毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十一章 キノコの国のアリス編

第222話 引き継ぎ

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 オフィウクス・ラボのクスシ達が喉から手が出るほど欲しかった、ステージ4の生きた被験体サンプル
 それをこんな形で提供される日が来ると思ってもいなかったモーズは、頭の整理が追い付かず言葉を発する事ができないままでいた。

「ジョン院長! ひ、ひ、被験体として提供すると言っても、貴方一人が被験体となってもあまり意味はないでしょう!? 撤回、しましょうよ!」
「駄々をこねるな、ガキじゃあるまいし。前例を作る事の意義は、お前も知っているだろうに。それに俺はもう、院長ではない。……これからはお前が、院長だ。エドワード」

 ジョンは院長の辞任。ラボへの身体の提供。そしてエドワードを新たな院長とする任命まで、この場で行ってしまう。
 だが任命を受けたエドワードは首を横に振って拒否をした。

「僕は、そんな器ではありません! 貴方がいなくては、貴方でなくては、感染病棟は立ち行かなくなる……っ!」
「そんな器だ、お前は。心的外傷トラウマを押して感染者の遺体から『珊瑚』と胞子を見付けた、胆力と、洞察力。務まらないとは、言わせないぞ」
「……え? それは、ジョン院長の功績では……?」
「お前だ、お前。あれは、20年前、エドワードが発見したものだ」

 さらりと、医療業界どころか世界の常識となっている事柄を覆してきたジョンに、エドワードの思考が停止する。

「当時、お前は、自分は学生だから悪目立ちしたくないと、発見者の名義を俺に押し付けてきた。俺も、変に衆目を集めれば勉学に集中できんと、思った。だから成人後か、大学卒業後に、名義を変える算段を立てていたんだが……。肝心のお前が、すっかり、忘れるとは。精神的な負荷を減らす為に忘却したのかも、しれんが……。やはり人の脳味噌なぞ、信用ならん」

 基本的にジョンは嘘などつかない。方便も冗談も滅多に言わない。まして今の差し迫った状況で。
 それを知っているエドワードは、彼の話は真実だとわかってしまう。しかし『珊瑚』を発見した記憶なぞ全くない。20年前はただひたすら、拾ってくれたジョンの恩に報いようと、必死に解剖の手伝いをこなして――そう言えば必死にこなしたという感覚は覚えているが、その仔細はあまり覚えていない事に、エドワードは今気付いた。

「え、僕が発見した、のか? まさか、本当、に……」
「そうだ。……エドワード。お前には、院長を務めるに足る、実力も、精神力も、備わっている。俺が言うんだ、間違いない」
「しかし、ジョン院長、僕は、今回の災害で犠牲者、を、僕こそ、辞任をすべきで」
「エドワード」

 混乱と困惑が入り混じり途切れ途切れに話すエドワードの言葉を、いつものようにジョンは遮って、

「後は、任せた」

 真正面から、託した。ただシンプルに。シンプルだからこそ実直に。
 肩で大きく息をし、苦しそうに喋り、暑くもないのに大量の汗を流し、今にも意識を失いそうだとわかるジョンが、絞り出した言葉。
 もう、時間がない。
 それを受けたエドワードは、泣きそうになりながらも、頷くしか、できなかった。

「……頼んだ、ぞ、エド……」

 頷いたエドワードを見たジョンは安堵したような、力の抜けた笑みを浮かべて、ゆっくりと静かに、目を瞑る。
 そのまま意識を失い脱力した彼の身体はぐらりと揺れ、地面に倒れ込みそうになった所を、モーズが受け止め横にさせる。

「……失礼します」

 次いでモーズは、拳を強く握りしめ肩を震わせ、動く事ができないエドワードに代わり、メディカルバッグから出されていた注射器を手に取った。そしてその中身に、鎮静剤を入れていく。
 それをジョンの右腕に、射った。
 これで当分、目覚める事はない。治す為の投薬ではなく、寄生菌の侵蝕による凶暴化を防ぐ為の投薬。ステージ4となった患者に施す基本処置。

(それを私がこの方に、する事になろうとは……。だが身体の限界を認識してなお、出来る事を模索し被験体サンプルの提供という道を切り開いた行動力に決断力は、感服してしまうな。私が同じ状況に陥った場合、即決できただろうか? 行動できただろうか?)

 ジョンと近しい状態のモーズの身体もまた、被験体サンプルとしての提供が可能。しかもクスシならば既にラボに所属している関係上、国連の説得なしに事を進められる。
 今後、ステージ4に至るというもしもの事態に陥った際の選択の一つを、身を持って示してくれたジョンに、モーズも身が引き締まる思いを抱いた。
 そこで一部始終を黙って見ていた砒素が、ちょいちょいとモーズの白衣の裾を引っ張って声をかけてくる。

「話は纏まったかのぅ?」
「……あぁ」
「ところで水銀とカールの姿が見えぬが、あやつらどこをほっつき歩いておるんじゃ? まだ通話できぬのか?」
「確かに。駄目元で連絡を……うん? 繋がるな」

 砒素に促されたモーズが携帯端末を起動してみると、圏外だった表記は消え、問題なく操作ができた。
 モーズはまずカールへ連絡を試みる。

「カールさん、聞こえますか?」
『はいはーい! 聞っこえまーすよっ!』

 数度の呼び出しで直ぐに通話に出てくれたカールは、元気に溢れた明るい声を携帯端末越しに聞かせてくれた。
 通話に出れる、声音もいつも通りと、負傷や異常はなさそうでモーズは胸を撫で下ろす。

「元気そうですね、よかった。私は今、ジョン院長……いえジョンさんと、エドワードさん。そして砒素さんと共にいます。カールさんは今どの辺りにいるかわかりますか?」
『それがぁ、俺ちゃん迷子になっちゃってぇ~……。わかんないっ!』
「そんな堂々と……」
『でもでもぉ、電波障害が直ったみたいだからGPS使えるしぃ、合流できるよっ!』
「あぁ、その事なのですが。この菌床の〈根〉はどうやらもう処分できたようです。ステージ6も、既にいない」

 話しながらモーズは潰れたアンズのような塊の上に積もる、赤黒い石灰に似た粒子を横目で見る。
 あれが少女だったものだと、ステージ6の成れの果てだと、モーズはどうしてか、直感でわかった。

「後はステージ5が残っているかどうかの確認ですね。広い洞窟です、後は人海戦術を使える軍に任せた方がいいかと。ですので洞窟に留まるよりも外で合流しませんか?」
『そだね! 俺ちゃんもモーズちゃんの意見にさーんせいっ!』
「後は水銀さんとも連絡を……」
「呼んだかしら?」

 携帯端末で連絡を取る前に、水銀の肉声が広間に響く。
 声が聞こえた方向、出入り口の方へ顔を向けて見れば、足場の悪い洞窟内でもハイヒールで優雅に歩く、水銀の姿があった。

「追い付けたと思ったら、終わっていたみたいね」
「水銀さん! 無事でよかったです」
「このボクが遅れを取る訳ないじゃない。失礼しちゃうわ」
「す、すみません」

 彼はステージ6の少女と交戦。少女が逃げるまで追い詰め、逃げても回復できないレベルのダメージを与えた、と話してくれた。
 しかし水銀自身は呼吸の乱れも衣服の乱れも一切ない。流石はウミヘビ最強格と謳われる方だなと、モーズは感心する。

『俺ちゃんだけ皆んなとハグれててさ~み~し~い~っ! こりゃ早く合流しなきゃだねっ! そんじゃモーズちゃん、外で会おうっ!』
「はい、了解しました」
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