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第十八章 序曲の不協和音
第385話 反響する旋律
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その場にいるクスシ全員の視線が、ユストゥスただ一人に注がれる。
訳も分からず注目を浴びる事となってしまったユストゥスは暫し硬直した後、戸惑い混じりに口を開いた。
「わ、私か……!? いや担当するからには全力で応えるが、理由は何だ!?」
「だってぇ、ユストゥスってぇ、教授じゃん?」
軽い調子でカールは話しているが、確かに彼の言う通り、ユストゥスはクスシとなる前、ドイツの大学病院の教授を勤めていた。
今では『元』という単語が付くが。
「それが何だ。肩書きがあろうとなかろうと、実力には関係ない。例えばフリッツが担当したとて、結果は変わらないだろう」
「えっ、僕?」
「だぁめだぁめ! フリッツもね~。悪くないんだけどぉ、ここは大きな肩書きを持った人じゃないとねぇ、注目度が変わっちゃうっしょ~?」
カールの見ているのは医師としての腕の良さではなく、世間への影響力。
クスシとなった時点で、ここにいる医師の実力は全員折り紙付き。誰が臨床試験の担当となろうと、今まで積み上げてきた研究の元、必ず成果を出せる。
それを踏まえて、カールはユストゥスを選んだ。
「順番に話そっか。例えば俺ちゃんの場合。医大卒業してす~ぐラボに入所したから、知名度ちょ~低いのよ」
「特殊学会に参加出来る人には知れ渡ってるけどね、問題児として」
ボソッと突っ込みを入れるパウル。
が、カールは気にせず話を続けた。
「青洲先生は医療業界じゃそれなりに知られているけど、島外で活躍してたのは10年以上前ってのもあって、世間的にはマイナーなのよねぇ。あ、フリードリヒは論外ね。知ってる人の方が特殊なレベルだから」
フリードリヒの場合は医療業界よりも、菌床処分時に連携する国連軍の方が存在を知っているのではないかと、カールは考察を交える。
いっそオフィウクス・ラボ入所以前に所属していた《ウロボロス》の人間の方が顔を知っているのでは、と思うほど、彼の出自は特異かつ、長らくラボに引き篭もっているのだかとか。
「そういえば、私も菌床の現場で初めてフリードリヒの存在を知ったな……。思い返してみると、奴は論文の一つも出していない」
「でしょ~? そんでパウルちゃんもねぇ、医療業界じゃ知り合いも多いだろうけど、医者になって一年くらいでクスシになっちゃったからね、世間での知名度ひっくいのよ~」
「そ、それはそうかもだけど……。……医療業界の重鎮、ロベルト院長の弟子として知名度比べで負けるって、何かヤダな……」
「ラボもクスシも基本的に機密だからね! 仕方ないないっ!」
カールはパンパンと両手を叩き、明るい声でパウルを励ます。
「それからフリーデンちゃんも、俺ちゃんと同じく医大出て直でラボ入所っしょ~? あっ、当たり前だけど所長と副所長は未だに帰ってきてないから、除外っ! で、ユストゥスとフリッツが残る訳だけどぉ」
「あぁ。僕とユストゥスならユストゥスの方がそりゃあ影響力があるね」
フリッツは少し寂しそうに笑いながら、カールの発言を認めた。
「若くして教授になった天才で、軍医の経験もある。名や顔を知っている人は多い。僕らの中だと最適だよ」
「ぐ……。何だか釈然としないが、そうなるか……」
ユストゥスはまだどこか納得していない様子ではあったが、フリッツが認めた事で飲み込んだようだった。
「それじゃ、皆んなが理解してくれたところでぇ。本格的に予定を詰めていこうと思いまっす! フリーデンちゃんは引き続き菌床処分担当! 俺ちゃん達が集中できるようにしてっ!」
「いえっさ~」
「で! フリッツには悪いんだけどさ、日程に余裕がなくなっちゃったから、凍結実験一旦止めて施術工程の資料作成を手伝ってくれないかなっ!?」
「うん、任せて」
「ありがっとうっ! ちなみに臨床試験のサポートには、青州先生と俺ちゃんを入れまっす! 青州先生には俺ちゃんから声かけとくっ!」
「貴様も入るのか……。いや、まぁ……了解した」
「最後に、パウルちゃんはメディアにコンタクトを取る! 目一杯煽るようにっ!!」
「僕だけ担当の毛色違くないか?」
