毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第274話 赤化現象

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 期日と決めた3年の間に、青洲は単位を落とす事もなく順調に進級。加恵は服飾学校を卒業し呉服屋の販売員兼デザイナーとなり……間もなく朝顔と同じように住み込みで働くようになり、家族が増えたようで賑やかになったものだ。
 温かい食卓を4人で囲うのも、社内研修と銘打っておいて青洲も連れ温泉街へ旅行に連れて行って貰ったのも、朝顔が一人で店番を任されるようになったのも、青洲と加恵、各々にこっこり恋の悩みを相談されたのも、母上と一緒にお盆の準備をして墓参りに行ったのも、その全てが、一つ一つ忘れ難い、掛け替えのない思い出だ。

(……そろそろ、期限が来てしまいますね)

 西暦2300年。24世紀が始まってから二月ふたつき後。
 春一番はもう少し先だとわかる、まだまだ冷え込みが厳しい早朝。朝顔は日課となった店先の掃き掃除をしながら、白い吐息を吐いていた。

(今日まで何事もなく過ごせた事に、感謝をしなければ)

 書斎の医学書を読み込み、人間の人体についての学習はすんだ。読み書き算術や人間社会の常識も覚えた。
 母上から頂戴している給与も、生活必需品以外には使わないようにしていた為、貯まっている。その一部だけ持って、残りは今まで世話になったお礼として店に置いて、雲隠れしようと朝顔は考えていた。

(しかし何も告げずにいなくなれば、皆さんは心配してしまうでしょうね。置き手紙を書きましょう。……しかしもう少し、もう少し、居てもいいでしょうか。そう、秋。秋桜コスモスが咲く、季節までは……)

 こほこほっ
 考え事をしながら店内に戻った朝顔の耳に、咳き込む声が聞こえる。
 顔をあげてみれば、座敷に居た母上が口元を着物の袖で隠して咳き込んでいた。

「店長、体調が優れないようですが……」
「ごめんなさいね、うるさかったかしら? 夜冷えるからか、咳が止まらなくって。嫌ねぇ」
「熱はありますか? 風邪だとしても、こじらせては大変です。もう直ぐ加恵殿も降りて来ます。店番はわたくし達に任せ、おやすみください」
「あらあら。それじゃあ、お任せしようかしら」

 今まで風邪の一つも引いた事のなかった母上の体調不良を心配し、朝顔は彼女を二階の居住スペースに向かわせると、入れ替わりで降りてきた加恵とその日は店を回す事とする。

『母上。お身体が優れないのならば、小生と病院に……』
『もうっ! 大丈夫よ、寝ていれば治るわっ! それより青洲ちゃん、今日は課外実習があるんでしょう? 大事な授業なんだから、早く学校に行きなさいっ』

 開店準備中、そんな会話が上の階から聞こえてきた。加恵には聞こえていないだろうが、人間よりも耳のいい朝顔にはよく聞こえる。
 そして間もなくして、青洲が一人で下に降りてきた。

「母上には困ったものだ……」
「心中、お察しします。何かありましたらわたくしが対応いたしますので、ご安心ください」
「あぁ、頼んだ。朝顔。では行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃい、青洲さん」

 そうして朝顔と加恵はいつも通り、青洲が通学するのを見送る。が、ふと、青洲は足を止め振り返った。
 その表情はどこか、思い詰めている。

「最近、妙な風邪が流行っているそうだ。二人共くれぐれも、気を付けてくれ」

 ◇

 青洲の忠告を聞いた朝顔は、母上へ病院に行くよう頼み込んだ。
 何なら付き添うと申し出たが、母上は「子供じゃないんだから! 一人で平気!」と一人で病院へ向かっていった。実際、咳は出ているが熱は高くないようで、行動に支障はないようだ。
 帰宅した時も体調が急変した様子はなく、不織布マスクを付けた以外は何の変化もない。

