毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
397 / 600
第十八章 序曲の不協和音

第385話 反響する旋律

しおりを挟む
 その場にいるクスシ全員の視線が、ユストゥスただ一人に注がれる。
 訳も分からず注目を浴びる事となってしまったユストゥスは暫し硬直した後、戸惑い混じりに口を開いた。

「わ、私か……!? いや担当するからには全力で応えるが、理由は何だ!?」
「だってぇ、ユストゥスってぇ、教授じゃん?」

 軽い調子でカールは話しているが、確かに彼の言う通り、ユストゥスはクスシとなる前、ドイツの大学病院の教授を勤めていた。
 今では『元』という単語が付くが。

「それが何だ。肩書きがあろうとなかろうと、実力には関係ない。例えばフリッツが担当したとて、結果は変わらないだろう」
「えっ、僕?」
「だぁめだぁめ! フリッツもね~。悪くないんだけどぉ、ここは大きな肩書きを持った人じゃないとねぇ、注目度が変わっちゃうっしょ~?」

 カールの見ているのは医師としての腕の良さではなく、世間への影響力。
 クスシとなった時点で、ここにいる医師の実力は全員折り紙付き。誰が臨床試験の担当となろうと、今まで積み上げてきた研究の元、必ず成果を出せる。
 それを踏まえて、カールはユストゥスを選んだ。

「順番に話そっか。例えば俺ちゃんの場合。医大卒業してす~ぐラボに入所したから、知名度ちょ~低いのよ」
「特殊学会に参加出来る人には知れ渡ってるけどね、問題児として」

 ボソッと突っ込みを入れるパウル。
 が、カールは気にせず話を続けた。

「青洲先生は医療業界じゃそれなりに知られているけど、島外で活躍してたのは10年以上前ってのもあって、世間的にはマイナーなのよねぇ。あ、フリードリヒは論外ね。知ってる人の方が特殊なレベルだから」

 フリードリヒの場合は医療業界よりも、菌床処分時に連携する国連軍の方が存在を知っているのではないかと、カールは考察を交える。
 いっそオフィウクス・ラボ入所以前に所属していた《ウロボロス》の人間の方が顔を知っているのでは、と思うほど、彼の出自は特異かつ、長らくラボに引き篭もっているのだかとか。

「そういえば、私も菌床の現場で初めてフリードリヒの存在を知ったな……。思い返してみると、奴は論文の一つも出していない」
「でしょ~? そんでパウルちゃんもねぇ、医療業界じゃ知り合いも多いだろうけど、医者になって一年くらいでクスシになっちゃったからね、世間での知名度ひっくいのよ~」
「そ、それはそうかもだけど……。……医療業界の重鎮、ロベルト院長の弟子として知名度比べで負けるって、何かヤダな……」
「ラボもクスシも基本的に機密だからね! 仕方ないないっ!」

 カールはパンパンと両手を叩き、明るい声でパウルを励ます。

「それからフリーデンちゃんも、俺ちゃんと同じく医大出て直でラボ入所っしょ~? あっ、当たり前だけど所長と副所長は未だに帰ってきてないから、除外っ! で、ユストゥスとフリッツが残る訳だけどぉ」
「あぁ。僕とユストゥスならユストゥスの方がそりゃあ影響力があるね」

 フリッツは少し寂しそうに笑いながら、カールの発言を認めた。

「若くして教授になった天才で、軍医の経験もある。名や顔を知っている人は多い。僕らの中だと最適だよ」
「ぐ……。何だか釈然としないが、そうなるか……」

 ユストゥスはまだどこか納得していない様子ではあったが、フリッツが認めた事で飲み込んだようだった。

「それじゃ、皆んなが理解してくれたところでぇ。本格的に予定を詰めていこうと思いまっす! フリーデンちゃんは引き続き菌床処分担当! 俺ちゃん達が集中できるようにしてっ!」
「いえっさ~」
「で! フリッツには悪いんだけどさ、日程に余裕がなくなっちゃったから、凍結実験一旦止めて施術工程の資料作成を手伝ってくれないかなっ!?」
「うん、任せて」
「ありがっとうっ! ちなみに臨床試験のサポートには、青州先生と俺ちゃんを入れまっす! 青州先生には俺ちゃんから声かけとくっ!」
「貴様も入るのか……。いや、まぁ……了解した」
「最後に、パウルちゃんはメディアにコンタクトを取る! 目一杯煽るようにっ!!」
「僕だけ担当の毛色違くないか?」
「何言ってるのぉっ! 今回の計画で一番大事ぃ~な役回りだよ? 今回は世論操作も目的の一つなんだから、気を引き締めてっ! パウルせんぱいっ!!」