「何言ってるのぉっ! 今回の計画で一番大事ぃ~な役回りだよ? 今回は世論操作も目的の一つなんだから、気を引き締めてっ! パウルせんぱいっ!!」
オーバーに身を乗り出し、軽快に語尾を跳ね上げるカール。
そんな彼の芝居がかった振る舞いを前に、パウルはげんなりとした。
「……わかったけど、その殴りたくなる喋りやめてくれない?」
「りょーかいりょーかい! はっはっはっ! いやぁ、まさかメディア対決も勃発するとか! 楽しくなってきたぞ~っ!!」
楽しんでいるのはカールだけだ。
カールを除くその場にいる全員がそう思ったが、言ったところで聞く耳など持たない事を知っている為、誰も口を開かず沈黙で返したのであった。
◇
一方その頃。
モーズがいるネグラの食堂では、セレンが(一人で)食堂に持ち運んだグランドピアノが注目を集めていた。
このピアノは「ウミヘビの情操教育に活用して欲しい」と、いつだかフリードリヒが購入した物らしい。しかし最近は新しいウミヘビが入島する事が減った為、【檻】の片隅で埃を被っていた。
そのピアノの存在を思い出したセレンが自動人形に【檻】の外に出して貰った後(調律も自動人形にさせたらしい)、食堂まで運んできたのだった。
「モーズ先生! 実は私、ピアノも弾けまして! 是非聴いて欲しいのですっ!」
「あっ、あぁ。セレンは絵も描けるし、特技が多いのだな」
「えぇ! 私は優秀なのですよ、モーズ先生っ!」
「お前ぇアピールに必死だな」
「先輩、お静かにっ!」
タバコを吹かしながら呆れているニコチンをキッと睨み付けるセレン。
セレンからすると、モーズは直ぐに他のウミヘビをたらし込んでしまうので、再教育でまとまった時間が取れない中、少しでも自分に関心を向けて貰おうと考えての事だった。
ウミヘビの「先生」に対する執着心はそれほど強い。寧ろ今までが押さえていた方で、ギリシャでの出来事で開き直った結果、今の彼の行動に繋がっている。
セレンはいそいそとピアノの椅子に腰掛け、白黒の鍵盤に手を置き、ピアノソナタ第14番『月光』を奏で始めた。
繊細で落ち着く音色が響き渡り、食堂を包んでいく。
「おぉ、素晴らしいな。プロと遜色ないじゃないか」
「そうなのか? よくわからんが」
モーズとニコチンが席で感想を言い合う中でも、セレンの奏でる曲は徐々にクレッシェンドし、情感を深めていく。
そして曲の終盤、最後の和音を弾き終えると同時に、セレンは息を吐き、静かに手を下ろした。
──パチパチパチパチ。
直後に送られる、小さい拍手。モーズ一人の拍手ではない。食堂にいるウミヘビの何人かと……いつの間にかモーズ達が座る席の近くに立っていたタリウムも、手を叩いていた。それに気付いたセレンは僅かに目を丸くする。
「ピアノなんてあったんスね、ネグラって」
「昔からあるぞ? 知らなかったか?」
「いえ、全く」
なんて会話をニコチンと交わしながら、タリウムは彼の隣の席に腰を下ろした。
反対にモーズは席を立ち、セレンへ歩み寄ると直接、演奏を労ってくる。
「お疲れ様、セレン。心が落ち着く音楽だった」
「あ、ありがとうございます。モーズ先生」
「私も久しぶりに弾いてみようか」
「えっ!? 先生も弾けるのですか!?」
「教会音楽に限るがな。教会付属の孤児院で習ったものだから」
そのままモーズはセレンが譲ってくれたピアノの席に座り、鍵盤に手を乗せた。
しかし弾き始める前に首を後ろに向けると、ニコチンとタリウムへこんな提案をする。
「そうだ。私の後はニコチンとタリウムも弾いてみるといい」
「はぁ!? いきなり無茶言うんじゃねぇよ!」
「俺も楽器はからっきしなんスけど……?」
「曲を弾く必要はない。音を鳴らすだけでも、精神は安らぎを得られるものだ」
ポーン……
モーズは人差し指で押した鍵盤の一音だけ鳴らし、それが響き終わるまで目を細め聴き入る。
次いで改めて指を配置し、奏でる。
優しく柔らかな、それでいてどこか荘厳な曲――『主よ、人の望みの喜びよ』が、食堂の隅々に響き渡っていく。
▼△▼
次章より『狂信者のカタリ』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『序曲の不協和音編』これにて完結です。
前章まで休む暇なく動き回っていたモーズの休憩回とも言える章でした!
ウミヘビ達の日常も丁寧めに書けて嬉しかったですね。
次章では偽モーズを巡り国連警察が動き出す他、フリードリヒの掘り下げを予定しています!
もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
励みになります。
訳も分からず注目を浴びる事となってしまったユストゥスは暫し硬直した後、戸惑い混じりに口を開いた。
「わ、私か……!? いや担当するからには全力で応えるが、理由は何だ!?」
「だってぇ、ユストゥスってぇ、教授じゃん?」
軽い調子でカールは話しているが、確かに彼の言う通り、ユストゥスはクスシとなる前、ドイツの大学病院の教授を勤めていた。
今では『元』という単語が付くが。
「それが何だ。肩書きがあろうとなかろうと、実力には関係ない。例えばフリッツが担当したとて、結果は変わらないだろう」
「えっ、僕?」
「だぁめだぁめ! フリッツもね~。悪くないんだけどぉ、ここは大きな肩書きを持った人じゃないとねぇ、注目度が変わっちゃうっしょ~?」
カールの見ているのは医師としての腕の良さではなく、世間への影響力。
クスシとなった時点で、ここにいる医師の実力は全員折り紙付き。誰が臨床試験の担当となろうと、今まで積み上げてきた研究の元、必ず成果を出せる。
それを踏まえて、カールはユストゥスを選んだ。
「順番に話そっか。例えば俺ちゃんの場合。医大卒業してす~ぐラボに入所したから、知名度ちょ~低いのよ」
「特殊学会に参加出来る人には知れ渡ってるけどね、問題児として」
ボソッと突っ込みを入れるパウル。
が、カールは気にせず話を続けた。
「青洲先生は医療業界じゃそれなりに知られているけど、島外で活躍してたのは10年以上前ってのもあって、世間的にはマイナーなのよねぇ。あ、フリードリヒは論外ね。知ってる人の方が特殊なレベルだから」
フリードリヒの場合は医療業界よりも、菌床処分時に連携する国連軍の方が存在を知っているのではないかと、カールは考察を交える。
いっそオフィウクス・ラボ入所以前に所属していた《ウロボロス》の人間の方が顔を知っているのでは、と思うほど、彼の出自は特異かつ、長らくラボに引き篭もっているのだかとか。
「そういえば、私も菌床の現場で初めてフリードリヒの存在を知ったな……。思い返してみると、奴は論文の一つも出していない」
「でしょ~? そんでパウルちゃんもねぇ、医療業界じゃ知り合いも多いだろうけど、医者になって一年くらいでクスシになっちゃったからね、世間での知名度ひっくいのよ~」
「そ、それはそうかもだけど……。……医療業界の重鎮、ロベルト院長の弟子として知名度比べで負けるって、何かヤダな……」
「ラボもクスシも基本的に機密だからね! 仕方ないないっ!」
カールはパンパンと両手を叩き、明るい声でパウルを励ます。
「それからフリーデンちゃんも、俺ちゃんと同じく医大出て直でラボ入所っしょ~? あっ、当たり前だけど所長と副所長は未だに帰ってきてないから、除外っ! で、ユストゥスとフリッツが残る訳だけどぉ」
「あぁ。僕とユストゥスならユストゥスの方がそりゃあ影響力があるね」
フリッツは少し寂しそうに笑いながら、カールの発言を認めた。
「若くして教授になった天才で、軍医の経験もある。名や顔を知っている人は多い。僕らの中だと最適だよ」
「ぐ……。何だか釈然としないが、そうなるか……」
ユストゥスはまだどこか納得していない様子ではあったが、フリッツが認めた事で飲み込んだようだった。
「それじゃ、皆んなが理解してくれたところでぇ。本格的に予定を詰めていこうと思いまっす! フリーデンちゃんは引き続き菌床処分担当! 俺ちゃん達が集中できるようにしてっ!」
「いえっさ~」
「で! フリッツには悪いんだけどさ、日程に余裕がなくなっちゃったから、凍結実験一旦止めて施術工程の資料作成を手伝ってくれないかなっ!?」
「うん、任せて」
「ありがっとうっ! ちなみに臨床試験のサポートには、青州先生と俺ちゃんを入れまっす! 青州先生には俺ちゃんから声かけとくっ!」
「貴様も入るのか……。いや、まぁ……了解した」
「最後に、パウルちゃんはメディアにコンタクトを取る! 目一杯煽るようにっ!!」
「僕だけ担当の毛色違くないか?」
「何言ってるのぉっ! 今回の計画で一番大事ぃ~な役回りだよ? 今回は世論操作も目的の一つなんだから、気を引き締めてっ! パウルせんぱいっ!!」
オーバーに身を乗り出し、軽快に語尾を跳ね上げるカール。
