毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
320 / 600
第十五章 平和が終わる日

第311話 嫌いな味。好きな味。

しおりを挟む
 ネグラの出口へ向かう途中、ニコチンはじとりと不審そうな目でモーズを睨み付けた。

「お前ぇ随分とアセトに気に入られてんな。媚でも売ったのか?」
「私は彼の頼み事を聞いただけだ」
「そりゃどんな頼みだよ」
「守秘義務という言葉を知っているだろうか? アセトアルデヒドの許可がなければ話せないな」
「チッ」

 聞きたかった回答を得られず、ニコチンはますます不機嫌になっている。

「ところでニコチン。冷気を操れるウミヘビは他にもいるのだろうか?」
「……。あげるとすりゃ《アンモニア》、《アセトン》、《クロロメタン》だな」
「ふむ。教えてくれてありがとう。やはり君は、頼りになる」
「いちいち礼とか、気持ち悪ぃな」
「本心なのだが……。私は君に、言葉では感謝し切れない程に世話になっている。なのに未だに返礼ができず、心苦しいぐらいだ。日本では結局、君の舌に合う酒が見付からなかったし……」
「俺じゃなくてアセトな」

 一昨日の事だ。日本にある《ウロボロス》研究所跡地から感染病棟へ戻る途中。ウミヘビ達へ日本土産をと、モーズはニコチンを連れ酒屋や雑貨屋を訪ねた。酒屋では試飲もできたので、ニコチンに片端から呑ませ感想を聞いたのだが、残念ながら彼の好みと言える代物は見付からなかった。
 だから未だに、モーズはニコチンへ酒を渡すという約束を果たせていない。

「飲み慣れていない米酒よりも、親しみのある葡萄酒の方が良かったかもしれないな。そうだ。次の休暇には私の故郷、フランスに行きそこで葡萄酒を買ってこよう。フランスは葡萄酒の名産地、きっと君にも合う酒がある筈だ」
「だから俺じゃなくてアセトを唸らせる酒をだな」
「わかっている」

 ニコチンはアセトアルデヒドの兄、エタノールの作る酒よりも上質な物を求めている。全てはアセトアルデヒドを喜ばせる為に。
 しかし「アセトアルデヒドを喜ばせる」には、上質さだけにこだわっていては達成できない。日本でアセトアルデヒドと言葉を交わした事で、モーズはそれを知った。

「君が喜ぶ物こそ、アセトアルデヒドが望む物だ。だから君に訊いている」
「あ゙ぁ゙? 俺は飲めりゃ何でもいいってのに、何言ってんだ」
「それでも、何かしら好みがある筈だ。何せ君にはがあるのだから」

 ニコチンは、甘い物を好まない。
 嫌いな物があるという事は、好きな物も必ずあるはず。アセトアルデヒド以外の事に無関心で無気力な所があるニコチンだが、自分の感性に完全に蓋をしてしまっている訳ではない。
 よってモーズはまず、ニコチンの味覚から彼の患う依存症の抜け道を探る事としたのだ。

「君の好みを見付けるまで、頑張るとしよう」
「意味がわからん」

 しかしモーズの意図がわからないニコチンからは気味悪がれてしまった。
 少々、心の距離が開いてしまったのは残念ではあるものの、アセトアルデヒドに従順なニコチンは、彼の願い通りきちんとモーズをネグラの出口まで送り届けてくれた。

「見送り感謝する。また会おう」
「へいへい。さっさと帰りな」

 鉄柵越しに別れを告げ、ニコチンは踵を返しモーズへ背中を向ける。

(……。初めてネグラに入った時を思い出すな)

 あの日も、ニコチンと鉄柵越しに別れた。今日と異なり夜で暗かったが、日の入りの時間が異なるというだけで時刻自体は同じ19時。
 あの日と同じく、休日が終わるまであと5時間ある。
 自室に戻ったら明日使う研究資料のまとめを、と最初は考えていた。だが時計の短針が指し示す数字を見て、予定を改める。

(今日は休日。寄宿舎の自室はプライベート空間。度を越した規則違反さえしなければ、クスシとしてではない過ごし方が許される)

 時間がない中での機会は、逃したくない。
 モーズは覚悟を決め、寄宿舎へ向け足早に歩き始めた。

 ◇

 白を基調とした無機質な部屋の中央に、飾り気のない机と2つの椅子が置かれている。
 木目調ならばカフェのインテリアになるだろう、スタイリッシュなデザインの家具だが、部屋と同じく真っ白な色調なので部屋の寒々しさに拍車をかけてしまっている。
 そんな椅子の片方には、既に人が座っていた。
 金髪金眼を持つ医師、ルチルである。
 その部屋に、マスクを外したモーズが入室してくる。

