毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第254話 包囲網

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「車が燃やされてしまった事だし、ここは警察を呼んだ方がいいのでは……」
「そりゃお前ぇの勝手だが、ウミヘビにゃ身分証も何もねぇのは頭に入れとけよ? 不法滞在でしょっ引かれるのはゴメンだ」
「うっ」

 当たり前だが、人権のないウミヘビはパスポートの類は持っていない。というか持てない。
 ニコチンとモーズが初めて出会ったパラスの感染病棟でも、災害鎮圧後はそれを理由に警察の前からさっさと姿を消していた。任務によっては偽造パスポートを所持する事もあるらしいが(※潜入調査をしていたセレンは偽造医師免許も持っていた)、所詮は偽造。見破られれば罪状が増えるのみ。
 よって基本的にウミヘビは、現地の警察に関わらない事が推奨されている。

「だ、だが国連警察ならばウミヘビの事も通じるはずだ。日本の国連警察に連絡を取る方法を私は知らないが、青洲さんならば……」
「そもそもここは町中。爆発音が鳴った以上、こちらが行動せずとも近隣住民の方が通報なさるでしょう。拘束時間の長い事情聴取を受ける前に、この場を離れるべきかと」
「おい。話している内に来たぞ」

 けたたましいサイレンを鳴らし、赤色灯を点灯させ夜の車道を走る白黒のパトカー。それが真っ直ぐ此方に向かって来ている。

「早過ぎないか……!?」

 車の爆発から5分も経っていないのに、通報から到着まで迅速すぎる。日本の警察は優秀だな、と感心しつつもモーズはアトロピンの提案通りこの場からの逃走を余儀なくされた。
 何せかつて拘置所でバイオテロ容疑にかけられた時のように、現状の事情を説明し切る自信がないのだから。
 しかしここは初めて訪れる国かつ町。モーズには地の利がない。ひとまず屋敷から離れる為に走り出したはいいものの、道の曲がり角で早速、足を止めるハメになってしまった。
 曲がり角の先に、赤色灯を点灯しサイレンを鳴らすパトカーが停まっていたのだから。

「向こうからもか!? 幾ら爆発が起きたとはいえ、この短時間でここまで多くの人員を派遣するものだろうか……っ!?」
「……。失礼、モーズ殿。少し離れます」

 するとアトロピンがモーズに一言断りを入れた後に跳躍し、屋敷の塀瓦の上に着地する。そして高所から周囲を偵察した。

「赤色灯が4、5、6……。囲まれておりますね。この多さに速さ。警察への通報は教団の者による、意図的な物でございましょう」

 アトロピンが淡々と状況を確認してくれる。相手は退路を断ちにかかっている、と。ラボや国連に連絡を取れば捕縛されようといずれは釈放されるだろうが、そこに至るまで膨大な時間を浪費してしまう事だろう。
 それまでにアセトアルデヒドを探し出さなければ、彼の救出が困難になる。
 それが教団の狙いなのかはわからないが、この状況はよくない。そう判断したモーズは、青洲達が今どのような状態なのか知る為に腕時計型電子機器を操作し、通話をしようとした。

「……!? 通じない……っ!」

 だがいつの間にか電波は圏外となっており、通信は叶わなかった。ここは辺鄙な田舎でも山奥でもない町中、電波は届いている。実際に先程、車内で球体型自動人形オートマタを使用していた時は問題なく中継ができていた。
 つまり妨害されている。特殊学会の時や、イギリスの菌床に侵攻した時のように。
 ステージ6が何処かにいるのか、それとも電波障害を引き起こす機械が使われているのか。答えはわからないが、意思疎通の手段を断たれてしまった。
 ドカンッ!
 モーズが冷静に考える猶予をなくすように、再び爆発が起きる。今度は瓦塀の内側、屋敷の中で。

