毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第271話 植物園でぇと

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 次の週末の休み。
 母上は自室で勉学に励んでいた青洲を呼び付け、とあるチケットを押し付けていた。

「お客さんからね、ご厚意で植物園のチケットを頂いたの! それもペアチケット! でも私はお店離れられないし~。勿体無いから青洲ちゃん達行ってきて?」
「しかし、小生には勉強が……」
「たまには息抜きしてもいいじゃないっ! いいから加恵ちゃんと行きなさいっ!」

 青洲は断ろうとしたものの結局押し切られて、チケット片手に家の外へ追い出される。
 そこには日傘を携えた加恵が立っていて、青洲を出迎えてくれた。彼女は彼女で母上に「今日は青洲ちゃんと出掛けなさい」と言われ、外での待機をお願いされていたという。実の母ながら奔放な彼女に、青洲は額に手を当てため息をついた。

「母上には困ったものだ……」
「店長、パワフルなお方よね。でも元気が貰えて、私好きよ?」
「しかし加恵さん。今回の頼みに無理に従う必要は……」

 くい。遠慮しがちに、加恵は青洲の着物の裾を引っ張る。

「一緒にお出かけしても、いいかしら?」
「あっ、あ、あぁ。勿論」

 上擦った声を出しながらも承諾する青洲。そのまま2人は植物園へ向けて、仲良く並んで歩いて行った。
 その様子を店の引き戸の隙間から見送っていた母上と朝顔。遠去かっていく2人の背中を見て、さて仕事に戻ろうと朝顔は踵を返したが、母上に襟首をむんずと掴まれ足を止めさせられた。

「ねぇ朝顔ちゃん」
「何でしょう、御母堂」
「お店では店長っ!」
「失礼、店長。それでご用件は?」
「もう一枚チケットあるのだけれど……。見守り、頼まれてくれない?」
「……はい?」

 ◇

 秋の植物園は紫色の花を中心とした花畑が一面に広がっていて、上品な美しさを生み出していた。

「青洲さん。秋桜コスモスの絨毯ができているわね」
「あっ、あぁ」
「青洲さんは薬草を育てていると店長から聞いたのだけれど、お花は好きだったかしら?」
「き、綺麗だと、思っている。裏山では今、桔梗が咲いていて……竜胆リンドウも、だな。摘むのが勿体無いと、思うほどだ」
「まぁ、素敵ね。私も青洲さんについて行って、見に行ってみようかしら」
「いやしかしっ、足場の悪い山道だ。怪我をしてしまうかもしれない」
「ふふ。青洲さんは心配症ね。でも、大丈夫よ」

 着物姿の若い男女が慎ましく、しかし仲睦まじく秋桜コスモス畑の側を歩いている。側から見ると何かの撮影現場ではないか、と思うほど絵になっている。
 目立つ白髪をキャップ帽子の中に収めさせられ、体格がわかりにくいようダボついたジャンパーを着る、という変装を母上に強いられた朝顔は、そんな青洲と加恵の様子を黒いサングラス越しに遠目から観察していた。
 見守りを頼まれてはいるが、特に見守る必要もないぐらい2人の仲は良好そうだ。まぁそれを報告すればいいか、と朝顔は覚えたての日本語でメモ帳に観察経過を書き込む。

「青洲さんはお花にも詳しいのね。花の柄は着物に沢山使われるから、私の方が知識があると思っていたのだけれど……。なんだか、悔しいわ」
「そ、そんな事はないっ。この時期の花は生薬に使うものが多かったというだけで、小生にそこまでの知識は……寧ろその、貴女に勉強させて貰ったというべきか」
「うふふ。青洲さんったら、謙遜しなくていいのに」

 花が咲くように綻ぶ加恵に、青洲はわたわたと両手を忙しなく動かして挙動不審になっている。

(ご自宅では基本的に澄ましたお顔をしていらっしゃるのに。珍しい光景ですね)

 正直ちょっと面白い。朝顔はメモ帳に要所を書き込みながらそう思った。
 ちなみに2人の世界に入ってしまっている青州と加恵は朝顔の存在に全く気付いていなかったが、顔とスタイルがわからないよう多少変装をしても朝顔の美貌は隠せるものではなく、植物園に訪れていた他の来園客には「どっかの芸能人がお忍びで来ている」と囁かれていたりした。
 穏やかな一日は平和に終わり、植物園内で食事もすました青州と加恵は退園し、夕日を眺めながら帰路につく。

