毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十章 真っ赤な嘘

第411話 捨てる神

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「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 アメリカ西海岸。民家もなければ人の気配もなく、低木が不規則に生える荒野の岩陰で、膝を付いたガーネットは息を切らせていた。
 背中にあった赤い翼の骨は折れ、所々赤黒く黒ずんでいる。身体に打ち込まれた毒素は翼の先から排出したり、抉り取る形で切断パージしたものの、消耗が激しい。それだけでなく、醜態を晒してしまった配信先では、世間では、偽物として醜態を晒した己の批判や困惑の声、誹謗中傷で溢れている事だろう。
 積み上げてきた立場が、一瞬で崩れ去った。
 尤も今ガーネットの中にある感情は空腹や痛み、疲労や絶望ではなく――怒りだ。

「畜生! 石ころ相手に背を向け、惨めな思いをするなど……! 私は、私はアレキサンドライトだぞ!? こんな事、あってはならない!!」

 固い地面に爪を立て、ガーネットは吠える。
 直後、足元を中心に菌糸が血管のように広がり、低木を赤く侵蝕させながら菌床が展開していく。

「鶏血! 今すぐに新しい脚本シナリオを用意しろ!」

 そしてガーネットは菌糸ネットワークを利用し、鶏血に向け交信を始める。
 これは本来、御使いにしか使えない交信方法なものの、鶏血は菌糸ネットワークへ接続、受信と発信が可能な機械を人工的に製造。交信を可能とした。
 これにより未成熟子の身でも御使いと同じように話せるのだが、鶏血曰く「自分にしか扱えない代物」の為、他の未成熟子は使用できない難点がある。尤もこれは鶏血が自身の優位性を保つ為に、秘匿しているのかもしれないが。

「鶏血! 返事をしろ、鶏血!!」
【そんな大声を出さなくても聞こえているヨ】
「聞こえているのならば! 私の威光を示しつつ、あの犬っころ共を貶めるストーリーを書くんだ! 今すぐ!!」
【パスね】

 あまりにもあっさりと、鶏血はガーネットの要求を却下した。

【アタシ、教祖様にお呼ばれしたからお前の相手をしている暇なくなったヨ!】
「教祖様に……!? 未成熟子のお前が……!?」
【そうヨ! 本部で直接会えるのよ! アタシとうとうやったヨ!】

 絶句し、青ざめるガーネットとは対照的に、鶏血の声音は明るく上機嫌である。

【ここまでお膳立てしてやったんだかラ、少しは自分で頑張るといいヨ。それじゃ失礼するヨ~】
「待っ、待て鶏血! 鶏血っ!!」

 それ以降は幾ら呼びかけても鶏血からの返事はなく、荒野に吹き込む風の音だけがガーネットの鼓膜を揺らした。

「教祖様! なぜ私ではなくあの未成熟子を気に掛けるのですか! 教祖様、教祖様、教祖様!!」

 御使いである自分ですら、教祖に直接会う事は叶っていないというのに。
 夕陽が荒野も菌床も橙色に染める中、ガーネットが嘆き続ける。しかし日が暮れ夜になっても、雨雲が流れてきて雨が降り注いできても、教祖から返答を聞く事は終ぞなく。

「は、はは。はははは!」

 ガーネットは身体を濡らしながら、乾いた笑い声をあげた。

「私こそが、アレキサンドライトだ。永遠を手に入れ楽園に君臨する、《珊瑚サマ》に最も近い御使い……」

 病的なまでに『アレキサンドライト』へ執着する彼は、歪んだ決意を固める。

「誰の手も借りない! 顔も、力も、知恵も! 私の力で、私の実力で、それを世界に示してやるっ!!」

 ◆

『明日からここに通うのか……。実感がないな』

 モーズが16歳になる歳の秋。
 彼は石と煉瓦造りの荘厳な建造物の前で、緊張した面持ちで立っていた。
 宮殿にも見えるこの建物はモーズ、そしてフランチェスコが入学試験で合格を勝ち取った、医大である。通学の予行も兼ね、アパートから歩いてきたのだ。
 昔馴染みのフランチェスコと一緒に。

『輝かしい大学生活が待っていると思って、肩の力を抜いていこうよ』

 モーズの隣に立つフランチェスコは柔らかい笑みを浮かべ、落ち着き払っている。緊張どころか、新しい生活を楽しみにしている余裕さえあった。
 そんな彼を横目で見たモーズは羨ましいと考えながら、ふと、彼は思い付きを口にする。

『フランチェスコ』
『どうしたんだい?』
『大学を背景に写真を撮らないか? 実感を得たいのもあるるが……。その、記念として』
『えぇ~。写真かぁ~』

 フランチェスコは頬をかき、複雑そうな表情を浮かべた。

『君は撮るのは好きだが撮られるのは好まない。それは知っているが、たまには……。駄目だろうか?』
『孤児院の催し物でよく集合写真を撮るから、それで充分な気がするけど……』

 顎に手を当て、暫し考え込むフランチェスコ。
 医大の通学が始まれば、勉学と実習で忙しなくなる。一緒にいられる時間は短くなり、話す機会も減り、その状態の配属先の病院へ行ったっきり、会えなくなる可能性さえある。珊瑚症の脅威が消え去っていない今の時代、十分あり得る事態だ。
 そんな想像をしてしまったモーズが、お守り代わりに持ちたい、と思い付いたのが記念写真である。
 しかしフランチェスコの意思を無視してまで得たいとは思っておらず、モーズは彼の返事をじっと待った。
 やがて考えがまとまったフランチェスコが、モーズへ満面の笑みを向ける。

『モーズの頼みは珍しいからね。いいよ、一緒に撮ろう!』
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