毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十一章 キノコの国のアリス編

第213話 ショール

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 カールは一人ひょこひょこと、スキップをするように洞窟を進んでいく。

「アリの巣みたいに複雑ふっくざつぅ~。でもでもぉ、単純な写真撮影なら電波障害を受けずに記録できるのはありがったい! 地下だとどの道、電波悪いからね~自動オート機能使うの難しいからね~」

 洞窟は途中で道が分岐していて、どの道がどこへ繋がっているのかわからない。上層に続くのか下層に続くのかもわからない。カールは気持ち菌糸の侵食が強い、つまり土壁がより赤色に感じる道を選んで進んでいるが、それが正解かはわからない。
 自動人形オートマタでこの特異な菌床の撮影を挟みつつ、それでも奥へ奥へと進んでいくと、カールは少し開けた場所へ辿り着いた。ドーム状の空間ができあがった空間だ。教会のしかも開けた場所の中心には黒服を着た人間が立っている。
 手に広げた本らしき何かを持ち、それをじっと凝視している人間が。

「おおっと人影発見! 感染者かなっ? ステージ6かなっ? いざっ! す、み、ま、せ~んっ!」

 カールはその人間に迷わず声をかけた。
 声に反応し、振り返ったその人間は黒髪黒服に漆黒の目をした、成人男性。オニキスと同じように黒づくめだが、幼く丸みを覚える容姿をした彼とは異なり、男性は冷淡さを覚える吊り目の、神経質そうな顔をしていた。

「随分と、独り言が多い男だ」
「……お~とぉっ。これは、予想外」

 そしてその神経質そうな顔を、カールは知っていた。

「俺の記憶が正しければぁ、……君、?」

 ただし、死人として。

「誰と勘違いしているのか知らないが、僕は生きているぞ」

 すると男性は溜め息を吐き、不服そうに否定をする。
 彼の着る黒服の胸元にはペガサス教団のエンブレム。教団の信徒だというのは一目でわかる。問題は感染者か否か、になるが、ステージ6だった場合、見目だけでは判断がつかないのでカールは挙手をすると同時に、単刀直入に問い掛けた。

「はい! 質問です! お兄さんはステージ6ですかっ!?」
「ステージ6? 何の話だ」
「こんな所にマスクもなしに一人だけなんて異質だしぃ? 危険地帯なのにめーちゃっ落ち着いているしぃ? てか君ってば何でこんな所にいるの? 俺達は処分しに来ただけだけど~」
「『パライバトルマリン』を求める《珊瑚サマ》のお声を、聞きに」

 パタン。男性が持っていた本を……いや、本ではない。
 聖画像イコンだ。聖画像イコンが描かれた板絵。キリスト教の教会の祭壇で飾られるような聖画像イコン。それも折り畳める三連画。
 中身の絵を見もせず何故カールがそうとわかったのかと言うと、額に当たる板自体に宗教色を感じる装飾が施されているからに他ならない。
 天使の羽に似た模様が掘られた、装飾が。

「……来たのだが、君達の邪魔が入った」

 板の中に描かれているのは、男性の格好や口振りからしても《珊瑚サマ》とやらだろう。
 カールは自身のプラチナブロンドをがしがしと手で乱して、困惑している事を動きで表す。

「うわ~。頭がこんがらがるな~。俺ちゃんの知ってる君のそっくりちゃんって、無神論者な上に大自然主義者とは真逆のぉ、こってこてのマッドサイエンティストなんだけど?」
「その肩書きは君こそ相応しいだろうに」

 だが男性がカールの為人ひととなりを把握しているかのような口振りをしてきた事で、カールはプラチナブロンドを乱していた手をピタリと止める。

「俺ちゃん知ってる感じ? じゃ、そっくりちゃんじゃなくてご本人?」
「本人ではない。
「記憶……。えーっと、お名前伺っても?」
「『ショール』だ。僕は、『ショール』」
(名前は違うのか)

 男性の名は『ショール』。
 カールの思い浮かべた名前とは異なる。だが『記憶がある』という発言と、カールの為人ひととなりを把握している点と、カールが昔、確かに彼が死んだ所を見た点を考えると、嫌な仮説に辿り着く。
 寄生菌『珊瑚』の成り代り、擬態は、生者のみならず死者にも対象なのでは、と。

「こんな所で同胞と邂逅するとは、運命とはわからないものだ。だが僥倖。僕らと同じく《として、僕は君を歓迎する。きっと素晴らしい《適合者》になってくれる事だろう」
「勝手に話進めないでぇ~? 何々? 俺ちゃんの信仰と『珊瑚』は関係な~いよっ!」
「わからないな。君は見たのだろう。見えたのだろう。なのに目を背け、本能に抗い、拒絶する方が僕にはわからない」

 見た。見えた。ペガサス教団の信仰対象の『珊瑚』、いや《珊瑚サマ》を。
 そうショールは断言してくるが、生憎とカールはペガサス教団を始めスピリチュアルな世界に浸った試しはない。

「もっしか~してぇ~! ……が《珊瑚サマ》だとか言う気?」

 だが一度だけ、カールはショールの話す《珊瑚サマ》と思われるモノを、見た事があった。
 するとショールは笑みを浮かべ興奮した様子で《珊瑚サマ》を讃えだした。

「そうだとも! 一部の隙もない玉体! 生きとしいける者全てを魅了する瞳! あの神々しいお姿を見て信仰心が芽生えない者はいない!」
「うわマジか」

 だが逆にカールはドン引く。取り繕う事もなく。
 何せカールの記憶にある《珊瑚サマ》らしきモノは、神々しさとは真逆の、得体の知れない不気味な姿をしていたのだから。

「どぉ~見たってあれは《》でしょーが」
「怪物?」

 ショールが神と崇める《珊瑚サマ》を『怪物』と称した途端、彼の声音は一気に低くなり、笑みは消え無表情となり、ただただ黒い瞳で冷たく、カールを睨んできた。

「御神をそのように表現するなんて、冒涜的な奴だ。万死に価する」

 少し貶しただけで一変した態度。殺意に満ちた表情。
 穏便な話し合いは無理そうだなと、カールはジリと一歩足を踏み込み、身構える。

「そうだ。いい事を思い付いた。信仰心こそないが君は同胞。《珊瑚サマ》の神託を受けた身。脳みその具合もよさそうだ。……僕が再利用リサイクルしてあげよう」

 ショールの怒りに呼応するように、ドーム内の菌糸は蠢き海中に漂う珊瑚の姿を形作っていく。隙間なく、土壁を覆い隠すように。
 伸びてきた菌糸の先端はやがて鋭く尖り、その矛先をカールへ向けてくる。明らかにコントロールしている。

「首から上を、【収穫】して」

 間違いない。ショールもまた、ステージ6だ。
 カールは、確信した。

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