そんな彼の芝居がかった振る舞いを前に、パウルはげんなりとした。
「……わかったけど、その殴りたくなる喋りやめてくれない?」
「りょーかいりょーかい! はっはっはっ! いやぁ、まさかメディア対決も勃発するとか! 楽しくなってきたぞ~っ!!」
楽しんでいるのはカールだけだ。
カールを除くその場にいる全員がそう思ったが、言ったところで聞く耳など持たない事を知っている為、誰も口を開かず沈黙で返したのであった。
◇
一方その頃。
モーズがいるネグラの食堂では、セレンが(一人で)食堂に持ち運んだグランドピアノが注目を集めていた。
このピアノは「ウミヘビの情操教育に活用して欲しい」と、いつだかフリードリヒが購入した物らしい。しかし最近は新しいウミヘビが入島する事が減った為、【檻】の片隅で埃を被っていた。
そのピアノの存在を思い出したセレンが自動人形に【檻】の外に出して貰った後(調律も自動人形にさせたらしい)、食堂まで運んできたのだった。
「モーズ先生! 実は私、ピアノも弾けまして! 是非聴いて欲しいのですっ!」
「あっ、あぁ。セレンは絵も描けるし、特技が多いのだな」
「えぇ! 私は優秀なのですよ、モーズ先生っ!」
「お前ぇアピールに必死だな」
「先輩、お静かにっ!」
タバコを吹かしながら呆れているニコチンをキッと睨み付けるセレン。
セレンからすると、モーズは直ぐに他のウミヘビをたらし込んでしまうので、再教育でまとまった時間が取れない中、少しでも自分に関心を向けて貰おうと考えての事だった。
ウミヘビの「先生」に対する執着心はそれほど強い。寧ろ今までが押さえていた方で、ギリシャでの出来事で開き直った結果、今の彼の行動に繋がっている。
セレンはいそいそとピアノの椅子に腰掛け、白黒の鍵盤に手を置き、ピアノソナタ第14番『月光』を奏で始めた。
繊細で落ち着く音色が響き渡り、食堂を包んでいく。
「おぉ、素晴らしいな。プロと遜色ないじゃないか」
「そうなのか? よくわからんが」
モーズとニコチンが席で感想を言い合う中でも、セレンの奏でる曲は徐々にクレッシェンドし、情感を深めていく。
そして曲の終盤、最後の和音を弾き終えると同時に、セレンは息を吐き、静かに手を下ろした。
──パチパチパチパチ。
直後に送られる、小さい拍手。モーズ一人の拍手ではない。食堂にいるウミヘビの何人かと……いつの間にかモーズ達が座る席の近くに立っていたタリウムも、手を叩いていた。それに気付いたセレンは僅かに目を丸くする。
「ピアノなんてあったんスね、ネグラって」
「昔からあるぞ? 知らなかったか?」
「いえ、全く」
なんて会話をニコチンと交わしながら、タリウムは彼の隣の席に腰を下ろした。
反対にモーズは席を立ち、セレンへ歩み寄ると直接、演奏を労ってくる。
「お疲れ様、セレン。心が落ち着く音楽だった」
「あ、ありがとうございます。モーズ先生」
「私も久しぶりに弾いてみようか」
「えっ!? 先生も弾けるのですか!?」
「教会音楽に限るがな。教会付属の孤児院で習ったものだから」
そのままモーズはセレンが譲ってくれたピアノの席に座り、鍵盤に手を乗せた。
しかし弾き始める前に首を後ろに向けると、ニコチンとタリウムへこんな提案をする。
「そうだ。私の後はニコチンとタリウムも弾いてみるといい」
「はぁ!? いきなり無茶言うんじゃねぇよ!」
「俺も楽器はからっきしなんスけど……?」
「曲を弾く必要はない。音を鳴らすだけでも、精神は安らぎを得られるものだ」
ポーン……
モーズは人差し指で押した鍵盤の一音だけ鳴らし、それが響き終わるまで目を細め聴き入る。
次いで改めて指を配置し、奏でる。
優しく柔らかな、それでいてどこか荘厳な曲――『主よ、人の望みの喜びよ』が、食堂の隅々に響き渡っていく。
▼△▼
次章より『狂信者のカタリ』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『序曲の不協和音編』これにて完結です。
前章まで休む暇なく動き回っていたモーズの休憩回とも言える章でした!
ウミヘビ達の日常も丁寧めに書けて嬉しかったですね。
次章では偽モーズを巡り国連警察が動き出す他、フリードリヒの掘り下げを予定しています!
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