「店長、お医者さまは何と?」
「風邪らしいわ。でも治りが遅い風邪みたいで、暫くはマスクで失礼するわね」
「了解いたしました」

 咳と少しの発熱。
 症状はそのぐらいで、特に寝込む事もなく、母上は数日後には全快していた。

「熱も咳ももうないわよ! 心配かけたわねぇ」
「元気になって本当によかったです、店長」

 店の座敷で元気に笑う母上に、加恵も嬉しそうに微笑む。
 朝顔も安堵の笑みをこぼそうとして、ふと、母上の首筋に赤い斑点ができている事に気付いた。

「店長、その発疹は……?」
「あらやだ。虫刺されかしら? 後でお薬を塗らなくっちゃ」

 痒みや痛みはなかったようで、朝顔が指摘するまで母上は赤い斑点の事を全く気付いていなかった。
 店の姿見で赤い斑点を確認し、彼女は「嫌ねぇ」と眉を下げている。

(虫刺され? しかし虫が飛び交う季節にはまだ早い。皮膚炎や蕁麻疹、汗疹の方が可能性がありますね。変な病気ですといけない。ただ本日は週の半ば。近場の病院は閉まっておりますし……)

 朝顔はひとまずその事を帰宅した青洲に告げ、経過を見た方がいいのか直ぐにでも病院に行った方がいいのか相談をした。
 医者の卵である青洲ならば、症状から病気の特定もできるのでは、と期待もしていた。
 だが青洲は朝顔の話を聞いた途端、顔面蒼白となった。

「朝顔、これを見て欲しい」

 そして朝顔を青洲の自室へ入室させると、彼はパソコンを開いてある画面を表示させる。

『24世紀の始まりとなる今年。パラス国で発生した生物災害バイオハザードを皮切りに、《赤化せきか》現象は瞬く間にヨーロッパ全土へ広がり、各地で混乱が巻き起こっております。更にこの現象はユーラシア大陸にまで拡大しているとみられ――……』

 それはヨーロッパで連日報道されている、生物災害バイオハザードに関するニュース映像だった。
 日本のニュース番組でも幾らか流れていて、朝顔も異形と化した人間が街中で暴れている映像を見た事がある。

「青洲殿、この報道と母上の発疹に関連が……?」
「……まだ、断定はできないが……。母上は奇病に、罹ってしまったかもしれない」

 青洲は深刻な顔をして、医大で教わったという奇病をかいつまんで教えてくれた。
 ヨーロッパを中心に世界各国で同時多発的に起きている、人間が正気を失い異形へ変わる『赤化セキカ現象』。
 青洲曰く、それは病の可能性あるのだと。
 先天性の遺伝子異常か違法薬物投与による突然変異か特殊電波か超能力による怪異オカルトか、はたまた神の御業か。
 原因がわからず様々な憶測が飛び交っている中、医師達の見解は「病気」、それも「感染症」の可能性が高い。というものだった。
 『赤化セキカ現象』が起きた人間の共通点を洗い出した所、風邪のような症状が出たかと思えば赤い斑点が浮かび上がり、間もなくして正気を失い凶暴化。やがて身体の体表から硬質な突起を生やした異形と化す、という段階ステージを踏んでいる。

「この『風邪のような症状』は免疫が働いているから出ているのでは、と医療業界では言われている。感染症だと思われているのは、『赤化セキカ現象』が起きた周囲の人間も、『赤化セキカ現象』に見舞われるからだ」

 異形と化した者は周囲の人間を無差別に襲い、吸血して殺めるか、同じように『赤化セキカ』させてしまう。
 この場合、段階ステージを踏まずに変貌させてしまうのだが、道具も使わずに同じ状態にできる所から、遺伝子や薬物による変異ではなく感染症なのではないか、と言われているのだ。

「病気、なのでしたら、治療は……」
「対抗策はまだ何も、ない。小生も、病気ではと睨んでいるが、それも憶測の粋を出な……」
『速報です!』

 その時、世界ニュースを淡々と報道していたパソコンの中のニュースキャスターが、少し興奮した様子で急遽入ってきたニュースを発表する。

『今、イギリスから赤化現象に関連する発表が飛び込んできました! 発表を行ったジョン医師によれば【『赤化セキカ現象』は『真菌の胞子による感染症』】との事です!  医療業界では『まだ断定はできない』という声もあがっているようですが、未知の真菌が発見されたのは事実! そしてその真菌は『赤化セキカ現象』に見舞われたどの人間にも人種や性別、年齢など関係なく体内に存在していたと! これを受けたWHOは感染症対策に乗り出す事を決め――』

 その内容は、後に『珊瑚』と名付けられる、寄生菌の発見を伝えるものであった。
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