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第十二章 日本旅行編
第246話 《ウロボロス》
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「《ウロボロス》に所属してから一年後には、所長はウミヘビの【器】を作り出す事に成功した。我々の〈レシピ〉が完成したのです」
「不老不死の研究の傍で完成させてしまうとは……」
「いえ。不老不死の研究こそ、ウミヘビの研究の片手間で行っていたそうです」
「えぇ……」
不老不死という御伽話レベルの前人未到の研究を、片手間ですませられるものだろうか。
モーズはリアルでは未だに対面した事のない所長の、卓越していると予想できる頭脳に困惑する。
「……待て、アトロピン」
その時、黙って話を聞いていたパラチオンが口を開いた。
「俺達は、ウミヘビは、感染者を滅ぼす為に造られたのではないと、そう言うのか!?」
「はい」
アトロピンの答えに驚愕するパラチオン。彼とは反対に、モーズはさして驚かなかった。
違和感はずっとあったのだ。
水銀が産まれたのは40年前、西暦2280年。珊瑚症が蔓延したのは西暦2300年。……20年のズレがある。その時点で『ウミヘビは感染者の処分を目的に造られた存在でない』という予想はできていた。
それだけではない。ウミヘビの中にはアセトアルデヒドや尿素といった、性格や毒素が戦闘に向かない者もいる。存在意義が感染者処分とした場合、造られる筈のないウミヘビが。
それに特殊学会でモーズは柴三郎から「ラボは災害の為に作られた施設ではない。ウミヘビを一箇所に集める為の組織であり、災害対処は主目的ではない」という話も聞いている。
ウミヘビは、彼らは戦う為に造られたのではないのだ。
「では俺様のこの戦いを求める本能はなんだ!? 身体の内から溢れ出る、『珊瑚』を蹂躙せよという衝動はなんだ!? 寝ても覚めても聞こえる慟哭はなんだ!? どれだけ感染者の偽物をなぶっても満ちない渇きはなんだ!? 何なんだっ!!」
だがパラチオンはアトロピンの答えに納得できない様子で、足元に転がるガラス瓶を踏み潰し、声を荒げた。
混乱している。彼の中のアイデンティティが崩れようとしている。
パラチオンが戦いを求めるのは趣味趣向からではなく、強迫観念に似た衝動からきていたようだ。その満ちない渇きがどれほどの苦しみをもたらすのか、モーズは想像する事しかできないが――
浜に打ち上げられた魚のように、きっと酷く苦しいものなのだろう。
「……パラチオンの場合、そう刷り込まれているから、でしょう」
戸惑うパラチオンを前に、アトロピンは静かに話を続ける。
「所長は秘密裏にウミヘビの〈レシピ〉を完成させたのですが、ある日その〈レシピ〉が、《ウロボロス》の研究員に漏れてしまった」
廃墟にある、割れた培養槽。その中にかつて注ぎ込まれた〈レシピ〉の材料。
所長が漏らしてしまった〈レシピ〉を元に、ウミヘビは再現された。
「人間とは根本から異なる《人造人間》とは言え、見目も知性も人間と同じ。漏れた〈レシピ〉は水面下にて広まり、所長の預かり知らぬ所でウミヘビが造られるようになった。その用途は様々です。労働力、愛玩動物、人体実験の被験体、毒素製造機、生物兵器、……。……処理……」
性処理。
アトロピンはきっとそう言おうとして、やめたようだった。恐らくその手の事に疎いと思われるパラチオンに気を遣っての事だろう。
だがモーズは察する事ができてしまって、マスク越しに片手で顔を覆う。
(あぁ、何という事だ)
アトロピンはダチュラが人の姿を取ったかのような、線の細い女性的な美しさを持つ。それでいて人権はない。
目を伏せ少し苦しげな表情を浮かべ、言いづらそうに口にした事からも間違いない。
アトロピンはかつて処理の対象に、なっていたのだ。
そんな事まかり通っていいものかと、幾ら人間でないからと尊厳を蹂躙していいものかと、モーズは胸の内から湧き上がる怒りと共に吐き気を覚えた。
「それを知った所長は、〈レシピ〉を乱用した《ウロボロス》と袂を分かち――独断で、解体へ追い込みました」
「えっ」
が、その後にアトロピンから語られた所長の強行手段に、モーズは思わず頓狂な声をあげてしまう。
「アトロピン、《ウロボロス》は国連直轄組織と言っていなかったか? その組織を個人で解体させたとなると、国連に楯突いたも同然のような……」
「その通りです、モーズ殿」
「なんと……」
一個人で、いやもしかしたら協力者がいたかもしれないが、例え協力者がいたとしても国際連盟が後ろ盾にある組織に歯向かうなど、正気の沙汰ではない。
だがアトロピンの話からして、所長は自力で《ウロボロス》の解体をやり遂げてしまっている。どれほど豪傑な人なのだろうかと、モーズは白蛇のアバター姿しか知らない所長の人物像に戦々恐々とした。
(オフィウクス・ラボが管理下組織であって直轄でない理由はそれか? 国連との確執もここから来ているのだろうか?)
