毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十一章 キノコの国のアリス編

第215話 めいんうえぽん

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 箱型の傘と、傘の四箇所から複数伸びる触手を持つハブクラゲ型アイギスが、優雅に空を泳いでいる。

「わ、わ、わっ! これちょーっと危ない感じ?」

 そこでようやく危険を察知したのか、オニキスは後ろに下がってモーズから距離を取った。しかしそれだけだ。身を隠すでも攻撃を仕掛けてくるでもなく、ただふわふわと浮かぶアイギスを凝視している。
 何せアイギスはモーズから分離したとは言え、他のクスシのアイギスのように肥大化はせず、海中に漂うハブクラゲとさして変わらないサイズをしている。触手はともかく傘だけならば直径10センチ程と、所謂手の平サイズ。
 これならば足に負荷がかかっているオニキスでも、動きに注意し、必要なら菌糸の防壁を展開すれば触手から逃げられる。
 そう思っているのだろうと、モーズは予想した。

 ところで。
 クラゲの多くは遊泳能力が低く、海流の動きに身を任せて漂う種類が多い。勿論、空中で生きるアイギスは海流とは無縁だが、宿主の指示がなければ風に身を任せがちなタイプが多いのもまた事実。海中でも空中でも積極的に遊泳をしたがらない。したとしても、そこまでのスピードは出ない。触手を伸ばし“手”を広げる事はできるが、本体の移動は意外と遅い。
 しかし数多の種類が存在するクラゲ。当然、例外もある。
 それは狩りをする種類のクラゲだ。
 海中に漂うプランクトンやミジンコ、小海老の幼生など動きが鈍い対象だけを栄養とするのではなく、自ら、小魚など泳ぎに優れた対象を栄養とする種類。

 例えば、ハブクラゲ。
 小魚を触手の毒で動きを止め喰らう種。身を守るよりも、狩りをする為に強化された猛毒を持つ種。小魚に追い付ける程、遊泳能力が非常に高い種。
 その特徴は同じタイプのアイギスにも反映されていて、
 少し離れた程度で逃れる事など、到底できない。

「あれ……っ!?」

 注視していた筈なのに、瞬きの間に空中を泳ぐアイギスに一気に距離を詰められ、オニキスは困惑した声をあげた。
 慌てて足元から菌糸で作った防壁を展開するが、もう遅い。
 アイギスの触手はオニキスの黒服を貫き、腹部へ突き刺さっていた。

「大丈夫だ。彼の毒素はとても強いから、きっと直ぐに……眠りに付ける」

 そこでモーズはアイギスの触手の刺胞から、パラチオンを、注いだ。
 途端、痛むのかオニキスの表情が苦痛に歪む。そして八つ当たり気味にアイギスを蹴飛ばそうとするが、アイギスは蹴りが当たる前に触手を離し、手も足も届かない距離に立つモーズの側へふわりと戻ってしまった。

「何で何で何で! 何で酷い事するの! 痛い事するの! 僕はただ遊びたいって言っただけじゃんか! それの何がいけないの! 何が駄目なの!」

 オニキスは叫ぶ。両手でガリガリと腹部を掻きむしり、黒服をあらん限りの力で掴みビリビリと引き裂く。
 そうして剥き出しになった外皮は、赤黒く変色していた。

「嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌い嫌い嫌い! モーズなんて大っ嫌いだ! もう容赦なんてしな……っ!」

 ピタリ
 突然、怨嗟の言葉を紡いでいたオニキスの動きが、不自然に止まる。
 口を半端に開け、素肌を晒した腹部に黒い爪を突き立てたまま、時でも止めたかのように動かなくなっている。

「……オニキス?」
【子供の使い一つ出来ないとは。なんと愚かな、《御使い》だ】

 そして戸惑ったモーズの脳裏に響いたのは、しわがれた声。
 直後、オニキスの身体が崩れた。
 腹部を中心にヒビが入り、ハンマーで砕かれた石像のようにバラバラに崩れていく。ただ頭だけは、頬に少しヒビが入っただけで形を保っていた。

【だがまだ、再利用リサイクルはできそうだ】

 そのバラバラとなった身体が、地面から生えた菌糸に包まれ赤い繭を形成していく。ステージ6が姿を消す際に使うという、繭だ。
 モーズはハッとしてオニキスの元へ駆け寄る。

「待……っ!」

 だが間に合わず、繭は完成し、その少し後には真っ二つに割れ、露わとなった中は既に空洞となっていた。

(消えた。しかしあれで処分できた感じはしない。クソ、甘かった。パラチオンの毒素は強力だが、そこを考慮に入れなかった私の判断ミスだ)

 仕留め損ねた。眠らせてあげれると、思ったのに。
 その後悔が、悔しさが、モーズの胸の内に募る。だが反省している暇はない。
 ドスドスドスッ!
 地面を踏み荒らし地響きを轟かせながら、【大型】の一人がモーズに向け突進してきたのだから。

(オニキスのコントロールが切れて、此方にも矛先を向けてきたか!)

 どうにか対処を、と、いつの間にか左肩に乗っているアイギスと共に生き延びる算段を導き出そうとして、

「弟子よっ! 伏せぇえええっ!!」

 広間全体に響き渡る指示がくだり、軍医時代に叩き込まれた反射神経で伏せをした。
 ドパパパパパッ!
 その直後にモーズへ突進をしようとしてきた【大型】が蜂の巣になり、足に至っては大きく欠け立っていられなくなり、その場で転倒。その衝撃で地響きが起こり、岩の天井からパラパラと小石が落ちてくる。

「いひひひひっ! ようやく、ようやくじゃ! ようやくわしのが届きおったぞ!」

 【大型】を蜂の巣にした張本人だろう、砒素の興奮した声が聞こえる。
 モーズは恐る恐る顔をあげ、倒れた【大型】の向こう側にいる砒素の様子を伺った。
 彼はいつの間にか黒光りする鉄の塊を持っていた。小柄な彼の背と同じぐらいの大きさを持つ、鉄の塊。
 6本の銃身を束ね、回転させながら連射をする、回転式多銃身型機関銃。つまり、

「ガ、ガトリング……ッ!!」

 それをめいんうえぽんとして持つ砒素を見たモーズは、絶句した。
 しかも本来ならば支持足を付け地面に固定して使用するタイプだろう大きさのそれを、砒素はステッキでも扱うかのように軽々と振り回し、発砲し、それによって受ける反動など存在しないかのように振る舞っている。
 100キロ近くありそうな重量を持ち、踏ん張っている彼の足は物理法則通り、地面へめり込んでいるが。

「さぁさぁ! 鼠共よ覚悟せいっ! ――まとめて塵芥へと、化してしんぜよう」

 ドパパパパパッ! ガガッ! ダダダダダッ!!
 砒素が引き金を引くと、球体が詰め込まれ塞がれた銃口から緑色の発光体が生成され、撃ち出される。それを連射し続けている。【大型】も菌糸も何なら岩壁も関係なく穴だらけにしていき、弾薬を使用していない関係上、弾切れもないものだから一切止まる事なく、全てを更地にする勢いで暴れている。
 駆け引きも射撃術もリーチもへったくれもない、暴力の化身。

「……アイギス。もう戻っていい。後は砒素さんに、任せよう」

 と言うか下手に動けば銃弾の嵐に巻き込まれる。
 モーズは首筋からアイギスを体内へしまうと、そのまま銃声が聞こえなくなるまでジッとする事とした。
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