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第十三章 朝顔の種編
第273話 居場所
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パトカーに男二人組が乗せられ署に送られるのを見送り、警察からの長い事情聴取を終えた青州は、涼しい顔をして店内へ戻ってきた。
彼の帰りを待っていた朝顔は、恐る恐る「あの二人はどうなりそうか」と訊ねる。もし拘束が一時のもので、釈放されれば報復が待っているのでは、と心配してのことだ。
「安心しろ、朝顔。奴らは当分、塀の向こうだ」
「そ、そうなのですか?」
「どうも、余罪が沢山あるらしくてな。無免許での医療行為やら、人攫いやら、違法薬物売買やら……。怪しいとは思っていたが、あそこまでだったとは」
呆れた顔をして、青州は両腕を組んでいる。
身元のわからない、記憶もないと言い張る自分にここまで手を尽くしてくれたことに、朝顔はまた泣きそうになってしまう。
(当面は大丈夫そうですが、万が一また研究所の連中が現れた時は――命を終わらせなくては)
朝顔は彼らを何をしてでも守る事を、秘かに誓った。
「それで。無戸籍者の戸籍申請には、弁護士が必要だったか? 腕のいい人を、探さなくてはな」
「まっ、待ってください。ベンゴシにはお金が沢山かかると伺っております。お時間もかかる、と。これはわたくしの問題。わたくしがお金を貯めて、手配をいたします。青州殿は勉強に集中なさってください」
「しかしお前はまだ、読み書きが覚束ないのだろう? 小生が対応した方が早く……」
「それでも。わたくしの問題で青州殿の勉強に支障が出る方が、わたくしはとても辛いのです」
「そこまで言うなら……」
青州は朝顔の意思を尊重し、ボイスレコーダーと記録映像を朝顔に渡してくれる。
朝顔は深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。
……青州に申請をやめて貰ったのは、彼に負担をかけたくないのも事実だが、何かの拍子で朝顔が『アトロピン』を宿す有毒人種だと国にバレないようにする為だ。朝顔は自分が有害な人造人間である事は自覚している。公的機関に存在を発覚されたら、問答無用で廃棄されるかもしれない。
それを恐れて、研究所の連中は朝顔の存在をひた隠しにしていたのだから。
(尤も、ここで誤魔化しても……ずっと居たいと願っても……。期限は、あるでしょうが)
朝顔は人造人間。人間ではない。
その違いの一つに、《不老》があった。数年ならばまだしも、10年20年と歳を取らないままいれば怪しまれてしまう。
(……3年。3年を期限と、致しましょう)
青州達ならば、朝顔が人造人間である事を、もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。しかし彼らがよくても周囲が、国が、世界が許さないだろう。
今から別れる日を想像してしまい、苦しげな表情となってしまった朝顔の顔を、商品の着物を片し終えた母上が覗き込む。
「ねぇ、朝顔ちゃん。私と籍でも入れましょうか?」
「……は?」
「母上っ!?」
「だってぇ。それが手っ取り早いじゃない~。私独り身だしっ!」
母上からの想定外の提案に朝顔は硬直し、青州は困惑した声をあげた。
「形だけよ形だけっ! 人助けだもの、天国のお父さんも許してくれるわっ!」
「そういう問題では、ないでしょうっ!?」
「お、お気持ちだけ、頂戴いたします」
◇
「父は、小生が生まれる前に亡くなってしまってな」
母上が自室で眠りについた後。
青州は二階の書斎で亡き父について語ってくれた。今は朝顔の部屋として使用しているこの書斎も、かつては父の部屋だったのだという。
「それから母上は女手一つで、小生を育ててくれた」
青州は書斎机の上に置かれた、母上と亡き父の2人が映る写真が入れられた写真立てを眺めて言う。
「医大という金のかかる進学先を目指した時も、応援してくれた。だから、母上がしたい事は好きにさせたい所なんだが……。流石にあれは、お人好しがすぎる」
「わたくしもそう思います」
戸籍を得る手段としての婚姻など、朝顔も受け入れるつもりはさらさらなかった。そもそも身元不明の朝顔が誰かと籍を入れられるかわからないが、それでも。
ちなみに丁寧に断られた母上は「私は構わないのに。それとも、おばさんじゃ駄目だったかしら?」とズレた事を不満げに言っていた。
(優しい方だ。危ういほどに)
そんな母上に育てられた青州だからこそ、山中で倒れていた見ず知らずの他人を、朝顔を、拾ってきてくれたのだろう。
「……うん? 朝顔、ここにある本は、なんだ?」