 オーバーに身を乗り出し、軽快に語尾を跳ね上げるカール。
 そんな彼の芝居がかった振る舞いを前に、パウルはげんなりとした。

「……わかったけど、その殴りたくなる喋りやめてくれない?」
「りょーかいりょーかい! はっはっはっ! いやぁ、まさかメディア対決も勃発するとか! 楽しくなってきたぞ~っ!!」

 楽しんでいるのはカールだけだ。
 カールを除くその場にいる全員がそう思ったが、言ったところで聞く耳など持たない事を知っている為、誰も口を開かず沈黙で返したのであった。

 ◇

 一方その頃。
 モーズがいるネグラの食堂では、セレンが(一人で)食堂に持ち運んだグランドピアノが注目を集めていた。
 このピアノは「ウミヘビの情操教育に活用して欲しい」と、いつだかフリードリヒが購入した物らしい。しかし最近は新しいウミヘビが入島する事が減った為、【檻】の片隅で埃を被っていた。
 そのピアノの存在を思い出したセレンが自動人形オートマタに【檻】の外に出して貰った後(調律も自動人形オートマタにさせたらしい)、食堂まで運んできたのだった。

「モーズ先生! 実は私、ピアノも弾けまして! 是非聴いて欲しいのですっ!」
「あっ、あぁ。セレンは絵も描けるし、特技が多いのだな」
「えぇ! 私は優秀なのですよ、モーズ先生っ!」
「お前ぇアピールに必死だな」
「先輩、お静かにっ!」

 タバコを吹かしながら呆れているニコチンをキッと睨み付けるセレン。
 セレンからすると、モーズは直ぐに他のウミヘビをたらし込んでしまうので、再教育でまとまった時間が取れない中、少しでも自分に関心を向けて貰おうと考えての事だった。
 ウミヘビの「先生」に対する執着心はそれほど強い。寧ろ今までが押さえていた方で、ギリシャでの出来事で開き直った結果、今の彼の行動に繋がっている。
 セレンはいそいそとピアノの椅子に腰掛け、白黒の鍵盤に手を置き、ピアノソナタ第14番『月光』を奏で始めた。

 繊細で落ち着く音色が響き渡り、食堂を包んでいく。

「おぉ、素晴らしいな。プロと遜色ないじゃないか」
「そうなのか? よくわからんが」

 モーズとニコチンが席で感想を言い合う中でも、セレンの奏でる曲は徐々にクレッシェンドし、情感を深めていく。
 そして曲の終盤、最後の和音を弾き終えると同時に、セレンは息を吐き、静かに手を下ろした。
 ──パチパチパチパチ。
 直後に送られる、小さい拍手。モーズ一人の拍手ではない。食堂にいるウミヘビの何人かと……いつの間にかモーズ達が座る席の近くに立っていたタリウムも、手を叩いていた。それに気付いたセレンは僅かに目を丸くする。

「ピアノなんてあったんスね、ネグラって」
「昔からあるぞ? 知らなかったか?」
「いえ、全く」

 なんて会話をニコチンと交わしながら、タリウムは彼の隣の席に腰を下ろした。
 反対にモーズは席を立ち、セレンへ歩み寄ると直接、演奏を労ってくる。

「お疲れ様、セレン。心が落ち着く音楽だった」
「あ、ありがとうございます。モーズ先生」
「私も久しぶりに弾いてみようか」
「えっ!? 先生も弾けるのですか!?」
「教会音楽に限るがな。教会付属の孤児院で習ったものだから」

 そのままモーズはセレンが譲ってくれたピアノの席に座り、鍵盤に手を乗せた。
 しかし弾き始める前に首を後ろに向けると、ニコチンとタリウムへこんな提案をする。

「そうだ。私の後はニコチンとタリウムも弾いてみるといい」
「はぁ!? いきなり無茶言うんじゃねぇよ!」
「俺も楽器はからっきしなんスけど……?」
「曲を弾く必要はない。音を鳴らすだけでも、精神は安らぎを得られるものだ」

 ポーン……
 モーズは人差し指で押した鍵盤の一音だけ鳴らし、それが響き終わるまで目を細め聴き入る。
 次いで改めて指を配置し、奏でる。
 優しく柔らかな、それでいてどこか荘厳な曲――『主よ、人の望みの喜びよ』が、食堂の隅々に響き渡っていく。



  ▼△▼

 次章より『狂信者のカタリ』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『序曲の不協和音編』これにて完結です。
 前章まで休む暇なく動き回っていたモーズの休憩回とも言える章でした!
 ウミヘビ達の日常も丁寧めに書けて嬉しかったですね。

 次章では偽モーズを巡り国連警察が動き出す他、フリードリヒの掘り下げを予定しています!

 もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
 励みになります。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...