以前も国連警察がモーズがメディアに取り上げられた事を理由に、アポイントもなくアバトンに訪れ視察という名の一悶着を起こしていた。
マイクに至っては『付け入る隙が出来たと思ったのに、全く隙を見せないとは使えない奴だな!』とモーズに堂々と言い放ったのだ。
国連警察ないしその上司に当たる国連上層部は、オフィウクス・ラボの隙を狙っている。ラボの最大の特権である、ウミヘビを直接管理、使役する権限を欲して。
「パラチオンが造られた研究所の記録から、貴方は対感染者用生物兵器として製造されたウミヘビと判明しております。しかし我々は幸運な事に、運用前の回収に成功した。災害の頻度が減った時期だったのもあり、所長はわたくしに命じました。【檻】にて戦闘本能が薄まるよう教育を施し……兵器としてではない生き方を、学ばせて欲しいと」
第二課所属のウミヘビを圧倒する強さを持つパラチオンをあえて災害現場に派遣せず、【檻】に閉じ込めていた理由。
それにはパラチオンに『人』として生きて欲しいという、所長の願いが込められていたようだ。
「《ウロボロス》解体から今年で30年となります。しかし《ウロボロス》は秘密結社ながら支部を無数に持つ、巨大な組織だった。なので解体後も秘密裏に集結し、活動している人間が非常に多かった。わたくし自身25年前、つまり解体後に造られたウミヘビです」
アトロピンは自身の胸元に手を置き、製造年を教えてくれた。
「また近年パラチオンが造られたように、ウミヘビは今もどこかで造られている。よって所長は現在もその全てを回収し、人工島アバトンへ導く為に奔走しているのです」
「不老不死の研究の傍で完成させてしまうとは……」
「いえ。不老不死の研究こそ、ウミヘビの研究の片手間で行っていたそうです」
「えぇ……」
不老不死という御伽話レベルの前人未到の研究を、片手間ですませられるものだろうか。
モーズはリアルでは未だに対面した事のない所長の、卓越していると予想できる頭脳に困惑する。
「……待て、アトロピン」
その時、黙って話を聞いていたパラチオンが口を開いた。
「俺達は、ウミヘビは、感染者を滅ぼす為に造られたのではないと、そう言うのか!?」
「はい」
アトロピンの答えに驚愕するパラチオン。彼とは反対に、モーズはさして驚かなかった。
違和感はずっとあったのだ。
水銀が産まれたのは40年前、西暦2280年。珊瑚症が蔓延したのは西暦2300年。……20年のズレがある。その時点で『ウミヘビは感染者の処分を目的に造られた存在でない』という予想はできていた。
それだけではない。ウミヘビの中にはアセトアルデヒドや尿素といった、性格や毒素が戦闘に向かない者もいる。存在意義が感染者処分とした場合、造られる筈のないウミヘビが。
それに特殊学会でモーズは柴三郎から「ラボは災害の為に作られた施設ではない。ウミヘビを一箇所に集める為の組織であり、災害対処は主目的ではない」という話も聞いている。
ウミヘビは、彼らは戦う為に造られたのではないのだ。
「では俺様のこの戦いを求める本能はなんだ!? 身体の内から溢れ出る、『珊瑚』を蹂躙せよという衝動はなんだ!? 寝ても覚めても聞こえる慟哭はなんだ!? どれだけ感染者の偽物をなぶっても満ちない渇きはなんだ!? 何なんだっ!!」
だがパラチオンはアトロピンの答えに納得できない様子で、足元に転がるガラス瓶を踏み潰し、声を荒げた。
混乱している。彼の中のアイデンティティが崩れようとしている。
パラチオンが戦いを求めるのは趣味趣向からではなく、強迫観念に似た衝動からきていたようだ。その満ちない渇きがどれほどの苦しみをもたらすのか、モーズは想像する事しかできないが――
浜に打ち上げられた魚のように、きっと酷く苦しいものなのだろう。
「……パラチオンの場合、そう刷り込まれているから、でしょう」
戸惑うパラチオンを前に、アトロピンは静かに話を続ける。