「今日はとっても楽しかった。青洲さんも、お勉強の息抜きになったかしら?」
「そうだな。小生も、その、とても楽しめた」
「よかった」

 その答えを聞いた加恵は少し目を伏せて、それから意を決した表情を浮かべてから、手に持っていた紙袋を青洲へ差し出す。

「あのね、青洲さん。これを今日のお礼にしたいなって考えているのだけれど……」
「礼なんて必要ない」
「それでも、受け取って欲しいの。駄目、かしら?」
「いいや。そんな事はない。絶対に」

 ちなみに紙袋の中身は、植物園内の売店で売られていた『ピンク色のゾウさんジョウロ』である。
 どちらかと言えば女性好みのデザインのジョウロだが、青洲は加恵から貰ったものならば何でも構わないらしく、一切渋る事なく受け取っていた。

「青州さん。私ね、店長に『よかったら将来、お店を継がないか』って、言われた事があるの」
「小生は、継げないからな。しかし加恵さんの夢は、服飾デザイナーではなかったか? 呉服屋とは少々、異なるような……」
「そうね。でもお客さんとお話しするのも、私好きよ? 着物を売って、直接お客さんの顔を見て、声を聞いて、じっくり練ったデザインの服をお客さんの為に作る。そんな働き方も、いいと思っているわ」
「それはつまり、店を継ぐ気があると?」
「えぇ」

 そうなると、加恵とは専門学校卒業後も会える事になる。青州はパッと表情を明るくした。
 わかりやすい。2人の後ろ、電柱の陰でこっそり見守っていた朝顔は心の中で呟いた。

「母上に伝えてあげるといい! きっと、いや絶対、喜ぶ!」
「ねぇ、青洲さん」
「何だ?」
「もしも私が店長のお店を継げたら、なんだけれど……。私ね、貴方の隣に立つひとになっても、いいかしら?」

 ◇

「逆プロポーズ~っ!? 何よぉ、そこは男を見せなさいよ青洲ちゃんっ!」
「そ、そう言われましても……」
「それでそれで! 当然オーケーを出したのでしょうねっ!?」
「…………。はい」
「きゃ~っ!」

 帰宅後。
 今日起きた出来事を青州が母上に伝えたところ、お付き合いが始まったと言う事で母上は狂喜乱舞していた。
 その話を一部始終を見ていた朝顔も彼女の隣で聞き、何食わぬ顔で母上に同調する。

「よかったですね、御母堂」
「えぇ、えぇ! 朝顔ちゃんも、一緒に話を聞いてくれてありがとうね! ……後で青洲ちゃんが話さなかった事、報告してねっ」

 と、最後にこっそり耳打つのも忘れない。抜け目のないひとである。

「結婚式はねぇ~。5回くらいお色直しをして欲しいわね~2人とも~」
「母上、気が早過ぎます。まだお付き合いを決めただけで、結婚といった話は……」
「何よ~っ! 想像するぐらい、いいじゃない~っ!」

 べしべしと座敷の畳を叩いて青州に反発する母上。彼女の頭の中では既に式を挙げる事が決定しているらしい。
 ついでに彼女につられて加恵の花嫁姿を想像してしまったらしい青州は、赤くなった顔を片手で覆っている。
 平和で穏やかで賑やかで、心地よい日々。

(いつまでもここに居て、よいのでしょうか?)

 朝顔はふと、自問する。
 人間でないどころか毒を宿す有害生物たる己が、この家族の優しさと温かさを享受したままでいいのか、と。

 ◇

「やっと見付けた」

 薄暗い実験室の中で、宙に浮かぶホログラム映像が映す『朝顔』の顔を見て、白衣に身を包んだ男が舌打ちをする。
 その映像は先日、京都にある呉服屋に現れた見目麗しい看板店員。という内容で投稿されたSNSの写真なのだが、その特徴的な外見は白衣の男達が探し求めていたモノそのものである。

「手間かけさせやがって」
「直ぐに連れ戻すぞ。おい、車の手配」

 仄暗い悪意が、動き出す。
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