「爆発!? アトロピン、中の様子はどうなっている!?」
「白煙が立ち込めておりますが、見える範囲では火の手はあがっておりません。破壊を目的としておらず、音と光、煙に重点を置いた信号弾のようですね」
「おい、アトロピン! それは確かなのか? 信号弾に見せかけた銃撃じゃねぇだろうな!? アセトが標的にされていないって保証は……!」
「落ち着いてください、ニコチン。アセトアルデヒドの身に何かがあった場合、

 アセトアルデヒドの毒素は引火点が非常に低く、爆発もしやすい。もしも銃撃などで負傷し青い血が散布された場合――豪邸といえど屋敷一つ一瞬で火の海と化す。
 ガソリンに着火した場合と同じだ。アセトアルデヒドの毒素を用いれば、静電気一つで、周囲は灰に帰す。

「……っ、……っ! 私達も突入、しよう!」

 悪化していく状況を前に、モーズは決断を下す。

「そいつぁ……俺としちゃ願ったり叶ったりだが、本気か?」
「通信機器が使えないうえに警察から身を隠さなければいけないんだ! ならば青洲さん達との合流を優先したい! 最悪合流できなくとも、中継で見た通り広い敷地だ! 身を隠せる場所は多くある!」

 曲がり角の先に停まっているパトカー、その中に乗車している警察もいつここに来るかわからない。
 考える時間がない今、他に選択肢が、ない。

「おーおー。真っ当な意見じゃねぇか。こりゃ早く入らねぇとな」
「やむを得ない、ですか。しかしニコチン、護身以外の戦闘許可はおりていない事をお忘れなく」
「わぁっているよ。そんじゃ早速」

 ひょい。モーズの身体が前触れなく歩道から浮き上がる。
 ニコチンに腰を掴まれ、米俵のように肩に担ぎ上げられたのだ。

「うお……っ!?」

 そしてモーズが驚嘆の声をあげている間にも、歩道との距離は開いていく。ニコチンが塀の上にひとっ飛びしたのだ。そのままニコチンはアトロピンと共に屋敷の敷地内、日本庭園へ危なげなく着地する。
 そうしてモーズは枯山水の上に降ろされた。

「ニ、ニコチン。運んでくれるのは有り難いが、一声かけて欲しい……!」
「あ゙ぁ゙? 面倒臭ぇな」
「承認を得る事は大切です。意思疎通は怠らないようお願いいたします」
「それ青洲に言えよアトロピン」

 ひとまず侵入には成功した。
 アセトアルデヒドの事で気が気ではないニコチンが再び冷静さを失う前に、的確な判断を下さなければとモーズはまず辺りを見回そうとして、

「お待ちしておりました、モーズさま」

 白煙が立ち込める屋敷の前に立つ3人の黒服の男、その中の一人に英語で声をかけられ、身体を硬直させた。

(待ち伏せ……。外の騒動は誘導だったか。だがどの道、他に手はなかった)

 車に時限爆弾を仕掛けられた時点で詰みといってよかった。ウミヘビの力を借りれば警察の包囲網を振り切り、逃げることも可能ではあったが――
 先に突入した青洲達や、捕らえられたままのアセトアルデヒドを置いて現場を離れる事など、モーズには出来なかった。

「……。私にどのような用があるのか知らないが、手荒な真似をする気ならば容赦はしない。だが既に青洲さんが話しているように、君達が捕らえた青年を速やかに解放してくれるのらば……」
「モーズさまには、何も言わずについて来て頂きたい」

 パンッ
 極々小さな銃声が、モーズの耳に届く。信徒の一人が消音銃を用いて発砲したのだ。
 気絶し庭に転がっていた信徒の、足に向けて。

「ぁあああああっ!?」

 直後、庭園に響く悲鳴。枯山水に広がっていく赤い血。激痛で目覚め足に穴が空いているのを見て、悶え苦しみ転げ回る信徒の男性。
 早く止血をしなければ。応急処置をしなければ。
 反射的に医者としての行動を取ろうとしてしまうモーズの前で、消音銃を持った信徒は足を撃たれた男性に再び銃口を向ける。
 狙いは、頭だ。

「下手に動く気なら、次は頭を撃ち抜きます。どうか大人しくしてください」
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