「所長は秘密裏にウミヘビの〈レシピ〉を完成させたのですが、ある日その〈レシピ〉が、《ウロボロス》の研究員に漏れてしまった」
廃墟にある、割れた培養槽。その中にかつて注ぎ込まれた〈レシピ〉の材料。
所長が漏らしてしまった〈レシピ〉を元に、ウミヘビは再現された。
「人間とは根本から異なる《人造人間》とは言え、見目も知性も人間と同じ。漏れた〈レシピ〉は水面下にて広まり、所長の預かり知らぬ所でウミヘビが造られるようになった。その用途は様々です。労働力、愛玩動物、人体実験の被験体、毒素製造機、生物兵器、……。……処理……」
性処理。
アトロピンはきっとそう言おうとして、やめたようだった。恐らくその手の事に疎いと思われるパラチオンに気を遣っての事だろう。
だがモーズは察する事ができてしまって、マスク越しに片手で顔を覆う。
(あぁ、何という事だ)
アトロピンはダチュラが人の姿を取ったかのような、線の細い女性的な美しさを持つ。それでいて人権はない。
目を伏せ少し苦しげな表情を浮かべ、言いづらそうに口にした事からも間違いない。
アトロピンはかつて処理の対象に、なっていたのだ。
そんな事まかり通っていいものかと、幾ら人間でないからと尊厳を蹂躙していいものかと、モーズは胸の内から湧き上がる怒りと共に吐き気を覚えた。
「それを知った所長は、〈レシピ〉を乱用した《ウロボロス》と袂を分かち――独断で、解体へ追い込みました」
「えっ」
が、その後にアトロピンから語られた所長の強行手段に、モーズは思わず頓狂な声をあげてしまう。
「アトロピン、《ウロボロス》は国連直轄組織と言っていなかったか? その組織を個人で解体させたとなると、国連に楯突いたも同然のような……」
「その通りです、モーズ殿」
「なんと……」
一個人で、いやもしかしたら協力者がいたかもしれないが、例え協力者がいたとしても国際連盟が後ろ盾にある組織に歯向かうなど、正気の沙汰ではない。
だがアトロピンの話からして、所長は自力で《ウロボロス》の解体をやり遂げてしまっている。どれほど豪傑な人なのだろうかと、モーズは白蛇のアバター姿しか知らない所長の人物像に戦々恐々とした。
(オフィウクス・ラボが管理下組織であって直轄でない理由はそれか? 国連との確執もここから来ているのだろうか?)
以前も国連警察がモーズがメディアに取り上げられた事を理由に、アポイントもなくアバトンに訪れ視察という名の一悶着を起こしていた。
マイクに至っては『付け入る隙が出来たと思ったのに、全く隙を見せないとは使えない奴だな!』とモーズに堂々と言い放ったのだ。
国連警察ないしその上司に当たる国連上層部は、オフィウクス・ラボの隙を狙っている。ラボの最大の特権である、ウミヘビを直接管理、使役する権限を欲して。
「パラチオンが造られた研究所の記録から、貴方は対感染者用生物兵器として製造されたウミヘビと判明しております。しかし我々は幸運な事に、運用前の回収に成功した。災害の頻度が減った時期だったのもあり、所長はわたくしに命じました。【檻】にて戦闘本能が薄まるよう教育を施し……兵器としてではない生き方を、学ばせて欲しいと」
第二課所属のウミヘビを圧倒する強さを持つパラチオンをあえて災害現場に派遣せず、【檻】に閉じ込めていた理由。
それにはパラチオンに『人』として生きて欲しいという、所長の願いが込められていたようだ。
「《ウロボロス》解体から今年で30年となります。しかし《ウロボロス》は秘密結社ながら支部を無数に持つ、巨大な組織だった。なので解体後も秘密裏に集結し、活動している人間が非常に多かった。わたくし自身25年前、つまり解体後に造られたウミヘビです」
アトロピンは自身の胸元に手を置き、製造年を教えてくれた。
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