毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第272話 無戸籍

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「ちょっと何! 貴方達! お客じゃないなら帰って頂戴!」

 青州と加恵がお付き合いをする事に決まった翌る日。
 呉服屋の土間では、土足で座敷にあがろうとした男二人組を母上が追い出そうとしていた。そもそも開店時間でもない上、「何をお求めか?」と訊ねても「白髪の男を呼べ」としか言わず、買い物が目的ではないのは明白。
 店にいさせる理由はないと、母上は毅然とした態度で男達の侵入を拒む。

「いい加減、警察を呼ぶわよ!」
「警察を呼ばれて困るのはそっちだろう! 不法対策者を置いているんだからな!」
「いいからあの男を出せ!」
「店長!」

 その時、騒ぎを聞いた朝顔が在庫倉庫を兼ねている奥の間から姿を現す。

「やっと顔を出しやがったな!」

 店頭で騒ぐ男二人組の顔を見た朝顔は険しい目付きをすると、母上の前に庇うように立つ。

「すみません、店長。彼らのお相手はわたくしが。……少し、店を空けます」
「朝顔ちゃん、でも……」
「お引き取りください」

 そこに、凛とした声が店内に響き渡る。
 その声の主は、日傘を片手に呉服屋を訪れた加恵である。

「彼は当店の従業員です。勤務中に連れ出すなど、勝手な事を言われるのは困ります」
「そうは言うがあの男は元々……っ!」
「当店で起きた事は全て録画、録音されています。今すぐに警察へ提出、突き出す事もできます。どうしますか?」

 自分よりも遥かに大きい男二人組に凄まれても、加恵は一歩も譲らない。
 寧ろ一切、視線を逸らす事なく力強い目で見詰められてしまった男二人組はたじろいでしまい、「また来るからな!」と捨て台詞を吐いて帰っていった。
 男二人組の姿が見えなくなった所で、ようやく加恵は表情を緩めほっと胸を撫で下ろす。毅然と振る舞っていたが、やはり緊張していたのだろう。
 そんな加恵に母上は直ぐに駆け寄って、その小さな体を抱きしめる。

「加恵ちゃん! 怖かったでしょう! 無理して前に出なくってもよかったのよ?」
「私はいつか、店長の店を継ぎたいと思っているんです。お店も従業員も守れなきゃ、店長なんて勤まらないでしょう? いちアルバイトが、差し出がましいですけど……」
「気持ちはすっごく嬉しいのよ! 本当に! けど怖い思いして欲しくないの~っ!」

 母上に遅れて朝顔も加恵の側に歩み寄り、深々を頭を下げた。

「有難う御座います、加恵殿。しかし彼らはまた来るでしょう。わたくしがここに居る限り……」
「だから出て行くなんて、言わないわよねっ!」

 母上にキッと睨み付けるような視線を向けられ、朝顔はたじろぐ。
 実際、潮時だと考えていたからだ。研究所あそこの連中に居場所を知られた今、居座り続ければ何をされるかわかったものではない。
 何せ非人道的な実験を繰り返している者達である。人並みの倫理観など持っていない。警察に顔を割れるのを恐れてか今は撤退していったが、捨て台詞を吐いていたように、それで諦める事はない。

「朝顔ちゃんが新しい道を歩みたいとかなら止めないけど、後ろ向きな理由でいなくなるのは駄目よっ!」
「そうは言いますが、店長。わたくしは事実、戸籍も何もない。ここに居ていい存在では……」
「朝顔さん」

 悲観的な現状を語る朝顔の言葉を止めたのは、加恵だ。
 彼女は柔らかな微笑みを朝顔に向けると、無意識に震えていた朝顔の手を取って、優しく包み込んでくれた。

「じゃあこれから、居場所を作っていきましょう?」

 ◇

 その日の夕方。閉店作業が終わった後。
 朝顔は帰宅した青州を呼び、自室として借りている書斎で今日起きた出来事を話した。

「御母堂も加恵殿も、善い方々ですね」
「何を今更」
「ご迷惑をおかけしたく、ありません。……けれど、けれど、離れる事も、耐え難い」

 朝顔は着物の裾を強く握り締め、声を震わせる。

「お二人は、ここがわたくしの居場所だと、仰って、くださったのです」

 叶うのならば、あの場で泣きたかった程だ。
 人為的に造られた朝顔には製造者はいても親はおらず、自然に反した異物として在るしかないと思っていた。帰るべき場所も行くべき場所もない。必要がなくなれば廃棄される、使い捨ての存在。
 そんな自分に「居ていい」と、言ってくれたのだ。それを聞いてしまった朝顔は、理性では今すぐここを発つべきだとわかっているのに、感情がそれを拒絶する。
 その複雑な思いを察してか、青州は男二人組の詳細については言及せず、代わりに動向を訊いてきた。

