毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

番外編 真っ青な、大空(K)

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 で、俺は敵なしだった。

 俺と見た目がそっくりなだけの違う生物こと人間は、皮も筋肉も骨も脆くって、素手で簡単に握り潰せた。
 触らなくっても、両手から《青い血》をちょっと散布すれば人間っていうのは悶え苦しんで、あっけなく絶命した。動物相手でもそれは変わらない。流石に哺乳類と勝手が違う植物を簡単に枯らす事はできないけど、毒が効かないなら爆散させれば殺せる。

『《カリウム(K)》でこの殺傷能力とは』
『扱いは慎重にしなくては』
『こいつを元にを作れば更なる成果の期待が』

 俺を囲うガラス越しに俺を観察している防護服の連中は、俺の事を《カリウム(K)》と呼んでいた。
 カリウムって何だろうか。名前なんだろうけど、何だかやけに記号的に聞こえる。本当に俺の名前なんだろうか。そもそもカリウムとして呼びかけられた事がないから、名前っていう実感がわかない。
 俺は防護服の連中の命令に従えばご飯を貰える存在。それだけ覚えれていればよかった。

『毒素も強いが、それ以上に爆発力に目を見張る物が』
『実戦投入も夢ではない』
『成功すれば多大な手柄が』

 オレンジ色の派手な防護服を着ている連中だったけど、マスク越しに俺を値踏みしているのは肌で感じた。
 じろじろ見られるのは嫌いだ。気持ちが悪い。何ならガラスの部屋の随所に設置されたカメラのレンズも嫌いだ。前にカメラを片っ端から壊したら、電撃を何時間も浴びせられて『躾』とやらをされたっけ。
 それ以降、カメラはガラスの外側に設置されるようになった。このガラスは俺の爆発でも壊せなくって、面倒だった。ガラスの部屋の外側、無機質な青白い壁に囲われた部屋も嫌いだ。
 俺は実際には見た事のない、でも知識としてインプットされている空を、見てみたい。
 こんな、作り物の空間じゃなくて。

 ドンッ!

 退屈な日々が続いていた、ある日の事だ。
 俺じゃ壊せないガラスの部屋が、壊された。銃口が塞がれた拳銃を持った、小柄な男の手によって。
 一度ヒビが入ったガラスは簡単に砕け散って、俺はガラスの外へ出られるようになった。
 でも、みたいに拘束されるのは嫌だったから、ガラスを壊した小柄な男を眠らせる事にした。何で壊したのか知らないけど、俺がガラスの外に出される時は大抵、収監場所の移動だ。そして移動先が快適かどうかの保証はない。

 ガラスを壊してくれた礼として、殺さないでいてやろう。
 そう思って小柄な男の腹部に向かって、俺は拳を振り上げた。
 けどあっさりと防がれた。拳銃を持っていない方の手で。
 なら反対の手で、って殴り掛かろうとしたら、その前に男の回し蹴りが来て俺の側頭部に直撃した。
 その威力は強くって、俺は吹っ飛んだ後に床へ転がる。あと蹴られた拍子で口の中を切ってしまった。口内の方が外皮よりも柔らかいから、傷がつきやすいんだ。

 青い血が、口の端から滴り落ちて床に水滴を作る。

 殺す気はなかったけれど、血を散布してしまっては仕方がない。男は俺の毒素に耐え切れず悶絶死してしまうだろう。
 不可抗力。悪く思わないで欲しい。
 なんて思っていたのに、小柄な男は俺の予想に反してピンピンしていた。しかも荒い足取りでずんずんと俺に近付いてきて、床に滴り落ちた青い血を靴で踏み付けた上で、かがみ込んで視線を合わせてきた。
 薔薇のような真紅の瞳が、頬を腫らした俺の姿を映す。

「痛い思いしたくなきゃ、大人しくついて来い」

 小柄な男はドスの効いた声でそう言った。もう既に痛い思いをしているのに。

「ついて行った先で痛い目を見ない保証なんて、ないじゃん?」
「そりゃお前ぇ次第だな。けどを除けば、大抵は痛覚を遮断したシミュレーターを使う。そこまで身構える必要ねぇよ」
「……どうやって、信じろって言うんだ」

 初対面の男に。容赦なく暴力を振るってくる男に。
 いや先に攻撃をしかけたのは俺だけど、仕掛けた以上の反撃をしてくるのって優しくないじゃん?

「別に信じなくてもいい」

 すると男は白衣のポケットから紙タバコを一本取り出して咥えると、火を付けて吸い始めた。
 その際、拳銃はホルダーにしまった。正真正銘、無防備。俺はすかさず顎を狙って拳を構えて――

「そん時ゃ、気絶させて運ぶだけだ」

 その前に、脳天目掛けてゲンコツを食らった。
 俺の方が先に動いたはずなのに、スピードで負けている。力も強い。青い血も効かない。あと俺に残る手段は、毒素を応用して作った爆発物による攻撃だけど……。
 目の前の男には多分、絶対、効かない。だって当たる気がしない。今まで俺が仕掛けた攻撃を全部いなしてきた上で、カウンターを仕掛けてきたんだから。

 何だっけこう言うの。井の中の蛙だっけ。
 俺は俺の実力を見誤っていたっていうか、驕っていたっていうか。いや比較対象がいないんだから仕方ないかもだけどさ。
 と言うか目の前の男は多分、俺と同類だ。毒が効いてないんだし。身体頑丈っぽいし。
 俺より毒も体術も、あと経験値もかな? ずっと上だって何となくわかる。勝てる要素が微塵もない。
 何が殺さないでいてやろう、だ。生かされているのは俺の方だぞ、これ。
 えっと、確か自分より上の存在に対して使う呼称があったよな。なんだっけ? うーん。あぁ、そうだ。思い出した。

「……先輩、だ」
「あ゙ぁ゙?」

 先輩。そう先輩だ。上位の存在に使う呼称。この人は俺の先輩だ。

「何でお前ぇらは馬鹿の一つ覚えみてぇに先輩、先輩と……」
「だって、先輩は先輩じゃん?」
「はー……。ったく、面倒だ。好きに呼べ」

 『先輩』は茶髪をがしがしと乱雑にかいた後、その場から立ち上がった。

「で? おねんねして運ばれるのと自分の足で歩くのと、どっちがいいよ」
「はいっ! 自分で歩きますっ!」

 俺も直ぐに起き上がって、先輩の後ろを金魚の糞みたくついて回った。先輩が進む道にはオレンジ色の防護服を着た連中があちこち転がっていて、これ一人で相手にしたのかって俺は慄く。こいつら電気銃とか持っていたと思うんだけど。
 なおさら、逆らってもどうしようもないとわかって、俺は暗闇に身を投じる覚悟で先輩へ従う事とした。
 それから間もなく本物の空を見る事になるなんて、露知らず。

 俺よりちょっと前にアバトンに来たからって、デカい顔してくるナトリウムと喧嘩する仲になる事も、機械みたいに無機質な動きしかできないタリウムの面倒を任される事も。
 この時の俺は、知らなかったんだ。
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