毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十一章 キノコの国のアリス編

第214話 分離

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 ◇

「また、『共鳴』をしてくれたのだな」

 モーズの感情に呼応して、右手首から姿を現してくれたアイボリー色の触手に、モーズはふ、と。マスクの下で笑みをこぼす。
 なおオニキスはモーズがアイギスを出しても離れる事なく、さして怖がっていない。前に会った時、アイギスの方にモーズが引っ張られているのを見ているからだろう。宿主として使役する立場だというのに振り回され、毒もろくに扱えていなかったから。
 つまり、油断している。

(処分するのならば、今だ)

 オニキスが、ステージ6がもたらす、悲劇を食い止める事ができる。
 後はモーズが覚悟を決めれば、

 ――せめて後輩には、平和的に居て欲しいじゃん?

 その時、脳裏に浮かんだのはフリーデンの言葉だ。
 人殺しなど経験しないに越したことはない、と。人と同じ姿に知能を持つステージ6もまた、命を絶てば人殺を犯したも同等。フリーデンの気遣いも、優しさも、非常にありがたい。
 だが、だからとそれに甘んじている場合でも立場でもない。
 モーズはクスシ。災害を止めるのが、課せられた役目だから。

(寧ろやっと、皆と同じ立場になれる、か)

 触手をじっと見詰め、黙り込んでしまったモーズをオニキスが下から覗き込んでくる。
 無邪気な表情だ。自分がどれほど残酷な事をしてきたのか、理解していない表情。

(……アイギス。私は以前も今も、私の、私自身の為に動いている。全て利己的な欲求から動いている。他者の為とはとても言えない。だから、よかったら……いや、違うな。甘える、甘える、か)

 身も心も全て預けてしまえるような、甘え。
 母も父も家族もいないモーズには馴染みのない事だが、もしそんな存在がいたとしたら、言ってみたい事はあった。

「私の我が儘を、聞いてくれるか?」

 そう口に出した途端、胸元が温まっていくような感覚を覚える。

【愛しい子。貴方が望むままに、貴方の牙となりましょう】

 誰かに優しく囁かれた気がした。子守唄を聴かせてくれているような、優しく温かな囁き。微睡を覚えてしまいそうな程の、安堵を与えてくれる囁き。
 次いで脳裏に浮かび上がった言葉を、モーズは深く考えることなく、そのまま紡いだ。

「――噛み付け、アイギス」

 直後、モーズの右手の甲から、水面から飛び跳ねるようにアイギスが『分離』をする。
 そしてハブクラゲの姿をしたアイボリー色のアイギスが、泳ぐように宙を舞った。

 ◇

 『クラゲ』と聞いて、思い浮かぶ言葉は何だろうか。
 幻想的。透明感。神秘的。軽やか。淡い色。小さい。優雅。
 けれどクラゲにも多くの種類が存在する。そんな印象をひっくり返すような種も当然、存在し、クラゲの特徴を持つアイギスにもそれは適応される。

 例えば、ユウレイクラゲ。
 その大きさはクラゲの中でも巨大で、成体の全長を計測すれば10メートルと同じく大型のエチレンクラゲに匹敵する。ユウレイクラゲの中でも大きな種、キタユウレイクラゲの最大の記録では触手だけで37メートルと、世界最大の哺乳類シロナガスクジラでさえ上回る長さだ。
 その長い触手は数え切れないほどの本数が傘の下から伸び、ヒダのように漂い、獲物を捕える。そこに透明感はなく、傘ともども存在感が強い。
 そして大きさに比例してか、
 他種のクラゲを喰らい肥大化していく肉食種。
 それがユウレイクラゲであり、

「ーー食い尽くせ、アイギス」

 カールの身体に寄生する、アイギスのタイプであった。
 前屈みになった彼の背中から呼び起こされたユウレイクラゲ型のアイギスは、黒衣を青白い触手で捲り上げ、這い出るようにズルズルと傘を外へと出してゆく。
 まるで井戸から這い出る幽霊の如く。
 そうして全身を現し肥大化したアイギスは、ともかく巨大であった。傘だけでも直径2メートルはあり、触手も含めた全長ともなれば30メートル超えと、ドーム状の洞窟内を手狭にしてしまう。

「大きさは脅威。なのは万物共通だが、この菌床内では逆に不利になる。動きが制限されるからだ」

 圧倒的な巨体を前にして、ショールは冷静に特性を分析をしていた。
 ショールは菌糸を増殖する事により、菌床内の広さをどんどん小さくする事ができる。アイギスから無数に生える触手は厄介だが、それも場所を狭くしていく事によって可動域を定め、動線を読みやすくすれば問題ない。
 そして何より、カールの扱うアイギスは非常に燃費が悪い。分離していれば10分ともたず、直ぐに失血する。それをショールのは知っていた。
 よって自身の周りに菌糸で形成した針や角、防壁などを展開し、触手を避け、致命傷を負わないよう立ち回りさえすれば時間経過で勝手に自滅をしてくれる。
 カール本人は身を守る為に触手の中に隠れてしまい、時折り鹿の頭蓋骨を模したマスクが触手の隙間からちらりと見えるだけだが、いずれ絶命するだろう。

 その後にゆっくり、【収穫】をすればいい。

「待てばいいだけ。とても楽な【収穫】……」

 ドスッ
 不意にショールの背中に、鋭い刃物が突き刺さった。

「……。は?」

 何が起きたかわからず、困惑した声をあげるショール。
 ゆっくりと後ろを振り向けば、いつの間にか背後にいたカールが、短剣を片手に立っている。

「も、し、か、し、てぇ~っ! クスシの防衛手段はアイギスだけとか思ってた感じぃ~? ……バァカ!!」

 カールはマスクをアイギスに預け素顔を晒している事をいい事に、舌を出してあからさまにショールを小馬鹿にしてくる。
 右目周辺に大きな火傷跡を負い、左目と同じ天色あまいろをした義眼を右の眼孔に嵌め込んだ、実年齢よりも随分と若々しい素顔を。

「ば、馬鹿な……! 視界の外から近付こうと、『珊瑚』が僕に教えてくれるはず……!」
「電気信号のこと~? アイギスの特性わかっていたらそんなの意味ないってわっかるっしょ~っ! 触手と一緒に移動すりゃいいんだから」

 カールとてクスシ。研究者。下調べは、怠らない。
 普通に接近しても察知される事ぐらい、カールはラボで保管されているステージ6と接触した記録ログを見て把握している。
 ならば歩くのでも走るのでもなく、無数の触手の中に姿を隠しながら運んで貰えばいい。触手も電気信号を始めとする生体反応を発信しているので、擬態するのは簡単だ。また油断を誘う為にフェイスマスクをアイギスの傘の下に置いてきたら、ショールは素直に正面だけに集中してくれたものだから、あっさりと後ろに回れてしまった。

「はっはっはっはっ! 君よりそっくりちゃんの方がずぅっと狡猾だったな~っ! 単純単純っ!」
「貴、様……!」
「ところでこの短剣、猛毒なんだけど……そぉろそろ効いてこない?」

 カールが言ったと同時に、ショールの背中が、刺された箇所を中心としてジワリと赤黒く染まっていく。
 カールに頼まれたシアンの手によってよく磨かれよく毒素が注がれた、対感染者用に製作された【試作品】の短剣によって。


※現実でもユウレイクラゲの無数の触手の中では、小魚が身を隠しながら生活をしていたりします
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