写真立てを眺めていた青州だったが、そこで書斎机に以前は置いていなかった本が積み上がっている事に気付く。
「文字を覚える勉強も兼ね、読ませて頂きました。すみません、触れてはいけないものでしたか?」
「いいや。ただ、もう全て、読んだのか?」
「はっ、はい」
書斎机の上に積み上がっている本は一冊二冊などではなく、十冊はある。それも、どれも分厚い医学書だ。
ただ文字を眺めるだけにしても読むのに時間がかかる筈と、青州は不思議に思う。
「これを全て……。お前は速読が、できるのか?」
「えっ? ……あ、あぁ、ええと、違います。実はわたくし、その……そう、ショートスリーパーという体質でして。普通の方よりも睡眠を必要としないのです」
青州の鋭い指摘を前に、朝顔はどうにか覚えたての知識で誤魔化す。
実際はショートスリーパーですらなく、その気になれば5日は不眠不休で動ける身体なのだが、それを知られたら人間ではない事が露見してしまう。
食事の量の調整も苦労したものだ。一日一食で活動できる朝顔に一日三食の食生活は食べ切る事ができず、それを見た青洲が「恐らく今まで満足に食事ができなかったから、胃袋が小さいんだろう」と言ってくれたのでその推察に乗っかり、極力、量を減らして貰っている。
その件もあり、人間の身体と自分の身体の差を学習しようと、こっそり医学書を読み込んでいたのだ。
「それにしても、医学生が読むような参考書まで手に取るとは……。読んでいて、面白いか?」
「はい」
朝顔は肯首する。
知らない事を学ぶのは楽しい。それは本心だった。
「ふむ。これを楽しめるのならば、お前には医者の才能があるな」
「えぇ? ご冗談を。わたくしは医者の器になれるような柄ではございません」
「そうか? 向いていると、思うのだがな」
そう言って穏やかに微笑みかけてくれた青洲に、つられて朝顔も笑みを溢す。
(有毒人種であるわたくしが、人を救うなど……。しかしお気持ちは嬉しいですね。とても)
幸いな事に、朝顔を有毒人種と知る研究所の連中が再び彼の前に現れる事はなかった。男二人組が警察に突き出されたのを見て、警戒したのかもしれない。
それとも、帰還命令に抵抗するのを見て――命の危機を感じたか。
朝顔は有毒人種。人間よりも遥かに強靭な肉体を持つ人造人間。その気になれば人間の命など簡単に奪える。言いなりだった昔とは違い抵抗してくる、と判断すれば距離も取ってくるだろう。
真相など知る由もないし、知る気もないが、何にせよ朝顔はその日からとても穏やかな日々を過ごす事ができた。
だから朝顔が決めた3年という期日は、あっという間にやってきた。
彼の帰りを待っていた朝顔は、恐る恐る「あの二人はどうなりそうか」と訊ねる。もし拘束が一時のもので、釈放されれば報復が待っているのでは、と心配してのことだ。
「安心しろ、朝顔。奴らは当分、塀の向こうだ」
「そ、そうなのですか?」
「どうも、余罪が沢山あるらしくてな。無免許での医療行為やら、人攫いやら、違法薬物売買やら……。怪しいとは思っていたが、あそこまでだったとは」
呆れた顔をして、青州は両腕を組んでいる。
身元のわからない、記憶もないと言い張る自分にここまで手を尽くしてくれたことに、朝顔はまた泣きそうになってしまう。
(当面は大丈夫そうですが、万が一また研究所の連中が現れた時は――命を終わらせなくては)
朝顔は彼らを何をしてでも守る事を、秘かに誓った。
「それで。無戸籍者の戸籍申請には、弁護士が必要だったか? 腕のいい人を、探さなくてはな」
「まっ、待ってください。ベンゴシにはお金が沢山かかると伺っております。お時間もかかる、と。これはわたくしの問題。わたくしがお金を貯めて、手配をいたします。青州殿は勉強に集中なさってください」
「しかしお前はまだ、読み書きが覚束ないのだろう? 小生が対応した方が早く……」
「それでも。わたくしの問題で青州殿の勉強に支障が出る方が、わたくしはとても辛いのです」
「そこまで言うなら……」
青州は朝顔の意思を尊重し、ボイスレコーダーと記録映像を朝顔に渡してくれる。
朝顔は深々と頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。
……青州に申請をやめて貰ったのは、彼に負担をかけたくないのも事実だが、何かの拍子で朝顔が『アトロピン』を宿す有毒人種だと国にバレないようにする為だ。朝顔は自分が有害な人造人間である事は自覚している。公的機関に存在を発覚されたら、問答無用で廃棄されるかもしれない。
それを恐れて、研究所の連中は朝顔の存在をひた隠しにしていたのだから。
(尤も、ここで誤魔化しても……ずっと居たいと願っても……。期限は、あるでしょうが)