「奴らがまた来るとしたら、いつだろうか」
「……恐らく、今夜にでも」
「では、その時は小生も立ち会おう」
「えっ」

 厄介事を避けがちな青州が、自分から関わるなど思っても見なかった朝顔は紫色の目を丸くする。

「こ、これはあくまでわたくしの問題でして、青州殿が出る必要はですね……」
「お前を拾ったのは、小生だ。責任を、果たさなければならない」

 朝顔が何度、関わるのは止すよう伝えても青州の意思は揺らがなかった。
 青洲は早速行動に移し、呉服屋の外に出ると仁王立ち男二人組の来訪を待った。
 そして朝顔の予想通り、男二人組は今朝と同じように荒い足取りで店の前へ姿を現した。青州に「中で待っていろ」と言い付けられた朝顔は、引き戸のガラス越しに、外の様子を落ち着かない心持ちで見守る。

「来たか」
「何だぁ、餓鬼」
「ここの店主の息子だ。お前達と話がしたい」

 大人びているが、青州は18歳。年齢的には成人しているとはいえ、まだ子供といっていい。
 大人二人を相手にするのは危ないのでは、今からでも外に出ようか、と朝顔がはらはらしているのを余所に、青州は対話を続ける。

「彼を不法滞在者と言ったな。どうしてそう思ったんだ?」
「どうもこうも! 戸籍がねぇだろ!」
「どうして戸籍がない」
「……そりゃ、出生届とか出されてねぇし」
「どうしてだ」

 淡々と質問攻めをしてくる青州に、男二人組は苛立つ。

「いちいちウルセェな! ねぇもんはねぇんだよ!」

「出せる訳ねぇだろ! そいつは俺達が……っ!」
「おい馬鹿っ! 黙ってろ!」
「俺達が、なんだ?」

 口を滑らそうとした男を、もう一人の男が止める。
 青州は更に追及を続けた。

「他国から攫ってきたとでも、言うのか? であれば人身売買の疑いが……」
「違ぇよっ!!」
「では何だ。非合意で誰かに産ませたのか?」
「おっ、俺達ゃそいつが勝手に産まれたのを拾って育ててやったんだよ! その恩を忘れやがって! いいから連れて来い!」
「それともアレか? 手放したくなくなっちまったのか? マセたガキだなぁっ! まぁ、
「ははっ! なるほどなぁ! ここは服屋じゃなくて、連れ込み宿だったのか!」

 勝手な憶測を元に下卑た笑い声を上げる男二人組。
 ビキリと、青洲の額に青筋が浮かんだ。

「……下衆が」

 次いでボソリと、低い声で悪態を呟く。
 しかし彼は殴りかかりたくなったのをどうにか堪え、一つ深呼吸をすると、努めて冷静に話を続ける。

「しかし朝顔は、日本で産まれてはいるんだな。喋ってくれてありがとう。助かった」

 何なら青洲は男二人組に礼を述べると、

「これで戸籍の申請ができる」

 着物の懐に入れていたボイスレコーダーを取り出した。

「この録音と監視カメラの記録映像を役所に提出する。そうすれば朝顔は無戸籍で誕生した日本人として、受け取られる。例え親の国籍が海外だろうとも、日本で産まれた以上は、日本人となるのだから」
「お前っ! そんな都合よく行くとでも……!」
「確かに、申請が通るかは別だ。しかし滞在の足掛かりには、なる。それと」

 ウ~ッ! ウ~ッ!
 けたたましいサイレンが周囲に響き渡る。パトカーのサイレンだ。
 聞きたい事を聞いた青州が彼等にもう用は無いと判断し、後ろ手で携帯端末を操作。無声通報で警察を呼び寄せたのだ。

「威力業務妨害及び名誉毀損で訴えるには、充分な暴言だ」
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