しかし生物(の臓器)をホルマリンに漬けると酸化して緑色に変色する為、くすんだ千草色の髪をしている。
藍紫色の瞳は鑑別方法で変色する色からきている。
珊瑚症の最終進行度と目されていたステージ5より、更に進行した状態。ここまで症状が進むと見た目は健常者と変わらず、知性もまた健常者と等しい。加えて毒耐性の強化、肉体の負傷時にも行動が抑制されず、菌床の菌糸や他の感染者を操作することも可能、珊瑚症の進行度も進められる。
――生物災害の域を超えた、天災的人災。
尤もこれらは全て、憶測。
ドイツ東部で接触したオニキスと、パラスで会食したルチルの証言を元に立てた、仮説にもならない憶測。
ルチルとの対話記録はないものの(なおセレンに頼めば一言一句思い出してくれる)、オニキスの姿を映した映像記録はある。しかし現時点で人権がある筈のオニキス、それも未成年の姿が映った映像は、幾らバイオテロの疑いがあろうともプライバシーに配慮し、ボカして使わなければならないだろう。
故に確固たるサンプルとして提出できるのは、ステージ6となったと見られるネフェリンが亡くなるまでの記録映像と、遺体のみ。
その遺体も損傷が激しく分析調査は困難を極める。フリッツが見付けた、ネフェリンの体内で僅かに生き残っていた『珊瑚』の真菌を一部保存、培養した物もあるが、人体への寄生時の生態とは大きく異なる。
「まずはこのステージ6に至った『珊瑚』を、人工人間へ感染させ経過を観察……。そして映像記録を編集しステージ6の可能性を纏め、提示する……。その上で健常者と感染者の見分け方を……。レントゲンでの透過は……駄目だ、『珊瑚』はレントゲンに映らない……。となればMRI検査になるが……。宿主が生きている状態でのデータがなければ照合はできない……。他の手、他の手は……」
モーズは実験台の上に置いたパソコンの前で、使える資料を画面の中で纏めつつ、ぶつぶつ喋りながら頭を整理する。
今回の研究発表でモーズが最も重視しているのは、【健常者と感染者の見分け方】だ。
災害現場で起きた映像記録で伝えられるのはペガサス教団の危険性で、これはどちらかといえば警察の分野。学会に招待される、医師を基本とする研究者達がどうこうできる問題ではない。
だが医師は仕事柄、珊瑚症患者と密接になるのが避けられない。そして真っ先に患者の異変に気付け、生物災害を阻止できるのもまた医師。
人工島アバトンでコールドスリープされている珊瑚症患者は、約1500万人。この人数分、医師達は災害を防いできたのだ。
ラボで確認できない、各国でコールドスリープされた患者も含めれば、その数は更に膨れ上がる。
安全に的確に、できれば簡単に、健常者と感染者を見分ける事ができれば、ステージ6が災害を起こす前に何らかの対策が打てるはず。
モーズは頭を悩ませ、そして1つの仮説が思い浮かび、丸椅子からガタリと音を立てて立ち上がった。
「1つ、試したい事がある。これを用いれば、見分け方を突き詰められるかもしれない。その為にも私は《資料室》に向かわなければ」
するとモーズの口から発せられた《資料室》という単語を聞いたフリッツが、心配そうに声をかけてきた。
「電子情報では検証できないのかい? ホログラムで映せば360度観察ができるのだけれど」
「あぁ。ネフェリンさんのご遺体から直接、調べなくては叶わない」
「資料室なぁ。向かうのはいいけど、モーズは『課題』クリアできたのか?」
「……いいや」
フリーデンの言葉に、モーズは静かに首を横に振る。
以前モーズはフリーデンに「資料室を当たりたい。そして珊瑚症患者の解剖記録を確認したい」と申し出た事がある。その日は遠征が入ってしまい行けずじまいだったが、後日改めて案内して貰った。
だがモーズはその資料室への入室が叶った時がない。
「しかし発表は2週間後なんだ。私は何としてでも彼から入室許可をもぎ取る……!」
何故ならば資料室には、フリーデンの言葉を借りるとすると「面倒な奴」がいるからだ。
「そっかぁ。じゃあ俺も付き添ってやるよ。力になれるかわからないけどさ」
「それは心強いな。ありがとう、フリーデン」
◇
「絶対! 入るんじゃねぇえええ!!」
フリーデンと共にモーズが訪れた、ラボの4階にある資料室。
そこに入る為の扉の前で、2人は門番の如く立ち塞がる1人のウミヘビに入室を拒否されていた。
千草色の髪と藍紫色の目を持つ美青年の姿をしたウミヘビ。彼は自身の管理者に当たるクスシに対してだろうと、断固として自分の主張を曲げる事はなかった。
「新人なんぞに俺の『作品』に触れさせてたまるかぁっ! せめて研修終えてから出直して来い!」
「研修が終わるのは入所から1ヶ月! そしてその日こそ学会当日だ! とても間に合わない!」
それでもモーズはそのウミヘビに食い下がり、どうにか中に入れて貰えるようにと頼み込む。
「どうか入室の許可を頂きたい! 《ホルムアルデヒド(CH2O)》!!」
モーズ達の前に立ち塞がるウミヘビの名は、《ホルムアルデヒド(CH2O)》。
水に溶かせば《ホルマリン(HCHO)》。資料室の中に保管された感染者の遺体や、『珊瑚』の保菌が確認された動植物。それら全てに固定処理を施し、標本としてラボに残しているウミヘビ。
そして実質、資料室の主となってしまっているウミヘビであった。
▼△▼
補足
ホルムアルデヒド(CH2O)
言わずと知れた防腐剤。ちなみにホルムアルデヒド自体は気体。
水に溶かしたホルマリンに死骸を漬ける、または注射すれば長時間の固定処理が可能。他にも殺菌剤、殺虫剤、合成樹脂など様々な用途に使われている。
生きた人体に対しては催涙性や炎症を引き起こす、日本では劇物指定の毒である。
外見について
純粋な状態では無色透明。しかし生物(の臓器)をホルマリンに漬けると酸化して緑色に変色する為、くすんだ千草色の髪をしている。
藍紫色の瞳は鑑別方法で変色する色からきている。
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