朝顔は人造人間。人間ではない。
その違いの一つに、《不老》があった。数年ならばまだしも、10年20年と歳を取らないままいれば怪しまれてしまう。
(……3年。3年を期限と、致しましょう)
青州達ならば、朝顔が人造人間である事を、もしかしたら受け入れてくれるかもしれない。しかし彼らがよくても周囲が、国が、世界が許さないだろう。
今から別れる日を想像してしまい、苦しげな表情となってしまった朝顔の顔を、商品の着物を片し終えた母上が覗き込む。
「ねぇ、朝顔ちゃん。私と籍でも入れましょうか?」
「……は?」
「母上っ!?」
「だってぇ。それが手っ取り早いじゃない~。私独り身だしっ!」
母上からの想定外の提案に朝顔は硬直し、青州は困惑した声をあげた。
「形だけよ形だけっ! 人助けだもの、天国のお父さんも許してくれるわっ!」
「そういう問題では、ないでしょうっ!?」
「お、お気持ちだけ、頂戴いたします」
◇
「父は、小生が生まれる前に亡くなってしまってな」
母上が自室で眠りについた後。
青州は二階の書斎で亡き父について語ってくれた。今は朝顔の部屋として使用しているこの書斎も、かつては父の部屋だったのだという。
「それから母上は女手一つで、小生を育ててくれた」
青州は書斎机の上に置かれた、母上と亡き父の2人が映る写真が入れられた写真立てを眺めて言う。
「医大という金のかかる進学先を目指した時も、応援してくれた。だから、母上がしたい事は好きにさせたい所なんだが……。流石にあれは、お人好しがすぎる」
「わたくしもそう思います」
戸籍を得る手段としての婚姻など、朝顔も受け入れるつもりはさらさらなかった。そもそも身元不明の朝顔が誰かと籍を入れられるかわからないが、それでも。
ちなみに丁寧に断られた母上は「私は構わないのに。それとも、おばさんじゃ駄目だったかしら?」とズレた事を不満げに言っていた。
(優しい方だ。危ういほどに)
そんな母上に育てられた青州だからこそ、山中で倒れていた見ず知らずの他人を、朝顔を、拾ってきてくれたのだろう。
「……うん? 朝顔、ここにある本は、なんだ?」
写真立てを眺めていた青州だったが、そこで書斎机に以前は置いていなかった本が積み上がっている事に気付く。
「文字を覚える勉強も兼ね、読ませて頂きました。すみません、触れてはいけないものでしたか?」
「いいや。ただ、もう全て、読んだのか?」
「はっ、はい」
書斎机の上に積み上がっている本は一冊二冊などではなく、十冊はある。それも、どれも分厚い医学書だ。
ただ文字を眺めるだけにしても読むのに時間がかかる筈と、青州は不思議に思う。
「これを全て……。お前は速読が、できるのか?」
「えっ? ……あ、あぁ、ええと、違います。実はわたくし、その……そう、ショートスリーパーという体質でして。普通の方よりも睡眠を必要としないのです」
青州の鋭い指摘を前に、朝顔はどうにか覚えたての知識で誤魔化す。
実際はショートスリーパーですらなく、その気になれば5日は不眠不休で動ける身体なのだが、それを知られたら人間ではない事が露見してしまう。
食事の量の調整も苦労したものだ。一日一食で活動できる朝顔に一日三食の食生活は食べ切る事ができず、それを見た青洲が「恐らく今まで満足に食事ができなかったから、胃袋が小さいんだろう」と言ってくれたのでその推察に乗っかり、極力、量を減らして貰っている。
その件もあり、人間の身体と自分の身体の差を学習しようと、こっそり医学書を読み込んでいたのだ。
「それにしても、医学生が読むような参考書まで手に取るとは……。読んでいて、面白いか?」
「はい」
朝顔は肯首する。
知らない事を学ぶのは楽しい。それは本心だった。
「ふむ。これを楽しめるのならば、お前には医者の才能があるな」
「えぇ? ご冗談を。わたくしは医者の器になれるような柄ではございません」
「そうか? 向いていると、思うのだがな」
そう言って穏やかに微笑みかけてくれた青洲に、つられて朝顔も笑みを溢す。
(有毒人種であるわたくしが、人を救うなど……。しかしお気持ちは嬉しいですね。とても)
幸いな事に、朝顔を有毒人種と知る研究所の連中が再び彼の前に現れる事はなかった。男二人組が警察に突き出されたのを見て、警戒したのかもしれない。
それとも、帰還命令に抵抗するのを見て――命の危機を感じたか。
朝顔は有毒人種。人間よりも遥かに強靭な肉体を持つ人造人間。その気になれば人間の命など簡単に奪える。言いなりだった昔とは違い抵抗してくる、と判断すれば距離も取ってくるだろう。
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