「こんばんは、モーズ先生。お久し振りですね」
「ルチル医師、突然の呼び出しに応えて頂き感謝する」

 軽く会釈をした後、モーズはルチルの向かいにある椅子を引いて座ろうとし……椅子の足に爪先を引っ掛け、バランスを崩し、椅子の背もたれにもたれかかってしまった。

「う、ううむ。シミュレーターの使用で慣れたつもりだったが、どうも操作が覚束ないな」
「オフィウクス・ラボで使用しているシミュレーターは最新型でしょう? 旧型ではこんなものですよ」

 ここはフルダイブ型VR空間。遠近感覚や身体の動かし方に現実と差が生じてしまう。
 ルチルの言う通りオフィウクス・ラボで扱うシミュレーターのVR空間は最新式のもので、現実との差が全くと言っていいほどない。それに慣れてしまった状態で余所のVR空間、異なるメーカーのものや旧型のものが展開するVR空間の中に入ると、勝手が変わり操作が覚束なくなってしまう。
 モーズは少々もたつきつつ、椅子に座り直しルチルと対面する。その間、ルチルは穏やかな笑みを浮かべながら待っていてくれた。

「モーズ先生。ワタクシとお話がしたいという事は、悪夢続きだという事でしょうか? 貴方は生活環境が目紛しく変わり、災害のストレスに当てられる日々を送っているのです。正直、もっと早く連絡が来ると思っていましたよ」
「貴方は心配しているが、私の夢見は良いぞ」
「おや。それは意外ですね」
「常に良いとは言わないが、悪い夢を見た後も、それを忘れさせてくれる人達がいる。大変な事も多いが、良い職場環境だ」

 予想と異なる回答が返ってきた事に、ルチルは残念そうに肩をすくめる。

「ではどうして突然ワタクシとお話を? しかも対面でなんて。診察を受けるのでなければ、電話や電子メールで事足りるでしょうに」
「このVRルームは『診察室』だろう? 個人情報保護フィルターが展開されている。如何なる干渉も受けず、記録ログにも残らない。もし誰かの手によってセキュリティが突破されたとしても、その場合は必ず警報が来る」

 このVR空間は、患者と医師がオンラインで診察を受ける診察室を元としている。
 特殊学会の際に秘密裏にルチルが渡してきた連絡先は、彼が個人で持っている診察室への入室コードだったのだ。
 モーズはそれを利用し、ルチルを診察室へ呼び出した。

「内緒話をするには、持ってこいだ」

 ペガサス教団の信徒と話すという、ラボの規約違反を破る為に。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

不死身のボッカ

暁丸
ファンタジー
逓信(ていしん)ギルドに所属する甲殻人ボッカ。歩荷(ぼっか=運搬人)だからボッカと素性を隠す特急便の運搬人。 小柄な身体に見合わぬ怪力、疾風のスピードと疲れ知らずのスタミナで、野を越え山越え荷物を運ぶ。 逓信ギルドの運搬人になったのは、危険な迷宮には入りたく無いから。面倒と危険を避けてすんなり仕事を終わらせたいのに、時にギルド支部長に命じられ行きたくも無い魔獣狩りの運搬人として駆り出される。 割とチートな身体能力を持ちながら、戦闘能力はからっきしで過剰な期待はされたく無い。こんな殺伐とした異世界生活なんかとっとと終わらせて眠るように死にたいと願う、そんな<不死身の歩荷>のお話。 ※種族名とか用語は前作と共通にしてますが、別の世界の物語です。世界観も若干違います。 ※「歩荷」とは一般的にいう「ポーター」のことですが、長距離運送も兼任しています。 ※作者が設定厨なので、時々本筋に関係ない解説回が入ります。 ※第16回ファンタジー小説大賞にエントリーしてみました。

暁天一縷 To keep calling your name.

真道 乃ベイ
ファンタジー
   命日の夏に、私たちは出会った。  妖魔・怨霊の大災害「災禍」を引き起す日本国。  政府は霊力を生業とする者を集め陰陽寮を設立するが、事態は混沌を極め大戦の時代を迎える。  災禍に傷付き、息絶える者は止まない絶望の最中。  ひとりの陰陽師が、永きに渡る大戦を終結させた。  名を、斉天大聖。  非業の死を成し遂げた聖人として扱われ、日本国は復興の兆しを歩んでいく。  それから、12年の歳月が過ぎ。  人々の平和と妖魔たちの非日常。  互いの世界が干渉しないよう、境界に線を入れる青年がいた。  職業、結界整備師。  名は、桜下。    過去の聖人に関心を持てず、今日も仕事をこなす多忙な日々を送る。  そんな、とある猛暑の日。  斉天大聖の命日である斉天祭で、彼らは巡り会う。  青い目の検非違使と、緋色の髪の舞師。  そして黒瑪瑙の陰陽師。  彼らの運命が交差し、明けない夜空に一縷の光を灯す。 ※毎月16日更新中

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

処理中です...